寺の責任者だけど転生したらナマズだったし、それを知ってるはずの息子に殺されて食われてしまった件
ミネムラコーヒー
本編
気がつくと暗く汚い水たまりの中にいた。まわりには同じく黒くて汚い魚がうようよしている。どこなんだこれは。
おれは上出雲寺という立派な寺の別当、わかりやすくいえば僧侶のトップだ。僧侶といっても回復魔法とか補助魔法が使えるわけじゃない。天台宗という仏教の寺の僧だ。天台宗の寺の中でもおれの寺は極めて重要なポジションにある。その昔、伝教大師という人が日本に天台宗を広める拠点を考えた際、あの霊名高い比叡山・高尾山と比べてもさらに素晴らしいとされた土地だ。
そういうとさぞや立派な寺なのだろうと言われるのだが、実物を見ると皆がっかりする。門から本堂、あらゆるところが黒く汚れて穴だらけ。数年前の台風で倒れた建立以来うちに生えていた立派な大木も倒れたまま放置されそのまま朽ち果てている。
そんな状況になっているのは部下の僧たちがだらしないからだ。大木はおろか草むしりだってまともにしてやしない。最後に草むしりしているのをみたのは2年前のことだ。それだって忘年会僧の皆でさんざん酔っ払ったとき「鍋の具がねえぞくらぁ!!」と若い僧をけしかけたら、「うっすうっすー」とふらふら出ていったそいつは庭の草をむしり取って鍋に突っ込みやがった。苦かった。
寺が荒れ果てていたのは僧たちが務めを果たしてこなかったからだ。別当であるおれの管理責任だと言うかもしれない。実際そうといわれたらそうなのだが、別当の仕事は世襲で代々おれの祖先たちがその役を担ってきた。恥ずかしながら立派だったのは建立当初だけ。代々寺は荒れ続け、おれの代になったときにはもうどうしようもない有様だった。それを改善しようとしなかったことは事実だが、代々の悪習を改めることは難しいものだ。それにこれは運命づけられたことでもある。伝教大師がこの地を選んだときに言ったのだ。
「上出雲は素晴らしい。しかし寺の将来を決めるのは人だ。残念だがこの地は人を狂わせる。僧たちの心は荒れ、やがて寺は朽ち果てるだろう」
伝教大師の予言は正しかった。この寺はもう長くない。もう数年ももたないだろう。別当としてそのくらいのことはわかる。しかしおれの代で終わる不名誉は避けられるだろう。そう寺以上におれの命はもう長くない。長年の不摂生が招いた結果ではあるが、もう十分に生きた。息子には寺を潰す不名誉を押し付けて申し訳ない。しかしおれにはもう起き上がることもできないのだ。
そうやって病に臥せっていたはずだが、いまこの水たまりにいる。いったいなんだっていうんだ。
「お、別当もついにいらっしゃいましたか」
誰だ。周囲には魚しかいないぞ。
「わたしですよ。昨年死んだ寺の草むしり担当です」
ああ、あの鍋に草つっこんだ若いやつか。そうかあいつ若かったのに死んだんだったな。しかしどこにいるんだ。見渡すかぎり魚しかいない。
「ここですよ、ここ」
目の前をみると、
「え?え?魚がしゃべってる?」
「何いってるんですか。別当だって魚ですよ。おれたちゃ死んで魚に生まれ変わったんですよ」
「えええっ!?」
水面を見下ろすと、醜くでかい
◆
草むしり担当から聞いたのは信じられない話だった。ここにいる魚たちはかつての上出雲寺の僧侶たち。そしてこの水たまりは寺の屋根裏に雨漏りして溜まってできたものだという。どうりで汚くて淀んでるわけだ。
しかも魚たちの噂ではここはもう長くないらしい。もうすぐ嵐がくる。寺は崩れる。寺が崩れればおれたちは水を失った魚。やがて苦しみながら死ぬ。それだけならまだしもおれたちは醜い魚だ。とりわけおれはどでかい鯰。近所の子供に棒で殴られ、無様に死ぬだろう。
「いやだ、死にたくない。どうしたらいいんだ草むしり担当」
「別当、なにかスキルは持ってますか?」
「なんだそれは?」
「なんでもおれたちは魚に転生するときにそれぞれ仏様からチートスキルってやつを授かるんですよ」
「なんだかおまえ急によくわからんことをいい出したな」
「いいから『スキル』って言ってみてください」
「す…すきる」
<スキル
頭の中で不思議な声がした。
「
「そいつをつかって息子さんに助けてもらえるようお願いしたらいいんじゃないでしょうか?」
「おお、たしかにそうだな。やってみるとしよう。ところで草むしり担当、おまえのスキルってやつはなんなんだ」
「私はこのとおり、
草むしり担当の鱗が黒から茶色に変わった。
◆
その夜、おれは
「聞け…、息子よ…」
「え?なになに?うわっ、でかい
「聞け…、息子よ…」
「も、もしかして父さん…?」
「アイアムユアファーザー…」
おれは息子に事情を説明した。
◆
そしてその日がきた。嵐が吹き荒れ寺の大黒柱が折れた。おれたちの水たまりもくずれ落ちた。息子はおれのメッセージを信じていたようで、僧侶たちはくずれた屋根を外し、おれたちをすくい上げ始めた。おれは存在をアピールするべく隙間から庭に這い出ていく。
息子の前まできて、その顔を見上げる。息子はまるで肉でもみるかのようにおれを見下し、鉄の杖をおれの頭部に押し当てる。
「おーい、こっちのはでかいぞ。手伝え」
「でかっ、まだコイツ生きてますよ。締めますね」
かつての部下だった僧が草刈用の鎌でおれのエラを切り裂いた。血が流れ身動きが取れなくなるが、魚というのは難儀で意識はなかなか消えない。おれは意識を保ったまま、運ばれ、捌かれ、鍋にされた。
「川までは30分はかかる。どうせ運んでいる間に死んでしまうだろう。それならば肉親の糧になったほうがいいだろう。ささっ、父の遺志をムダにせぬよう汁まで飲んでやろう」
息子がおれを煮た汁をすする。おれは薄れる意識の中でもうひとつのスキル、
そうして上出雲寺は建物も人も、すべて滅び去った。
寺の責任者だけど転生したらナマズだったし、それを知ってるはずの息子に殺されて食われてしまった件 ミネムラコーヒー @minemuracoffee
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます