34.
宿屋の一室。
ベットの上にはミーシャが座り、机の上には3人分の食事。
時刻的に少し早めの晩ご飯といったところで、パンとシチュー、サラダに肉といったありきたりな品々。それぞれ1人前づつ別のトレーに乗せられ、置かれている。
「ミーシャ、いくらだった?」
「いいよー、今日の分は私が出しておくから、明日は贅沢させてね!」
「結局そっちの方が高く付くんだろ? しゃーねぇか」
ほらほらー取りなよーとミーシャは自分の分を取り、ベットを椅子代わりにもう一度座り直す。
「俺たちも食べるぞ、アオ」
「…………」
俺の分の食事を取り、空いているベットの1つを同じように椅子代わりに座る。
「ほれ、アオも」
「……?」
「アオも取りなよ?」
「……?」
先に座っていたミーシャも同じように。
不思議そうにアオは残りのトレーを手にするが、そのままどうすればいいのか立ち止まっているので「ほら、そこ座りなよ~!」と本来机と一緒にある1つの椅子をミーシャは指を指しながら伝える。
が、意図を組んでくれることはなく、アオはトレーに乗る食事を落とさないように慎重に持ちながら、床に座り込んでしまう。
「あぁ、違うよ! ほら立って! そっちにあるイスに座っていいんだよ!」
ミーシャもその様子に驚きながら、自身の持つトレーは形を保つようにベットの上に置いてアオの元にかけより、椅子に座る様に促す。
「ほら、食べよ?」
椅子に座った後、アオは食事を見てはいるが、手をつける素振りがなかった。
「……これ、……誰の?」
本当に不思議そうな声でミーシャにアオは訪ねる。
「アオのだって言ってんだろ、早く食わねぇと冷めちまうぞ」
「そうだよアオ! 早く食べよ? なんなら一緒に食べようか! うん、創始よ! やっぱり一緒に食べよ!」
ミーシャは自身のトレーを持ち、机の上に置く。
「……こんなに、……食べ、れな、い」
「いいから食え、ミーシャ、無理矢理でも食べさせてやれ」
「もうお兄ちゃん! 乱暴な事言わない! ほら、食べれる分だけでも食べよ?」
アオはゆっくりとパンに手をつける。
小さくちぎり、口の中に詰め込む。
それをゆっくりと、ゆっくりと噛みしめながら。
ミーシャは立ち気味になりながら、アオの食事をする姿を横目に嬉しそうに自身も食事を始める。
「ほらほら~、お水も飲みなよ~」
と世話をするのが楽しそうに。
それでもアオはゆっくり、ゆっくりちぎったパンを食べる。
「ふぅ~、ミーシャ一旦変わってくれ」
「ん?どうしたの?」
「こうすんだよ」
俺は立ち上がり、ミーシャと場所を変わる。
「パンばっか食ってんじゃねぇよ、これは全部お前のもんだ、誰も盗んねぇからしっかり食え!」
そしてアオの持つちぎられたパンを奪い取り、トレーの上に乗せ治し、代わりに乗っていた肉を汚れるのを分かった上で掴み、無理矢理口に詰め込む。
「!!」
「お兄ちゃん! 何してんの!」
急な事でアオは小さく開くことしかなかった目を大きく開け、無理矢理口にねじ込まれた肉を噛む。
「ほら!しっかり食え!」
「んー! ん-!」
「お兄ちゃん!?」
「上手いか!? 上手いよな! いつも飯の量は少なかったよな!? だからそんなちまちま食って、少しでも腹満たそうとしてんのか!? 今はしっかり食え! そいつはお前だけのもんだ! だから、今ぐらい腹一杯食べろ!」
「お兄ちゃん!そんな無理矢理は!ほら!苦しそう!」
口に含んだ肉を飲み込んだ素振りを見せたら次はパンを先程までより大きくちぎり、それも口に運ぶ。
シチューもスプーンですくい、口の中が空になったかわからない間に詰め込む。
「ゲッ、ホ……ん!」
アオは咳き込みながら、涙目に、
いや涙を少し流しながら、それでも口に入れられた物を噛みしめ、喉に通していく。
同じ事を食べ終わるまで続けようとしていたが、無理矢理口の中に入れようとしていた俺を遠ざける為に弱々しく、それでも強い力で押しのける。
「んん!!」
突き飛ばされたのはせいぜい後ろに1歩ほど。
か細い手で、それでも精一杯であろう力を込めながら。
それでも十分。
アオは俺にもミーシャにも目を向けず、目の前の食事にのみ視線を定める。手の汚れや服の汚れなんて一切気にする素振りを見せず、先程とは打って変わり自らの手で無理矢理口の中に詰め込み頬張る。
何度も「ゲホ、ゲホォ」とえずきながら涙目になりながら。
「あらら~」とミーシャが小さな呟きをした頃には、アオは自身のトレーの食料だけでなく、同じ机の上にあったミーシャの食事にも手を伸ばし両手で口から物が出ないように抑えたり、顔を拭いているつもりが、自ら汚しながら必死に口の中に物を運ぶ。
「……あとでミーシャのは買いに行くか」
「ん! でもお兄ちゃんどうしてあんなに無理な事をしたの? さすがに止めないと危ないって思っちゃったよ」
アオが一生懸命自身の口に入れた物を食べる姿を観察しながら「ぁ~」と少し昔の話をする。
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奴隷なんて珍しくもない。
自分が冒険者になってしばらく経った頃、それでも稼ぎは少なかったので多少人の少ない地域で宿を取っていた頃。
よく見かける奴隷がいた。
歳は同じぐらいの男の奴隷。
休憩を貰っていたのか毎日のように宿の路地裏で見かけることがあったが話しかけたことはなかった。それでも随分とやせ細っていたことだけは印象的だった。
ある日、路地裏でそいつが横に倒れている姿を見つけてしまった。
奴隷には関わらない方がいい。
これは常識のようなもので、助けを乞われたり、物乞いをされたりするから。そしてその行為を主人が見ていたら、奴隷になんらかかの処罰をおわすこと。
両方にとって良いことはないからだ。
だけど俺は倒れているそいつを放置することができずに近寄った。
「おぃ! 大丈夫か!」
俺から見たときは背中を向けながら倒れていたので無事かどうか咄嗟にはわからなかったが、すぐさま「あ、あぁ。誰か知りませんが、ありがとうございます」
と返事が返ってきて少しは安心したが、覇気はない。
「あんた、なんで倒れてたんだ?」
そういってそいつはこちらに顔を向けてきたときに、目が合うが、明らかに普通の目ではない。
半目になりながら、何か光のないような違和感のあるような目。
「あはは、少しお腹が減ってましてね……、あぁ、戻らないと」
フラリとそいつは立ち上がる。
「おぃ待てって! あんた飯食ってねぇのかよ、なんか買ってきてやるから待ってろ」
「いぇ、大丈夫ですよ。もうすぐ食事の時間ですので、それにそんな姿をご主人に見つかってしまいますと、そっちの方が大変です」
男はそういってフラフラと立ち去っていった。
次の日も男は同じ場所に倒れていた。
「おぃ! あんたやっぱり飯食ってねぇだろ! ほら、これ食えよ!」
「お、や。昨日の方ですか。大丈夫です、うちでは決して他人から物を貰うなと言われておりまして、本当に有り難いのですが……、ぁ~美味しそうだ……」
それでも受け取ろうとしなかった。それならどうして奴隷になったのか、奴隷としてどう生活していたのか聞いてみた。何かのきっかけで食事を与える機会があればと思ったからだ。
そいつはまるで人ごとの様に、楽しそうに、それでも愚痴の様に奴隷の扱いについてポロポロと話してくれる。目は決してこちら視点が合っていない。
「今日は主人が出かけていて、長めの休息を取れるんだ」と嬉しそうに話していたのに、決してそいつは物を受け取ってくれなかった。
次の日には俺は依頼の為、4日ほど宿に戻ることがなかった。
戻った日も、次の日も、その次の日もそいつは現れない。
知り合いって訳ではないが、気になって仕方ない。
意を決して宿主に、いつも宿の裏にいた奴隷の事を聞いてみたんだ。
「ぁ~、あの顔色の悪い奴隷かぃ? 良い迷惑だったよ。何度主人にいっても無駄だったからね~、なんだい? 話したことでもあったのかぃ?」
「いや。いつも居たのに、居なくなってたのが気になっちまってな」
「2日ほど前に死んじまったってさ~、どう死んだかなんてわかんないよ? どうせ無理な仕事でも押しつけられたか、餓死でもしたんじゃないのかね?」
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「てな事があってな、死ぬぐらいなら食えばいいのにってどれだけそん時思ったか。そいつ以外でもきっと色んな場所で同じような事が起きてるんだろうなって考えたんだけど、俺一人じゃ結局何もできないだろ?だから変に関わるのは辞めようって決めてたんだけどな」
そういってアオの方に目を向ける。
「それでも……その人は助けられなかったけど、アオは助けられたんじゃないかな?」
「だといいな」
アオは魔獣に襲われた事から始まり、長距離を歩き、風呂にも食事もと、子どもの、あの体の子からすれば随分と体力を使っていたようで、食事を汚く済ませたあとは机に頭を載せる形で眠りについてしまった。
「今の間にベットに運んで回復魔法もかけてやってくれ、あと目に巻いてる包帯なんだけど、そいつばかりは風呂の時も外そうとしなかったから、上からでもちょっと念入りにしてやってくれ」
「了解!ってお兄ちゃんも手伝ってよ、結局どこが悪いのか私わからないんだから~!」
「全身アザだらけ、つま先から頭の先まで治すつもりでやってくれ」
「だーかーら!もう、なら私のご飯買ってきてて! よ~し、しっかりと治しちゃうんだから!」
と汚れた顔だけは軽く拭いてあげ、ベットに運んだ後、ミーシャの食事為にという名目で部屋の外に出る。
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