再会と決裂

「今日は何をしようか」

「何が食べたい?」

「どこへ行く?」

 メイクが言葉と共に表情を様々に変えていく。それはとても幸せそうで、彼としても嬉しい事であった。

 唯一残念なことはこれが夢であること。残念ながら今見ている彼女は非現実すぎている。だから自然に目が覚めても、もっと見ていたい、とは思わなかった。

(もうちょっと色気のある夢で欲しかったな)

 一人用にしては大きすぎるキングサイズのベッドで起きて、頭の中で不満を漏らす。いわゆる、ネチョネチョした性的なことだ。

 さて、ここはアスクレオスの帝都。この都の富裕層エリアの一角の邸宅にマサムネはいた。

 なぜこんなところにいるかというと、先日救出した少女がこの邸宅の持ち主の妹であったのだ。マサムネは地球人で敵であるものの行方不明であった妹を救ってくれた恩義に報いるために、と家主が泊めてくれている。

 人間扱いしてくれてなおかつ客人の待遇ならば、いきなり捕虜収容所にぶち込まれるよりはずっとマシだ。客人扱いとはいえ軟禁も同然だが、そこまで文句は言えない。邸宅の持ち主は女性士官パーティクル・ディグニファイド。妹、クラウディアは地球との開戦時期に前後して行方不明となっていた。

 一時期は反体制派の仕業とも考えられていたが、情報が少なく、またパーティクル自身も軍務に引っ張られていたため、捜査は遅々として進んでいなかったらしい。その中でマサムネの発見と、クラウディアも一緒という知らせ。

 彼女はこの妙な捕虜の事情聴取と恩返しを兼ねて彼を自宅に招きいれたのだった。

「妹の検査結果が出た。薬物投与の痕跡が見られるが、副作用はほぼなく、衰弱のため静養が必要であるそうだ」

 女性将校であるためか口調が幾分か男っぽいのが特徴的である。

 長身でがっちり、かつグラマラスな体をしている。モデルでも食っていけそうな整ったスタイル。

 そして、美人でもある。年齢は20代前半頃だろうか。マサムネよりは年上であろう。

「そして君の調査も済んだ。簡易的な検査であるが、君は我々の近しい人物と同じものを持っているようだ。なぜかは知らぬが」

 尋問的な雰囲気。捕虜を自宅に入れているのだから仕方のないことである。朝食中にするような話題でもないが、彼女も仕事をせねばならないのだろう。

「その人物とは我らが皇帝陛下。面識は。」

「ありません。生まれてまもなく引き離されました、ようですね。」

 資料上の話で、正確なものではない。地球側のマサムネ個人に関してのデータも現在ほとんど消失している状態である。

「今回の話はあまりにも出来過ぎている。余計な虚言や誤情報を図った場合には今よりも行動に制限がかかることを肝に銘じろ。」

「はい、貴官の温情に感謝しています」

 それでその日の尋問は終わった。

 マサムネがアスクレオス星に転移してきてから2日。彼の状況の激しい変化は止まる事を知らなかった。

 クラウディアが退院し、自宅療養へと移る。軍務を休んで、姉が迎えをし、自宅まで移動している時間。

 その時マサムネは帝都王宮に来ていた。ほかでもない皇帝個人との会食のためである。

 異星人捕虜に皇帝が個人的に面会するなど前代未聞ではあるが、そもそもマサムネの存在はアスクレオスの世間に報じられてはいない。政府内部で不満はあるものの、この件に関して緘口令が敷かれているため騒ぎ立てるものはいなかった。

 パーティクルが『出来過ぎている』と言ったのは、状況証拠だけではない。

 遺伝子検査が裏付けたようにマサムネと皇帝シュルセルスは似ているのだ。検査結果を知れば双子ということも頷ける。

 だが、地球人である。生き別れ、血を分けた兄弟が敵星にいるなど誰も考えられるはずがなかった。

 案内人によって進むマサムネとすれ違う人々の中にはマサムネを見て驚く者、疑いの目で見る者など反応は様々であった。

 帝都王宮はビル街の中にあって目立つ建物である。城とは違うが、明らかに建築様式が異なりファンタジックなのである。中も絨毯が敷かれ、荘厳な雰囲気を漂わせているためにマサムネにも多少なり緊張が生まれ始める。

 思えばここに来るまでとても発展した街並みが見えた。こんな大都市でも、この星は危機が迫っているのだ。

 それは、地球と同じ魔光晶濃度の急上昇による自然災害だ。

 地球はリュートの圧縮された魔洸晶が爆発と共に大気圏内に広がったことで周囲のGAが時間転移するほどのことが起こり、当時の文明を悉く破壊してしまい、荒野や不毛の大地が広がってしまった。

 このアスクレオス星ではその逆が起きた。魔洸晶の暴走事故により自然が異常生長を遂げ、人間の生活エリアを侵食しつつあるのだ。

 マサムネが転移してきたのはそういった森のど真ん中であったのだ。

 アスクレオス星の人間は住む場所を追われ、この帝都が唯一の希望と身を寄せ合っている。

 地球は最終的な移住予定地で、侵略戦争を仕掛けたのは徹底的に力を見せつけ、有無を言わせぬためであるらしい。どちらが野蛮人かは火を見るよりも明らかだが、マサムネはこれがシュルセルスの建前と思えてならなかった。もちろん根拠はない。先の通り、シュルセルスと会うのはこの面会が初めてとなる。

 彼が今どういう者で、何をしてきているのかまったくわからない。ただ、それは向こうもマサムネについてそう思っているだろう。

「こちらの中庭でお待ちです」

 案内された場所はビル街や洋風王宮にあってはさらに特殊な庭園であった。この星の人間が忌避しそうな樹木の類は無いが、明らかに手間のかかった花が様々ある。円形の庭園の中央部に備えられたテーブルに一人男性が背を向けて座っていた。そこまで伸びる道をマサムネは歩いていく。

 マサムネの気配に気づいたか、男は立ち上がってマサムネの方に振り返る。

 シュルセルス・アスクレオス。マサムネよりも少し背が高く、体格も引き締まっていた。少しだけ後ろ髪を伸ばしていて、中性的にも見える。

 やはり双子であって顔は似ているが、マサムネよりも目つきが鋭く、彼には無い皺が刻み込まれている。

「まずは初めまして、と言っておこうか。血を分けた兄弟よ」

 兄弟涙の再会は無い。そう言って不敵な笑みを浮かべる彼に対して、マサムネは警戒と緊張を強めたのだった。執事のような人がまず茶を淹れてくれた。こちらでの呼称がどうかは知らないが、紅茶のように見える。

 執事が去り、2人だけになるとシュルセルスが口を開いた。

「そちらにも似たような飲み物があるだろうな。最近は植物に対して精神的アレルギーが出る現地人もいるが、私としては何も問題はない。それはお前も同じだろう?」

 アスクレオスの人間は前述の通り、異常生長を続ける植物に住処を奪われている。毛嫌いする人間も勿論いるだろう。それを口に入れるなどもってのほか、という気持ちは分からないでもない。

「ええ。二度目の侵攻があるまではそういう森で生涯を共にする者と一緒にいました。」

「興味深いな。人並みに愛を語らえるのか。」

「好きになることができれば、いくらでも」

 心を通わせたことは自信をもって言える。メイクがいるからマサムネもここまで胸を張れるのだ。

「こちらでの研究は、お前のように事故が起こらず進んできた。私をサンプルにしてシュイバレクエナジーに適応できる人間を増やそうと考えるのは当然だな。だが、人工授精実験を繰り返した結果、我々魔光晶人間と人間の交配は難しい結論が出た。何しろ、受精すらしないのだからな。」

 研究が進んでいるのは兄、シュルセルスの現状を見れば明らかだ。

 しかし、それによって彼が覚えた絶望は数知れないことも自明の理だ。マサムネもそうだったのだから。

「理論的には優秀な人間が生まれるそうだが、種として増やせないことにはな。

だが、別に必要あるまい? 我々は人造人間。魔光晶、いや、シュイバレクエナジーある限りほぼ不老で生きられる。遺伝子サンプルさえあれば仲間を増やせるのは私たちで証明出来たろう?」

「それがこの戦争に何の関係があるんですか」

 シュルセルスの言うことは事実だ。理論上、マサムネたちは不老で死ににくい。しかし、それで何でもできると思えるほどマサムネは傲慢ではなかった。

「地球を襲ったシュイバレクエナジーの暴走、リュートといったか? あの事故がまた起こったらどうなるだろうな。何せ戦時下だ。誘爆や暴走など珍しい話ではないだろう」

「自分で育てた芽を事故なんかで全部なかったことにする気なんですか!?」

 傲慢でないからこそ兄の傲慢さが鼻についた。テーブルを叩きながら立ち上がって大声を出す。マサムネの怒りに兄は微笑んだ。

「地球に寄越したニフンベルクはな、私を研究していた者たちの下にいた奴だ。学者の癖に出世欲が強い、俗物だ。この戦争で私を出し抜くつもりか、前回の戦争から積極的に動いている。前皇帝を死地に追いやったのも奴の仕業だ。私の最も近しい人間はこういう奴だ。理解し得ないと思ったが、血を分けた者すら信じられぬとは無情なものだな?」

 兄にとってはマサムネの反応が予測どおりだったようだ。それにしてもバールグルのビルで会った男がそういう人物だったことは驚きだった。

 なるほど、マサムネとは環境が違いすぎるかもしれない。だからって諦めるわけにはいかない。

 彼がここまで来たのは兄を止めることも含められているからだ。

「貴方を信じる方たちもいます。ディグニファイドさんは貴方を尊敬しているじゃないですか」

「あれの妹君には残念なことをした。地球で回収したGAを参考にこちらも巨大GAを研究開発してみたが、コストばかりかかってな。事故を意図的に起こすなら最適であろう? テストパイロットは自由にしていいと許可したが、まさか拉致して利用するとは恐れ入った。奴の策士ぶりには頭が下がる。」

 とはいうもののまったく感心はしていない様子だった。彼にしてみれば取るに足らない小細工なのだろう。巨大GAの開発を皇帝の命令で行ったとすれば、テストパイロットの件も了承しているようにも聞こえる。

 疑惑がかかるのは兄で、なるほど、ニフンベルクにとって交渉カードの一つになるかもしれない。

「さっきも話しただろう。私たちは普通の人間とは違う。この星の、今の発展は私でなければ成し遂げられなかった。崇められはすれ、それ以下はありえない。」

「ならば貴方は自分で明かしたはずです。自ら種を増やせないと。一人でしか生きられない僕たちのどこが普通の人より勝っているいうんですか。」

 マサムネは賭けに出た。兄の傲慢な心を誘う煽り文句を出してみたのである。

「自分たちが受けてきたことをただ復讐するためだけに大義を持ち出すなんて優れた人のすることじゃない。それはただの逆恨みだ。貴方は、人間と共に生きるのが嫌なだけなんだ。」

 確かにマサムネもシュルセルスも研究の一環だ何だとモルモット扱いを受け、人間として扱われたことはほとんどない。マサムネは事故後幸運にもオーメやライバーの庇護があったが、シュルセルスにはなかった。

 彼が人間を憎むのも仕方ないだろう。しかし、マサムネにとってはそれが狭量すぎるのだ。

「人との交わりを美徳とするか。本当にお前とは相容れぬようだ。残念だがお前はもう何もできない。呼ばれたのか何か知らないが、お前はこの星に転移してきてしまった。地球へのトランスポートはこの星の衛星軌道上にあり、帝国軍管理下にある。考えを変えぬ限り、地球はもちろんのことこの星からも出られぬことを理解するんだな。」

 シュルセルスは挑発に乗ってこなかった。むしろ狭量であることを理解していて、話を強引に打ち切ったのかもしれない。脅迫までしてマサムネの無力を煽った。

「僕も、貴方が考えを変えない限り兄さんと呼ぶわけにはいきません」

 こうして兄弟の会談は決裂したのだった。



 クラウディア・ディグニファイド。

 軍人的緊迫感を漂わせる姉に比べると、彼女は深窓の令嬢という言葉が良く似合う。マサムネが王宮からディグニファイドの屋敷に戻ると、パーティクルから彼女を紹介された。

「君が利用されたことは多分偶然だったと思う」

 今日、兄と話したこと、それを含めて推測を明かした。

 パーティクルは嫌な顔をしたが、止めてはこなかった。今回の戦争で奇麗事ばかりでないことを理解しているのだろう。

「戦争中も利権が絡む。そのカードに君が選ばれてしまった。あの人が負い目を感じているのが何よりの証拠だよ。」

 人体実験についての同情だろう。それにしてもリュートに乗せられたメイクといい、同じような考えをするものである。

「そして、戦争も止めることはできなくなってしまった。あの人は考えを変えるつもりはないから。」

 戦いがあるからクラウディアのような無関係な者まで巻き込む。とはいえ、戦いはそういうものだ。綺麗汚いは無いし、人間の醜い本質が表に出る行為だ。

「出会って間も無くて悪いけれど、僕も故郷で仲間や恋人が待っている。ここで無力にしているわけにはいかない。」

 パーティクルは何も言わなかった。彼女は軍人だ。情に流されて仕事を疎かにする事はないだろうが、今だけは見逃しているのだろう。

「大切な家族がいるならそれに越したことはないよ。お姉さんを信じてあげて」


                  *****


 シュルセルスとの会談の数日後、ディグニファイド保護監察にある捕虜が脱走し、技術研究に流されている自らのGAを取り戻そうと行動し、捕らえられた。

 表向きには反体制派のテロとして処理され、マサムネの身柄は巨大GAシュレンツイルへと移された。

 シュルセルス皇帝は地球侵攻作戦の巡察と偽り、自ら侵攻作戦を指揮して地球へと旅立った。

 この侵攻艦隊が月にあるトランスポートによって地球圏に到達したのは、ウィストン王国軍の北米奪還戦から1週間後のことであった。

『侵攻作戦は滞りなく行われている』

 世間にはこう広まっているので形だけの議会もこの重要案件にすんなり肯定を示した。

 地球侵攻の前線拠点陥落の報を受けた軍が捕虜返還と地球移住の交渉に向かうというのが表向きの作戦。

 本来の侵攻作戦は捕虜返還交渉のニアミスに乗じて地球の一大勢力であるウィストン王国本土を空爆する作戦でもある。その空爆の中心となるのが帝国軍の巨大GAであるシュレンツイル。

 マサムネに放置された機体を回収し、修理・強化したそれにマサムネは拘束されつつ乗せられ、何もできずに同胞の国を焼かれるというのがシュルセルスの描いたシナリオである。

 航宙艦3隻、つまり、皇帝が乗る旗艦と護衛艦と表向きの殖民船は盛大に見送られながら出発し、トランスポートで地球圏の月へと転送する。

 この艦隊には、もちろんパーティクルも参軍していた。彼女は捕虜返還交渉の全権を任せられていたのである。捕虜を監察していたパーティクルは本来ならば責任問題であったはずだが、表向きマサムネは存在していないので、処罰として捕虜返還交渉の役を任じられたのであった。

「それでは交渉の方、滞りなく、な」

「はっ。この役目、必ずや果たします」

「成功を祈っている」

 連れてきた殖民船に移動し、地球へと降下する。その直前の皇帝自らの激励。通常ならば喜ぶべきだが、彼女にはすでに疑惑の念が生まれていて素直に喜べなかった。

「卿にこの役を任じたのは処罰ではない。ただ遠ざけたかったのだ」

「陛下?」

 シュルセルスから厳格なものではない優しげな声が漏れた。演技であるの素であるのかは分からない。

 エアロック内の二人きりの空間だからこそ、その声を漏らせたのかもしれない。

「卿が妹とサートを殖民船に積み込ませたのは知っている」

「閣下、それは」

「言い訳は結構。私もその展開を望んでいるかもしれない。自らの正しさを貫くために弟と決闘するという」

 パーティクルは秘密裏に妹のクラウディアとマサムネの機体を積み込んだ。交渉役を任せられた時点で画策したことなので綱渡りな行為であった。

 理由はもちろんクラウディアをマサムネの仲間たちに預けて安全を確保すること、そしてサートはそのための保険である。

 工作がバレて身を震わせたが、シュルセルスは怒るわけでもなく優しく言った。

「アスクレオス星の状況は今のところ小康状態にあるが、それも時間の問題だ。じきに再侵食が始まる。それは私の交渉でもってしても無理。手遅れだ。だから卿は最終作戦の結果に関係なく、国民の脱出を先導しろ。私の出す最後の命令だ。聞いてくれるな?」

「交渉の成否に関係なく、ですか?」

「地球の2国にあの大陸を維持する力はまだなかろう。わざわざ遠征しなければ足を伸ばすこともない。どうせ空いた土地であるし、気長に開拓すればいいだろう。国民も木に食われるよりもずっとマシであろうしな。」

 理知的な皇帝にそぐわない乱暴な論法である。

「ご命令を承りました。陛下、またお会いできるようお祈り申し上げます」

「私も祈っていよう。再会の暁には卿を妻に迎えようか」

「へ、陛下、そんな戯れ」

 名残惜しい別れ、だったはずであるが、ここに来て皇帝からの問題発言で再び緊張するパーティクル。

「士官であった卿を重用したのは偶然ではない。昔、研究所に居た頃、私との人間との交配実験はほとんどが失敗に終わったが、一組だけ人工受精に成功したサンプルがあった。その相手がパーティクル・ディグニファイドであったのだよ。」

「っ!?」

 まったくの冗談ではないらしい。彼女は確かに昔、健康診断と称して遺伝子検査などをされた覚えがある。その時以降そんな検査は一度もなかったので多少不思議に思っていた。

「その子はネイルフォード卿に預けている。もちろん、己の出自は知らず、皇帝へ忠誠を誓うよう教育されている。どのようにするかは任せる。」

「陛下、恐れながら申し上げます!」

 勝手に言って背を向けようとする皇帝に対し、流石に彼女も頭に血が上った。

「私の知らない事情をそう勝手に押し付けて、陛下は私を何だと思っているのですか!?」

「最も信頼する部下、だからだ」

 彼は簡潔に言ってから、続ける。

「ニフンベルクは私を引き摺り下ろし、自ら皇帝になろうとしている。リッドウィーンの奴もそれに呼応していた。妹を手引きしたのも奴であろう。侵攻作戦さえ上手くいけば、発見の手柄を主張できるからな。」

 リッドウィーン将軍はこの視察艦隊に同じく参軍しているパーティクルの同期である。

「卿は、いや、お前は純粋に私に忠誠を尽くしてくれた。予想通り、この不義理な戦争にまず反対してくれた。真っ直ぐ過ぎるのは時に眩いものだったが、それ故に心強かったよ。」

 そう言って微笑む。そんな顔を間近で見たのは初めてかもしれない。厳格な女将軍も流石にこれはときめざる得なかった。

「往け、パーティクル。我が命、必ず果たせ。」

「必ず」

 皇帝の声に対し、彼女は今まで出一番気合の入った敬礼で返す。そんな彼女に対して皇帝は不意に頬へと口付けをした。

「あ」

「唇へは再会の時に、初夜は婚礼の後にだ。また、必ず会おう。」

「は、はっ!必ずっ!」

 よくよく不意打ちが好きな皇帝である。完全に上ずったしまった声で返事をするパーティクル。背を向け、シュルセルスはエアロックから艦内へ戻るときに思う。

(もしも、もっと早く彼女に出会えていれば、マサムネ、お前と同じようなことが彼女とできたのかもしれないな。そうすれば、私もこんな戦いを起こすこともなかったろうに)

 意味のない仮定だからこそ悔やまれる。シュルセルスはマサムネと相対する予感がすでにあったのだった。パーティクルが殖民船へと渡ったのだろう。船が艦隊を離れ、地球への降下態勢へと軌道修正が行われているのが窓から見える。

「本当に、すまないな。パーティクル。」

 彼はそっと呟いた。


                   *****


 ジャスティンセイバーによる基地攻略戦から1週間がたった。

 攻略戦後、クロードルのジダンは当然基地の占有権を主張した。厚かましい主張であるので、先行調査という形でライバーは譲歩した。

 というのもバールグルの社員たちを回収、帰国させるのを優先したためである。とりわけ社長のフィシュルは、シュレンツイルに繋がれながら乗せられていた。相当な衰弱であったので、緊急治療を必要とした。

 サートとマサムネの消失を知ったメイクは、ジャスティンセイバーで帰国することを拒否した。ライバーが元々基地に残って転移装置を調査する予定だったので、彼を手伝うという名目で、彼女は基地に残った。

 もはや危険はないとして拘束を解いた司令室付きの基地職員と共に、設備を修復することに時間を費やしていた頃だった。

 捕虜返還を求めるアスクレオスの船が降下してきたのは。

「私はアスクレオス帝国軍に所属するパーティクル・ディグニファイドです。

このたびはニフンベルク卿を中心とする我が軍の捕虜の返還を求めて参りました」

 メイクよりは少し年上の赤毛の女性。軍人というが、武骨でも筋肉質でもなく体つきは女性的で、口調だけ男性的な人物。

 単身堂々とやってきた彼女をライバーは事務処理のために使っている部屋へと通した。

 到着前と用件は同じで、彼女の名前が分かったぐらいである。

 ライバーは正装ではなく、トレードマークの黒ジャケットを着ている。王国の要職であることは明かしている。相手の将軍は、彼が女王のパートナーとは思うまい。

「構わんさ。こちらとしてもあいつらの処遇には困ってたんだ。全員とっとと連れ帰ってくれ。」

 ライバーは特に条件を付けずに捕虜解放を提言した。拘束し続けるメリットがない。この交渉の場のお茶係をしているメイクにとっては悔やみしかない。

 特にニフンベルクはマサムネを個人的に狙っていた節がある。今回の消失に関わっているから、何としても問いただしたい気持ちであったのだ。

「あの大仰な船は捕虜を連れて帰るだけのものではないのだろう?」

「お察しの通り、あれは殖民船です」

 飛行場に着陸している船にはライバー直属の者達がGAで監視をしている。今の所、何も動きはない。

「先の戦いでもそうだが、あんた達は地球人を掃除しようとしてまで戦うのっぴきならない事情があるんだろう? 捕虜を無償で返す見返りとして教えてもらえないだろうか。」

「お話しする前に聞いていただきたいことがあります」

「ほう、またお願いか」

 さらなるお願い。ライバーは女性の色気に惑わさられる男ではない。むしろ、ウィストニア相手で手一杯である。惑わされる余裕がない。だから願われるならば、不敵な笑みで相手の言葉を待った。

「移民の見逃しと我が妹の保護をお願いしたい」

「こちらは飛び地を管理できるほど国力はまだない。それも構わない。

だが、妹か。貴女方の理由と関係するのか?」

「その通りです。それと同時に、マサムネ・クロノスとも関係する。」

「マサムネを知ってるんですか!?」

 唐突に上がったマサムネの名に、メイクは声を上げた。ライバーは落ち着いていたが、パーティクルの方はメイクに目線を変えた。そして、微笑みを浮かべた。

「君がメイク・ウィンドか。彼から話を聞いている。」

「話って、マサムネは貴女の所にいたの!?」

「1週間ほど前に我が母星に現れた。この基地の転送装置の誤作動であろう。しかし、おかげで妹を見つけることができた。本当に感謝しているし、今回のように動く決意もできた。」

 緩んだ表情が再び引き締まる。彼女はライバーを真剣に見つめ、続けた。

「アスクレオスは、いや、我が皇帝はあきらめていません。こうして私を派遣したのも油断を誘うための細工。本命は巨大GAによる貴国への奇襲攻撃です」

「そんな!」

「ほう」

 驚くメイクとは対照的にライバーは冷静だ。しかし、彼の空気が変わった。

「我が皇帝はその巨大GAにマサムネを乗せ、何もできぬまま空襲される国を見せつけようとしています」

「皇帝ってマサムネのお兄さんなんでしょ!? 何でそんなこと。」

「恐らく説得に失敗したのだろう。そして逆に利用された。そんなところか?」

「はい」

 ライバーの推測に彼女は頷く。その表情はいかにも申し訳なさそうだった。

「メイク、お前は急ぎ王国に知らせを打て」

「りょ、了解!」

 彼はメイクに通信の役目を任せ、部屋から出させる。駆けていく足音がなくなるとパーティクルへと向き直る。

「では貴君の要望を承ろう。殖民の件も合わせて。あまり猶予がないのだろう?」

「どうして貴方は冷静でいられるのですか?」

「経験がある。それにマサムネも諦めたわけではあるまい。数年、あいつを見ていたから分かる。」

 ライバーのいつもの砕けた口調。威厳はまるで感じられない。ただその口調のおかげでパーティクルは信頼感があった。

「では母星の現在の状況からお話します」

 彼女は改めて一礼し、説明を始めた。

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