激闘の地

 女王自ら完成したばかりの戦艦で指揮を執り、北米大陸まで派兵する。元王家軍のリーダーなので、当然そういう話になる。本来それを推す立場であるライバーが止める説得に入る異常事態となった。ジャスティンセイバーの建造において、極東各所の企業都市へ働きかけた分、現在王国には人手と資材が限りなく流入している。また各分野への裁可の人手不足は深刻である。国家の重鎮が派兵のために抜けては問題が発生しかねないのだ。

 だが説得が無理だと悟ると、周りに働きかけてまず国民への周知を優先させた。世論が肯定すれば政府内も落ち着くと考えたのだ。そうした調整や出撃準備で、前回の戦闘から1週間が過ぎ、ようやく出航となった。

 ジャスティンセイバーの設計は神の審判以前のものだが、積まれている中身は当然最新鋭だ。巨大魔光晶の宝玉2個とそれに準じる機関、シンセサイザーを教訓にした格納庫設備やメインブリッジなど。指揮は当然ながらウィストニアが担い、戦術参謀はライバーが行う。王国軍の選りすぐりのパイロットと現行主力機のGAがそこに加わる。

 マサムネやジャッカルがその戦列に加わるが、異色なので出撃式典には加わっていなかった。通常の指揮系統からはずれている意味でもあった。

 なんにしろ、ようやくジャスティンセイバーは太平洋方面へと出航したのだった。


                  *****


 女王自らの出撃。その報告は早急にクロードルのジダンに伝わった。

 彼は私兵スペシャルズの指揮を執るプラスを呼び、今後の対応策について意見を求めた。

「現状は攻撃に転じるとしてもタイミングが問題になってくる。遅すぎれば太平洋方面の戦力が戻ってきて押しつぶされる。早すぎても然りだ。それに輸送問題はどう解決するんだ? 水上輸送艦はまだそれほど用意できてないんだろう」

 クロードルは前回のアスクレオス戦争から相当数のGAとパイロットを用意した。それとともにそれらの輸送方法がいくつか開発されているが、それは陸上に限っての話だ。王国もクロードルも地続きに存在しているため、海上輸送はほとんど想定されていない。あるとしても地中海を挟み、欧州からアフリカ大陸へ越える程度のものだ。

 ただそれだけなら、海上輸送などせずともGAの飛行能力に頼ればよい。故に、水上空母の保有数は少なかった。

 プラスはジャミラスたちととも王家軍で各地を転戦したときに輸送問題には敏感だった。GAは半永久的に動くとはいえ、中の人間はそうもいかないことを彼はよく知っている。

「ギータの改修がもうすぐ終わる。敵地へ投入するのはギータとオルガ・ウロボロスで行く」

「本気であれをやる気か!? あんなの開発初期の戯言だろ!」

 プラスが声を上げるのも無理はない。現在行っているギータへの改修はある荒唐無稽な初期設計が関係しているからだ。

「シミュレーションテストは完璧だ。想定された戦闘力なら、随伴機は必要ない。」

「輸送方法がそもそも確保できないからの話し合いなんだがな。分かった。それで満足するならやってみろ。」

 仕方がない、という風にプラスは呆れを含みながら諦め、ジダンの対応策を肯定した。


                  *****


 【神の審判】の後、南北アメリカ大陸は取り残されてしまったと言ってよい。事件直後の環境変化により最大の穀倉地帯からの自給率は低下し、最大の国家も中から自滅していった。前回のアスクレオスとの戦争まで、その大陸に住んでいた人間はごく少数で、ほとんどは不毛の大地であった。

 故に、アスクレオスが地球での前線拠点にするには容易で、GAの生産工場や、補給に頼ることのないよう農地の開拓が進められていた。

 サイファーの護衛の下、ニフンベルクが北米大陸の東海岸に近い拠点へと降り立つ。それを出迎えるアスクレオスの正規軍人たち。

 ニフンベルク自体は特徴のない政務官である。野心がありそうとか、向上心を露わにしているという印象はない。

 しかし、地味な印象とは裏腹に、この男こそが地球でのアスクレオスの司令官である。士官としてもっとも地位が高いリッドウィーンにとって頭の痛い存在であった。何をやっていたかは分からないが、少数の護衛でバールグル社に出向いていた。結局、サイファーと共に帰還した。護衛は帰ってきていない。

「シュレンツイルとアーリタイプの出撃準備を。西への連絡は?」

「済んでおります」

「そこのGAの男も矢面へ出せ。人質のことを十分に釘を刺してな」

「了解です」

 この大陸に前線拠点を構えてなんだが、ここから王国とクロードルへ攻めるには少々不便だった。距離的に近いクロードル方面に戦力を振り分けており、王国へはバールグルのネットワークを通じて情報収集ぐらいしかできていなかった。

 王国が攻め寄せてきた場合の戦略は立ててある。成立間もない新興国であるから、敵ではないとリッドウィーンは考えている。ニフンベルクはそうでなかった。

「帝国臣民が移住した後に外敵は存在してほしくないのだ。今度は油断なく退けたい。」

 次の戦いは再び地球の戦力との決戦であるが、残念ながら政務官と軍人では認識の剥離があった。

 さてシュレンツイルはバールグルが回収したケストルや、それらデータを元に建造したアスクレオス製巨大GAである。

 アーリタイプとは、マサムネが遭遇し撃退した白い巨大GAのことである。

「それで、マサムネ・クロノスというのはいかがでしたか」

「陛下の弟君というから期待していたが、あまり切り札になりそうにない。捕獲できそうなら捕獲するがね。」

「なるほど、承知しました」

 表向きリッドウィーンは従っておく。ニフンベルクにとって問題なくても、上昇志向のあるリッドウィーンは重要な事だった。いかにアスクレオスにとって、この地の開拓が重要でも、その後の地位のために出世はしておかなければならない。

 そのために汚いことは平気でする。アーリタイプのパイロットにおいてもだ。


                   *****


「サイファーの突破口、ですか?」

「ちゃんと貴様の口から聞いておきたい」

 ジャスティンセイバーが太平洋方面へ出航し、2日が過ぎた。連日、ライバーら指揮官たちが対アスクレオス戦略の論議を重ねている。

 マサムネは表向きライバーの指揮下ではあるものの、その実独自行動が許された遊撃隊員という位置づけだ。それはジャッカルにおいても同じだ。

 ライバーはマサムネに対してもサイファーについてのミーティングの参加要請をした。サイファーが通常のGAの2倍3倍のパワーを秘めているのも分かっている。ライバーが脅威として議論するのも仕方のないことだろう。

「ライバーさん、実は貴方はサイファーのことを最も把握しているのでは」

 サイファーへとジャミラスやライアンを招きよせた者は他ならぬライバーだ。自身の専用機であるオーボゥといい、マサムネとて、ライバーの知識が只ならぬものということに気付いてきた。

「俺が知りえるサイファーについての知識は知ったかぶった程度のものだ。だから警戒している。」

 ライバーとてライアンと共闘はした。とはいえやはり、チームを組んでいた人間の意見を聞いておきたいのが本音であった。

「彼のほうも貴方を警戒していると思いますよ。容赦がない、手を抜いたらばっさりやられる、と。」

 言われて、ライバーは苦笑した。自嘲かもしれないが区別はできなかった。

「ということはつまり、俺が奴を抑えるのは逆効果だな」

 格納庫には一応オーボゥが積み込まれている。だが彼が白の正装の格好のままということは、前線に出にくいということを示すものである。

 マサムネにとって、サイファー対処問題はしなければならないことだが、かといって全力で対処できるような問題ではない。感情的に、戦いたくない、と思ってしまう。

 だからこそ、であろう。

 ライバーの言葉の後に、艦内警報が響き渡った。

「ハワイ諸島からの斥候部隊だろうな。こちらでなんとかするから、お前は待機だ。」

 その言葉通り、本当にマサムネがいなくてもなんとかなった。

 王国軍の主力GAテノールはソプラノやアルトを改良したマイナーチェンジ機。とはいえ、微小ながら魔光晶が使われている。多少の型落ちでもアスクレオスに対して戦えるのである。

「本来は本社引っ越しが終わったら、新型が納入される予定だったんだがな」

 格納庫で、帰艦する味方機の損傷度合いを見ながらライバーが漏らす。

「完成機は何機か組み上がっている。アスクレオス側に流れてないといいが。」

 乗機が陸戦型故に出番のないジャッカルが聞こえるように呟く。

「仮に流れていたとして、操作系統の違う機体を積極的に運用するなら望むところだと言っておこう」

 その嫌味とも聞こえる言葉に対して、皮肉で返すライバー。目つきの悪い者同士の会話に直面したマサムネは呆れて物も言えない。

「被害は予想通り少ない。足を止めずにこのままハワイ諸島を攻略する。」

 味方機の被害を見て、彼は決断を下す。

「ライアンが出てこないならそれで良し。出て来るなら、奴が上手いこと撤退できるほど圧殺する。それで行け。」

「りょ、了解」

 ジャッカルの小柄な体から発せられる説得力のある言葉に、マサムネは頷く他なかった。



 ジャスティンセイバーの高度を雲の高さまで上げ、夜明けと同時にハワイ諸島を強襲。今のハワイは旧世紀のようなリゾート地の面影はない。何しろ人が住んでいない無人島だから当然だ。

「マサムネはテノール隊の後に発進を」

 マサムネは遊撃という位置だからといっても情報サポートは必要である。

 メイクは専属の通信役としてマサムネについていた。出航までの1週間、そのための勉強をし、知識を頭に叩き込んでいた。ほぼ艦橋に詰めているために、ここ数日、マサムネと直接会話していないし、イチャついて肌も合わせていない。それぐらいに本気であった。

 マサムネの目の前でテノール隊が順次出撃する。マサムネは目を閉じ、深呼吸する。

「雲間から迎撃機が抜けてきています。迎撃をお願いします」

「了解、サート、発進します!」

 カタパルトリフトを使わず、そのまま飛び出す。逆光に照らされた影が3つ目視できる。

 位置が見えるなら的当てにすぎない。銃剣のビームで瞬く間に3機撃ち抜いて見せる。

「艦の護衛はレオスがやる。お前は行け。」

 ハッチを開いた格納庫からの弾幕の協力をするジャッカル。陸戦機であるレオスは艦の護衛しかできることはない。

「先行しているテノール隊からの敵位置を送信します」

 今日のハワイの天気は曇り。だからこその上空強襲なのだが、母艦が安全な分、攻撃部隊の危険が増す。送信されてきた概略の配置図を見て、迷わずに銃剣にエネルギーチャージを行う。

 ブラスターモード。高出力ビームを放つモードである。チャージ時間は必要だが、威力は艦砲射撃並である。

 テノール隊は水上母艦の弾幕に苦戦しているようなのだ。手早く突き崩さねば、消耗戦となる。

 サートが雲を抜けると目視できる距離に母艦が見えた。射線軸に友軍機がいないことを確認して銃剣を構える。

「照射!」

 サートの両手で押さえられた銃剣から太い光条が放たれ、一番近くの水上艦の甲板に直撃する。甲板を穿たれた水上艦からは弾幕が止まり、変わりに爆発と火災が始まる。母艦が沈められたことで迎撃機の注意がサートに向けられ、攻撃が集中するが、サートはすでに回避行動を取っている。

 羽ばたく光の翼は優美に敵機をかわしていく。高度を下げ、海面ギリギリを飛んで、別の水上艦へと迫る。

「てぇいっ!」

 低空飛行で迎撃弾幕を抜け、母艦を切り裂いて離脱する。

 誰もサートに追いつけない上に、注意をそらされ足止めされた迎撃機はテノール隊の射撃の的となり、ハワイ戦は1時間弱で終結したのだった。


                  *****


 ハワイが早々に陥落。北米西海岸で待機するライアンは複雑な気持ちだった。

 人質を取られ言われるがままにやってみせねばならないため、必要な情報ほどまわしてもらえない。かと思えば、タイミングはずしの救援要請されても陥落されては行きようがない。

 西から東へと進撃できる敵は王国軍しか考えられない。このままいけば戦いは避けられない。ともすればどのような経緯で王国に来たかは分からないが、サートと戦わなければならない。

(どうすりゃいいんだ)

 人質となっているパシフィルやメスト、その他社員たちはアスクレオスの司令拠点に集められている。フィシュルもそこにいるらしいが、社長はアテにならない。

(社長、今回ばかりはあんたを恨むぜ)

 アスクレオスを手引きした張本人の顔を思い出して大きく舌打ちした。


               *****


 ハワイ諸島の敵を制圧した夜。

「今回の戦闘で敵のデータを大方収集できた。その上で本番である、拠点強襲作戦の内容を発表する」

 ジャスティンセイバーのブリーフィングルームに集められた全将兵が見つめる中、説明に入るライバー。

「敵拠点は北米大陸の東海岸方面に存在する。我々は西海岸から上陸し、途中のグランドキャニオンに身を潜めながら小休止をとり、拠点へと向かう。」

 ほぼ正面突破。小細工の無い作戦である。

「解析により無人機が多数運用されていると判明した。勢い任せが大事になる。各パイロットはより一層の連携に期待する。」

 マサムネは関係ない話ではない。無人機は容赦などしてこない。どれだけ味方の数が減ろうが降伏することはない。血も涙もないために怖い相手である。一人が怖気づくことで不利となることもある。マサムネ自身が負けなくても、作戦に大きく影響してしまう。

「何か質問は?」

「今回出てこなかったがサイファーはどうするつもりだ」

 説明が終わり、質問を求めた直後、挙手もせずにジャッカルが発言する。

「サイファーへの対処は遊撃隊に一任する。抵抗が大きければ撃墜も仕方ない。」

 冷たい答えが返ってくる。サイファーのパワーを考えれば仕方の無いことかもしれない。冷徹だが適材適所。と同時に、サイファーを抑えるために自由な行動を利かせてよいという承認を得たことになる。

「分かった。そういうことならこちらで相談する。来い、マサムネ。」

 小さいくせに上から目線のジャッカルがマサムネに言って、質問が続くブリーフィングルームから出て行った。隅で久しぶりにメイクと一緒にいたマサムネは、横柄な男に言われるまま室内を出る。メイクも興味本位でついて来てしまう。

 室内を出てすぐの通路にジャッカルはいた。

 マサムネはジャッカルのことをよく知らない。ディーゴには拾われた縁でしかなく、南極決戦でもついて来てはいたが何か役に立ったわけではない。ジャミラスの伝手で前回のアスクレオスの戦いで活躍したと聞いている。

 メイクも話したことはあるが、マサムネと同じようなものだ。

「おそらく奴は次の戦いに出てくる」

 奴とはライアンのことだろう。それはマサムネにも分かる。

「奴の行動として考えられるのは、なるべくならこちらと戦おうとしないことだ。だが、今回の強襲戦だとそうもいかない。前面に立ってくる。」

 ジャッカルがライバーと同郷なのは、マサムネもメイクも知らない。だから、この観察眼には純粋に驚くばかりだ。

「貴様では相手が難しいだろう。対して俺は何回か奴の模擬戦の相手をして負けなしだ。それらを踏まえて、提案がある。」

 ジャッカルは南極決戦等で戦わなかったからこそ、あの場にいたGA乗りの戦い方を把握していた。マサムネがライアンと戦いにくいことを察し、その上で自分の考えを明かしたのだった。



 ハワイ制圧から昼夜が一巡りし、時間にして正午前。西海岸が目視できるまで到達すると海岸から迎撃機が上がってきた。強襲作戦前の前哨戦である。

 ハワイの時と同じような水上艦は存在しておらず、かといって他の母艦は見られなかった。そして幸か不幸か未だにバールグルの新型GAの姿はない。

「蹴散らせ」

「主砲、一斉射!」

 ウィストニアの短い言葉の後に、ライバーが砲撃命令を出す。

 ハワイ戦と違い、ジャスティンセイバーは通常高度。足を止めることなく、前進しながら一斉射撃。この一次攻撃によりかなりの数の敵機が落ちた。とりあえず進行方面はクリアされた。

「このまま突破する! 各機は艦の進路を確保に専念せよ!」

 テノール隊がジャスティンセイバーの進路上を飛んで、迎撃機をけん制している。

「正面に反応が1つ! サイファー!」

 艦橋でレーダーを見つめていたメイクが光点を確認して即座に叫んだ。


                 *****


 ライアンは勝算なく動いたわけではない。なるべく昔の仲間と戦わないためにどうすればいいか。人質の安全を確保するためにはどうすればいいか、と。

 だから彼は王国艦をまっすぐ狙うことにした。足を止めさせ、艦橋を狙い、降伏を迫ってしまえば、戦わなくて済むと考えたのだ。

 だがそんな必死に考えた策は脆くも崩れ去ることになる。

「!?」

 赤い船に迫ったサイファーに対して、サートが躍り出て、撃って来たのである。

「くっそ、どけぇ!」

 威嚇らしき当たらない攻撃に足止めされ、進路を変更せざるえなくなった。

 なんとしてでも王国艦の足だけは止めさせなくては、と必殺のサイファービームではなく、斧を投げて、艦の後部を狙う。

 しかしそうすることを読まれていたのか、サートによって斧を撃ち落とされた。ならば仕方ない。サイファービームしかない、と発射態勢に入った時、見覚えのあるアンカークローにサイファーの両腕部が絡めとられる。

「お前のその苦し紛れになったら必殺技でどうにかしようと思う癖、どうにかならんか」

 アンカークローで絡めとられた途端に響いて来た声の直後、目の前に黄色のGAが迫っていた。

 単純明快な体当たり。アンカーで絡めとって、レオスが真っすぐ体当たりを仕掛けて来たのである。重力キャンセルが働くとはいえ、各センサーがおかしくなるほどの体当たりに、ライアンの目の前は真っ暗になった。


                  *****


 タネを明かせば簡単な作戦だ。まずサートでサイファーを引き付け、タイミングを合わせてレオスが突っ込む。

 マサムネに頼んだ内容はそういうことだったのだ。確実に実行できるジャッカルの実力は計り知れない。

 とはいえ、サイファーの進路妨害タイミングが絶妙だったおかげで、レオスは勢いを失わずに体当たりができた。そういう意味ではマサムネの読みもたいしたものだった。コンビを組んでいたからこその読みだろう。

 メイクは被害を出さずにサイファーを制圧して安堵してしまう。

「安心するのはまだ早いぞ」

 その様子を見ていたのだろう、ウィストニアがぴしゃりと叱りつけてくる。

「あ、はい!」

 驚いて、メイクは普通に返事をしてしまう。

「テノール隊に伝達。サイファーとレオスの回収を手伝ってやれ。」

 ライバーも気を利かせて回収命令を出す。流れるような連携は夫婦のようだ。

「了解、伝えます!」

 メイクはすぐに伝達に入る。まだ作戦は終わっていないし、安心も早い。今度はパシフィルたちを助けなければいけないのだから。

 こうして西海岸を突破した一行は予定通りグランドキャニオンをゆっくり抜けながらGA部隊へ応急処置と補給を済ませた。

 回収したサイファーからのデータはあまり役に立たなかった。ライアンへの情報封鎖が原因である。とはいえ、人質の場所と規模だけは把握できた。

「期待はしていなかったが、酷いな」

「本人の前で言うことかよ」

 医務室で一応検査を受けたライアンがジャッカルの毒に辟易する。ライアンが落とされたことは、アスクレオス側にすぐ伝わることだろう。危険が及ぶ前に助け出さなくてはいけないことになった。

 総合的に手間が増える、ということをジャッカルは言っているのである。

「敵が人質を盾にする前に勝負をつけるなり、人質救出を優先するなりは、こちらでも考える。ただそうなると、実は懸念事項が1つ浮上してな。」

 付き添っていたライバーが珍しく困った表情をする。

「というのは、クロードルだ」

 ジャスティンセイバーが西海岸を突破すれば、クロードルにまわっている戦力がこちら側に振り分けられる。つまり、クロードルに対して攻撃が弱まる。

「準備に1週間もかかっちまったから、攻め上ることは知られていると考えていい。ならばどのタイミングで仕掛けてくるかだ。こちらより先に仕掛けられると、みすみす人質を危険に晒す。本当なら挟撃できて万々歳なんだがな。」

 本当に悩んでいるようで彼は大きくため息をつく。

「まぁ、手はないこともないな」

 ジャッカルは含みのあることを言って、ライバーに指で合図して医務室を出ていく。医務室に残されたのは、マサムネやライアン、メイクの3人になる。

「何はなくとも、悪かった」

 ライアンはすぐに頭を下げてきた。それが彼の誠実さであり、傭兵に向かない理由だろう。

「いや、本気で戦うことにならなくて良かった」

 マサムネは苦笑する。甘く見ていたわけではない。本気で戦うことになっていたら、間違いは必ず起きていた。限りなく安心できる形で収まったことを喜ぶべきだろう。

 ただ言われたライアンは、あまり晴れやかになっていなかった。マサムネに違和感を持っていたようであった。

「お前、会わない内に何かあったか?」

 ライアンは戦友だ。ディーゴたちとの戦いではコンビで挑んだ。その時との機微の違いに違和感をもったのかもしれない。

「男の子同士ってそういうの敏感なのかしら」

 メイクがしみじみと言ってくる。

「前言ったかもしれないけど、自分の忘れてたこととか、どんな生まれだったかを思い出したんだ。ただ、以前の自分が消えたわけじゃなくて、混ざってるから、おかしい、かな?」

 記憶を取り戻してマサムネ自身変わったとは思っていなかった。だが、親しい人には分かるのだ。メイクが違和感をすぐに口にしなかったのは、それだけで関係性を崩したくなかったからである。

「君が逃がしたあのニフンベルクという人が言っていたことも大きいよ」

 今まであまり考えないようにしていた事実。マサムネはそれを明かす。

「アスクレオスの皇帝の名前はシュルセルス。僕の兄さんと同じ名前なんだ。」

 ライアンは目を見開いて、驚いた。あの会話を聞いていただろうメイクは事実を改めて確認して、マサムネの手を心配そうに握った。


                 *****


「ゲート正常作動を確認」

「エネルギー再チャージだ。いつでも起動できるようにしておきなさい」

「了解です」

 ニフンベルクは地球開拓の司令部にしてアスクレオスと地球を結ぶトランスポートの管制室にいる。先ほど、本国への報告のため正規軍人であるリッドウィーンがトランスポートのゲートを使用した。

 西海岸が陥落し、このトランスポートにウィストン軍が迫ってくるのは時間の問題である。基地防衛となれば技術者上がりの政務官に過ぎないニフンベルクではなく、本職の出番だ。

 今回、彼でなくてはいけないのはこのトランスポートの責任者であり、誰よりもそれを把握しているからだった。

 確認されているウィストン軍の戦艦をおびき寄せ、行き先がアスクレオスの衛星軌道上へとなっているゲートへ押し込む。

 そうした作戦内容であることは先に戻ったリッドウィーンも把握している。これは正式な作戦なのだ。なぜそんな面倒な作戦なのかは、理由が多々ある。

 とはいえ、この作戦は大きな問題点がある。それは施設に危険が及ぶことだ。ゲートにダメージが入れば使用不能になる。ニフンベルクを含む、アスクレオス人が相互に行き来できなくなってしまう。もちろん対策はある。

 そのための人質だ。また、十分な防衛戦力もあった。地球の巨大GAをもとにして開発されたシュレンツイルとそのアーリタイプである。

 これらがあれば十分に迎撃できると思っていた。

 だが、その迎撃戦術はいとも簡単に崩れ去った。

「敵機1つ、急速接近!」

「何!?」

「速すぎます! 基地内部に侵入!」

 既存のGAを置いてけぼりにする、サート単騎での強襲である。

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