#16





 ●





 こちらに…、と先生に促されて、エリは後ろ手に拘束されたまま、部屋の真ん中に置かれているソファーに移った。

 ソファーからは、正面に大きく開いた湾と、対岸の半島が遠く見える。雄大な風景だ。


 先生はもう一本の縄を持ち出して、


「脚にかかるよ。辛かったらすぐ言いなさい」


 と告げた。エリは声に出さず、ただ、首を縦にふった。

 スキニージーンズの左の太ももに、今度は色の付いていない麻の縄を何度か巻きつけた。締め込んで、脚の血流が滞らないように、特殊な結び目できちんと縛ってくれていることに、エリは気づいた。

 左の太ももの拘束が済むと、縄の一端をスルスルと長く伸ばす。

 そして、胸の縄と結合した。

 背中で腕を縛り、胸ではバストのふくらみを絞るように拘束した朱色の縄の左脇の下に、その太ももを縛った麻縄の一端を巻きつけて、いま一度、左の太ももへ戻す。その状態で、


「締め込むよ…」


 と、先生は告げた。


 そして麻縄が擦れる音がすると、左の太ももがグッと、左の脇の方に寄せられた。二重になった脇と太ももを結ぶ縄に、残りの縄を巻きつけて、束ねてゆく。束ね終わると、縄の末尾をきれいに結びつける。


 同じ動作を今度は右脚で繰り返す。

 痛くならない程度に太ももを縛られ、胸の縄と結んで絞ると、左右の太ももが両脇の方に吊られる格好になる。

 自然と、脚は開き、ジーンズを履いているとはいえ、股間がむき出しとなる。膝から下は力を失ったように垂れ下がる。


 エリは、湾を望むソファーの上で、着衣のまま、M字開脚にしっかりと拘束されていた。


「できたよ」


 と、先ほどと変わらない穏やかな口調で先生は言った。


「はい……」


 エリはほかにどんな返事をしたら良いのか、分からなかった。


「すごい、格好です」

「そうだね。きみは変に怖がったり身体をこわばらせないから、とてもきれいに縛られているよ」

「…はい」


 先生は、エリに背を向けて、キッチンの方に歩き始めた。


「すまないが、コーヒーを淹れてもいいかな?」


 いや!


 拘束されて、身動きが取れないまま、相手がその場をわずかでも離れようとする。その瞬間、エリの脳裏にがフラッシュバックした。

 胃の縁がキュっとすぼまり、名付けようのないかすかな痛みが、稲光のように身体を駆け抜けた。


「行かないで」


 つい、そう、口走ってしまった。

 背中を向けた先生は立ち止まり、スローモーションでこちらに振り向いた。

 そこには、深い笑みが広がっていた。


「やっと、胸のうちをひらいてくれましたね」


 と、穏やかに告げた。

 そして黙って拘束されているエリのソファーのとなりに腰掛けた。

 その髪を撫で、その肩を抱いた。


「大丈夫?」


 先生が聞く。


「…はい」


 エリは強い羞恥の気持ちに襲われた。図らずも自分の一番深い場所にある気持ちを口に出してしまったことに。


「怖かったんだね?」


 怖い?

 そういう感情だろうか?

 分からない。


「わかりません…ごめんなさい。

 言葉に、できません。……気持ちを」


 うん、とだけ先生は答えて、あとは黙って髪を撫でてくれた。


「あまり優しくしないでください」


 エリは、こぼれそうになった気持ちをとりまとめ、強気にそういった。不恰好な笑顔を作っていることに、彼女自身は気づくことはなかった。たいへんに淫らな格好の中で。

 くくっと、喉の奥で先生は笑った。


「解いてあげる。コーヒーを淹れた後にね。待てるね?」

 そう言った。


 それから数分後、エリは拘束を解かれた。

 彼女は先生に断って、手洗いを借りた。

 清潔に掃除されたトイレの便器に座り、エリはジーンズを下ろし、コットンのショーツを下げた。


 グレイのショーツのクロッチに、透明な愛液の糸が伸びていた。


 ペーパーで拭かねばならないほどに濡れているとは、その瞬間まで、エリは自分でも気がつかなかった。




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