第四部

 大型に戻り、接舷が解かれてから日がかなり傾いた。しかし、外からは相変わらず海鳥…ではない何かが、海鳥のようなでも似ても似つかない、聞いてて不快にはならないが聞いたことがない、という何とも形容しがたい鳴き声が聞こえてくる。

 輸送艦隊は、しばらく海を漂った。大型の窓から外を見ると、陸地が見えた。……しかし、日本のように灰色だったり、人工物がそんなに見えなかった。


「こんなことってあるんだなぁ」


 他人事のように言った。あまりにも現実離れしすぎて、映画を見ているかのようだ。自分が実際に体験しているのか疑いたくなってしまう。

 陸地は、ひたすら緑が続いている。所々に肌色のような街並みも見える。ヨーロッパの長閑のどかな農村地域を見ているかのようだ。

 段々と、日が暮れていく。


《入港用意》


 喇叭の音の後、放送が入った。

 うっすらと、港町であろう場所が見える。今は、少しの月明かりが太陽代わりだ。

 接近していくのは、ヨーロッパの港町のような場所。おおすみが入れるのか疑ってしまうような港が一つある。


「え、これ、入れるの?」


 鈴宮が呟く。

 おおすみも動きを止めた。

 すると、上から声が聞こえてくる。艦内放送とかではない。本当に、生声が上から聞こえてきたのだ。


「日本国の皆さん!わたくしは、セリシャ・リミャインド。ビルブァターニ帝政連邦直属の魔導師をやらせてもらっています」


 上から声がするが、月明かりが逆光となり、シルエットしか見えない。


《探照灯、照らし方始め!》


 護衛艦が探照灯、大きなライトに灯りを入れ、上に向けた。

 照らされた方にはなんと、実際に人間がいた。浮いている。杖のような物を持っている。しかも、さっきさらっと“魔導師”と口にした。

 もう、ここが異世界であると信じるしかなさそうだ。


「どうやら、困っているようなので、助けて差し上げましょう」


 そう言って、セリシャと名乗った女性が右手に持っていた杖のような物をさらに高く掲げた。

 特に何も起こらない。

 そう油断しかけた時、おおすみが動いた。艦あるまじき動きだ。艦首方向を変えながら、港に向かう。意外と速い。最早、ドリフト走法だ。

 というか、これ、ぶつからない?乗り上げない?死なない?!

 そんな私の心配を余所に、おおすみは港へ直航する。

 そして、大きな水飛沫があがった。と言うよりかは、月明かりに照らされた滝を逆立ちして見ているかのようだ。同時に、おおすみが左に大きく傾いた。大型は重力に従い、落ちようとする。だが、ワイヤーが助けてくれた。

 海水の雨が降り始めた。

 そろそろワイヤーも、耐えきれない、と変な音を響かせている。鈴宮も瞬きをせず、口をわなわなと動かし身体を小刻みに震わせていた。

 ようやく、おおすみは元に戻り始めた。浮き始めていた大型の右車輪が、おおすみに付いたのを感じた。鈴宮も安心したようで何よりだ。

 ……どれだけ、怖い思いをしたんだよ…




 おおすみに乗った時と同じ方向から揚陸する。

 石畳の港は、先の水飛沫で湿ったようでタイヤのグリップ音に混じり、水が跳ねる音がする。

 自衛隊の車列が、夜のファンタジーの街を行く。そういう映画のセットが、残されているかのようだ。

 街は、ヨーロッパのそれによく似ているが、夜の街を行く人々は人間だけではないのだ。なんか…この…ミノタウロス?アステリオス?そんな感じのもいるし、猫耳を付けている人?もいるし、鈴宮はそれを見てにやけてるし…

 もう、種別とかを判断するのは飽きたので、少し目線を上げた。

 夜空を明るく照らすのは、二つの月。

 ははは…私も疲れ目が悪化したなぁ。滲むことはあったけど、月が二つに見えるまで疲れているとは…うん。疲れ目。疲れ目。あ、もしかして、わ、よの目だったりすんのかな?

 そのまま、見上げると、私は明かりが灯っているところを見つけた。それは、この街を囲うようにして連なっている。明らかに、人工的な光だ。ただ、航空障害灯とは違う。


「愛桜さん、愛桜さん。夜明けですよ」


 鈴宮が右を見ながら言った。

 間もなく、右側から、暖かみのある碧い光が指してきた。なんとも形容感覚だ。“暖かみのある寒色”だぞ?もう、寒いのか暖かいのか分からない。

 太陽?の光によって、浮かび上がる影があった。それは、さっきまで人工的な光があったところだった。


「凄い…」


 素直な感想だ。こんなものを見せられたら、感動せざるを得ない。

 この街を囲んでいた光の正体は、壁にあったらしい。民家の壁などではない。万里の長城など屁でもない…というか、私が知っている壁にはこれ以上の高さのものはない。その位巨大な壁。雲にまで届きそうな勢いだ。その壁は、街全体を完全に囲み、前方にある立派な城に向かって連なっている。

 どうやら、私達も城に向かうようだ。

 その城は、ロシアのクレムリンのような独特な建物だ。城門には、イングランドよろしく衛兵らしいのが立っていた。引けを取らないと言っても、過言ではない。ただ、に来てからというもの、先程見かけたようにミノタウロスやら動物の耳を付けた者やらがいるため単純に"人"と表現できない。城門に立っている衛兵もまた、人間ではない。何というか…私は知らない生き物だ。まぁ、それを言ったら、ミノタウロスなど絵でしか見たことないのだが。

 ゆっくりと城内に入ると、まず出迎えたのは広い庭だ。庭と表現するより、手入れされた野原と言うべきか。しかし、元の状態を見ればそう言えたのかもしれない。だが今は、中即連の軽装甲機動車や各種トラック、特科隊の牽引車とそれに繋がっている155mm榴弾砲が占拠しているためそう広くは見えない。私達もそれらに加わった。

 鈴宮が、確認を怠らず、大型のエンジンを切った。

 大型を降りると、やけに戦闘装着セットが重く感じた。


「中隊長!本部からです!」


 新野外無線機を背負っている柿沼一士が来た。受話器を受け取る。


「第一中隊、本部。送れ」

〈お!新渡戸か!〉

「連隊長。これは、公的な無線であり、公務である。そのような言動は慎まれた方がよろしいかと思われる。送れ」


 私は、冷酷さを装った。


〈それなんだが…さっきから、海上自衛隊のアンテナを借りてまで通信を試みているんだが、宇都宮駐屯地はおろか防衛省にも繋がらないんだ。送れ〉

「は?送れ」


 …不味い。かなり不味い。無線が繋がらないのもそうだが、一番は私の応答だ。つい、あんな風に応答してしまった。しかも、慣習で「送れ」を最後に入れたことで、さらに変に…


〈おうおう。新渡戸も言うようになったじゃねぇか〉

「あ…いや」


 反論しようとすると、違う声に遮られる。


〈ほんと、巻口隊長と新渡戸さんはがいにとっても仲良しですね〉


 黒鎺さんだ…これ、連隊の周波数だったのか…


〈有事の際の先発部隊、日本で一番実弾を使う部隊、聞いていたからさぞかしお堅いのかと思ったが…まさかここまでアットホームだったとは。人は見かけによらない、いや部隊は見かけによりませんなぁ!〉


 受話器から、高らかな笑い声が聞こえる。どうやら、混成団周波数だったようだ…

 旅に出ます…探さないでください……

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