第一章 防衛省を揺るがす事件

第一部

 新年度の部隊新編に伴い、新潟県の高田駐屯地に駐屯する第二普通科連隊より異動になった。新しく配属になったのは、中央即応連隊だ。志願したら見事、入隊することが出来た。

 ……出来たのだが、特に心当たりはないのに、中即連隊長に呼び出された。


「こんな時に呼び出しだなんて、緊張する」


 小さな声で不安を露わにした。自衛隊に何かと不吉なことが最近起こっているのだ。もしかしたら、諸般の事情での呼び出しなのかもしれない。寧ろ、それしか考えられない。


「中央即応連隊第一中隊隊長、新渡戸にとべ愛桜あいら二等陸佐、只今参りました」


 自分の身分を明かし、小会議室の扉を開けた。

 どうやら、呼び出されたのは私だけではないらしい。会議室の上座に連隊長、その連隊長の傍にもう一人、施設中隊長がいる。


「新渡戸も来たか」


 私は、施設中隊長の隣に並んだ。


「今回、お前を呼んだのは他でもない。自衛隊員の相次ぐ失踪だ。一応、詳しく説明しておくと、 先月、航空自衛隊第ニ〇ニ飛行隊のF-35Aのいち編隊が消息を絶った一件。消えたF-35を探索する為、単艦行動を執っていたむらさめ型護衛艦9番艦ありあけがロストした一件。しかし、ありあけは不思議な事に、消息を絶った後に無線連絡があったそうだ。その報告は支離滅裂で理解不能だったらしい。しかも、無線は何処から発信されたのか、逆探知が出来なかった」


 連隊長は、今まで見ていた紙を退けて、ダブルクリップで留められた束に目を通し始めた。


「あー、これはまだニュースになっていないか。えっと、陸上自衛隊大久保駐屯地第七施設群第三〇八施設中隊第三〇四水際すいさい障害中隊ってのがC-2、2機で……えーっと、アメリカ合衆国アラスカ州における施設科訓練兼ねて空中輸送訓練の最中、両機とも消息を絶った」


 F-35やありあけの件は、ニュース等で取り上げられていた。だが連隊長も言うように、施設科の事はニュースになっておらず、私は驚きを隠せないでいた。

 遂に、陸上自衛隊にも被害が出てしまった。


「防衛省は、ありあけとかが丸腰だとして帳簿価格をざっと見ても、全部で1514億4000万円の損失を受けた」

「せん、ごひゃく」


 私はつい、声を漏らしてしまった。1500億円なんて、そりゃ日本にとってははした金かもしれないが、発展途上国にしてみればとてつもない大金だ。それが、ここ一箇月で忽然と消えたのだ。

 金額だけ見ても相当だが、それはおまけみたいなものだ。航空機や艦艇は自衛官、かけがえのない命を乗せていたのだ。


「防衛省は対策本部を既に設置していて、航空自衛隊と海上自衛隊の使える限りの全勢力を使った全面捜索を今朝から開始したそうだ。くして……先ほど連絡があり、“強力な磁場の歪み”を発見したそうだ」


 ここで連隊長が、一息をついた。


「さて、前置きが長くなってしまったようだが、中央即応連隊に命令が下っている。我々は、その“磁場の歪み”へとする事となった!」

「……災害派遣、ですか?」


 私の隣にいた、施設中隊長が問い掛けた。

 確かに、行方不明者等の捜索の場合、一般的には災害派遣だ。だが、磁場の歪み? そんな所に自衛隊を何故派遣するんだ? しかも、中即連は国内では、各部隊の増援部隊という役割が持たれている。最初から中即連が派遣されるなんて異例だ。


「我々が災害派遣という事は、既に他の部隊が派遣されているのですか?」


 私は連隊長にこう問うた。中即連が派遣される。それは即ち、他の部隊が既に派遣されている。普通であればそうだ。


「いや、中即連が初動だ。防衛省は、あくまでも災害派遣と言っている。……だが!中央即応連隊が出動し、駒門の戦車部隊も支援するということは、確実に戦闘を意識しているだろう。早速だが、明日にはここを発つ。それまで、各中隊は準備を整えるように」

「了解!」


 私と施設中隊長は威勢良く返事をした。

 中央即応連隊が、初動、先遣だったりするのは海外派遣だけだ。幕僚部は何を考えてこの結論を出したのか。


「実弾だ」


 私達が去ろうとした時、連隊長は一言呟いた。




 雀の鳴き声で目を覚ますことができた。

 その直後、起床喇叭らっぱが私を叩き起こしに来た。

 直ぐに、掛け布団を退けると同時に床に足をつけた。

 ここの生活隊舎は、一人には広すぎるらしい。朝の清々すがすがしいカーテン越しの日差しも、むなしく感じてしまう。同じ部屋の幹部は、指揮幕僚過程とかで今は目黒にいる。

 寝惚ねぼけていても、体が作業してくれる。いつの間にか、昨晩予め準備しておいた戦闘服の上着の前がしっかりと閉まっている。きちんとズボンもはいてある。

 連隊長は、「実弾だ」と最後に言った。自ら、この災害派遣に疑問を抱いていたのに実弾、つまり小銃等を携帯せよということだ。災害派遣に絶対必要のない武器。連隊長、何か隠してる?

 数分たった今、扉が開く音、そして主に低い声が廊下に充満し始める。

 私もそれに便乗し、テーブルの上に置かれていた帽子とG-SHOCKを手に取り、扉を開けた。


「第一中隊整列!」


 私の一声で、ごちゃごちゃだった廊下、その壁が自衛隊迷彩色になる。


「営内者は……あれ?つじ三曹がいないな。知ってる者は?」


 皆、周りを見渡すだけで何も答えない。

 あいつ、結構マイペースだから気を付けろって前任に言われたな。


「……あー、多分辻三曹、トイレとかに行ったのか?鈴宮、辻三曹を見つけ次第朝礼台に向かってくれ。そして、私に報告」

「はい!」


 鈴宮は走っていった。ちなみに、鈴宮は准尉で高田駐屯地からの付き合いだ。今は、私の第一中隊の第一小隊長を務めている。


「はい!じゃあ、全員朝礼台に!」


 この命令で、廊下に張り詰めた空気が多少緩んだ。

 今日は、災害派遣当日だ。昨日急に言われた為、これから災害派遣で出動する実感が湧いてこない。

 一旦、両手で頬を叩き、溜息を吐いた。

 どうあがいても今日は災害派遣。上がしっかりしないと下も堕落する。

 考え込みながら朝礼台に向かっていると、一人の隊員が私の後ろから駆けてきた。


「新渡戸たーいちょ!」

「はぁ、勤務が始まったばっかだぞ。そういうのはせめて……勤務時間外に」


 本当にこの馬鹿は……。


「何ですか~?レンジャー課程のよしみじゃあないですか~」


 そんな事実は無い。私が、中即連に来た時、自己紹介としてレンジャー過程を履修した年を言ったのが間違いだった。同じ年に彼女も別の部隊でレンジャー過程を履修したそうで、「実質同期」と今でも絡まれている。

 まあ、中即連で孤立する心配はすぐに消えて良かったこともあるが、流石に鬱陶しいのは勘弁だ。


「だからそういうのは……はぁ、まあいっか」


 厳しく正そうかと思ったが、何故まだ出動すらしていないのに体力を消耗しなければならないのか、と馬鹿らしくなったのでめた。


「お!隊長が遂に折れた!」


 だから決して、折れた訳ではない。


「単に、出動前から体力を減らしたくないだけだ」

「またまた~」


 にひひ、と彼女は笑った。


「ところで、今回はどこに行くんでしょうねぇ?楽しみだなぁ」

「こら。あくまでも災害派遣なんだよ?そういう発言は慎みなさい」


 こんな発言を外でされたら、自衛隊の恥になりかねない。


「それは……そうですけど、何たって今回はじゃないですか!何処ぞの派遣隊みたいに、異界の敵と戦ったりするかも…」

「全く、縁起でもない。寝言は寝ても、言っちゃ駄目だよ」


 かの有名な自衛隊アニメは、自衛隊内では知らない人は居ないくらいの知名度を誇っている。本当である。


「えー、ワクワクするのに~!」

「ごほん……杉田すぎた夜春よはる一等陸曹に命ず。黙って歩け!」


 でも実際、今までない形式での災害派遣だ。何処にあるかも知らされていない"磁場の歪み"とやらに送られるのだ。

 だが、人命が関わっていないからと言って、杉田みたいな心情を抱くならまだしも、口に出すのはご法度だ。


「はーい……」


 私が滅多に出さない怒号を浴びせられた為、流石の杉田も反省したようだ。

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