混乱の攻略戦

「サートは予定通り基地強襲に成功!」

「迎撃機展開中! 反応が大きいものが2つ。データにある巨大GAと、もう1つ同型機です!」

 メイクの報告に続き、正レーダー士が報告する。艦橋にライバーの姿はない。

「やはり出て来たな。作戦通り艦をここに固定。引きつけられるだけ引きつけるぞ!」

 本来の作戦であれば正面から強襲を掛けるはずだった。だが基地に捕らえられている人質を救出しなければならなくなった。そのため作戦を直前で変更したのだ。

 サートのスピードを生かして単騎で強襲。人質救出を優先するという単純なものだ。ただ救出のために人員を割かねばならないし、戦力が下がってしまう。

 そのため搦め手として、ジャスティンセイバー自身を囮にした陽動作戦と相成った。奇襲を捨てることになるが、ライアンの情報によって、相手司令官が軍人でないことが分かっている。必ず引っかかるという読みがジャッカルにあった。

 そしてそれは的中した。展開された迎撃は、内部に侵入したサートを無視して、ジャスティンセイバーの方へ向かった。

 サートと共に内部へと進入したのはライバーとジャッカル、ライアンの3人のみである。救出のためにそれだけしか人員を割けなかった。と同時に、それだけで十分だった。


                  *****


「現在高度2万、え~と、とにかく降下中!」

「フライトアテンダント。当機はまもなく目標地点に到着します。」

 ジャスティンセイバーの陽動作戦が開始した頃、山吹色の艦がブースターを切り離して飛行中であった。オルガ・ウロボロス。クロードルの巡洋艦である。

「ジャストタイミングといったところか?」

 北米東海岸の迎撃をかわして、司令部に強襲する作戦を決行したジダンは、重力に掴まる衝撃に涼しい顔をしている。

 同乗しているのは、社長秘書のミルとその妹シンシアである。自慢の金髪美女姉妹だ。

「や、敵中に下りるんだけど」

「社長なめんなよ」

 シンシアのツッコミをジダンはギータのコクピット内で聞く耳をもたない。わざわざ虎穴に入るのは自信あってのことである。そのための大陸間弾道飛行である。

「戦闘速度に到達後、変形開始」

「戦闘空域に突入。通常戦闘速度に到達まで5秒。」

 ジダンはその時のために力を貯めている。シンシアは呆れて何も言わない。ミルが真面目にオペレートしている。

「ギータ、リフトオフ。続いて変形開始。」

「フッ、行くぞ、相棒!」

 オルガ・ウロボロスから射出されたギータは本来ならそのまま落下する。だが、オーボゥとまた違う黄金色のGAは空中で腕部や脚部を畳んだ。

 と同時にオルガ・ウロボロスが変形し、腕部と脚部を形成させる。

 甲板がのようになって、変形したギータを収納して、甲板を閉じる。

 巡洋艦が変形した脚部で着地する。頭部に位置するギータの頭の上に船頭をヘルメットのように被せて、それらしい頭部が現れる。

 それはクロードルがGAに懸けた荒唐無稽の計画。それは、ジダンが社長として承認せざるえなかった、クロードルの象徴というべき形。

「これこそ、ギータカイザーだ!!」

 ジダンは貯めに貯めた叫びを上げた。クールなイメージを捨て去るが、こういうのが結構好きだった。

 ともかく、驚天動地の巨大GAが1機、空気を読まずに登場したのである。


                 *****


「くそ、一体どうなってる!」

 人質の見張りの1人が喚く。基地内部への侵入警報が響いたかと思えば、敵接近警報が響いた。通信チャンネルを変えるも、情報が錯綜している。人質をどうすればいいかの命令や指示がまったく下りてこない。

 特に侵入者の位置がまったく掴めないため、味方の援護は望めない。

「侵入者が来た時のために、人質を1人連れ出したほうがいいんじゃ」

「そのほうがいいか」

 同僚の言葉に、一瞬渋い顔をするが、同意して監禁部屋のドアロック解除にかかる。本来なら人質作戦など汚い作戦だと思う倫理観ぐらいはある。だが、ここは知らない星であり、監禁しているのは知らない星の人間だ。その人間がどうなろうと知ったことではないし、自分たちの命を守るためにそいつらを利用することなどなんてことない。

 打算的感情の元にドアロックを外し、監禁部屋に入ろうとする。

「え」

 同僚が声を漏らした。何事かと振り向くと、銃声が2発。黒いジャケットを着た黒髪の男に拳銃を撃たれ、同僚が崩れ落ちた。頭に1発、首に1発。

 手慣れている相手だ。一体どこから。発砲は間に合うか。

 等々、反応しようとしたもう1人の見張りは突然現れた男に発砲しようとして銃を向けたところ、上から降りて来た小柄な男の蹴りを顔面で受ける。

「ぎゃっ」

 引き金に指は引っかかっている。なんでもいい、引けばいい、と倒れながら指に力を込めるも、銃声がして、右手の指に痛みが走る。

「ひ、ひぃっ?」

 力のかからない指は吹っ飛んでしまっている。流れるように悪化した状況を悔やむ暇もなく、彼はさらに顔面を殴打され、意識が吹っ飛んだ。


                 *****


 アスクレオス製のアサルトライフルの具合を確かめ、ライバーはそれを最後に来たライアンに渡す。

「使え」

「お、おう」

 人質の見張りは気が抜けていたのか、早々に制圧できた。部屋のロックを解除してくれたので、その意味でも助かった。やはり侵入といえば通気口である。

「こんなものだろう」

 ジャッカルは生きている方の見張りを手早く部屋の柱に縛り付けた。

 囚われていたバールグルの社員たちは疲れが見えるが、落ち着いていた。

 共にいたパシフィルやメストにおいても同様であった。むしろ、パシフィルは気力十分といったところか。さきほど見張りに対して、顔面を椅子で殴ったのは彼女である。

「ライアン、お前はここにいろ」

「おいおい、解放されたんだしさ」

「非戦闘員をぞろぞろ引き連れて脱出できるか。ここにいて、制圧を待て。」

 ライバーは入り口で事切れた兵士から銃を奪い取り、ライアンで指示する。彼は、ようやく自由に戦えると言いたげだったが、ライバーは言葉を遮った。

 土壇場で基地攻略戦を変更した。これを完璧に遂行するためには、人質の安全を確保するべきだと判断したのである。監禁部屋の入り口は1つだし、ここから逃げ出さなければ安全が確保されるのである。

「俺は先に行くぞ」

 ジャッカルは一方的に言って、部屋を出ていく。

「お前はどうするんだ」

「司令室を制圧する。ここの設備はおそらくアスレクオスとのインフラ関係だ。破損は少ない方がいい。」

 ライバーは話しながらライフルの機構を確かめている。ライアンの目からも、それは手慣れているように映る。また、予備弾薬も確かめ、懐に入れている。

「使えるか」

 そして、先ほど自分で使っていた拳銃をパシフィルに渡す。ライバーはパシフィルに射撃訓練などさせたことはない。だから一応聞いた。

「撃てるわ」

 渡された銃を物怖じせずに彼女は受け取る。弾倉を確かめてから再度リロードしている。こちらも手慣れている。バールグルでの生活で訓練する機会があったのだろう。

「護身程度だ。撃たなきゃ、それで済む。」

 みすみす元被保護者を殺人者にはしたくない。戦意は一応ある少女に言って、ライバーも部屋を出るのだった。


                 *****


『人質の安全は確保した。ライバーは司令部室制圧に向かった。俺のレオスを射出するよう母艦に伝えてくれ。』

 基地敷地内に侵入して、約10分ほど。マサムネにとっては長い時間が経ったように思えた。上空から、クロードルのものらしい巨大GAが降下してきたり、ただ待機しているのが落ち着かなかった。

 ようやく、ジャッカルが通信をしてきた。これでようやくこの場を離れられる。それにしてもライバーの読み通り、敵はサートに何もしてこなかった。

『撃たれたら反撃してもいい。だが多分ない。施設を破壊するリスクを負いたくないだろうよ。』

 敵がこの基地の施設を重要と思っているのは分かった。ともすれば、マサムネの方も基地を盾にはしたくなかった。基地内に救出した人質たちがいることもさることながら、施設を破壊すれば相手がなりふり構わなくなるのが目に見えた。

「こちらサート。人質の救出は完了。これより戦線に復帰します。またレオスの発進をお願いします。」

 レオスの射出は予定通りのプランである。パイロットの乗っていないGAの射出など頭のおかしいことだが、レオスは重量機である。射出するだけで質量弾になる。

 それと同時に、無人でも通信音声で簡単な動作ならできるようにしてあるそうだ。だから、ジャッカルはレオスを迎えに行く形で、救出が終わったら受け取ることになっている。

 サートが羽ばたいて、飛ぶ。ギータカイザーという巨大GAが、白い巨大GAと同型の巨大GAを受け持っている。とはいえ、それ以外はジャスティンセイバーやテノール隊に仕掛けて基地から離れている。陽動は上手く行っているが、時間はもうかけられない。

 銃剣のライフルモードで敵部隊を牽制。白い巨大GAの姿をはっきりと目視できる位置まで接近する。

 臆することなく空から仕掛ける。放たれたビームは巨大GA特有の分厚い装甲を焼く。それでようやくサートの接近に気付いたか、両腕部を分離させながら、サートの方を向く。前回は死角からのクロスファイヤだったが、今回は分離を見ている。今度は当たらないと思っていた。

 胸部からさらに光線を放つ。狙いが甘く、それには当たらないが、分離した左腕部が、サートの背後に移動してきている。意識ができているから更に回避行動。

 しかし、左腕部は攻撃せず、胸部から撃たれた光線を受け、跳ね返すように湾曲させた。

「!?」

 すでに回避行動をしているから当たりはしないが、それでも驚愕する。間髪入れずに右腕部がビームを放つ。意識できているから避けられるものの、とんでもなく厄介な相手である。

 相手は限りなく全周囲に攻撃を仕掛けられる。今のマサムネなら避けられるが、乱戦状態でそれは危険だ。多少の無茶は承知の上で短期決戦を狙わなければならない。

 ジャスティンセイバーの支援砲撃は射角から期待できない。

(だからここは)

「突破する!」

 声を上げて自らを励まし、気合を入れる。

 アスクレオスの皇帝は血を分けた兄であることには驚いた。しかし、アスクレオスへ立ち向かう決意は変わらない。何のために侵略を再開し、攻撃を仕掛けるのかの真意を問う。そのためにここで止められるわけにはいかない。

 サートはマサムネの手足も同然。どうすれば力を引き出せるか、感覚的に理解している。

 リュートを倒し、ケストルを挫けさせた一撃。今なら自由に使うことができる。

「朱雀昇破!!」

 光の翼のフルパワーは炎のように燃え上がり、赤くオーラを纏う。そのままの状態で剣と銃剣を巨大GAへと向けて突撃する。この前は、兄の姿とコクピット内部らしき幻に戸惑ったが、今回は胴部を狙わない。頭部を破壊し、背後に回って、×印に二連斬。

 分厚い装甲が簡単にさっくり切られ爆発して、巨大GAは膝を着いて停止。恐らく何が起こったのかもわからないであろう。

 これでアスクレオス軍の中核の一つを撃破した。あとは、ジャスティンセイバーの援護に向かう。そう決めた時、サートのコクピットにアラームが鳴り響いた。それは背後のアスクレオス基地のエネルギーの急上昇を知らせるものだった。

 司令室に向かったライバーが何かしでかしたのか、とマサムネが推測したのも束の間、基地の方向から強烈な光が広がっていった。


                  *****


「一体何が起こった!?」

 完全な想定外。叫んでみたものの計器を操作する部下たちからの返事は予想したものそのままだった。

「トランスポートの誤作動です。アーリタイプの反応が消失、巻き込まれたものと思われます。」

「クッ、誤作動の原因調査は後回しだ。シュレンツイル方面に戦力を集中させるのだ! 突破されれば後がない!」

「りょ、了解です!」

 根本から作戦を崩された。こんなトランスポートの誤作動は過去に例がない。ニフンベルクは焦燥する。この前線基地が事故によって瓦解するなどあってはならない。部隊の再配置を命じる部下たちを見ながらもう一度策を練り直す。彼らを罠に掛ける最良の策を。

 もはや手段は選んでいられない、とニフンベルクは考えていた。この戦いに勝利し、あわよくば地球の戦力を手に入れられれば革命に参加したことが報われる。

 彼は、シュルセルスの能力試験に関するデータを収集する下っ端研究員に過ぎなかった。しかし、彼についてきただけで前線基地を指揮する立場となり、大っぴらに政治にも参加できる。トントン拍子で出世してきただけに今度は皇帝の位かそれに準ずる権力が欲しくなっていた。

 その道のためにも今つまづくわけにはいかない。

「人質の様子はどうか!?」

 先ほど基地内部に侵入者があったことをすっかり忘れていた。そのためにも切り札は切らなければと思い直したところ、すでに遅すぎた。

「通信途絶! 部屋のロックも解除されています!」

「何だと!?」

 正規の軍人でなく、一介の技術者上がりである悪いところが出てしまった。自らの分かる範囲でしか指示ができないのだ。故に、本当は把握しているべきことを、把握しない。

 通信や指令を集約している司令室を襲撃されることなど思ってもみないのだ。

 最初は司令室のドアが通常通り開かれ、反応した通信士の1人が驚く。

 銃声がリズム良く鳴り響き、指令機材が損傷する。

「な」

 策を練っていない時の察しの悪いニフンベルクは、振り返った瞬間、銃を持った黒いジャケットの男に口を塞がれながら押し倒された。後頭部を床にぶつけ、運が良いのか悪いのか、そのまま失神した。


                *****


「チッ、何だ今の光は」

 射出されたレオスを受け取るため基地敷地内から出て、全力ダッシュしていたジャッカル。遠目でサートが白い巨大GAを仕留めたのが見えた直後、基地から閃光が発生した。

「む」

 突然の目の眩むような光で、コケてしまっていたようだ。目の光焼けに対し、瞬きで視界を確保していると、視線の高さがおかしいことに気付いた。

 また体がいつもよりも重い。自分の掌がでかい。服が千切れている。

 いや、本当はおかしくなかった。元がおかしかった。

 これは、

「ふは、ふぁーっはっはっはっは!!」

 高笑いを上げると、前と同じ声が出る。

 ジャッカル・カンダルッツヲは元の大男の体格を取り戻した。細かい理屈は分からないが、大柄で筋肉隆々、たっぷりとした顎髭は元に戻れたのだと実感できる。

「レオス、色んな意味で待たせたな」

 思えば音声認識も、発声が違うために大分苦労した。ジャッカルの元々の声に反応する設定は残してあるので、待っていたレオスはジャッカルの声に反応して手を地面に付ける。その手を足場に黄色の機体の頭部まで登り、首の場所のコクピットに乗り込む。

「シートが狭いわ!」

 元々コクピットは狭いが、それはジャッカルの体格に合わせて狭かった。小さくなった体に合わせてシートを付け替えたので、今のままではかなり不便である。

「時間がない!」

 取ってつけてあるのだから、取ってはずせる。その勢いで、シートをはずしてしまう。はずした外に放り投げて、コクピットハッチを閉める。

「この元に戻った俺と、全開のレオスの前では灰塵も同然よ!」

 レオスの無反動砲を、チェーンガンを、ヘビーマシンガンを撃つ!撃つ!

 これが面白いように当たる。ジャスティンセイバーにまとわりつく敵機を次々に撃ち落とす。

 それも束の間。シュレンツイルがちょっかいのビームを放ってくる。シュレンツイルはギータカイザーを相手にしていたが、アーリタイプのように全包囲攻撃を搭載していない分、正攻法で攻撃を行っていた。両腕部のビーム砲、そして胸部の拡散ビームである。これに対し、ギータカイザーは距離を詰められず、格闘戦に移れなかったのである。乗り手のジダンの熟練度も低く、威勢よく乗り込んできたのはいいが、決め手に欠けている状態であった。

 このちょっかいに対して、ジャッカルは水を差されたのも同然である。重装甲のレオスの左肩が少し溶けたのもある。

「貴様!」

 二丁持ちで腰だめの無反動砲を一斉射撃して反撃。その後に砲を捨てて、虚空から引き出した銃槍をシュレンツイルに向けながら、レオスのフルブースト突撃をかける。

「ハッハー!!」

 レオスの銃槍は遠くのものを撃つためのものではない。格闘戦で撃つものである。瞬間速度ではサートに迫れる速度でシュレンツイルを肉薄。加速質量で、シュレンツイルの左腕部を破壊する。貫徹時にトリガーを引く。

 装填炸薬は衝撃を発生させ、左肩部まで破損させる。

「巨大GAなどと! いかに体をでかくしたところで、動けなければ木偶の棒!」

 ジャッカルは勝ち誇る。体格のパワーは良く知っているからである。

 だからこそ、レオスは動けるようにしてあるのだ。

「貴様も貴様だ! ギータだと!? ということはジダンとかいう小僧だろう!

同型機をサートとマサムネが仕留めているではないか。貴様はやはりそれ以下ということか!?」

 通信が通じなさそうなので、外部音声で聞こえるように叫ぶ。そうすると、たじろいだような動きを見せる。知らない声色で、弱いところを突かれたせいか。

 その間、シュレンツイルはまだ生きている。近距離にいるレオス撃とうとしている。それに気づかないほどジャッカルは阿呆ではない。

「やはり、乗っているようで乗っていない。だから貴様は、そういう選択しかできんのだ。」

 残った右腕部も銃槍で突き、炸薬で破壊する。戦闘力をほぼほぼ奪われたシュレンツイルは、さらに抵抗しようとして身じろぎをする。そこにダメ押しとして巨大GAを支える脚部までもが破壊され、ついにシュレンツイルは動きを停止したのだ。



 シュレンツイル2機の撃破と共に、敵の攻勢は崩れた。あとは掃討戦である。

 ギータカイザーなる巨大GAの参戦はジャスティンセイバーにとっては幸いであったと言えよう。

 ともかくアスクレオスの基地制圧は成った。

 ジャスティンセイバーが基地内部に着陸する頃には、武装解除も進められていた。ライバーが司令部を制圧していたことも効いていた。

「バールグル社員が先だ。乱暴など受けていないとはいえ、精神的に疲労している。指揮官のニフンベルクは移送せず拘束し続けたほうが良いだろうよ。」

 基地の設備を使い、ジャスティンセイバーに連絡するライバー。司令室の窓の外にはジャスティンセイバー、ギータカイザー、レオスの姿が見える。

 大きいのに隠れているわけではない。サートがいない。

「例の閃光、この基地の転移装置の作動光だったらしい。誤作動、とは言っているがな。」

 今度は拘束される側となった司令室職員たちをちらっと見る。軍属ではなく、転移システムを管理している民間職員であるらしい。

「マサムネがとなると、やはりそれが原因だろうな」


               *****

 光が広がった。そこまでは覚えている。

 声になりそうでならない呻き声を上げたような気がして目を開ける。自分が眠っていたとか気絶していたとか定かではない。

 GAのコクピットの中、自分の状況を調べる。目の前は見えるし、手足の感覚はある。特に痛みも感じない。肢体の重さも感じないし、頭がふらついたりはしない。

 とりあえず自己診断は問題ない。サートのチェックプログラムを走らせるよう操作し、全天周モニター越しに周囲を見る。周りは森だった。メイクと二人で住んでいたアフリカの大森林のような鬱蒼とした森があった。

 ありえない。メイクと住んでいた森はだいぶ焼けてしまったらしい。いや、北米大陸からアフリカに移動しているのがそもそもおかしい。

 チェックプログラムの画面にある正常項目が続いているのを確認してからプログラムを中断。実際にサートを動かそうとして、ペダルを踏み込むとサートの動きが重い。

 原因はすぐに分かった。腕部や脚部に不自然なツルが絡み付いている。

 マサムネはこれに似た現象を知っている。異常生育した植物による捕食衝動。マサムネが初めてアフリカに踏み入れたときもそうだった。

(離せ!)

 心の中でサートを拘束する森に命令する。本来ならば意味のないことだが、心の言葉はサートの魔光晶から大気中の魔光晶を通じ、森へと伝わる。拘束した対象からの拒絶を受け取って驚いたのか、ツルはさっさと拘束を解いて引っ込んだ。

 やれやれ、とマサムネはサートを立ち上がらせ、飛んで森から出る。

 すると、アフリカの時とは比べ物にならないほどの大森林が眼下に広がり、空では太陽と異常に大きく見える月があった。

 再び呻いたかどうかはわからない。広がった光景にしばし呆然とした。

 深呼吸をして頭を振って落ち着く。落ち着いたような気がしたがそうでもなかった。

(ここはどこ?)

 いきなり周囲が大森林に変わるなどありえない。確かにアフリカでリュートと戦闘したときは森が回復したが、それと状況は違う。理解を超えた状況にとりあえず彼は自分の見知ったものがないかと周囲と足元を見る。

 今気づいたが、方位を示すプログラムがエラーを発生させ、ジャスティンセイバーとの通信も不能だ。磁場が狂っていたりシステムそのものの故障かもしれない。逆に故障じゃなければ、マサムネの頭に浮かぶ仮説に納得が生じて

しまう。

『地球ではないまったく別の場所に移動させられてしまった』

 サートの通信システムは衛星を中継するよう設定もされている。直接通信が無理ならサテライト通信。それも不可能となると、この場所が地球上ではないという認めたくない結論が出てしまうのだ。電波が悪い、その可能性に賭けたい。

 どちらにしてもネガティブなのは変わりない。ここいらで、ポジティブになるものが欲しい。

「あれって」

 眼下の森の隙間からわずかに見える装甲板。何かとそこへ降りる。そこはサートが飛び上がった場所から5、6メートル離れた場所。

 日の光すら遮るほど密度の高い森だから飛び上がる前に見えなかったのは仕方ないかもしれない。降りた先には、直前まで戦闘して停止に追い込んだ巨大GAがツルに絡みつかれていた。

 頭部と背中の損傷から内部へ侵入を試みようと太いツルが蠢いている。配線を引っ張ったり、叩いたり。自分の機体もじきにこうなっていたのかと思うと多少怖くなる。

 巨大GAは身じろぎひとつしない。無人機ならば心配する必要はないが、有人だった場合、このままにしておくのは夢見が悪い。

 気にしないほどマサムネは心構えができていない。再びサートを捕まえようとする森に対して、制止の意思を伝え、巨大GAを調べる。

 アスクレオス製の巨大GA、地球製とは構造は違う。と思いきや、作り的にはリュートと同じような構造だった。

「ここらへんかな」

 森は案外素直だ。サートの進む先を開いてくれる。巨大GAの右肩にサートを乗せると周囲のツルも退いた。

 コクピットブロックと予測される場所は分かっている。経験がある。

 マサムネは仰向けになっている巨大GAに直に降りて、首元を調べる。緊急ハッチ開放用のレバーを見つけた。

 巨大GAはそのサイズゆえに魔光晶でコクピットを設置する必要はない。本当のロボットのようにコクピットブロックがある。リュートと構造が似ているならば、外部からコクピットハッチを操作することのできるものがあると踏んだのだ。

 パスワード認識システム等のセキュリティがあるなら強引に行くしかなかったが、それは人間の手で可能な手動式だった。これについてはラッキーである。

 レバーを操作するとゆっくりした動作でハッチが下から上へ開き、内部にこもっていた空気が外に漏れ出た気がした。

「っと」

 持ち上がったハッチが急に降りたりしないかどうか強度を調べてから、内部を見下ろす。内部のシステムも完全に落ちているようで、明かりはない。だが、僅かな木漏れ日と暗がりに慣れた目が小柄な人影を認めた。

 そこから救出と脱出に多少手間があった。コクピット内部はサート同じくかなりスペースが設けられていた。

 故に仰向けの現状では降りたらマサムネが出られなくなる。幸い、周りに意思が通じる相手が無数にいる。彼らは自分らがさらに生育するための魔光晶が欲しいだけだ。人間の捕食が目的ではない。

 彼らの助力を得て、パイロットと共に外に出る。そのまますぐにサートに乗ってその場を去る。巨大GAは放棄。

 彼らへのせめてもの礼だ。もちろんツルごときで分厚い装甲板を破れはしない。

だが開いたコクピットから侵入してなら魔光晶探しも幾分かラクになるだろう。

 ともかく、マサムネはサートを森の端へと飛ばした。手の中に抱いたパイロットはパシフィルぐらいの年頃の少女で気絶している。

 彼女がいたコクピットは奇妙なものだった。ヘルメットからコードが何本も伸びており、それが彼女を押さえつけていたようだった。

 少女自体は普通に見えた。逆に言えば普通すぎた。パイロットとしての訓練を受けていないかのように体が細く小さかったのだ。

 もしも、彼女が戦うことを強制されていたのだとしたら、彼女をそうした者達を許すことはできない。

 過去に自らが受けたことを脳裏にかすめながら、彼は人間のいる灯りを目指してサートを飛ばした。



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