行こうぜ相棒
フカイ
モンステラの肖像
#1
「いいから脱げよ」
今日はそんなつもりがなかったから…。
最初に脱げ、と言われた時、エリはそう言って、彼のリクエストを断った。
そしたらその男は、ぶっきらぼうにそう言い返したのだ。
それが、気に入らなかった。
普通なら、エリとここまで来たら、全ての男がエリの言うがままになるはずだった。エリが女王様であるかのようにかしずき、処女のように接するはずなのに。
「消してよ。電気」
そういうエリに、男は薄笑いを浮かべて言った。
「気取るなよ。ヤリたくて来たんだろ?」
「そんな風に言われたら、ヤル気も失せるよ」
「いいから脱げって言ってるんだよ」
旧市街のランプ通りに面した小さなホテル。利用者の大半はここを連れ込み宿として使っている。とはいえ、行き届いたサービスと清潔な寝具が評判の良いホテルだった。
ここを選んだところまでは良かった。
会って、食事をして。軽くお酒になって。
レストランも気取り過ぎるフレンチなどでなく、カジュアルな台湾料理というのも気が利いていた。
国際政治コンサルタントというよく分からない仕事だって、一夜の相手にふさわしい、と思った。多少独善的な物言いはあったけど、それが致命傷になるとは思わなかった。
エリはちいさく唇を噛む。
そしてワザとゆっくりと、スカートをたくし上げた。愛らしい膝小僧。そして白い太もも。
男の目線をしっかり掴んで、釘付けにして。主導権を取り返すつもりだった。
だけど。
「面倒な女だな」
そう言った男は、二歩でエリの目の前に立つと、片手でスカートをたくし上げた。
「やっ」
エリは両手でスカートを抑えようとするけれど、男の大きな手で両手首を掴まれ、あっという間に両手を上げた、バンザイの姿勢にさせられた。
体術の心得でもあるのだろうか?
少しでも身体をよじろうとすると、
「っつ!」
「気をつけな。親指の付け根をキメてるからな。無理に動くと脱臼するぞ」
と彼が言う通り、身動きが取れなくなっている。が、動かない限り痛みは来ない。
エリの背中に冷たい汗が流れた。
なんて男だ。
こんな風に女を扱うなんて。
男を見る目は養ってきたつもりだった。でもいま、何も抵抗できぬままに、この男にいいように扱われようとしている。このまま、どこまで汚されるのか――。
「あっ」
そう思った矢先、男の指がエリのショーツのクロッチに触れた。
自由を奪われ、恐怖にさらされながら、その指は的確にエリの芯を捉えた。
「ゃめ…っ」
言葉にならない悲鳴が喉の奥で潰れる。
そしてその指がエリの縦筋を正確にトレースし始めた。ゆっくりと。繊細に。
男の指は薄布越しに、エリのスリットの上を辿る。
かすかに爪先を立てると、ショーツにわずかに食い込み、谷間の筋目に忍んでくる。
ヤメテ。
ソンナ風ニシナイデ。
気持ちは、言葉にならない。
唇をかんで、首を横に振るだけだ。
レイプまがいの、そんなやり方。
横暴に女の自由と尊厳を奪い、勝手にそのデリケートな秘部に汚れた手を伸ばす。そんな乱暴な行為に感じる女がいるなんて、男たちの幼稚な妄想に過ぎない。下衆なポルノの見過ぎに他ならない。こんな風に身勝手に身体の聖域に触れるなんて、決して許されてはならない。絶対に。
エリの中で怒りと悲しみが同時に訪れる。
身体がカッと熱くなり、腹の底が苦しく震える。
男の手が伸びて、エリの顎を捉える。
男は何も言わず、横を向くエリの顔を自分の方に向けさせる。エリは拒絶し、顔を背ける。が、男がひとたび掴んだ手に力を込めると、身体を走り抜ける鋭い痛みに、されるがままになるしかない。
男の指はエリの顎を掴んで、自分の方に向かせた。
男の目が、目の前にあった。
黒く縁取られた底のない闇が、エリを射抜く。
何も言わず、男はエリの目を見つめる。
先ほどの荒れた態度とは全く違う時間が、そこには流れている。
あらゆる言葉を飲み込んで、沈黙する闇。
しかし深く澄んで、何故か痛みと悲しみの光が宿る、闇。
男の抱える複雑な胸の内が、そのわずかな燐光に明かされる。
性の欲のなかで男はエリを捉え、そしていま男にも理解できない何かを、男はエリに明かしてしまった。ただの戯れだったはずが、図らずも心の深淵の灯火を、男はエリに明かしてしまっていた。
男は戸惑い、そしてその悲しみが深まる。
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