潜む罠

 アスクレオスが別の星雲にある地球を見つけたのは奇跡的であろう。

 何か運命的なものがあったのだと、マサムネら双子のDNA提供者であり、プロジェクト責任者であった者は感じ取っていた。

 もっともその運命も最初だけだ。プロジェクトは目的を忘れて歪んでしまった。

 アスクレオスの再侵攻。

 前皇帝ポポロスが地球で戦死した後、それまでのポポロスの血脈の皇族を廃し、一人の青年将校が皇帝に就いた。

 その者こそ、マサムネの双子の兄であるシュルセルス。

 彼はアスクレオスの技術研究所で養育という名のモルモット扱いで成長し、その後軍属となった。

 その時には彼がいる意味もプロジェクトも消滅していたため、軍人となると研究所のしがらみはしだいに消え去った。

 彼は軍内部で頭角を現し、前大戦のおりにクーデターのリーダーとして活躍した。

 そういった経緯のため皇帝に就いた彼は地球を新天地と定め、移住のためといって侵攻の準備を始めた。

 それは単純な軍拡だけではない、地球人の内部からも侵略を始めていた。


                   *****


 ウィストン王国はウィストニア女王によって治められるこの地球唯一の王制国家である。もっとも、女王に最終決定権があるというだけで、他の企業都市と形式が変わることはない。

 先の戦いから半年。政治にライバーが参入し、女王に対して面と向かって意見が言えるようになった。意見対立できる彼を中心に人も集まり始め、女王派と切磋琢磨して王国運営はまたひとつ進化していた。

 ライバーの元に集まったのは、王国軍人や弱小企業都市からの出稼ぎが多かった。

 前の戦いの後、王国は早急に軍事を整える必要があった。女王は以前と同じくライバーを軍事担当に据えた。彼が政治へ口出しを始めたのは軍事予算が関連してのことだ。

 実際、彼の口出しやそれに関連する根回しで予算増加が成功し、それ以外に対して支障ないよう立ち回り、信頼は増した。クロードルと違い、軍事方面の人員は驚くほど整備されていたのである。



 王国領西端の国境都市がユーラシア大陸横断鉄道の東側終着駅である。

 大したトラブルもなく辿り着いたマサムネとメイク。メイクは過去を取り戻したマサムネを受け入れていたものの、まだ多少ぎくしゃくはしている。

 駅を降り、GAを受け取るための手続きをしようとした所、窓口で見知った顔が出迎えた。

「長旅ご苦労さんだな」

 ライバーだった。彼は白と金刺繍の儀礼服のようなものを着ていて、一瞬呆気にとられた。

「これは軍部の広報課が俺のためにあつらえた正装でな。ハデで好きじゃないが着ないと煩い。」

 二人の驚きに気づいてか簡単に説明するライバー。変わりはないらしい。

「話は移動中に聞こう」

 彼はメイクの持つ荷物を一つ持って先を行く。そうして外に出た先で待っていた大型トレーラーにはすでにサートの積み込みが終わっていた。

 大型輸送車両と思いきや、人員輸送も兼ねているらしく、乗り込んだ内部は整っていた。

「列車護衛の件、助かった。護衛のほうはもう問題ない。俺があの場にいたのもその話があったからだ。まぁ、止められても隠れて迎えに行くつもりだったがな」

 と言って笑う。トレーラーのシートは彼ら3人だけで広々としている。

 トレーラーを運転するライバーの部下らしい男はライバーより一回り年上の人間で、助手席のほうはメイクぐらいの年頃の女性であった。

「ひとまずよく戻ってきたな、二人とも」

「メイクを1人だけ帰して戦いに行くことはできません。王国にいけば信頼できる方がたくさんいるでしょうから来たんです。」

「なるほどな。パートナーの安全を優先したか。だが、それが戦いのため、となるとお前、記憶が戻ったか?」

 顎をしゃくって、ライバーは核心を突いて来た。

「分かるの!?」

 それまで黙っていたメイクが突然声を上げる。それに対するリアクションはなく、冷静にライバーは推理する。

「ということはメイクには話したか。お前は優しい奴だな。そんなんで戦いによく行こうと思う。」

「アスクレオスの再侵攻の裏に兄の存在を感じます。なら僕が行かなければ。」

 ライバーはマサムネの出自を断片的にしか知らない。アスクレオスとマサムネは関係があると考えていたが、彼の兄がアスクレオスにいるということは初耳である。

「お前が行けば戦争が終わるとでも?」

「そこまで思い上がっていません。ただ僕たちの力を利用する者がいればこの戦争は好機と言えます。兄が利用されているならばそれらを倒し兄を止め、兄自身が動いているならば、それを止めます。」

「お前には無理だな」

 マサムネの熱弁には覚悟がこもっている様に感じられたが、ライバーは一蹴した。南極決戦の時のような、優しくも厳しい口調を向けてくる。

「言ったろう、お前は優しいと。それに十分思い上がっている。一人で行くのは考え直したほうがいい。現にお前のパートナーは、離れたくないようだぞ。」

 言われてマサムネが隣を見ると、隣のメイクは目を合わせないよううつむいた。

「どうせ彼女だけを安全な場所へとでも考えていたんだろう。それなら初めから全てを忘れて隠れれば良かったんだ。それに、お前に大義とか正義とかは似合わんよ。」

 マサムネの熱意に対して、正直な感想を言う。ライバーとマサムネの明確な違いは守るために立ち向かうことだろう。ライバーは、そういう意味ではマサムネの前向きさを褒めたかった。ライバーは何度も逃げようとしたのだから。

「アスクレオスの再侵攻となれば、王国も無関係な話じゃない。今、王国旗艦を準備中だ。お前たちさえ良ければ、それに乗艦して欲しい。」

 相変わらず彼は意地悪だ。無理だと言いつつ、戦力の足しになるよう誘導する。しかも、お前ではなくと言って、メイクを巻き込む算段である。

 これではマサムネも、メイクに断りを入れられない。

「王国の防衛戦力を割いてもいいんですか?」

「国防上の理由で、とある問題が発生した。フィシュルのことなんだがな。」

「なぜです? 知らない仲で無いでしょうし、協力関係では?」

 ライバーは相手の疑問点を刺激してくるのが上手い。そうやってペースに引き込むのが彼の常套手段なのだ。

「最近、旦那が公の場に出てこないばかりか連絡も取れない。加えて予定だった次期主力機の提出もない。旦那にしては大チョンボ続きで、ライアンの小僧を仲介を頼もうとしたがこいつも連絡が取れない。怪しさ爆発だろ?」

「何かあるのは確実なようですね。しかし、僕を利用するならば条件があります。」

「ほう?」

 条件というからメイクがびくり体を震わせる。ライバーもこの期に及んでメイクの話を切り出すと思っていた。

「オーメ・ヒラリン博士と会いたいのですが」

 しかし切り出した話はまったく別の話であった。メイクは胸を撫で下ろす。ライバーは彼女の反応を見て、口を開く。

「お安い御用だ」

 なんてことのない提案だ。そんな面会申請はすぐ済ませられる。



 オーメ・ヒラリン。

 南極での戦いの後、バールグルに戻りGAのデータや開発技術を管理していた。王国に対して作業用GAの供給や開発に携わっている。

 また大陸横断鉄道の敷設にも関わりがあり、移動・輸送手段の開発に積極的だ。

 王国とバールグル本社を往復する多忙な毎日を送る彼だったが、マサムネとの面会には快く応じた時は、王国内に足止めされていた時であった。

「こうして話すのは何年振りでしょうか」

 王国へ到着した次の日、王国の研究棟で博士と面会した。今回ばかりはマサムネ一人だけである。オーメの過去にも関わる。そこまでメイクに付き合ってもらうわけにはいかないし、あまり彼女を混乱させるべきではないと判断した。

 オーメと応接室で向き合い、まずは軽い話題で話を切り出す。

「10年以上、正確に数えることもないか。話は聞いているよ。アスクレオスについてまで思い出してしまったか。」

 勝手に話は通っているようだ。それならば話は早い。

「ええ、アスクレオスでの兄の立場はわかりませんが、やってみる価値はあると思います。」

「君が一人で歩き出すのなら構わない。関係者として私自身も望んだことだ。当時のデータはサート内部にプロテクトして保存してある。必要ならば引き出すといい。」

 小さいメモリチップを出す。彼は親身であったが、彼1人では過去の研究は止められなかった。その罪悪感がオーメを動かしていた。だから止める権利もないと思っていた。

「出会えるといいな、お兄さんと」

「はい。そう、願っています。」

 含むものを感じたがマサムネは深入りせずに返事して、会見を終えてしまった。



 バールグルの本社は日本から王国へと移転している途中であった。

 途上、問題は浮上した。社長が王国相手に限って顔を出さなくなったのだ。

 旧知の仲であるライバーにすら面会を拒否し、その下で働くライアンとも連絡が取れなくなった。

 これで何もないわけがない。だが関係者であるオーメは何も知らなかった。異変は、バールグルがケストルの残骸を回収してからだ。残骸の回収は、バールグルの自主的な行動だ。最初はオーメ絡みかとライバーも考えたが、前述の通り、博士は何も関わっていなかった。

『考えられるのは、社長が個人的に関わり合いになる場合だ』

 そうオーメが遠回しに発言していた。ケストルを回収しなければならない、個人的な関わり合い。

 先の戦いでも、フィシュルの態度はどこかおかしかった。アスクレオスの動きが見えていたように思えた、とジャミラスから聞いていた。

 それを探るためにも、引っ越し途中の本社ビルへとライバーはマサムネたちを連れてやって来ていた。後部にシートを被せてあるトレーラーを本社の側に横づけして、降りる。

「さて、お前には」

「その前に何でメイクも連れてきたんですか」

 ライバーの言葉を遮って口を出す。その物言いが気に入らなかったらしく、彼女は文句無いがムスっとした。

「姫君がいれば張り切れるだろう?」

「荒事になるって分かってるのに貴方って人は」

 冗談交じりに答えてきて、マサムネは以前と違い、震えずに文句を言う。

「別に一緒に行かせるわけじゃない。俺と一緒にここで待機する。彼女に、真のマサムネ・クロノスを見せつけるいい機会と思ったのだが?」

 相変わらずの卑怯な物言いである。計算づくの煽りだから余計質が悪い。

 彼は昨日の正装ではなく、見慣れた黒づくめの服装をしている。

 彼の後ろではトレーラーの運転手と助手席の2人を含む、部下と思われる者達が武装しており、入念に武器のチェックをしている。

 メイクはとりあえずの配慮だろうか、普段着の上から武装兵士の上衣を着せられていた。

「お前が正面から行って受付に面会の旨を伝える。積極的にいって拒否されたらこっちで突入する。」

 段取りを簡潔に説明する彼だが、内容が唐突過ぎる。

「慎重に行かないんですか」

「突入演習も兼ねている」

「知りませんよ」

 ライバーの二重三重の思惑には前から苦労させられている。素直に従うのがマサムネの学習したことだった。

「すんなり行けたらストレートに問い詰めていけ。状況はこちらでも聞いておく。それに細かい指示はこちらで出す」

 言って小型インカムを渡してくる。小型というのには小さすぎるきらいがあるが、専門家ではないので本当に機能できるかわからない。

 耳栓タイプのそれを耳に詰め、音量調整する。準備ができたら、正面玄関から1人で入って行った。

 本社ビルと言っても、高層ビルではない。せいぜい3階建てのオフィスだ。社長室まで通されたことはないが、何度か1階には立ち寄ったことがあった。

 しかし、ライバーが期待するような強硬な態度はなく、受付の人間は社長室のある階層へすんなり通してしまった。

 途中、彼の目にはとりあえず怪しいところは見られず、ついに社長室に入ったところ待っていたのは二つの銃口。見たこともない型の銃を構える武装した男二人がマサムネに対して銃を向けている。

 驚くものの、すぐに置かれている状況を把握する。男たちは目出し帽を被っているため表情を窺い知る事はできない。社長席らしいデスクには、見覚えのない男性がいた。中年か壮年と言って差し支えない多少猫背の男。

「君が、か。よく似ている」

 だが、相手はマサムネを知っている様子だ。

「あなたは一体? フィシュルさんはどこですか?」

「私はニフンベルク。前皇帝の代からアスクレオスで執政官を務めていた。彼はこれから君を連れて行く場所にいる。」

 丁寧に質問に答えるニフンベルク。それよりもライバーの予想よりも深くに、バールグル社へアスクレオスの人間が入り込んでいる。

 ともすれば、バールグルを橋頭保にアスクレオスが王国に調略を掛けていてもおかしくはなかった。むしろ、マサムネを待っていたかに見える。

 兎も角、ここに敵方がいるということはマサムネにとって、袋の鼠でチャンスでもある。

「似ている、と言いましたね。貴方は僕と何が似ているんですか?」

「勿論、君の兄君、シュルセルス・クロノス・アスクレオス皇帝にだ」

 素直に答えてくれることを期待していたわけではないが、彼は黙することなく明瞭に答えてきた。

 その情報はマサムネの思考を一時停止させるには十分のショッキングなものだった。そんなマサムネのショックをまったく察することなく、背後の扉が乱暴に開かれ、彼の肩を引っ張り込んだと同時に、白煙が部屋へと進入する。

「例のルートで退避するぞ!」

 ニフンベルクは白煙に対して迷いなく即答し、社長の机の下に潜る。目出し帽の男の一人が通路のほうに向かって牽制射撃。それに即応しての反撃射撃が、射撃した男をハチの巣にした。

 一瞬にしてやられた相棒に驚き、ニフンベルクの退避を追って、もう1人は扉から背を向けた。

「甘ぇ!」

 白煙の中から躍り出たライバーは飛び蹴りを放って、逃げ出そうとした男の背中を蹴り抜いた。銃を取り落としてなおも逃げようとする男は、ライバーの後に続いた部下たちによって抑え込まれる。

「マサムネ、お前は正面玄関に戻れ。追撃の用意はしてある。」

 何の相談もなく突入しておいてこの言い草である。事前に打ち合わせた想定から脆くもはずれたのが全ての原因だ。とはいえ、本社でマサムネを待ち受けていたような感じでもあった。逃げる手筈も整えていたようだし、ライバーがいて助かったとも言える。

 晴れない白煙を抜けて、玄関へと戻る。

 トレーラーが玄関前に移動しており、いつのまに積んであったのか、サートが鎮座していた。メイクが後部にあったシートを外していたようだ。

「行くの?」

 メイクの言葉には未だ棘があった。彼女は1人で解決しようとしているマサムネに憤っていた。記憶が戻ったこととかそのために新たな戦いに行こうということとかは問題ではなかった。

 ただ、前の戦いから一緒にいて、若い2人で暮らすことに苦労を分かち合った。それなのに今になって、1人で戦いに行こうとする気持ちを分かっても、理解したくはなかった。

「1人で解決できないのは今分かったことでしょう?」

 言われて彼は自らの甘さに気付く。ライバーがいなければ、今頃どうなっていただろうか。本当に、アスクレオス皇帝をしている兄に会えただろうか。会えたところで、望みを果たせただろうか。その想像を、前向きに考えてしまうことこそ、マサムネの甘さだろう。あの場で殺される最悪の事態もあったはずだ。

 彼女はどこまでもマサムネを心配している。後ろで見ているだけだったから、その気持ちは余りある事であろう。

「君の言う通りだ」

 マサムネは素直に認めた。頼ろうとしているのに、1人で何とかできると思っていた。勇気を出せば、思いだけで戦えると思っていた。

「後ろで、見ていてくれるかい?」

「ええ!」

 マサムネが言うと、にっこり笑うメイク。あくまで戦うのはマサムネ1人だ。だが1人であることと、共に戦っている気持ちはまったく違う。

 それにそもそもマサムネ自身の戦う理由は、守るためだ。戦争をなんとかしようということではないのだ。

「行ってくる!」

 気付かぬ内に背負った重荷から解放されたマサムネは、明るくなった表情でサートに乗り込む。乗り込む時に、メイクが手を振っているので、こちらも笑って振り返す。

 また、乗り込んだサートのコクピットも慣れたはずなのに新鮮な気持ちでいた。

 サートはマサムネが乗り込むと、待ちわびたように自動で起動し始める。

 この機体はマサムネが操縦するために自動で調整がされる。元々、マサムネ以外では操縦できないようにもなっているのだ。飛行ユニットの形がしたのも魔光晶のパワーであることと同時に、現在のマサムネにサートが合わせた形でもあるのだ。

「マサムネ、港の方!」

 耳元でメイクの声が聞こえる。結局使わなかったが、通信機を耳栓したままであった。サートのセンサーにも港に出現したGAの反応を2つ捉えている。

「行くよ、サート!」

 羽ばたくようにサートは光の翼を展開して、飛ぶ。飛んだ方向の港は、今は懐かしき場所だ。サートと再会し、メイクを助けた場所だ。前はそこにGAなどいなかったが、再びここから始まるのだという感傷はある。

 ただ感傷に浸ってはいられない。ここから逃げ出そうとしているGA2機を追わないといけない。サートのスピードで通常のGAに追いつけない道理はない。すぐ目視できると思っていた。

 だが、1機がもう1機を逃がすためか、進路上に立ちふさがった。

 その立ち塞がった1機は、マサムネが知っている機体であったのだ。

「サイファー!?」

 真っ赤な色をしており、既存のGAよりも一回り大きい鬼のような頭を持つGA。サートと同じく、乗り手はマサムネが知る1人しかありえない。

「ライアン、何故!?」

 そこにいるのか、と続けようとした時、サイファーが距離を詰めて斧を振り下ろしてくる。やや踏み込みが浅い。見て避けられる。

 とはいえ、避けなければならないだろう。サートのパワーであの斧を受けられる気がしない。相手なりの威嚇と言ったところだろうか。

「ライアン!」

 マサムネは応答を求めるが、サイファーは返事を出さず、背を向けて空域を離脱する。追いつくことはできるだろうが、今しがた1人で突っ走らないと決めたばかりだ。これ以上は追えなかった。

 本社前のトレーラーに戻ると、捕虜にした1人を車内に連れ込んでいるのが見えた。

「戻りました」

 追撃をかけたのに、サイファーの出現で取り逃がしてしまった。マサムネは苦々しく言う。それに対し、車外で待機していたライバーは手を振る。

「いや、気にするな。状況は分かっている。こっちも甘く見ていた。」

 彼はマサムネを叱ることはなかった。ライバーの読みでは、フィシュルが利益のために、アスクレオスと情報取引を行っているのではないかと考えていた。だが、状況はもっと深く進行していた。アスクレオスがバールグル社を取り込みつつあるということだ。

 ライアンまでもが敵に回っているということは、洗脳か脅迫か、よくない状態に陥っているということだろう。日本を簡単に捨てたということは、逃げた先はアスクレオスが前線基地を作っているという北米大陸であろう。

「今後の対策を立てる。一緒に来れるな?」

 ライバーは確認を取ってくる。ただ、からかっているようなニヤけた笑みだった。

「勿論、協力します。メイクと一緒に。」

 予想通り言わされるのは癪だが、恥ずかしさはない。堂々と言ってやった。



 ほぼトンボ返りのように日本地区から王国へ戻ると、出発した時にはなかった真紅の戦艦が港湾内に停泊していた。コンダクターともシンセサイザーとも違う艦のようだ。新造艦であろうが、噂の王国旗艦であるなら、よくもそれだけの資材と資金があったものだと感心する。

「あれが旗艦、ジャンスティンセイバーだ」

 捕虜の移送を待たず、サートの手の中にライバーとメイクを乗せて帰ってきた。

 ライバーが聞かれずとも言ってきた。

「試験航海を終えたところだろう。あれで北米大陸まで乗り込むつもりだ。」

「シンセサイザーもコンダクターも使えませんか」

 当然の疑問を差し挟む。

「ああ。シンセサイザーはバールグルの管理下。コンダクターは旧王国島に封印してしまった。対アスクレオスに備えるなら新しく建造するしかなかったんだ。」

 説明を聞けば仕方のないことだ。王国としても、反乱軍の艦をそのまま使うことはできなかっただろう。

「出航させるためには、ちょいと政治が必要だ。少し時間をもらうぞ。」

「いかに村長といえど、王国でも我が物顔で振舞えませんものね」

 ライバーのまともな言葉に、マサムネ渾身の嫌味を言う。だが彼は気を悪くした様子はなかったし、怒り出すこともなかった。

「ンなことしたら女王様が仕事の手を抜くからな。前に酷い目にあった。」

 ライバーは頭を抱えてため息をついていた。

 マサムネやメイクは、ライバーが王国内で高い地位にいるということしか分かっていなかった。だからこの反応は驚くしかなかった。戦術担当としてシンセサイザーに同行していた偉そうな彼を困らせるほどの女王は何者か、と。

 ほどなくして王都研究棟に下りる。ライバーに案内されて、女王様に会見できるようになった時、2人は知るのだった。噂の黒髪の美人女王は、あのライバーを婿に迎えていたのだと。

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