第五部

 何て言えるわけも行動力もない。


「ごほん…し、失礼しました。それで、どうしたんですか?」


 とりあえず、軌道修正を試みる。


「ああ、皆、聞こえてるか?」


 黒鎺さんを始めとして、各隊長が返事をした。


〈うし!じゃあ、分かっている所から…今、俺らがいるのは、日本ではない。彼女らが言うには、ビルブァターニ帝政連邦と言う国らしい。文化、言語は不明だ。ビルブァターニににも軍がいるようで勢力は、剣を装備する歩兵旅団が複数、特殊部隊に該当するのが一個旅団規模、少なくとも騎兵が師団以上、その他もろもろだ。自衛隊は、一つ一つの技術では勝っている。だが、多勢に無勢だ。仮にでも、間違いを犯したら…分かってるよな?〉

「は、はいぃ…」


 自分の部隊から間違いを犯した三曹が…申し訳ありません…私が至らないがために……


「そんな顔しないでください。責任の一切を背負わなくても良いんですよ。小隊長である僕にも非が…いえ、僕が責任をとるべきなんです」


 こんな時でも鈴宮は…もう…泣かせないでよ。途端に、目の奥が…目頭が熱く…


「え?!ちょ、なんで、涙ぐんでるんですか?!え…あ…す、すみません!」

〈これまた、お熱いですねぇ〉

〈本当に、新渡戸と鈴宮はそういう関係にしか見えないよな〉

「な!べ、別に鈴宮とはなんもねぇって!ただのけやぐ友達だはんで!」

〈おーい。方言が爆発してるぞー。ていうか、現代人はここまで方言酷くないよな?〉


 受話器からは、クスクスという笑い声とかが聞こえる。すぐ後に、咳払いが聞こえた。巻口隊長が流石に話を戻すらしい。今回は私が泣いてしまったのが悪いんだけど…


〈話を戻すが、ビルヴァターニは"帝政"だ。何があろうと、武力行使はするな。俺が命令するまでは〉


 思わず、唾を飲み込む。巻口隊長が命令をした時。それはすなわち、戦闘が始まるということだ。…人が傷つき、涙する戦闘が。


〈そういえば、ビルブァターニは国境付近で領土を争う紛争が今も続いているらしい。いつどこから、戦闘員が出てくる分からない。十分に気を付けること。終わり〉

「了解」

〈了解〉


 ここに来てから、ようやく詳細情報が分かった感じだ。これから、どうするのか気になる。


〈あ!言い忘れてた!新渡戸と黒鎺はさっき通ってきた道に来い!〉

「あっ了解!」

〈了解しました〉


 中隊指揮を先任でもある鈴宮に任せ、巻口隊長の元へと向かった。


「よし!丁度来たな。じゃあ、早速だが城に乗り込むぞ!」


 私を見つけるや否や、巻口隊長は言った。今日の隊長の勢いは、猪も驚くほどだ。


「城じゃない!ヴァルキリーよ!連邦の三つある誇りなんだから間違えないでよね!」


 いきなり、パジャシュが声を荒げた。よっぽどなんだろう。


「すまない。では、気を取り直して、単発撃ち方。射撃待て。敵は我々の事を知らない。もし、襲われ、命の危険を感じたら…撃て」

「了解」


 カチッ、と89式小銃のセーフティを解除し、「タ」に向ける。勿論、引き金には手をかけない。


「ちょ!な、なに、攻撃姿勢をとってるの?!ヴァルキリー内は火気厳禁、武器持ち込み禁止よ!」


 巻口隊長がきょとんとする。


「そ、そうなのか?」


 なんと、私に聞いてきた。


「知ってて当然です」

「マジか」

「嘘です。私なんか知るよしもありません」

「そうだよな…武装解除。89と拳銃と銃剣は、置いてくぞ」


 私と黒鎺さんは「了解」と言って、巻口隊長と共に89式小銃と拳銃、銃剣を本部管理中隊の方達に渡した。

 完全に非武装だ。

 パジャシュも納得したようで、正門へ案内してくれた。


「ちょっと、ここで待ってて」


と、パジャシュは言うと、私達の返事を待たずに一人で入口の近くに立っている人の元へ向かってしまった。

 今、私はヴァルキリーを正面から拝めることができる。ヴァルキリーの外壁には、豪華な装飾が一面に施されている。彫刻なのだが、一つ一つの造形が丁寧になされていて、その繊細さなら日光東照宮にも劣らない。が、東照宮は木材だがこちらは石材、さらに彫刻が掘られている面積が段違いで大きい。ヴァルキリーに使われた技術は、現代日本に勝るものであろう。

 感心しながら少し離れた位置でヴァルキリーを見ていると、パジャシュがこちらに戻ってきた。


「帝書記長から許しが出たから、付いてきて」


 ビルヴァターニでの統治者は、“帝書記長”という位らしい。それにしても、パジャシュはまだ子供なのになんでこんなにしっかりしてるんだろう…私もこのくらいしっかり生きたいなぁ。


「おい、新渡戸。置いてくぞ」

「あ、待ってください」


 隊長達に付いていくと、さっきまで遠目で見ていた彫刻が目の前にまで迫った。近くで見ても、それは細部までこだわっているようで非の打ち所が無かった。

 私は衛兵を脇目に入れつつ、ヴァルキリー内へ颯爽と歩いていった。

 内装はとんでもなかった。ヨーロッパ各地の宮殿に共通するものもあるが、独創的な美しさが見受けられる。ただ、ヨーロッパ等の城だったり宮殿ではよく金が使われるが、ヴァルキリーでは一切使われていない。白金や銀、鉄のような白く光るものだ。

 価値観が違うらしい。

 数分歩いたところで、鉄の扉の前に着いた。傷は元より、手垢一つ付いていない。

 この奥には帝書記長なる、これからの自衛隊の対応の鍵となる人物がいる。

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