第二部

 太陽の光が、何の遮りもなく私を照らす。

 外には既に、今回の災害派遣の主要部隊となる、中央即応連隊の出動部隊の半数がいた。


 私が今年度より配属することとなった陸上自衛隊陸上総隊隷下中央即応連隊とは、陸上自衛隊において有事の際、特に海外で発生した事案に対して座に対する部隊である。

 日本本土における防衛展開時には、要望に合わせて様々な部隊を支援する。海外派遣が命ぜられた場合には、いの一番で現地に駆け付ける場合が多い。そして、陣地を築城し本隊到着を待つ。

 他にも、特に邦人救出には力を入れている。中即連には、陸上自衛隊で唯一輸送防護車が配備されている。

 中即連は、関東地方の栃木県宇都宮市にある宇都宮駐屯地に駐屯していて、徒歩で数十分のところに第12ヘリコプター隊第一飛行隊が駐屯、航空学校宇都宮校がある北宇都宮駐屯地が所在している。その敷地内には、宇都宮飛行場と言う巨大な滑走路がある為、早急な部隊展開が要求される時はC-1等の輸送機を用いた展開が可能である。

 今回の災害派遣、何故中即連が派遣部隊に選ばれたのか。行方不明者の捜索なら、何故わざわざ海外派遣の為待機している中即連を選ぶのか。そして、連隊長の武器携行指示……。

 少し時間が経つと、朝礼台前には全隊が集合していた。

 部隊が多いと思ったら、第十二特科隊のいち中隊がいる。しかも、車両群の中に、中砲牽引車とそれに牽引されている155mm榴弾砲が含まれている。出発準備を整えている……。

 新たに、派遣部隊に加わったのか。


「気を付け! かしらぁ、なか!」


 宇都宮駐屯地司令である、第十二特科隊長が朝礼台に上がった。

 これからは、“喪失した陸海空自衛官の捜索に係る災害派遣”の行方不明者捜索混成団出発における出発式、宇都宮駐屯地司令の激励が始まる。

 なんで、その、こう、名称が長いのかな。面倒臭いよね。


「今回、災害派遣される臨時編成部隊になった、諸官らは、十二分に注意して欲しい!……何しろ、前例の無い災害派遣であり、実弾の装備が要求されている! いいか! 絶対に! 殉職者を出すな!!」

「………はい!!!」

「これから、陸路並びに海上輸送にて、目標地点に向かってもらう! 諸官らの、武運向上と安全を祈願して、激励とする!」


 激励が終わり、第一中隊は陸路で横須賀へ向かうため、早速車両に向かうこととなった。目的地は激励が終わった直後、連隊長から直接言い渡された。まさか、横須賀から海上自衛隊に輸送されるとは。

 特科隊長は、犠牲者を出すなとおっしゃった。それはどんな災害派遣でも言える事であるが、今回はそれを強調していたように思えた。それで、緊張感が出たのかみんな静かに移動している。

 中隊を幾つかに分け、73式大型トラック、改め3 1/2t3トン半トラックに詰めた。

 運転席と助手席には、それぞれ鈴宮と私が乗っている。他は後ろだ。

 災害派遣混成団の内、中央即応連隊は20台の三トン半で港に向かう。


「じゃあ、出発しますね」


 目の前の本部管理中隊を乗せた三トン半が動いた。

 鈴宮は、鍵を回し三トン半のエンジンをかける。三トン半はそれに応えるように、車体を小刻みに動かしエンジンルームに火を入れた。

 鈴宮は、ギアを一速に持っていき、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。


「殉職者を出さないように……か」


 私が駐屯地正門の警衛へ敬礼を終えた頃に、鈴宮が一人呟いた。


「もし、僕が死んだら……愛桜隊長はどうします?」


 今度は、私に向けられた言葉のようだ。


「鈴宮が死ぬ?」


 考えただけで身震いがした。

 何故だろう。何故、鈴宮が死ぬことを考えただけで……。身近な人が消えると、どれ程の悲しみが襲ってくるのだろう。それがいつまで続くのだろう。

 私の部下、私のせいで鈴宮が死ぬ……。


「そ、そんな馬鹿の事は、考えるんじゃない」


 私は、この分からないという恐怖に怯えた。恐怖と言ったら大袈裟おおげさかもしれない。


「今回の災害派遣、震災並の規模ですよね。しかも、特科隊も緊急編成されて。不安ですね」


 この空気が不味いと思ったのか、鈴宮は急に話題を転換した。

 鈴宮の言うとおりだ。普通、行方不明者の捜索などになこんな大規模部隊は必要ない。これは、誰にだって分かることだ。

 一応、普通の隊員には行方不明者の捜索が派遣内容として伝えられている。

 一部の隊員、私が知る限りは連隊長、私、施設中隊長は"磁場の歪み"へ向かう事を知っている。

 不可解なことが起こっている。

 そもそも、同じ時期に連続でこんなに遭難することがおかしい。それを横に置いておいたとしても、海上自衛隊のありあけが遭難した時、消えているのにも関わらずそのありあけから無線連絡があった事象。つまり、何処かのレーダーサイトや衛星でも探知しきれない場所から無線連絡を。一体、どんな連絡だったのか……。

 捜索は第二目標でもなく、ただのカモフラージュで本当は敵から攻撃が? だから、武装を?

 いや、憶測は止めた方が良いか。憶測は良いことをほとんど生まない。そもそも、敵の攻撃があったら、特殊作戦群が秘密裏にでも対処するだろう。

 詰まる所、私にも分からないことが殆どだ。

 そんな私は、鈴宮には限られたことしか言えない。


「よっぽどの事がなければ、鈴宮は生きていられるさ。鈴宮が倒れるなんてことがあれば、私も同じ運命だろう。そう、深く考えないで……気楽にいこう」


 励ますことしか。これでも、励ませているか分からない。




 部隊展開には、急を要する。らしい。

 私たちが到着した時には既に、おおすみ型輸送艦のサイドランプは開かれていて陸上自衛隊の後方支援部隊の車両、が入って行っていた。

 宇都宮駐屯地派遣部隊もその列に並んだ。

 鈴宮を見てみると、身を屈めてどうにかおおすみ型輸送艦の全容を見ようとしているのが分かった。

 気が滅入ってはいないようで、少しばかり安心した。

 私も少し身を屈めて、おおすみ型輸送艦を見てみた。どうやら、一番艦の『おおすみ』らしい。白い文字で書かれた小さい名前を見ることが出来た。

 そして遂に、三トン半はおおすみの中へと進んだ。

 艦内は薄暗いが不気味さは感じられなかった。陸上自衛隊の隊員と海上自衛隊の隊員が一致団結し、陸上自衛隊の車両を押し込んでいる。第ニ甲板は既に、戦車1台通れるかどうか……いや、90式戦車であれば確実に通れないくらい狭い。

 鈴宮は目を凝らしている。

 三トン半をゆっくりと、ぶつけないように慎重に動かしている。

 やっとの思いで、私たちの三トン半が所定の位置に着くことができた。

 楽しいのはこれからだ。


「愛桜隊長? なんで笑って――」


 鈴宮の問いかけが終わる前に、甲板が動いた。


「うおお!なんか浮いた!」


 エレベーターによって、三トン半が第一甲板、つまり最上の甲板に運ばれているのだ。車ごとエレベーターで上に運ばれるなんて感覚、そんなに体験できない。実は私も初めてで、正直楽しみにしていた。

 エレベーターの動きが止まる。

 三トン半は、海上自衛隊隊員に誘導されて、全員が降りたあとにおおすみ型輸送艦にくくりつけられた。

 その後は、艦内で出港までの時を過ごす。

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