32.


 荷台に入っていくミーシャを見送り、小さく声が聞こえてくる。


 が、ミーシャの声は「ほら! みんないっちゃったよ?」「どうしたの?こんな所にいると危ないよ?」「前はどこにいたの?」「お名前は?」と問い詰めているようだけど、もう一人の声が小さいのか全く聞こえてこない。



「おーい、まだかー?」




 半壊していない方の荷台だったため、怪我をして動けないってことは考えにくいし、単純に生きるのを諦めてしまっている勢かもしれねぇ。



 そうなっちまうともうどうにもできねぇしな。


 それでもしばらく待っているとガタガタといった軋む音をならしながら外に出てくる。


 ミーシャが先に出てき、もう一人は腕を引っ張られる形で。



「子ども、か」



 引っ張られて出てくるのは、俺よりも頭一つ分ほど背の低いボロボロの子ども。

 ローブのような服は着ているが、顔は隠しておらず、その貧相な姿がよく分かってしまう。




 水のように青い色の髪は短く、長さは統一されることもなく適当に切られている。左目は隠すように汚れた包帯を顔を覆うように巻いており、包帯の届かない箇所には皮膚を焼いた様な跡が覗かせており、見えるはずの右目も薄く開くだけで、生気を感じることもできず、顔にもいくつかのアザが残る。



 死んだ目

 諦めた者の目。

 希望のない目。



 扱いの悪い奴隷が本当に終わりを迎える時にやっていた目。





 視線は僅かにこちらに向けてたが、あまり感心を持っていない事がわかる。


 ミーシャに引っ張られた手も随分とやせ細っており、腕にもアザと皮膚を焼かれた後が残る。





 痛々しい傷。




「……おい、名前は?」


「…………」


「さっきの中に誰か知り合いはいなかったのか?」



「…………」


「お前、どっからきた?」


「…………」




 口を小さく動かそうとしているのは微かに分かる。



「ねぇ、回復魔法をかけてあげてもいい?」



 見かねてミーシャが間に入る。



「古い傷も多いだろ、時間をかけても直らない傷が多いぞ。それに、さっきまでも隠れながら治してたのわかってんだぞ?」



「あれ? バレちゃってた? 言われたとおり枷の回りは治してないよ! 普通に傷だ!って箇所だけだよ?」



 はぁ、ため息を出してしまうが、こればかりは仕方ない。





「魔力は残ってんのか?」



「ん~、まだいけるかな~?」



 まだまだ大丈夫だといった風に体を動かして表現してくるものの、連続して魔法を使っていた事も考えると。


 少しでも安全を確保したい。今ミーシャが回復魔法を使ったせいで、魔力が尽きてその時に襲われる、なんて事もあり得る。



 これは自分への言い訳だ。


「おい、名前はなんて言うんだ?」



 同じ質問だが、せめて少しの間だけでも一緒にいることになるんだから、呼びやすい方がいい。



「…………お前」


「あ?」


 ポツリと小さく呟くが、俺たちに何か言おうとしているのか。



「……そこの……」


「そこの?」


「……青色……クズ、……ゴミ」


「……まじか」



 そう思ったものの、全く違う答えだと分かった。




「え?どういう事?」



 ミーシャも奴隷を見たことはあっただろうが、直接的に接したのはたぶん今日が初めてなんだろう。


 それか国にいたときはもっとまともな生活を送っていた奴隷としか話したことがなかったんだろう。



「親はどこいった?」


「……知らない」


「って事だわ」


「お兄ちゃん、全然わかんないよ?」




 目すら合わせようとせず、ただ小さく呟くように答える姿はこちらを警戒しているのか、ただ戸惑っているだけなのか。





 奴隷の子は奴隷。


 違うとすれば小さい頃にさらわれたか、物心つく前に売られたって所だろうか。




 自分がもう少しでも違えば同じようになっていたのかも知れないと思ってしまう。

 俺はあの両親に拾われたおかげで幸せに暮らせていたが、こいつは奴隷として拾われた。


 そこには圧倒的で覆すことの出来ない大きな違いがある。



 ここからはただの自己満足、やるなといっておいて自分でその約束を破る。




「村までだ、村までは連れて行く。 そこで傷を癒やしてやって、それでお別れだ」



「……別に、おいてけば……いい」



「うるせぇ、いいから行くぞ」



「お兄ちゃん、いいの? 本当に?」



「そいつ、このままじゃ絶対に魔獣の餌になって死んじまうだろうが。目見て見ろよ、たぶん逃げようともしねぇぞ。そんなんじゃ、せっかく俺たちが助けた意味が無くなるだろ?」




 自分がその立場だったらと影を重ねてしまったから。

 1人だけ助けるなんて、偽善。

 その場しのぎの言い訳。


 わかった上で、今回ばかりは……と。




「よかった! ならゆっくり治してあげれそう!」



「ミーシャも1度で治せそうな傷だけだぞ? それに奴隷に構うのだってこれっきりだからな? いいな?」




 ミーシャに対してだけでなく、自分に言い聞かせるように声に出して。



「……なら、ほっとけば……いい……」



「うるせぇ、良いからいくぞ! おま……」






 お前、そう言いかけたところで言葉は詰まる。

 言葉にするのは簡単だった。

 簡単だからこそ呼べなかった。




「お兄ちゃん?」






 名前は、本当に名付けられてなかったんだろうな。


 適当に『お前』だったり『そこの』と呼べば反応するようなものを名前のように思っていたのだろう。




 小さい頃からの奴隷は番号で呼ばれていたりもし、最初の契約者に名前もつけて貰う事も多い。


 ミーシャにも説明しておく。




「とりあえず、今の間だけでもわかりやすい様に、……そうだな。髪の毛の色も青いし、『アオ』って呼んでおくか」



「…………」





 反応は返ってこないので、喜んでいるのか嫌がっているかもわからないが、問題ないのだろう。






「ぇー、そんな適当に決めた名前なんて酷いよ!それなら私が名前考えて上げるのに!」



「い、い、か、ら、いくぞ!ミーシャはアオを引っ張ってでも連れてこいっ!」




 どうせ、少しの間だけの呼び名。

 村について、少し休息を取らせたらお別れのそれまでの関係。

 後のことはわからない、だけど今だけは。目の前にいる間だけは。

 安全な場所につくまでは。


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