第伍章“魔王、説教される”
ナブーという竜は、
知恵と書記を司り、遠見の能力も持つナブーは魔王エンリルの目と言われていた
さらに、かの竜は生まれた瞬間から、世界の動きを見続け、生まれ落ちて2000年の間の事を記録し続ける竜でもあったのだ
また、幾千、幾万、幾億もの魔術や魔法の知識をその頭脳に詰め込んでいるかの竜は、人間から見れば、叡智を持つ神話の竜になるであろう
さらに、ナブーは王を窘める事もしていたのだ
というよりも、王がそれを許している所があると言った方が良いだろう
それ故にナブーは古竜の森では魔王よりも信頼されている竜だった
イシュタルなども魔王を足蹴にしているが、過去に彼女は何度も魔王を怒らし、その度に大人しくお仕置きを受けているため、根本的には魔王に逆らえないのである
そのため、ナブーは沢山の古竜達から慕われていたのだった
「――――――――もう吐き気は無いですか?リチャード」
「吐き気はありません………………ただ、その………」
「ああ、吐いて空腹になりましたか?」
「はい………………………………」
「そうですね………………今回は仕方ありませんね
この依頼書は小分けする事も良いようですし、今日狩った分を納品して、今日は帰りましょう
まだ金銭に余裕はありますからね」
「う………すみません………………」
「いいですよ。今回は私が悪かったですし」
エンリルはリチャードがホーンラビットを狩っていた地点に行くと、損傷がそれ程無いホーンラビットを素早く腑分けして、必要なものをバックに詰め込んで行った
「そういえば、ナブー」
「なんでしょう?王よ」
「その姿は目立ちます。小さくなるか、目立たない動物になる事は出来ますか?」
「その程度でしたら………………」
ナブーはそうエンリルに応えると、ナブーの身体がどんどん小さくなり、最終的には小さな梟の姿になった
その姿を見たエンリルは、片手で丸を作ってOKサインをナブーに出すとナブーは小さな梟の姿で羽ばたいて、エンリルの肩に乗った
「では、街へ帰りますか!」
そうして、エンリル達の1日は終わったのだった
***
冒険者ギルドに今日、狩ったホーンラビットを卸して、エンリル達が泊まっている宿についているサービスで簡単なものを頼み、エンリル達は軽く食べながら話し合いを始めた
「――――して、王よ。古竜の森に戻るつもりは無いのですか?」
「ありませんね。私は此処で人間の生活を堪能するつもりですので」
「はぁ………………貴方様は言い出したら、こちらの話を全く聞きませんからね………………
それならば、私が貴女様を見張っている方がよろしいですね」
「ふふ、ナブーならばそう言ってくれると信じていましたよ!」
「ならば、何故あの時、逃げたのですか?
目を逸らさない!!!」
梟の翼でビシッ!とエンリルを指すナブーにリチャードは苦笑いを浮かべた
「――――で、王よ。道中、王は家が欲しいと言っていましたな」
「ええ!私はアトリエが欲しいのです!」
「ああ………王ならばそう言うでしょうね………………」
ナブーが疲れ切ったかのように呟き、リチャードは苦笑いを浮かべた
溜息を吐いてから、ナブーは再び口を開いた
「で、何か計画があるのですか?」
「まだ何も無いですね!」
「この街について1週間しか経っていないうえに、リルさんの暴走を俺が見張っていて………………」
「あ~~~、そうだと思いましたよ………………」
ぐったりした様子のナブーにリチャードはしゅん………と落ち込んだ
ナブーはそんなリチャードの肩に止まり、翼でリチャードの頭を撫でた
「王の暴走を防いでいただけでも立派なものです。アレが起こした数々の事件を思い出してください」
「あ、はははははは………………」
「それどういう意味です?ねえ?」
「胸に手を当てて考えてください」
そう吐き捨てたナブーにエンリルは「ちぇっ」と言って、拗ねたような表情を作った
エンリルのその態度を見たナブーはもう一度、溜息を吐いた
「まず、家を買うための物件を探さなければいけませんよ」
「まあ、そうは言いますが、私達+アトリエの物件なら、それなりにありそうな気がしません?」
「そんな事ではすぐに頓挫しますよ!
我が王、リチャード、今、請け負っている依頼を終えたなら、すぐにでも物件探しに入りますよ!いいですね!!」
「「はーい!」」
ナブーの言葉に2人は素直に返事をし、その様子を見たナブーはもう一度、溜息を吐いたのだった
***
エンリル達は森の中にいた
今日もホーンラビット相手にリチャードの訓練をしていたのだった
昨日の内に半分近く屠ったとは言え、ホーンラビットは残っている
リチャードは昨日のように必死にホーンラビットを次から次に狩りながら、エンリルから飛んでくる駄目出しを聞いて、必死に食らいついていた
「ふーむ………………王よ。少々、助言をよろしいでしょうか?」
「ん?」
「リチャードには人間の剣の師をつけた方がよろしいかと考えます。リチャードは人間です
魔王である貴方様を師にすれば、いずれはその壁に挟まれる事になるでしょう」
「ああ、それですね………………考えてはいるのですが、この街には剣の師となる良い人間がいないんですよ
ですから、その点でも悩んでいると言った方がよろしいでしょう」
「左様でしたか………………しかし、早めにリチャードには剣の師をつけねばなりませんぞ」
「う~ん、どうしたものかなぁ………………」
そう悩んでいる内にリチャードはホーンラビットを依頼通りの数を狩り終え、その角と肉をバックに詰め込んでいた
ちなみに、エンリル達が使っていたバックは血で使えなくなり、新品のバックを購入し、ナブーの魔法でマジックバック化し、かなりの量を詰め込めるように改造された
小さくなったバックにエンリルは喜ぶようになり、次々に荷物を突っ込んで行った
「これで依頼は達成ですね。では、帰りましょう!」
エンリルのその言葉にヘロヘロになったリチャードはホッとし、ナブーはそんなリチャードの肩に止まって魔法で戦って熱を持った身体を冷やしてあげていた
2人と1匹………1羽?が帰りの道を急いでいる時だった
「王」
「うん?」
「前方に何者かがいます。人数は9人なのですが、1人だけ膨大な魔力を持つ者がいます」
「へぇ、お前がそう言うなんて珍しいね」
「理由は………………見ればお分かりいただけるかと、」
ナブーのその言葉にエンリルは口の端を持ち上げ、その黄金の目の瞳孔は蛇のように縦に細くなった
リチャードはそんなエンリルの魔王らしい表情に嫌な汗を掻いたが、大人しくエンリルについて行っていた
やがて、自分達の前方を塞ぐ形で集団がエンリル達の進路を塞いだ
エンリル達は立ち止まり、その集団を見た
その集団は異様としか言葉が無かった
全員が狼の仮面を被り、すっぽりと全身を覆う黒いローブを着ていたのだ
あまりにも可笑しな身なりにエンリルは目を鋭くした
だが、彼らの前にいる人物を見た時、エンリルは目を見開いた
「………………………………ナブー、お前が言っていたのはこの事か」
「はい、我が王………」
「………………………………胸糞が悪いですね………あの肥溜めよりもずっと汚らわしい神が創り上げた魔法が残っているなど」
小声で交わされる会話は向こうには届いていなかったらしく、集団はまるで劇場の役者のように手を広げ、何かを話しだした
「――――――おお!我らが神よ!!」
その言葉にエンリルの周りの温度が物理的にも精神的にもガクッと下がった
ナブーは素早くリチャードの肩に行き、リチャードにエンリルから離れるように言った
「この哀れな冒険者達に貴方様のご慈悲をお与えください!貴女様の威光を示す、信者となるであろうこの哀れな冒険者の魂を!!!」
「………………………………その神は既にいない」
「貴方様の威光をお伝えする幸運を掴んだ冒険者達を貴方様の館にて美しき楽の音にてお迎えください!!
そして、この国に素晴らしき貴方様の力が満ちる事を我らは約束しましょう!!!」
「その神は魔王エンリルが屠った」
エンリルがその言葉を発すると、今まで叫んでいた人物の動きが止まり、エンリルを見た
その目に可笑しな憤怒が満ちて行く様をエンリルは確かに感じていた
「――――――――汚らわしき存在を口にするのはお前か?」
「事実を言っただけですよ………………そんなものを創り上げた神は死んだ
魔王エンリルによって、生きたまま心臓を抉り出し、その心臓をイラの火山に投げ込まれて死んだ」
エンリルが口にしたものは人間の間では最古と呼ばれる神話にある事柄だ
とある神と魔王の攻防は、最終的に魔王が勝った結末だ
だが、エンリルの前に立つ集団は、その言葉を吐いたエンリルに対して、持っていた鎖を掲げた
鎖は一番前にいた褐色の肌に白い刺青が彫られている白い髪の少女の首についている首輪と繋がっていた
その手には禍々しい剣が握られており、普通の人間では使おうなどと考えるような事は絶対にしない代物だった
少女はずっとガクガクと震えており、エンリルはそれが少女の身を蝕む大量の魔力が原因である事を知っていた
鎖を持っている人物以外はエンリルの言葉に戸惑っていたが、エンリルはそんな事どうでも良かった
エンリルの最大の関心事はただ1つだった
「その禁術を何処で知った。それは神すらも封じたものだぞ」
エンリルのその言葉を聞いた鎖を持っていた人物が鎖を手放し、少女に何か呟いた
震えているだけの少女は、奇声を上げながら片手で剣を振り上げ、エンリルに向かって振り下ろした
「――――――――こんなもので私を倒せると思われるとは………………私も見た目を強そうな装いにするべきですかね?」
その問いに答える者はいなかった
その場にいる全員が、あっさりと真っ二つに折られた少女が持っていた剣に注がれていたからだ
「――――――馬鹿な!!!危険度S級の呪具だぞ!!!!!」
エンリルはそう叫ぶ仮面の集団を無視して、折れた剣で今だエンリルを攻撃し続ける少女に視線を注ぎ続けた
そして、少女との距離を取ると少女の周りを囲むようにつむじ風が巻き起こり、それが収まると少女は茫然と立ち、その身体は震えてはいなかった
エンリルは少女のその様子に笑みを浮かべたが、すぐにそれは無くなった
「――――――――――深いな」
その言葉に何かを察した仮面の集団が大きく何かを唱えると、少女の首輪にある鎖がグンッッ!と鎖を持っていた人物の手元に戻り、その鎖を掴むと同時に誰かが放った目くらましの煙玉が地面に叩きつけられた
何も見えなくなった所で、少し離れていたリチャードが慌ててエンリルの名を叫んだが、代わりに返って来たのは男の悲鳴だけだった
明らかにエンリルの声ではない悲鳴にリチャードは驚いたが、突然吹き荒れた突風ですぐに煙が晴れ、そこにあった光景にリチャードとナブーは顔を引き攣らせた
「――――――ナブー、ちょっと尋問に付き合ってくれますか?」
「我が王………………」
そこには、エンリルに首を鷲掴みにされ、身体を浮かせた狼の仮面の男がいた
エンリルの長身の所為か、仮面の男の足は浮いており、時折その身体が痙攣していた
おそらくエンリルに首を鷲掴みにされた事で首が絞まり、意識が半ば遠のいているのだろう
時折、エンリルが仮面の男の頭をえげつない音を立てながら叩いていた
「それだけで拷問になると思うんですが………………」
「リチャード、まずは情報を吐かせなければいけません。ですから、もっと残忍な方法で拷問をしなければなりません」
「うわぁ………………」
リチャードはエンリルの言葉にエンリルに鷲掴みにされている男を憐れんだ
「王よ。此処では他の人間の目に留まる可能性があります
尋問は森の中で行うべきでしょう」
「ふむ、それもそうですね!」
エンリルはナブーの言葉に従い、首を持ったまま森の中に入って行った
その光景に2人は苦笑いを浮かべるしかなかった
やがて、丁度良い空間がある場所を見つけ、エンリルは男を地面に叩きつけてから、男の胸を容赦なく踏みつけた
「リルさん、悪役みたい………………」
「それもラスボスのような感じですね………………」
「何ですか、その感想。私が何者か知っているでしょうに」
男は必死にエンリルの足の下から逃げようとしていたが、普通の人間が
エンリルはその状態で尋問を始めた
「では、こちらの質問に全て正直に話してもらうとしましょう
そうですね………………嘘を言ったら、腕を一本、捥ぎましょうか?」
「王よ。この場にはリチャードもいますぞ」
「あ、今のは無しにします。困りました………………どうしたら正直に答えてくれるでしょうか」
エンリルの足の下にいる男は仮面の下でニヤリと笑った
どうやら、リチャードと呼ばれている人間の所為で本格的な拷問が行われないらしい
だが、男の予想は最悪の形で裏切られた
「あ、そうだ。ナブー!」
「いかがしましたか?王よ」
「お前、この男を抑えていなさい」
「はっ」
青年の肩に止まっていた梟がふわりと空中に跳んだ
そして、仮面の男の真上に来ると、その姿を変えた
「――――――――――――――え?」
梟は一頭の竜に変わった
鴉の頭に、梟の目、水晶のような枝分かれした角、漆黒の羽毛で覆われた身体に、角と同じ美しい水晶の手足、尾は長く、先には角と手足と同じ水晶の鏃がついており、背中には漆黒の4対の翼があった
鱗の無い竜
その竜の総称を仮面の男は知っていた
「こ、りゅう………………?」
仮面の男の言葉にエンリルは笑って、口を開いた
「――――我こそは“荒れ狂う嵐”
我こそは“風の主”
我こそは“大気の王”
我こそは“古竜の創造主”
魔王エンリルなり」
その言葉に仮面の男は自分の末路を覚った
絵書き魔王の冒険 @utatanebaku
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