兄弟喧嘩

 ライバーとパーティクルは今後の段取りをまとめ、飛行場へとやってきた。

 ライバーは監視を行わせていた部下たちに監視の解除の指示を出す。彼らはそれに異を唱えない。

 パーティクルの指揮の元、船から移民たちが荷下ろし作業をするのを遠目で見つめていると、メイクが駆け寄ってくる。

「なんだ、通信はできたのだろう?」

「もちろんよ。だけど、私も行ってマサムネを助けたい。でも、ここにあるGAじゃ無理でしょう。」

 オーボゥのように航続距離に秀でているならともかく、テノールでは、あくまで飛行できる程度の能力しかもたない。ここからユーラシア大陸東部まで飛ぶのは不可能だ。

「つまりサートが使えればいいのだろう?」

「あのねぇ、サートがないから困ってるんでしょ!」

 サートの飛行能力は優秀だ。魔光晶エネルギーについてはチャージ無しで飛行できるだろう。もっともマサムネあっての力でもあるのだが。

 含みのあるライバーの言葉だがメイクの察しは悪かった。

「あの船に積まれている」

「ホントなの!?」

「条件付きになるがな」

 殖民船にサートが積まれていることはパーティクルから確認している。

「条件? もう何だって言ってよ。こっちは急いでるんだから。」

 ライバーを相手に軽々しく言い放つ。とはいえ、彼は年下を、マサムネの連れをからかうようなことはしないが。

「彼女の妹を預かる」

 指揮するパーティクルの背中を見て、彼は言う。

 クラウディア・ディグニファイド。メイクが急に預かることになってしまった少女は敵の将軍の妹。年頃は、少し年下。知り合いのパシフィルと同じくらいだろうか。女将軍と違い、身体は細身で年齢よりも痩せている。

 サートと共に引き合わされた少女は、少女らしいワンピースを着ているものの、表情は暗く、無口だった。メイクを見ても挨拶をしようともしなかった。

「余裕ないからいいけどね」

 本来なら怒るところだろうが、少しだけ昔の自分の境遇を思い出した。大人の都合で世界を知らずに閉じ込められた。マサムネに出会えたものの、戦いのために自分自身を利用され、戦いを忌避したこともある。

 この少女もまた、そういう類だ。であれば、今の所そのケアをしてやる余裕が、メイクにはなかった。マサムネの戦いを許容することは自分でも難しかったからであった。

「お前、サートに乗れるのか?」

 軽く言った手前、ライバーはサートを彼女に触らせるが、そもそもサートはマサムネ以外乗ったことはない。魔光晶コクピットに入れないのだから当然である。

「前に一緒に乗せてもらったわ」

 緊急だったから乗せてもらえた。もはやそれを頼りにするしかない、とメイクは考えていた。彼女だって、サートにマサムネ以外が乗ったことないことぐらい分かっている。

「お願い。今は乗せて頂戴。」

 と、あまり他人には見せないしおらしい口調で、緑の魔光晶に触れて言う。するとサートはメイクの手を透過させた。彼女を乗る事をサートが許容したのである。

「ありがとう。さぁ行くよ!」

 乗れることが分かると、クラウディアの腕を掴み、サートにさっと乗り込んでしまう。

「え!?」

 巻き込まれた少女は驚く。彼女とて母星の状態は理解している。軍務で気に掛けられない彼女のために地球に移ることを了承した。だが、悪く言えば人質扱いであることには変わりない。何も分からない地球人に預けられるとなれば、不安なのは仕方なかった。

 引き合わされた女性は少し年上ぐらいの美人だった。相手もクラウディアを預かることになり迷惑そうにしていたが、恩人のマサムネの関係者故期待ぐらいはしていた。とはいえ、いきなり機体に連れ込まれたのは驚いた。

「マサムネに会いたいなら、乗りなさい」

 以前同乗してもらった時の見よう見まねで、サートを操作するメイク。それが精一杯で、クラウディアには目を合わせることはできなかった。

 だが、助けてもらった恩人にまた再会できる日を願っていた彼女にとって、その言葉は希望になった。


                 *****


 バールグル社への査問会。

 ウィストニアの帰国後、バールグル社がアスクレオスとの内通の疑惑を明かすために組まれたものである。

 フィシュルの回復を待って、王国議会で執り行われた。ライバーを欠く議会は珍しいが、事実を明らかにするのが目的なので、ウィストニアも欠席しても問題無しと判断した。

 査問は社長のフィシュル、主だった役員はもちろんのこと、ライアンや外部協力するジャッカルにも及んだ。3日に及ぶ質問会の結果は灰に近い白。

 というのもフィシュルは前回侵攻戦中、親の代にあった研究についてアスクレオス側から接触を受けたのだという。

 そこから記憶があやふやになり、ニフンベルクというあの前線基地の指揮官に利用されていたようだ。また洗脳を受けていたのはフィシュルのみで、役員やライアンら社員たちは人質を取られたりして脅されていただけであった。

 ライバーのいる前線基地でニフンベルクから聴取したところ大筋で合っているため、王国はフィシュルに対して、マサムネのプロジェクトデータを提出するよう求めて査問会を閉会した。

 一連の査問会の後、フィシュルは関連企業都市の謝罪回りに出かけた。ライアンやジャッカルは王国のGAパイロット講習に駆り出され、ジャミラスの研究所を一時の休憩所としていた。

「もっと風当たりが強くなると思ってたが」

「まだこの国は情報機関が育っていない。それにバールグルに懇意な人間も多い。それが良かったところだろう。」

 ジャッカルはもう小柄な体ではない。のっぽのライアンから見慣れないゴリラ体型に困惑し通しだ。

「もう俺には関係のないことだがな」

 王国とバールグルのどっちつかずであった彼だが、ライバーの方の事後処理が終了しだい、故郷に戻る予定だという。

「アスクレオスはまだ諦めていないだろう。マサムネの行方も気になるところだ。」

「あいつ、作られた人間だってな」

 査問会でマサムネの出自、そしてアスクレオスとの接点が明かされた。ライアンもそれでようやく全てを知ったのである。

「人間の形してるのに、肉や血は魔洸晶で出来てるって話じゃないか。おかげで理論的には不老不死だってよ。」

「見る目が変わるか」

「当たり前だろうが!」

 ライアンの叫びにジャッカルは笑う。ネガティブな笑い方ではない。ライアンの心配を感心しているのだ。

「な、何だその顔はよ」

「お前は俺が縮んだ時と今の状態で見る目が変わってるのか」

「違和感バリバリだっつーの。もう慣れそうだけど。」

「ならそういうことだ。それがマサムネである以上、マサムネでないわけがない。

それともお前の親友は人間であるマサムネに限らなければならないのか?」

「俺が言いたいのはだな!」

 ジャッカルの言い様は言葉遊びだ。ライアンは言わんとしている事を論理的には理解して話題を戻す。

「お前は自分が人間である証明ができるのか。俺には『俺が俺である以上、俺は人間である』としか言えんがな。」

 ジャッカルは理解を示しつつも、同意しない。ライアンのマサムネへの心配は化物だと知った困惑というより、今後会った時にどう話せばいいか、という困惑だ。まるで異性への話し方に迷うようで、ジャッカルとしては新鮮だった。

「お前の心情は理解できる。だが肯定はしない。マサムネという生まれの正体は、マサムネの本質に何も変わりはないからな。」

「俺は割り切れねぇよ」

「割り切る? 違うな。頭で考えた違いを考えたところで、目の前にいるマサムネは過去のマサムネと何ら変わりはない。それを違うものとして見るのはライアン、お前の考えすぎでしかない。」

 ジャッカルの見た目から想像できない理知的な話に、ライアンは言葉に詰まった。頭で理解しても納得はできない。だから反論がもうできない。

「出番はどうやらないようですね?」

 ここはジャミラスの研究所。主人がいないわけがない。二人の話を見計らったかのようにいきなりやって来た。

「話が平行線になったら出て行こうとしたんですがねぇ」

 出てくるタイミングを逸していたらしい。

「しかしまぁ、技術的にはマサムネさんが興味深いのは確かなんですよ」

「それは技術者の意見だろう。人権を無視しない程度に研究してくれ」

 魔光晶による人造人間。『人造』というだけで心魅かれるものがあるのだろうが、何もなければ人間に違いない。

 人道が無視された研究をマサムネが通らせられているので、具体的にどんな研究をするというのだろう。

 とはいえ、ジャッカルは倫理的に同意できる話ではなかった。

「うーん、やっぱり生殖行動ですねぇ。マサムネくん、生殖能力を持っているのでしょうかねぇ。」

 具体的なことを言ってくる。なるほど、研究者として気になる項目であろう。ジャッカルは興味がないのでツッコミを入れようとは思わない。

 無視されたジャミラスはというと気を悪くしたわけではなかった。

 一方、ライアンは依然下を向いて何事か考えている。男3人の会話が止まった、そんな時ジャミラスから呼び出し音が鳴った。

「はい何でしょう」

 まだ一般化されていないが、政府用に携帯電話とそれに伴う回線は敷かれている。

「分かりました、そちらに行きましょう。ウィストニア様には私から説明します」

「どうした?」

「二人とも出撃です。王国の衛星の広域レーダーに反応あり。隕石のものではない物体が大気圏を突入。王国郊外に落ちてくるものと思われます。あなた方はそのデータを収集し、敵対機であれば撃破をお願いします。」

 ジャミラスの緊迫した声。話を聞くだけでも尋常ならざる気配である。ライアンは即座に立ち上がり、自機へ向かう。

「援護とライバーへの連絡は?」

「動けるパイロットはアルザートへの訓練中。それとライバー殿はアスクレオス側の正式な使節と会談中です。」

「実質自由に動けて戦力になるのは俺たちだけか。了解した、出撃する」

 ライアンとは違い、情報を求めるジャッカル。詳細を聞いてジャッカルもレオスの元に向かった。

 政庁管制室。先の回線の中央塔であり、国家間通信の中継所も兼ねるようになっている。報せを受けたジャミラスが来るとすでにオーメが詰めていた。

「女王陛下もすぐに到着するかと」

「わかりました。落下物の特定はできましたか?」

「まだレーダーの範囲外のようですね。ですが、ほぼ人工物で間違いないでしょう。突入コースに入る前に軌道修正の動きが僅かにありました」

「目的は王国本土への奇襲かな」

「そうでしょうね。ただ、使節がライバー殿の元に訪れていることを考えてると、アスクレオス側が一枚岩ではないか、もしくは使節そのものが囮であるかのどちらかになりますが。」

「相手はまだ負けたと思っていない。後者であるほうが考えやすいかな。」

 ジャミラスはオーメとの話し合いからそう考えて、これから打ち出せうる対策を思考し始めた。

「北米前線基地から入電!」

「つないで下さい」

 このタイミングでライバーがいる基地からの通信。あちらでも何かが起こったのだろうか。通信士の許可請求に即答する。

「こちら、メイクです! そちらに重要な事実を伝えます」

 基地から通信しているのはライバー付きとして残ったメイクであった。声は落ち着いているが、通信映像の様子は妙に慌てている。

「アスクレオス側は王国へ巨大GAによる空襲を仕掛けてきます。しかし、重要なのは巨大GAについてで、そのGAにマサムネが乗せられてるんです! GA自体は自動人形です。破壊せずに止めて下さい!」

 メイクが伝えたことはディーゴたちの戦いで彼女に起こったことのそのままマサムネの身に起こったということである。あの時の救出はジャミラスにとって、まったくの奇跡と考えている。もう一回やれるのか非常に疑問だ。

 また前と違い、相手のGAもまったくの未知数である。

「GAについて何か情報は?」

「先の基地制圧戦で戦った巨大GAの同型機だそうです」

「それだけ分かれば。了解しました、こちらで対処しましょう!」

「お願いします」

 そうして通信が閉じられる。未知でない相手であれば対処のしようはある。

「現場に急行中のライアンとジャッカルへ通信を」

 通信士に今入った情報の通達を伝える。それから、今の通信を聞いている中、ずっと黙っていたオーメの様子を伺うと、彼の顔色が蒼白になっていることに気付いた。

「どうしました?」

「いや、すまない。またか、と思ってめまいが、ね。ここで私ができることは少ない。ちょっと外に出ているよ。」

 そう言って彼は退室し、入れ替わりにウィストニアが到着した。

「状況はどうなっている?」

「ただ今ご説明します」

 女王は少しも慌ててはいない。ジャミラスはいったんオーメのことを頭の端に置いて、状況説明に入った。



「撃破せずに止めろだぁ!?」

 ライアンは当然叫んだ。巨大GAとの戦いに慣れていないわけではないが、あれの装甲の厚さは身にしみて分かっている。パワーのあるサイファーでは加減が難しいのだ。

「あいつがあの時アスクレオスのほうに転移したならば考えられない話ではないか。だが、それを端置いて、相手は捕虜返還を平気で要求するなど厚かましいにもほどがある。」

 一方でジャッカルは冷静だ。レオスのコクピットシートを乗せ換えたが原因ではない。むさいオッサンの顔つきに頭のいい言葉が困惑を煽るが、前の小柄な体の言葉よりも信頼されやすくなった。

「だがマサムネが中にいるならやってやるさ。ジャッカル、指揮を頼む。俺は奴とは戦ったことがない!」

「了解だ。指示通り動けよ。」

「善処する」

 ライアンの勝手な行動はよくあることだ。ライバーやジャミラスの助言を聞かずに飛び出して、つまづいたことのほうが多い。

「見えたぞ。管制室!」

 早速レオスのレーダーに反応があり、目視できた。レオスを介して、管制室に情報が伝わる。

「前より速い。ライアン、加減せずにやれ! ちょっとやそっとパワーを出したくらいで落ちはしない!」

 なんとも乱暴な指示だが、ライアンにとっては願ってもない。

「了解!」

 サイファーを前に出し、向かってくるシュレンツイルに対し突撃する。青い巨大なGAを視認すると、それに対して真っ向から受け止めた。

「サイファービーム!」

 無謀なことに受け止めた零距離の状態でサイファーの光線を発射させた。

 その一瞬の内にサイファーと巨大GAは反発しあって、お互い吹き飛ぶ。

「普通に考えれば当たり負けする。運が良かったな。」

「なら、結果オーライだろ」

 サイファーにそれほどダメージはない。相手も同じだった。

 一瞬の照射だけだったのでダメージにならなかったのかもしれない。青い巨体はバーニアを吹かせて態勢を立て直していた。

 そして、飛行用のノズルやフィンを分離した。それをライアンたちは知る由はない。次に両腕部が発射され、直後に巨大GAも背中を吹かせて走る。

「奴の腕はそれ自体が武器だ。気をつけろ!」

「はっ、止まって見えんぜ!」

 ライアンは調子に乗ってるがそれだけがシュレンツイルの攻撃ではない。

「そうじゃない。その腕でビームを反射してくるんだよ!」

 ジャッカルが叫んだその時、シュレンツイルの両肩それぞれ3つの発射口らしき所から光線が放たれる。それは展開した両腕部に直撃、乱反射される。以前よりも無差別的でビームの雨に等しかった。

「何ぃ!?」

「チッ!」

 光が降り注いだことで正面モニターが光でホワイトアウトしてしまう。直撃はないようだが、当たっている振動がある。

(一つ一つのダメージはさほどではないらしいが、こんなもので撹乱されたらいくら手練でも)

 ジャッカルがホワイトアウトした中でもシュレンツイルを見定めようとして、前とレーダーを見る。唐突に接近警報がアラートし、本能的に回避行動を取ろうと操縦桿を動かそうとするが、衝撃は意識外の横合いから起こった。

「ぬう!?」

「ジャッカル!?」

 僚機に何かが起こってもこの状況では見極めがたい。ライアンはサイファーをたまらず前へと出した。すると光の向こうには青い巨体が目前にあった。ちょうど両腕部を再装着したところであった。

「やべぇ」

 呟いた所でもう遅い。真正面からビームを発射され、サイファーはまともに晒されたのであった。


                *****


 シュレンツイルは敵GAを撃破したという判断を下した。

 マサムネはただAIのめまぐるしい計算を眺めていた。そうする他なかったのだ。腕と足はシートに拘束され身動きが取れない。本当に攻撃している様子を眺めるしかなかったのだ。

 巨大GAが転がっている敵GAを尻目に王国中心部に向かう。飛行ユニットを脱落したおかげで機動性は落ちている。加えて、緊急迎撃で全力を出したおかげで、主任務である空爆が行えなくなっている。その事に関して、AIは代替プランを計算中だ。

 ライバーのオーボゥ、ジャミラスのベース・ザ・サタンは出てきていない。どちらかがいない、または両方いなければ、もはやシュレンツイルを止めるものはいないだろう。

 順調に移動するシュレンツイルの進行方向に街が見え始める。同時に、1機のGAを確認した。正面に見据えられたGAはアルザート。バールグルから納入される予定だった次期主力機である。単機のGAが機関銃で攻撃を始める。それは通常弾で、シュレンツイルには直撃しても分厚い装甲によってはじかれるものであった。

 だが、それしか知らぬようにフルオートで発射し続けるアルザート。

 シュレンツイルは突撃しても問題なしと判断して、このまま突っ込むことを選択したようだ。

「逃げろ、かなわない!」

 マサムネはたまらず叫ぶ。届きはしないと知りつつも叫ばずにはいられなかった。シュレンツイルとの距離が縮まる中、アルザート側の弾が切れる。やっと退くかと思いきや、アルザート側が突っ込んできた。

(力づくでも止めるつもりなのか!?)

 ここに来てシュレンツイルは目の前の敵GAを障害物と判断して、肩のビームにて迎撃する、ビームは脚部や頭部をかすめるが、アルザートは減速するどころか、スピードをさらに増させ、煙を上げながらシュレンツイルに全速で体当たりした。

 マサムネは対ショック姿勢を取った。コクピットまで響く大きな衝撃。うっすら目を開くと、目の前の映像モニターがブラックアウトしており、AIもまた、ダウンしていた。


                  *****


「シュレンツイル、行動停止!」

「失敗、か」

 艦橋でシュレンツイルの作戦行動を見守っていたシュルセルス。

「リッドウィーン、殖民船はどうか」

 シギオンダート・リッドウィーン。現在のアスクレオス軍の中では年嵩が高い方の幕僚である。

「あと十数分で離陸します」

「よろしい。戻った後はニフンベルクのみ移送後、殖民船は帰還させよ。作戦の第二段階はこれから24時間後とする。私は前線に出る故、艦の指揮はお前が取れ」

「了解です」

(よくよく前線に出たがる皇帝ではあるな)

 前皇帝も前線に自ら出ていいって戦死した。軽々しく戦場に出る指導者とそれをまったく止めない周りの者。どちらが悪いのかといえば両方なのだろうが、今回も策謀が動いているので仕方ない。

 リッドウィーンはパーティクルを射止めるために、彼女の妹をマッチポンプに利用した。しかし実際には、それをマサムネに妨害されたため、失敗してしまった。

 彼女を手に入れるためには、今回の侵攻作戦の指揮は成功しなければならないと思っていた。すでに彼女の心は、シュルセルスの元にあるとも知らずに。

(さて、決するときだぞ、マサムネ)

 当のシュルセルスは、作戦の第一段階の失敗とは裏腹に、覚悟していた状況に心躍らざるえなかった。


                   *****


「クラウディア!? ・・・それにメイク」

 シュレンツイル襲撃から2時間後。メイクとクラウディアを乗せたサートが王国に到着した。その時には巨大GAからマサムネが救出されており、彼女ら二人とも胸を撫で下ろした。

 しかし、マサムネの表情は喜ぶの束の間、暗く沈む。

 シュレンツイルを行動不能する特攻を仕掛けたアルザートに乗っていたのはオーメ・ヒラリンであった。

 彼は女王と入れ替わりに管制室を出て、GAに乗って勝手にシュレンツイルを迎撃したのである。シュレンツイルが停止したのは特攻そのものの衝撃だけでなく、GA内部の魔光晶が暴走したことも原因にあった。

 これによりシュレンツイル内部の魔光晶と共振してシステムが異常をきたし、停止したのだった。

 こんなことを引き起こし、また砲火を受け続けたアルザートにいたオーメがただで済むはずはない。

 彼女らがやってきたのはオーメの死亡が確認された直後であったのだ。

「僕が迂闊だったせいで、一つ命が消えた。さすがにダメージ大きいよ。」

 ジャミラスの研究所の待合室の椅子でため息をつくマサムネ。

「それにしても、クラウディア、君はなぜ地球に? パーティクルさんは?」

 マサムネはパーティクルがクラウディアとサートをメイクに預け、帰国したことをここで知った。

「そうか、パーティクルさんには色々感謝しなきゃね」

 言って無理にでも立ち上がる。

「恐らく、兄さんは明日仕掛けてくる。僕はあの人と戦わなければならない。」

 パーティクルがクラウディアを地球に残した理由は、マサムネには何となく分かった。これ以上、妹を利用させないためなのと、地球の方が安全だと判断したからであろう。

「死ぬつもり?」

 メイクが心配そうに聞いてくる。マサムネも覚悟している。兄、シュルセルスはマサムネに比べ、孤独と戦ってきた。温く生きていないということは覚悟も温くはないということだ。

「必ず僕の正しさを証明してみせる。そのために兄さんを犠牲にしたりはしないよ。」

 難しいことだが、それだけの思いを持たねば届かないかもしれない。

「女王様のところに行く。多分、明日が決戦になる。」

 マサムネの進言が決め手となり、王国は再侵攻に備えて迎撃準備を急ぐことになった。先の戦闘でのレオスとサイファーの損傷は軽く、まず修理が急ピッチで行われた。

 そして戦力であるGAパイロットたちはジャミラスに集められてブリーフィングとなった。

「うわ、でかっ!?」

 当然のことながらジャッキーの今の状態に驚かされたマサムネだった。

「迎撃はジャスティンセイバーを中心に行います」

 ライバー不在の今、マサムネたちを取りまとめるのはジャミラスである。GAの修理や整備で忙しそうにする格納庫の隅でタブレットに周辺マップを映し出す。

「ライバーさんは」

「現在強行帰還中なので、間に合うかどうかは不明です。ただ、手数に関しては、恐らく大丈夫かと。」

 北米の基地にいたライバーは、ジャミラスの言う通り、基地に残された長距離用航空機で移動中である。

「降下の知らせから、クロードルが援護を申し出て来ています。前回の作戦の挽回もあるんでしょう。ご苦労なことです。」

 マサムネは例のギータカイザーが見掛け倒しだったことを知らない。ジャミラスはそのハリボテ巨大GAに関しては渋い顔をしていた。

 GAを使い、戦艦とのドッキングで巨大GA化する機構を作り出す発想が理解できなかったのである。

「こちらは24時間内に辿り着くでしょう」

 最低限の戦力は揃っている。問題の要となるのは、シュルセルスを中心とする部隊である。

「兄さんは僕が対処します」

 マサムネの役目はシュルセルスを止めること以外にない。

「ええ、そうしてください」

 ジャミラスは冷たく言った。彼なりの思いやりである。特別な血を分けた兄弟同士で戦うなど、彼の思考を超えていた。つまりこれ以上、何か言うべきでないと考えたのだ。

 ジャミラスが慣れない作戦の詰めをやる中、マサムネは一人作戦会議をはずれ、出港準備中のジャスティンセイバーの艦内に入る。出撃に備えるため、休む場所は前線基地制圧作戦の時と同じマサムネとメイクが割り当てられていた部屋となる。

 本来ならばメイクやクラウディアに話すべきことがあったはずだが、考えたところで何も思いつかなかった。そして彼女たちを探そうにも、言葉が見つからず、先に部屋で休もうと考えていた。

「あ、おかえり」

「あ、ああ」

 迷いがある中、すでにメイクがいた。彼女はシャワー上がりのようで、熱気が伝わると共に、女性特有の香りが鼻につく。

「クラウディアは?」

「パシフィルと意気投合しちゃったみたいでねぇ。気を使わせちゃったところもあったけどさ。」

 メイクとの話は彼女としてしまっていたから、察してしまったのだろう。

「あのさ、お兄さんとは話せたんでしょう?」

「うん。でも結局、受け入れてもらえなくてね。なんとかサートを取り戻して地球に帰ろうと思ったんだけど。」

 我ながらもうちょっと考えればよかったとマサムネは思う。潜入の訓練は受けていないが、センスはないのだと痛感した。

「だけど僕を助けるためにオーメさんが犠牲になるとは思わなかったよ」

 マサムネのプロジェクトに最後まで良心の呵責があったようだ。最後に会ったのは、ライバーに面会を頼んだ時になる。マサムネが再び戦う道を選んだことで何らかの思いを募らせたのかと思う。

「バールグルの僕がいた研究所で働いていた職員の一人だった。僕の境遇に同情して、唯一人間的に扱ってくれた人。事故が起こったときも運良く助かってくれて、僕がまともな生活を送れるよう便宜を図ってくれたのもあの人だったらしい。」

 いわば恩人だ。なぜそこまでマサムネを助けていたのか疑問はある。しかしそれを聞く前に彼は逝ってしまった。彼からマサムネを預かったライバーなら何か知っているかもしれない。

「私がリュートの中に囚われていた時、マサムネも必死になってくれたでしょう?

それと同じことなんじゃないかな」

「そう、なのかな」

 あの時は記憶も戻っておらず、助けられる確信など万に一つもなかった。ただ助けたい気持ちが先走った結果だった。

 だがそう考えると、彼の行動もなんとなく納得できる。なんとしてでも助けたい気持ち。マサムネがシュルセルスを止めたいことと何の変わりがあろうか。

「やっぱり、メイクと一緒にいると気が楽になるよ。ありがとう。」

「わたしはあなたが消えたことで胸が張り裂けそうだったのよ?

そんな言葉だけじゃ、気が済まないんだけど」

 マサムネの礼で返ってきたのは密着してくる彼女の肌の感触。湯上りのため、火照りが直に伝わってくる。

「お願いだから、もう心配させないで」

「ああ、もちろんだとも」

「嘘つきなんだから」

 彼女の消え入るような願いを聞きながら、その肩を抱きしめた。彼女はマサムネからの返事が信頼に値しないことを分かっていながら、唇を合わせた。

 たかが1週間ぶりでしかないが、それでも永遠の別れが待っているかもしれないと思って、濃厚に愛を求め合った。


                   *****


 予定通りにアスクレオス旗艦と護衛艦が大気圏に突入した。

 シュルセルスは先陣を切るために自分専用GAであるシュイヴァインに搭乗し、出撃を待っていた。

「陛下、成層圏を抜けます。いましばらくお待ちを。」

 艦橋で指揮を執るリッドウィーン将軍が直接通信してくる。シュルセルスはそれに何も答えず、目を閉じ、精神統一を図っていた。

 数を数えたわけではないが、目を開いたと同時に耳に声が飛び込んでくる。

「ハッチ開放。シュイヴァイン、発進どうぞ」

 目の前は澄み切った空が見えた。アスクレオスだろうが、地球だろうが、空に違いはない。

「シュイヴァイン発進する! 全軍我に続け!」

 赤い旗艦から発進する青いGA。雲間に入り、一瞬で抜けるとアスクレオス星ではあまり見られない海が下に広がっていた。

 部隊の先頭で飛行していると、レーダーに続々と反応が表示される。

 その反応の中で、まっすぐこちらに向かってくるものがある。目視ができ、ライブラリデータにもあるその機体は、サート。

 白い機体色に、背中から鳥の翼かと見紛う純白の光の翼は、データとは一致しない。とはいえ。

「それが貴様の翼ならば相手にとって不足なし」

 シュイヴァインはサートと中身は同じ。搭乗者が魔光晶に近い存在だからこそ、GAはいくらでも姿を変える。

 青いGAは青白く発光し始め、向かってくる白いGAに真っ向からぶつかった。

「マサムネぇ!!」

「シュルセルスッ!」

 お互い実剣どうしの鍔迫り合い。1合、2合と合わせた後、シュイヴァインは左腕を向け、サートはライフルを向け、お互い撃ち合う。それらの動きを読み合い、見切っているかのように、撃ち合っても紙一重でかわし、次の手を打った。



「興味深いですね」

 迎撃に出てきた地球軍の先陣を切ったマサムネとサート。

 アスクレオスの先陣であるシュイヴァインとの戦闘を見て、ジャミラスは呟いた。お互い戦闘するのは初めてのはずだが、相手の動きを読みきった激しい攻防が上空で行われている。あれでは援護のしようがない。そしてそれは向こうも同じことだろう。

「対空雷撃用意! 敵艦を炙り出せ!」

 敵艦はまだ見えない。天気は晴れとはいえ、晴天までとはいかない。雲で隠れられながら索敵されては困る。

 サイファー、レオスが発進。救援に来たクロードルのオルガ・ウロボロスは今回は護衛機を発進させている。

「撃てぇ!」

 ウィストニアの合図と共に上空の空へと砲撃が開始され、遅れて、オルガ・ウロボロスも砲撃を開始した。



 サートとシュイヴァインは並走して陸地のほうへ飛んでいく。その中でも撃ち合いは続いていた。

「存外にやるじゃないか」

「僕は貴方を止めるために戦っている。貴方が負けを認めるまで僕は飛ぶ!」

「そんな中途半端で私をどうにかできると思うな!」

 シュイヴァインは射撃を止め、急に減速した。視界から消えていくその動きにマサムネは、弧を描くようにサートを上昇させて、相手の動きを追った。

 しかし、ここだという想定したところにシュイヴァインの姿はない。

「――ッ」

 腹からの息が混じった声にならない声を出して、サートを仰け反らせる。するとシュイヴァインが真下から、左腕の爪を構えて突っ込んできて、ギリギリで通り過ぎていく。

「なめるなぁぁぁ!!」

 真上へ飛んでいくシュイヴァインに銃剣を向け、ビームを発射した。



 アスクレオス軍は先の大戦に比べ、大軍団というわけではなかった。

 それは幸いなことだが、王国軍も条件は同じで、少数精鋭で戦わなければならなかった。

 ジャスティンセイバーに敵が取り付く前にレオスが迎撃し、サイファーが母艦を落とそうと接近を試みる。

 クロードルの部隊は旗艦のそばにいる護衛艦を相手にする。

 戦闘力はオルガ・ウロボロスが一枚上手であったようで、雲間から煙を上げて護衛艦が落ちてくる。

 しかし、相手の切り札は残っていた。落ちる護衛艦から発進してきたのは赤いシュレンツイルであった。

 巨大GAの登場により、勢力バランスが崩れるかと思いきや、オルガ・ウロボロスは以前見た変形をし始めていた。

「以前のようにはいかん。今こそ、ギータカイザー、降臨!」

 再びのギータカイザー登場。その言葉を表すように、その手には大口径の銃を持っていた。

「こんな話、聞いていないぞ!」

 シュレンツイルに乗っていたニフンベルクが悲痛な叫びを上げた。

 巨大GAの投入で戦局は一変する。見事なカウンターで返され、混乱する。

 ここで勝たなければ今後の地位が危ういというのに、と未だに考えていた。

「フェンリルキャノン、シュート!!」

 ギータカイザーの持つ手持ち砲が閃光を放つ。シュレンツイルは腕部反射シールドを利用してバリアフィールドにするが、それで防ぎきれずに光の中に消える。

 ニフンベルクは目の前を光に焼かれながら、その人生を全うした。

「見たか、これこそギータカイザーの真の力よ!」

 ジダンは得意そうに外部音声を響かせたのだった。


                  *****


「シュレンツイル3号機反応消失! ニフンベルク卿と連絡が取れません!」

「我が方の損耗率が40%を超えました! 将軍、命令を!」

 旗艦艦橋で指揮を執っていたリッドウィーンはたじろいだ。

 正直、ここまでやるとは思っていなかった。シュレンツイルで戦局は一変すると思っていたのだ。

 皇帝はいまだ健在だ。なぜかアスクレオス星にあるはずの機体と決闘している。予定ではこの戦闘中のどさくさで皇帝を始末しようとニフンベルクと画策していた。

 完全に想定外の状況だ。撤退すべきか、この場を堅守するべきか、指示に迷う。

しかし、もう遅い。艦の対空砲火を抜けてきた赤いGAが正面に現れ、シュイバレクエナジー反応の高い光線を撃ちだしてきた。

「なぜ、こんなことに」

 通信士が逃げる様子を端に見ながら言い、そして艦内の爆風に巻き込まれた。


                   *****


 一対の翼を持つGAが2機、かつてリュートが災厄を引き起こした地の空を飛ぶ。お互い疲弊してもおかしくないというのに、依然、苛烈な戦いが繰り広げられていた。もはや無傷ではなく、無残な弾痕やビームの焦げ後など激しい戦いぶりが伝わる痕跡を残している。

 止めるとか止められるとかの次元ではなくなっていた。ひたすら気力のぶつかり合い。気を抜いた方が敗北する、そんな状態だ。

 ここで決着を着けよう。二人ともほぼ同時に決意し、己の力とGAの力を高める。勝負がつかないのならば、大技で押し切るのだ。

 白の機体から巻き上がる赤のオーラと青の機体から巻き上がる青白いオーラ、その二つが渾身の力でもって激突する。

 やはり互角。同じ材質の実剣が競り合い、ついに両方とも折れてしまう。

「まだぁ!!」

「ちっ、この!!」

 サートには銃剣が残されている。シュイヴァインには爪がある。

 剣を折って交錯した2機は、振り向きざまにお互いの残された武器を相手に向けた。

 銃剣はシュイヴァインの魔光晶を貫き、爪はサートの胴ごと魔光晶を切り裂いた。それまで激しく輝いていた魔光晶は2機を巻き込むように、さらに激しく光を放った。

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