第肆章“魔王、ステップアップする”




 エンリルの朝は遅い


 もっぱら先に起きるのはリチャードで、エンリルは大抵、リチャードが朝ご飯を作り終える頃にやっと起きてくる


 本人は「二度寝はこの世で最も至高の時間」と言っているので、おそらく二度寝、三度寝を貪っているのであろう


 反対にリチャードの朝は早い


 日が昇り切る前に起き出して、簡単な身支度を整えた後に、剣の素振りをし、それが終われば、流した汗を水で洗い流し、さっぱりした所で自分とエンリルの分の朝食を作り出す


 それが出来上がる頃に寝ぼけ眼のエンリルが起き出してくるので、エンリルがいつも適当にする彼自身の長い黒髪を整える


 朝食が終われば、2人で洗面器の前で歯を磨き、冒険所ギルドへ向かう


 初日に渡された冒険所の依頼品を全て納めて、やっと彼らは初心者冒険者では無くなった



「おめでとうございます!リチャードくん、リルさん!」



 初日にエレナと名乗った褐色巨乳の美人な受付のお姉さんは、リチャードにロックオンしたまま、妖艶に微笑んでそう言った


 その露骨態度にエンリルはニコニコと楽しそうに笑っていた

 反対にリチャードは少し引いた態度でエレナに対応していた



「では、お二人は新米冒険者から、Eランク冒険者へとステップアップされましたぁ~」

「Eランク………」

「はい!Eランクだからと言って甘く見てはいけませんよ!

 Eランクは冒険者の基本!ですので、此処からが本当のスタートです!頑張っていきましょうね❤ リチャードくん」

「ひぇっ………」



 あからさまな語尾のハートマークにリチャードは恐怖のあまり、後ろに下がった

 エンリルはその様子に笑いを堪えながら、エレナに進めるよう促した


 エレナはエンリルの言う通りに進めつつも、その目はリチャードに釘付けだった


 その様子に恐れをなしたリチャードは、急いでリルの後ろに回り込んで、エレナの視線から逃れた


 そして、エレナは2人をとあるボードの前まで案内した

 そこには様々な依頼が張られており、時折、冒険者がその紙を剥がして持って行っていた



「お2人共!こちらが冒険者ギルドの名物“ギルドボード”でございます!」

「おお、あの有名な………………此処に依頼が張られるんですよね?」

「その通りです!リルさん!

 お2人が順調にレベルアップして、その名を轟かせるようになれば、指名される事だってありますよ!」


「指名、ですか?」

「ええ!貴族のお偉い方から、直接名指しで呼ばれる事も夢ではありません!

 現にこのギルドに所属するB~Sランクの方々は、一度は指名依頼を受けた事のある方々!


 ちなみに………………リチャードくんが私を指名しても、良いんですよ❤」



 色気たっぷりにそう言われたリチャードだが、リチャードは完璧に怯えてしまい、エンリルの背中にしがみ付いてしまった


 エンリルは爆笑するのを我慢していたら、身体が震えてしまい、そこだけ地震が起きているような事態を起していた



「あン………………断られちゃいました❤ そんな所も素敵ですよ❤ リチャードくん❤

 さて、依頼の受け方ですが、依頼はこのギルドボードから取って、受付にいる、わ・た・し・に渡してくださいね❤

 そうしたら、私が依頼遂行者を登録させていただきますので」

「依頼遂行者?」


「はい!依頼を受けてその依頼を遂行してくださる方をこちらで登録させていただきます

 それでやっと依頼を受ける事が出来ますので!」

「解りました」


「あ、それから、依頼にこのようにA~Eまでの判子が押されています。冒険者は自身のランクと同じアルファベットが書かれている依頼しか受けれないので、お間違いないように!

 あ、そういえば、お二人はパーティを組まれますかぁ?」

「パーティ?」


「はい!難しい依頼を遂行させるために冒険者同士が協力する事があります❤

 パーティを結成させれば、依頼の成功率も上がりますし、報酬もほんの少しですが、上がります

 ちなみに、高ランクの人は、大抵は何処かのパーティに入っていますし、複数のパーティの掛け持ちもOKです❤

 どうですか………?エレナともパーティを組みませんか?リチャードくん❤」



 リチャードは既にエンリルの絵の具がついた白衣の下に隠れて震えていた

 そんな様子のリチャードにエンリルも流石に同情をし始めていた



「うふふふ………いつでも待っていますからね❤ リチャードくん❤

 あ、これがパーティ申請書になりますぅ~

 こちらの欄にパーティ名を書き込んでくださいね❤

ギルド内にあるパーティ名が先にあるパーティ名と同じ場合は文字が消えるのでご容赦ください」

「解りました。何から何までありがとうございます」

「いいえ~、これが私の仕事ですので!

それでは、頑張ってくださいね!」

「はい」



 エレナは一通りの事をエンリル達に教えると、名残惜しそうに自分の持ち場へと帰って行った


 エンリルはまずはチーム名を考えないといけないな、と考えて二人羽織になった状態で移動し、リチャードを椅子に座らせてから、パーティ名を考える事にした



「さて、リチャード、何か妙案はありますか?」

「うーん………」

「ふむ、無いようですので、こりゅ「リルさん」冗談ですよ」



 エンリルはバッと両手を上げて降参のポーズを取った

 そんなエンリルの行動にリチャードはまた溜息を吐いた



「弱りましたね………私達を端的に表し、尚且つ解りやすい名というものがありません」

「そうですね………………(魔王とその養い子だからなぁ………)」



 リチャードとエンリルはしばらく考え込み、ふとリチャードはエンリルがいつも持ち歩いているペンを取り、紙に何か書いた



「おや?もう思いついたのですか?」

「思いついたのはついたのですが、ありそうな名前なので物は試しで書いてみようか、と………………」



 リチャードが書いた言葉は数分経っても変わらなかった

 その事にリチャードは驚き、エンリルはぼそりと呟いた



「皆さん………強そうな名前を考えるために、このような名前を考え付かないのでしょうか………………?」

「さ、さあ………………?」



 エンリル達は残りの空白を埋めて、エレナに提出しに行った

 エレナはエンリルのパーティ名を見て、良い名前だと言ってくれた



「皆さん、強そうな名前だとか、カッコイイ名前とかを考えるのでこういったパーティ名はあんまり無いんですよ~」

「ああ、やっぱり………………」

「リルさんの予感が的中した………………」



 そう呟くエンリル達にエレナは苦笑いを浮かべて、すぐに承認の判子を押した

 そうすれば、紙は蝶姿になってひらひらと受付の奥へと向かって跳んで行った



「では、これでリチャードくんとリルさんによって冒険者パーティ“ファミリア”の成立を確認させていただきましたぁ❤」

「あ、ありがとうございます………………」



 またもやリチャードにぐいぐい迫るエレナにリチャードは2歩程引いていたが、それに飽きたらしいエンエリルが2人を無視してサクサク手続きを進めていた


 全ての手続きが終わった2人はエレナから離れて、先程のギルドボードに来ていた

 リチャードの方は、よれよれになり、ぐったりしていた


 エンリルはギルドボードをじっくり見てから、一枚の紙を手に取った

 リチャードはエンリルの手にある依頼書を見て、固まった


【ホーンラビットの角と肉の採取(50匹)】


 リチャードはすぐさまエンリルを見た

 エンリルはにっこりとリチャードに笑いかけていた


 リチャードは暗雲を背負い込む事になった


 エンリルは意気揚々と依頼書を受け付けまで持って行き、サクッと手続きをした

 そして、リチャードを引き摺ってホーンラビットが生息している森へと向かったのだった






***






「24匹、ほらほらこのペースでは日が暮れてしまいますよ!そうすれば、ホーンラビット以外の魔獣がやってきますよ!!」

「わかっ、て――――いますよッッッ!!!!!」

「25匹、26匹………身体の重心をぶれさせない!剣に力を入れ過ぎていますよ!

 ただ闇雲に振るっているだけでは殺せませんよ!!」

「――――――――――クソッッッ!!!!」

「自棄にならない!自棄は天敵と思ってください!!死にたいんですか!!?」



 リルさんの言葉に俺は剣を握る手に力を入れて、下半身の重心を落した


 立て続けにホーンラビットを1人で狩り続ける状況に俺は倒しても倒しても増え続けるホーンラビット達に疑問を持った



「――――――リルさんッッ!!!!」

「ええ、貴方の言いたい事は解ります

 一旦、ホーンラビットを狩るのを中止します」



 その言葉を聞いて、俺は周りのホーンラビットを屠りながら、リルさんの下へと向かった


 リルさんの下に行くのに、それ程の困難さも無く、時間もかからなかった



「リルさん、これは………………」

「上位の魔獣に追いかけられているか、目撃したかのどちらかでしょうね

 いいですか、リチャード。私から絶対に離れないでくださいね」

「は、はい!」

「ん、良い返事です」



 そう言って、リルさんは俺の頭を撫でた


 俺の名前はリチャード

 古竜の森の魔王の養い子のリチャードだ


 11年前に起こった魔法自然災害“厄災の日”に突如裂けた次元の歪みに吸い込まれ、俺の養い親であるリルさんが支配する森に落ちた


 最初はそうとは気付かずに色々と粗相をしたが………………いや、知った後も色々と粗相をしていたな

 その点に関しては、リルさんには頭が上がらない


 俺の養い親のリルさんは人では無い


 魔王と呼ばれる、魔獣を生み出す神と人間の天敵だ

 人間を襲う、恐ろしく獰猛な魔獣達の王、それが魔王だ


 リルさんは古竜と呼ばれる魔獣を生み出した魔王だ

 普段は古竜に跪かれる魔獣の王………………いや、普段ではないな


 奇天烈、破天荒なリルさんは配下である古竜達には、まるで大きな厄災のような扱いをされていた

 まあ、リルさん自身が招いた結果なため、俺は何も言えないが………………


 そんな人に俺は11年間、育てられた

 リルさんは普通の子供よりも厄介であろう俺を根気よく育ててくれた


 普通の親ならすぐに放り出すような子供だった俺を、この歳になるまで育ててくれた


 そんな俺の養い親は、現在、家出と称して己の国である古竜の森から離れて、人間達が住んでいる街にいる


 元々から街には興味があったらしく、冒険者をしながら地道に家を買うとキラキラした目で語っている


 そんなリルさんに絆されて、俺は今だ古竜の森にリルさんと一緒に帰る事が出来ない

 リルさんが生み出したナブーと呼ばれるリルさんのお目付け役である古竜にお説教されそうだ



「………………………………………………………………………………リチャード」

「リルさん?まさか、敵の正体がわか――――――――――――――――」


「逃げますよ!!!!!」


「へ?」



 リルさんはそう叫んで、俺を片手で脇に抱えると一目散に逃げ出した

 その行動に俺が目を剥いて驚いていると、何か巨大なものの羽ばたきが聞こえた


 何か巨大な魔獣かと考えたが、リルさんがあまりにも本気で逃げているため、俺は揺さぶられて酔ってしまい、まともな判断が出来なくなった


 俺がそんな状態になりつつも、リルさんは逃げ続け、俺達の上を何か巨大な影が覆った

 その影にもう一度、目を見開くと、俺達の前に“それ”は降り立った



「――――――――――――やっと見つけましたよ。我らが王」



 鴉の頭に、梟の目、水晶のような枝分かれした角、漆黒の羽毛で覆われた身体に、角のような美しい水晶の手足、尾は長く、先には角と手足と同じ水晶の鏃がついており、背中には漆黒の4対の翼があった


 そこには、リルさんをよく諌める竜、ナブーさんがいた


 ナブーさんはリルさんを一瞥し、ギンッという効果音が付きそうな目付きでこちらを睨んだ

 その目にリルさんはサッとナブーさんから視線を逸らした


 リルさんのその様子にナブーさんは溜息を吐いて、俺達の前に四足歩行で近づき――――――――――――



「――――――こンの、馬鹿魔王ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!」



 特大の雷がリルさんの頭に突き刺さった

 というか、ナブーさんの尾の先にある水晶の鏃がリルさんの頭に突き刺さった


 ドグサァッッッ!!!!という普通の生物だったら明らかに死んでいるような攻撃を受けてもなお、リルさんは何ともなかった


 というか、この人が血を流している所を俺は一度も見た事が無い………………



「アンタは自分がした事が解っているんですかッッッ!!!!!!」

「だって………………」

「だってじゃあ、ありませんッッッ!!!!アンタを失えば古竜がどうなるか解っているんですかッッッ!!!!!!」

「いや、君ら、普通に生きていけれるよね?????」

「イシュタル達を物理的に止めれるのはアンタしかいないんですよ!!!!!!?」



 説教が始まったナブーにリルさんは大人しく説教を受けていた

 魔王が説教を受けている状況は、最初知った時は驚いたが、今では馴れたものだ


 だが、今はそれよりも………………………………



「それに、リチャードまで巻き込んで!!!!古竜達が、リチャードがいないと泣いていたのですよ!!!!!?その嘆きと言ったら!!!」

「り、リチャードは私の養い子ですぞ!!連れて行って何が悪いのです!!!!」


「悪いに決まっているじゃないですか!!!!!!!リチャードは人間ですが、人間の街にはたった7年しか住んでいないんですよ!!!!!!!?

 それ所か、リチャードは私達と住んでいる期間の方が長いんですよ!!!!!!!?」

「う、それはそうですが………………そ、それでも、私達はちゃんと人間の街に住めていたのですよ!!!!!!?」


「それ以前の問題だって言ってんでしょうがッッッ!!!!!

 リチャードも何か言って………………………………………………………………………………リチャード?」



 やっとナブーさんが俺の顔色に気づいてくれた

 ナブーさんに釣られてリルさんもこちらを見てくれた


 取りあえず………………………………



「………は………は、吐く………………………………」



 その後、俺は吐きまくり、リルさんが瞬時に想像した薬で俺はずっと戦っていた酔いとおさらばする事が出来た
















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