第⒈章

 


獣人が多く住む国がある。




貧富の差はありながらも国としては比較的治安は良く、暮らしやすい国。






 その国に若い夫婦が住む家庭があった。2人は勤勉に働いたおかげで、周囲から見ても裕福に、不自由なく生活できているほど。






2人は昔からの幼なじみでお互いの事をよく知った上での婚約。普通に考えると幸せな家庭である。










 それでも2人には物足りないことがあった。2人の間には、なかなか子宝に恵まれることがなかったからだ。婚約後、すでに5年の月日が経つも子供が出来ず、こればかりは仕方ないと抱き合いながら涙を流す日もあった。








 2人の間に変化が訪れたのは大雨が降り、雷が周囲を照らし、風が窓を強く叩く、そんな嵐に見舞われた真夜中に起きた出来事。






夫にあたる人物がベットの上で目を覚ます。




本来なら横に一緒に寝ているはずの妻の姿がおらず探す為に体を起こす。






妻は簡単に見つけることが出来た。部屋の扉の前に立ち、出て行こうとしていたからだ。






「どうしたんだい、こんな真夜中に」




夫は妻に問いかける。




「わからないけど、外がとても気になるの……」




妻は夫に返す。






「こんな嵐の日に、わざわざ外の様子を見に行かない方がいい」




夫は妻の身を案じ引き留めるが






「お願いあなた、わたしと一緒に少しで良いから来て欲しいの。何もないなら何もないと確認しないと気になってこのままでは眠ることもできないわ」






ここ最近全く見せなかった真剣な表情をして語る妻の言葉を無下にせず、夫は立ち上がる。






寝室には護身用としての武器も備えられており、強盗の線も考えて武器に夫は手をかける。






「外といってもどの辺りが気になるんだい?」






「家の中には人の気配は無いと思うの。だから家の前かしら、玄関をあけて外の確認だけさせてください」






 獣人は、人に比べて気配の察知能力が高く、鼻がいい、耳がいい、勘が鋭い、といった特徴を持ち合わせる。


 人と比べると魔法操作に関して少しばかり低い代わりに身体能力が少しばかり高いといった具合である。






 獣人と人の見た目の違いといえば、人では本来耳が横にあるところ大半が頭の上部に移っていたり、しっぽが生えていたりするのだが、獣人の一族によっても大きな違いがある。






 耳の形がまるでネコのようなものもいれば、ウサギのような耳をしているもの、しっぽが生えているもの、生えていないもの、しっぽはあるものの耳は人間と同じようになっているものと、獣としての血の濃さによって変化が生じている。






 この国でも昔は血の濃さによる差別はあったが、国内ではそういった光景をあまり見ることはなくなった。時代の移り変わりというものだろう。








2人の寝室は2階、コツンコツンといった音を鳴らしながら2人はゆっくりと一階へに降りていく。




2人は手を繋ぎながら恐る恐るといった感じに玄関先に向かう。


外は嵐のため強い雨の音、雷の音、風の音が聞こえる。






 そう、それらが原因のせいで、それら原因に打ち消されてしまっていた為、玄関先に近づくまで小さな声に気づくことができなかったのだ。








外から小さな子供の声が聞こえるではないか。それもかなり弱々しく、かすかにと言った具合にだ。






「あなた!」


「あぁ!」






2人は急ぎ扉を開ける。








 扉を開けた先には、何一つ纏うこともなく、玄関にあたる濡れた石畳の上に仰向けで震え、小さく消えてしまいそうなほど弱々しい声を上げるやせ細った赤子が映る。




ここまで来ておいて、濡れるとわかってわざわざ赤子をここに捨てていった。




どうしてこんな日に。






後々考えて分かったことは恐らく臭いを消すためだろう。


自分自身の臭いも、赤子についた自分の臭いも。






夫婦は赤子を拾い上げ、家中で看病をした。






 暖炉を炊き、お湯を用意し、妻は泣きながら赤子を抱きしめ、自身の火属性の魔法によって少しでも体温を戻すように、周囲を暖める。






夫は泣きながら雨の中、自分が濡れてしまうことなど気にせず医者を求め街中を走る。








 どうして自分たちの所には望んでも子供を得ることができなかったのに、子供を自ら捨ててしまうのだろうか。あと少しでも遅ければ確実に死んでいただろう。それほど弱々しく感じる生命。今でさえふと目を離しただけで動かなくなってもおかしくないほど小さな生命。






神様はなんて不公平なのだろうか。


自分達の求め悩み続けたことをあっさりと捨ててしまうものがいるなんて。










 赤子は命をつなぎ止めることができた。赤子は耳もしっぽも揃った獣人の男の子、うっすらと金髪の生えかけの毛を生やした男の子。






2人はこれを運命だと考え赤子を我が子として迎え入れることを決めた。




 周囲からは反対は必然で、まず養子にするなら本来元の血筋を考慮し、立派な跡取りにするために育てるものが一般的な考えである。


 庶民の子供などを養子にすることはよっぽどの事がない限りあり得ず、せいぜい奴隷として扱われるぐらいだからだ。






 それでも2人は自分達が決めたことだからと反対を押し切り、自分達の子として育てる事を決める。


 子供の名前は【ジン】と名付けられた。


 ジン、獣【ジン】、人に優しく生きて欲しいといった意味でつけた名前。










2人は本当の我が子のように育てた。








2人のおかげで、ジンは元気を取り戻し、すくすくと成長していく。


ジンが拾われて3年と少し経ったある日。


なんと諦めていたはずだった子供を授かる事ができたのだ。






2人は泣いて喜んだ。


周りから見れば2人にとっては8年越しにできた本当の我が子だから当然だといった態度。








しかし、2人にとっては【2人目】の子供ができる喜びだった。






「ジン、あなたもお兄ちゃんになるのよ」


 と涙ながらに母が。




「よかった、本当によかった」


 と母とジンを抱きしめながら言葉を漏らす父が。




「うん!ジン、お兄ちゃんになる!」


 とジンが喜びの声を上げる。






それから時が経ち子供が生まれる。


生まれたのは両親2人と同じ薄いクリ色の髪の毛をした女の子だった。






女の子は母の一存で【ミーシャ】と名付けられた。


女の子には可愛らしい名前をつけたかったからといった親心での名前である。




ジンとミーシャは4つ違いの兄妹になった。






2人はどちらも自分たちの子供だと同じ愛情を注ぎ育てた。


夫婦にとってはどちらも可愛い我が子たち。


ジンもミーシャの事をとても大切にし、常に一緒にいる、誰がみても本当に仲の良い子供たち。














少しづつ成長していく子供達。


ミーシャがよく喋るようになった頃、2人は家の中で隠れん坊をしていた。




小さな子供の体でなら隠れる箇所は少なくなく、意外と見つかりづらい。




ジンは厨房に潜り込み、普段あまり使われていない棚の中に隠れる。


今はミーシャがジンを見つける番なのだ。










ガチャリ、扉を開く音がする。


ミーシャの足音ではなく多少重たい足音が2つ聞こえる。








忙しい両親に変わり、時間帯によって短いながら子守として家政婦が交代で雇われている。


両親は今、仕事のため外に出ているので恐らく交代前で2人いるんだなと。






 ジンにとっても良くしてくれる2人だったので、少し脅かしてやろうかとも考えたが、今はミーシャとの隠れん坊中だし、後でこっそりといたことを伝えてやろうと考えじっと待つことにする。










だが、そんな企みもあっさりと崩される。


普段2階で遊んでいる子供たちが、厨房にいなかったからこそ繰り広げられてしまった会話。


偶然隠れるためにミーシャが部屋で大人しく待機している間。






 ジンにとっていずれ知ってしまうであろう話、しかし子供にとって少し早かったかも知れない衝撃的な会話が聞こえてしまう。






 ぽつりと聞こえてしまう。




「最近、周辺の方々がジン君に向けられている視線を思うと、可愛そうに感じてしまいます……」




「──それも仕方ないわよ、結婚してしばらくは子を授かることが出来なかったと聞いてますし、お子様をどうしても欲しかったんでしょう」




「それでも周りから見たらどうしても目立ってしまいますもんね…・・・私の家族も最初は奴隷の面倒を見る仕事なんてするんじゃない!なんて酷い反対の仕方をしてきましたし…」




「どうしても金髪というのが、ご家族の中でも目立ってしまうものね……」




「以前まで働いていた者が言っておりましたが、嵐の中、家の前に置き去りにされていたところ、お二人がお拾いになられたって」




「随分と酷い……もうこの話は辞めておきましょう。上にいる子供たちに聞かれてしまったら……」








ジンは知らなかった。


自分が拾われた子だと言うことを。






でも思い当たる節はあったのだ。




同じ歳の子たちと会った時も


「やーい、きんぱーつ」と言われていた。




両親と共に歩く際は良く見られていた気がした。






 本当に髪が金色だから名前みたいな感覚で呼ばれていると思っていたのに。両親にこの事を話した時は悲しい顔をされながら抱きしめられた事を思い出す。当時は何も分からなかった。






両親は2人ともミーシャと同じ薄いクリ色の髪の色。


親と一緒に手をつないでいる子供たちもみんな同じ髪の色をしていた。








 獣人にとって、親の髪色を子は受け継ぐ。それぞれが違う髪色をしているなら片方に寄るか、混ざったような髪色になるのに対して、明らかにジンの髪色は家族と違っている。






 当時のジンにとってそれはまだ常識でなく、髪色なんてものなんら関係ない普通の事だと思っていたのだ。






 家政婦の2人は少しの間、別の話を交え、厨房から出て行く。











それから少し経った頃、薄いクリ色の髪の毛がトテトテと厨房の中に入ってくる。





「ジンお兄ちゃんみーつけた!」




ニッコリと笑顔で棚から引っ張り出され抱きながらそういった。


さっきまでは悲しい気持ちで一杯だったジンの心の中が、ミーシャの温もりで慰められる。







 それでもこれまではなんとも思うことのなかった周囲の目が、会話がジンにとって怖いものになっていたのは間違いない。








「ほら、あいつだ」「あの家の……」「なんとまぁ……」「どこの子かしら」












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 ジンが15才、ミーシャが11才になった。




 両親はジンに学院に通うことを勧めたがジンは断った。






 学院は15才~19才までのものが入学が可能、知識・魔法・実践的な戦闘方をを学ぶ場である。


 また、今後の世代同士が交流を深める場でもある。





 学院に通うためには年間で金貨100枚前後、ここから寮に入るのならさらにお金が掛かるため、ある程度裕福でない限り学院に通うことは叶わない。







 金がないものは、冒険者、低い賃金での労働者、親の仕事を引き継ぐぐらいしか道がないが、学校に通うことによって各所から推薦、得た知識にて企業等、沢山の業種を選ぶことができる。


 国務に関することも、兵隊に入るなら役職が最初から与えれる。


 卒業までおおよそ3年と括りがあるものの、金銭さえ支払えるのであれば最長5年まで可能となっており、大半が箔をつけるために意地でも卒業していく。





 推薦枠として能力を評価された場合は一部免除、無償で入学を認める特例を出す学院もあるため、絶対金がないと通えないといった訳でもないが、狭き門である。





 小さな時に通える国管理の学校といえるものはあるが、学べる事柄は一般知識ぐらいだったため、一時的な預かり施設として利用されるぐらいでその割には金銭も掛かるのであまり使われることもない。





 なので、親がある程度まで自分達で教えるか、資金面に余裕のある家庭は教師を雇い子供への魔法、戦闘方法を学ばす。


 教え方が上手いものは学院にて教師をしている方が給金も良いので、よっぽど良い教師に巡り会えなければ基礎の魔法、戦闘方法を身につけるまでで終わる。







 ジンもミーシャもこれまでは学校でなく、両親、両親の雇った教師、近隣の人達の影響化で成長していた。


 両親の頑張りのおかげで、ジンを学院に通わせることは金銭面でいっても問題ない。









 しかし、ジン自身が街を離れたかったのだ。


 少しずつ成長していくにつれ、周囲からの視線が強くなっていく、そう感じるようになってしまっている。


 わざわざ両親やミーシャがいない1人の時に直接言ってくる輩もいた。







 自分に対してだけならまだ耐えることも出来たかもしれない。


 だけどそれが両親、そしてミーシャに影響がある、今後も出てくるかもしれない。






 それが許せなかった。








「父さん、母さん、俺は街を出て冒険者になる」






 母は随分と反対していた。別の街、別の国で学院に通えば良い。わざわざ危ない冒険者になる必要なんてない。





 自分の両親はそう言ってくれるだろうと予想はしていた。例え血が繋がっていなくても実の子として扱ってくれるんだろうと。






 それでも2人にこれ以上負担を増やしたくないからこそ、自立したい。子供ながらのわがまま。





 きっと学院での人間関係なんてものを考えるなら自由に生きている冒険者の方が自分に合っている。







 父が「好きなように生きたらいい、その代わり」







 その代わりといって4つの条件を出される。





 定期的に手紙は送ってくること。


 無茶しない事。


 絶対に死なない事。


 帰りたくなったらいつでも帰ってきて良い事を思い出す事。





「俺、絶対に守るよ」








 出発前日にこれまで隠していた、ミーシャに打ち明ける。







「お兄ちゃん、本気の本気で出て行く気なの!?」




「おう、いってくる」




「ならミーシャも一緒にいく!」




「ダメに決まってるだろ、ミーシャはまだ子供だし」




「お兄ちゃんが冒険者になれるならミーシャだってなれるもん!お兄ちゃんチビだし!」




「チビは関係ないだろ!冒険者は身長とか関係ないんだよ!それにミーシャの方がちっこいじゃねーか!」





 ジンの身長は、15才の男子の中でも小さい方にあたるだろう。


 獣人だから小さいといったことはなく、成長過程は人と大差ない。






 4つ下のミーシャの身長はジンのおでこ付近のため、ギリギリではあるが兄の威厳を保てている。






「魔法だってミーシャの方が上手に使えるもん!」




「俺だって少しなら魔法使えるし、ミーシャは運動全然できねぇーじゃんか」




「でもでも・・・・本当に行っちゃうの?」




「行くって決めたからなー」




「何日ぐらいで帰ってくるの?すぐ帰ってくる?」




「しばらくは帰ってこないよ、少なくても1~2年は帰ってこないと思う」




「そんなに帰ってこないの!?ミーシャの事忘れちゃうでしょ!」




「それぐらいで忘れる訳ないだろ、戻ってきたら沢山話聞かせてやるからな」




「絶対だよ!ミーシャとの約束!」




「わかったわかった、約束だ」




「―うん、わかった!ミーシャ待ってるよ、……でもねでもね、それなら一つお願いしていい?」




「ん?無茶なことじゃないならな」




「今日は久しぶりに一緒に寝てほしいな、どうせしばらく会えなくなるんだし、お兄ちゃん成分いっぱい補給しとくんだ!」






 といってもここ2年ぐらい前からやっと別々で寝るようになっていただけなのになー、と内心思いながら今夜は2年ぶりに一緒に寝ることになった。









 血は繋がって無くてもなんだかんだで11年間、ほぼほぼ一緒に居続けた妹。だから出来うる限り悲い思いをさせたくない。もう少し大きくなったら周りの目が俺に向いてることがわかってくるんだろな。






 こいつなら意地になって反論しかけない。そうなってしまったらミーシャまで周りから迫害されてしまうかもしれない。そんなの許せない。








朝起きるとミーシャの体の下敷きになっていた腕が痛かった。







出るなら朝のウチにと伝えていたのにミーシャは起きる気配がなく、一階の食卓へ足を運ぶ。


両親はすでに起きており、とりあえずは最後にあたる朝食を一緒に取る。








これまでお世話になった家政婦の方々にも昨日のうちに挨拶も済ませてある。


食事をいつも以上にゆっくりと、ゆっくりと済ます。








 旅の資金だが、これまでの小遣いだけでは足りないだろうと金貨50枚を両親が朝食の際に渡してくれた。本来は学院に入れるための資金を全て渡してくれようとしていたのだが、いくらなんでも多すぎて不安になるからと断る。




 金銭は、銅貨、銀貨、金貨があり、100枚単位で上の貨幣1枚の価値があり、安い宿なら銀貨8枚程度で1泊出来るぐらいの価値である。








 最後にミーシャの顔を見て行こうと思い寝ていた部屋、自室に向かう。扉を開けると毛布に包まる物体が1つ出来上がっていた。






「おーいミーシャ、お兄ちゃんいくぞー」




「……」




 返事をしてくれない




「最後ぐらい顔見せてくれよー」


 ゆさゆさと毛布の物体を揺らす




 それでもミーシャは反応しない




「あーぁ、お兄ちゃん寂しいなー、でも仕方ないなー、じゃぁ行こっかなー」




 部屋を出るそぶりをするとゴソゴソっと動く物体


  それでも顔を出してくれないらしい




 これはこれでラチがあかないのでもういくしかない、両親との別れも時間を延ばすと辛くなる。




「……じゃぁ、ミーシャ……いってきます」




 部屋を出る。













 階段を降りようとするとバタバタっと扉を開けて追いかけてくる足音。


 素直じゃないなと思いながら後ろを振り向く。




「おにぃぢゃん、――いっでらっじぇいぃぃいぃ!」





 ミーシャは普段周りから見ても可愛らしい整った顔をしている。


 それがなんとも、なんとも不細工な顔で泣きながら、大口を開けながら泣いているのだろうか。





 母は無事を祈って見送ってくれた。


 父はどこにいても家族だからなと、羽の形のネックレスをくれた。


 ネックレスの裏には両親、ジン、ミーシャの名前が刻まれている。




 大切にしよう。


 ネックレスを首に掲げ、15年間過ごした街を後にする。

















はずだったが




「やっべ、財布忘れてる!」






感動のお別れを済まして数分も経たないうちに帰宅するので姿がそこにはあった。

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