十七
アニメの描写やゲームの主人公達はどれだけ暗い場所にいても、見えにくい見えにくいといいながらも進めていたので、少しぐらいなら見えるものだと思っていたが全くもってそんなことなかった。
村の柵が見える範囲では、村の明かりや月と星の光がよく見えていたのだが、少し進むともうそこはうっすら光る糸と自分の持っているランタンの光のみで視界を確保できている。
森の中に入った最初は糸が右へ左へと伸びていたためどちらの方向に進みたいのかわからなかったが、今は村が左手側にあるように進んでいる。
常に曲がりながらでも、村の方角を忘れないように意識していたため方角がわかるのだが、なぜか修復作業を行っている東通りでなく、西の方角に続いているようだ。
ケイリーは、どうしてこちら側に進んでいるのだろうか。
森の中は、蟲の鳴き声、木々がかすれる音、自分の足音だけ聞こえる。村から結界の端までの距離はまっすぐ進むことができれば徒歩にして20分ほど、遠くはないが近くもない距離。
そろそろ端の方についてもおかしくないはず。昼間と比べて辺りが見えないため距離感もつかめず、1人で歩いているだけなのでどれぐらい時間が経っているかも体感でしかない。
実際の所、タケルは村を出て15分ほどは経っているものの、距離でいうなら昼間の10分も歩いた距離ではない。
最初の遠回りはもちろんだが、視界の悪さ、暗さに寄る恐怖心により歩幅が小さくなっている為、ゆっくりとしか進めていないのである。
「まだ続くのかよ……ケイリーどこにいるんだよ……」
糸はまだまだ続いているように見える。終わりはあるのだろうか、本当にケイリーのいる場所に導いてくれているのだろうか。本当は違う所に続いていたりしないのだろうか。
振り返るも糸はまだ薄くなっておらず、もともと見えにくいことを考えれば、よく見えている。村を出る際は透けるように徐々に消えていったが、振り返るもまだ糸が残っているので今のところはまだ大丈夫そうだ。
辺りには、人のいる気配を感じない。この暗さなら、自分と同じようにランタンだったり、ありきたりな松明を持っていてもおかしくないだろう。そういった光は一切見えないからだ。大人達もこっち側には来ていないのだろうか。すなわちケイリーもいないのではないか。
出る際はあんなに強気だったはずだが、それも10分に満たない時間で折れかけている。一度戻った方が良いのではないか、もうケイリーも戻っているのではないか。そう思いながらも1歩1歩と糸に導かれてながら前に進む。
森の奥、小さな光がタケルの目に映るのはすぐのことだった。
「ケイリー!」
糸の先も光の元へに続いている。これがケイリーでなくて、他に何があるんだ。ようやく見つけることができたと喜びで足下への意識が散漫になり、躓きながらも駆け寄る。
辺りに比べ、木々の隙間が少しばかりほかよりも広い場所、夜空の光とランタンの光のおかげで、ケイリーと見回った西の結界の近くだということがわかった。
光る糸は木に腰をかけて座っているケイリーにしっかりと繋がっていた。糸は発見と同時にそっと消えていったがそんなこと今はどうでもよかった。
「ケイリー!」
タケルがケイリーに声をかけるが返事がない、距離にして10歩もないのに聞こえないはずがない。明らかに様子がおかしいのだ。タケルは急いで駆け寄る。
「ケイリー! しっかりしろ!」
ケイリーは、苦しそに唸りながら額に大量の汗をかき、意識を失っている。右手には血の付いたナイフを痛みを忘れたいのか必死に握り、足下には雑に転がるランタン。体中にはこけたように泥がついているが、ここまでならよかった。
左手の様子が明らかにおかしかったからだ。肘から下にまるで引き裂かれたような傷。ひどい箇所は傷だけでなく、左手全体が右手に比べて2倍以上に膨れ上がり、血管がくっきりと浮き出ている。
明らかに普通じゃない。
こんな時にどうすればいいのか。タケルの思考は停止する。ケイリーの意識の確認?誰か大人をここに連れてくる?先に止血?ケイリーを背負ってでも村に運ぶ?もしかしたら動かしたら危ないかもしれない、動かさないと危ないかもしれない。
ケイリーは唸るように小さく返事を返す。そんなこと、わからないのだ。思考停止、咄嗟のこと、普段起きないことが起きてしまうと人は判断に困り、冷静に物事を考えることができなくなる。タケルは、多くを経験した人間ではない。ここまでのケガを負った人を目の前で見るのは初めてだった。
誰か近くにいてくれ、誰かに頼りたい。自分のせいでケイリーは出て行ったのかもしれないが、結局何もできない。どうして魔法なんて便利なものがあるのに、こんな時に使えないのか。
「ケイリー! 起きて! 起きてくれケイリー! どうすればいい、何があったんだよ!」
左手は触らない方がいいだろうと小さな肩をつかみ、体を揺らし呼びかける。
「……うぅ……うぅ……」
ケイリーは唸るように小さく返事を返す。
「誰か! 誰か近くにいないか! ケイリーがいたぞー! ケガしているんだ! 誰か来てくれ!」
突発的に、自己的に探しに出たものの、こんな風にケガをしているなんて事想像していなかった。結界の周辺にいて、父親を探しているぐらいだと思っていたんだ。
辺りを見渡しても誰かいるような気配はなく、葉がこすれ合う音、風の音、虫の鳴き声、ケイリーの苦しそうな呼吸音、タケル自身の呼吸音だけである。
どうにかしなくてはいけない。
こんなに苦しそうなんだ、動かさず、誰か大人を連れてこよう。
ケイリー、待ってろよ。
そう自分自身にいい聞かせ、声にして動き出そうとしていたところケイリーの体が意識醒ますのか、先程より大きな声を上げる。
「……ぅああぁあ!」
タケルは、目を醒ますなら動けそうか確認をとって、それ次第で一緒に戻ればいいかと考えを一瞬で改め、ケイリーの側に近寄る。
近寄ってしまった。
どんな生物でも、手負いは危険だということを。獣の場合、生き延びた場合、次からは自分を狙った生物を見ると襲う習性がある。そう、生き延びた場合。
生き延びるのに生物は必死になるのだ。あきらめの悪い生物ほど最後の力を振り絞り抵抗する。
「あぁぁぁああ!!!!」
恐怖の感情によってか、痛みによってか悲鳴を上げながら目を醒ます。そして、起きると同時に目の前には何かがいた。ぼやけた目と暗さが影響した事、何よりも先程襲われたばかりだったから再度襲われると思うのは当たり前だったかもしれない。 右手に握りしめていたものを使って自分の身を守るように体を動かしただけである。力一杯、全力で。
タケルの鳩尾に、ケイリーが【握りしめたまま】だったナイフが突き刺ささる。
「……えっ……ケイ…リィ……?」
刺された。刺された。刺された。
刺された。刺された。刺された。
刺された。刺された。刺された。
刺された。刺された。刺された。
刺された。刺された。刺された。
刺された。刺された。刺された。
刺された。刺された。刺された。
刺された。刺された。刺された。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「なんで……なんで兄ちゃんに……わざとじゃないんだ! 兄ちゃん! ほんとだよ! 兄ちゃん! あぁあぁああ!」
怯えた表情を浮かべながら、ケイリーは自分の行いを悔いるように。
「ケイ…」
見てきたアニメ、映画、ドラマ、小説でも刺されるといったシーンは見てきたが、少し苦しそうにするわりには意外と動けているがあんなの嘘っぱちだ。ただただ痛い。大丈夫なんて素直に言えない。
刺されたショックに痛みから声を出そうにも言葉が喉から出てこない。
刺された箇所はここだぞと言わんばかりに熱く感じる。
「あぁ……あああ! い…痛いよね! す…すぐ抜くから待ってね!」
刃物が刺さった場合、抜くのは良くない。刺さるだけでも十分に体の中を傷つけ、出血してしまっているが、刺さったままなら傷を塞ぐ役割も果たしているため、抜いてしまうよりも出血を抑えることが出来る。
また、無闇に抜いてしまうと、同時に体内をより傷つけてしまうので、更なる出血を誘発してしまうので、治療できる環境が整うまではそのままにしている方が良い。
刺されても抜くな。これは一般常識だと思われている。しかしその常識も物騒すぎる常識であるがゆえ、滅多に使う事がない知恵。だから、この場でも通用しなかった。
「まっ…」
待ってと言い切る前にケイリーの手によってタケルの体からナイフを抜かれてしまう。
「いぎゃぁあああああ!!! 痛い! 痛い! 痛いぃいいいぃいいぃい!あぎゃぁあああぁぁぁああ!!」
洒落になる痛みではない。両手で痛みを耐えるために傷口を押さえるが血は止まってくれない。ケイリーを見るも怯えた表情をし、カタカタと震えながら左腕を押さえ、こちらを見ている。
先ほどまで刺さっていたナイフは地面に落とし転がっている。ケイリーを見つけた時点で、握りしめていたものを取り上げてしまっていれば避けれた事柄。それを怠ってしまったタケルの考えの甘さによる事故。
自身のもっていたナイフで、自身の手によって、目の前の人物が死にそうになっている。血も絶え間なく出続けている現状にケイリーはこれまで見せたことがないほど怯える子供の表情を見せる。
いくら大人ぶっていても、タケルよりも年下の子供であるのは違いないのだ。
食事として獣を捌くことと、人を切ることでは全く違う意味合いになる。
恐怖からなのか、罪悪感からなのかケイリーも戸惑いを隠せない。
「ぁ…あぁあぁあ……」
「……ケイリィイ…ィ……」
会話すらままならない。タケルにとってそんなつもりになくても、ケイリーにとってタケルから名前を呼ばれる声は恨みの籠もった声に聞こえていただろう。顔はよくもやってくれたな、やりかえしてやる。そんな風に捉えられるほどこわばっていたかもしれない。
「ひ……ひと…呼んでくるから! す…すぐ戻ってくるからぁ!」
この場から逃げるためなのか、はっと思い出したようにケイリーは行動に移す。
待ってくれ、こんな場所で1人にしないでくれ。痛くて言葉がでない。
思いは伝わらず、ケイリーはケガをしている左手を押さえながら暗闇の中に身を隠していく。
ドサリと手で傷口を押さえながら仰向けに倒れる。少しでも楽な体勢になればいいと思ったからだ。
「うそ……だよ…な…」
こんなところで終わるなんて嘘に決まっている。
人は簡単には死なないはずだ、なんたって異世界だ。これぐらいのケガあっさりと直して貰えるだろ。
服は血で真っ赤に染まり、顔は涙と鼻水で濡らす。
それもケイリーが誰かを連れてきてくれるまでの辛抱だと信じて。
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