そして時は動き出す

 始まりは魔洸晶、またの名をシュイバレクエナジー。


 どこから来たのか未だ分からないこの不思議なエネルギーによって地球とアスクレオスは危機に陥った。


 地球はそれまで築いてきた文明を半ば崩壊させられ、アスクレオスは異常成長した自然に文明を食われようとしていた。


 同じ危機に瀕する彼らは何の因果か出会い、お互いの危機を乗り越えるために持てるだけの技術交換を行った。


 その果てに作られたのが何の変哲もない受精卵を魔洸晶によって培養し、魔洸晶によって人間を作り出すこと。


 この魔洸晶人間によってお互いの星を救おうと考えたのだ。


 あまりにも夢想的で妄想的。この未知のエネルギーと人を介してコミュニケーションしようという考えを捨てられなかったのだ。


 これで星を救うことができると信じて、この受精卵から生まれた双子の男子それぞれを持ち帰り育てることになった。


 星を救い、お互いが再会する事を願いに込めて。


 地球で育てられた男子は後にマサムネと名づけられ、アスクレオスで育てられた男子はシュルセルスと名づけられた。


 二人は示し合わせたわけでもなく、創造者たちの思いに反して人間として育てられることはなかった。


 前者はそれでも人間としてがんばろうと考え、その思いが結果的に地球側の救済計画を頓挫させた。


 後者は人間へ絶望し、生き延びながら憎悪を募らせていた。


 救済計画はお互いの星で潰えた。他ならぬ、人間という歪みのせいで。


 残されたのは作られた二人の兄弟だけ。


 シュルセルスはこの同じ生を受けた者を探そうと考えていた。そのための力をようやく手にした。


 地球との交流情報の断片を掴ませ、地球遠征へ誘導させられたポポロス・デモンズは遠い地球にトランスポートを作り、戦死した。


 研究機関から軍部へと異動していた青年シュルセルスは民衆を煽り、部隊を指揮して偽りのクーデターを成功させた。


 彼はすぐさま皇帝に即位し、奇跡を民衆に見せて信頼を得た。アスクレオス人類の住居を侵す自然を停止、減退させたのだ。


 そして地球の情報を正式に公開し、地球移住計画を盾に徴兵と軍拡を行った。


 侵攻へと移すのに約半年。その間、名君を演じきった。


 一方で地球側の平和は唐突に崩れた。北米に着々と作られたアスクレオスの前線基地からの動きは静かに確実にマサムネの元へと迫っていた。


 南極決戦の後、アフリカ大陸東部で平和に暮らしていたマサムネとメイク。若い2人にとってアスクレオスはまったく知らない存在であった。


                *****


 瞬く間に森に炎が燃え広がる。異変を察知した時、昼飯だったのが幸いした。火が燃え広がる前に、マサムネはサートにメイクを同乗させ、空へと逃れた。

 森の上に出たことで状況が知れた。見覚えのないGA部隊と、白い巨大GAが1機。マサムネの知らぬことだが、巨大GAに随伴するのはGAバイルの部隊だ。

 巨大GAの方はリュートやケストルに似ていた。リュートに似た人型であり、鈍重な動きから何をしてくるか分からない。

 随伴機が現れたサートに対して迎撃行動に移る。

「気にせず反撃して!」

 包囲から逃れようとして、逃げ場所を失うマサムネに、メイクは叫ぶ。彼女とて、いつまでも子供ではない。戦いに対していつまで忌避していた少女ではなかった。

 許しを得たからではないが、反撃に移るマサムネ。編隊を組むバイルに対して、スピードで勝るサートは近接のみでも十二分に戦える。

 だが、巨大GAは不気味に鎮座している。攻撃らしい攻撃をしてこない、かに見えた。マサムネが気付かぬ内に、巨大GAの両腕部が分離する。そして、バイルに集中する彼の死角に回った腕部のそれぞれがビーム撃ってきた。

「後ろ!」

「ッ!?」

 メイクが同乗していて助かった。助かりはしたが、指から出る5本のビーム、合計10本のビームのクロスファイヤを避け切れるものではなかった。サートの主翼に直撃をもらい、森に墜落する。バランスこそ崩さず、着地する。だが、スピードが上がらなくなってしまった。

 白い巨大GAが動き始めた。ビームの追撃はなく、分離した両腕部はGAへと装着される。倒されずに残ったバイルの包囲射撃に動けなくされ、巨大GAによって直接サートが捕獲されてしまう。

 単純なパワーではサートに押し勝てる道理はない。このままでは締め潰される。マサムネは足掻いてみるものの、魔光晶コクピット内は赤い警報を鳴らし続ける。

「まずい。メイクだけでも脱出を!」

 八方塞がりである。逃げるために同乗させたのに、潰されてしまっては本末転倒である。脱出させられるならば、とマサムネは言ったのだが。

「わたしは、マサムネと一緒なら」

 彼の足元で、怖がりはせず、状況に耐える彼女の言葉に、マサムネ自身の時は止まる。

 一面の炎。守らなければいけないもの。サート。頭を刺激されるのはいつもその状況だ。これまでの平和の中で、もはや思い出すことがなかっただろう記憶が再びフラッシュバックする。

 どこかの研究所。繰り返される実験。サートの搭乗実験。模擬戦で暴走する無人のGAに対し、同じく暴走状態のエネルギーを放出するサート。

 炎はサートの暴走で放たれたもの。過酷な実験の中でも、優しくしてくれた研究員はその炎に巻かれて死んでいった。

『力を出すことはできる。だが、自分を見失えば、巻き込まれるのは彼女だ。』

 内にある己の声。ようやく思い出すことができた。いつもアドバイスをくれていたのは、忘れていたマサムネ自身。元々の自分。

(僕は)

 サートの暴走状態を恐れている。それがブレーキとなって、サート本来の力を引き出せなかった。リュートを倒すことができたのは、守るものが囚われていたおかげだ。今、守るものはそばにいる。そして、守るものは、彼女はマサムネを信じている。

「今こそ、僕は!」

 マサムネの時は動き出した。警報を吐いていた魔光晶が、その意志に応じて、力を上げる。同時に、周囲の森がマサムネやメイクに力を貸すために魔光晶を提供する。

 傷ついていたはずのサートは主翼を自力で修復させ、巨大GAの拘束を主翼から伸びた光の翼によって解放される。

 森から提供された魔光晶を使い、サートの形は変化する。背中に背負っていた飛行ユニットは光の翼を展開しやすくなっていた。変わったのは姿だけではない。記憶を取り戻した今こそ、サートの持つ力がマサムネには把握できる。

 サートの持つ実体剣とは別のビームソードライフルである。ライフルの砲身に光刃を纏わせ斬ることもできる武器である。

「纏え、光よぉぉぉ!」

 光の翼をはばたかせ、剣とビームソードを突き出しながら巨大GAへ突撃する。バイルの集中攻撃は魔光晶のバリアでものともしない。突撃が巨大GAを貫く直前、魔光晶を通して、巨大GAの内部とその向こうにいる男性の姿を見た。

 内部には少女がいた。15、6歳というところか。パシフィルやキャフィルと同じ年頃だろう。以前のメイクと違い、光の無い目でGAを操縦していた。

 見えた男性はマサムネによく似ていた。目つきが鋭くなって、険しい表情をした人物。マサムネ自身は知らないが、直観的に知れるその人物は、アスクレオスにいる血を分けた片割れ、シュルセルスだ。

『ついに見つけたというのに、お前は抵抗するのか』

 魔光晶を通して、幻聴とも知れぬ片割れの言葉を初めて聞き、動揺する。巨大GAへの狙いをブレさせたマサムネだったが、大きなダメージを与えた。

 しかし同時に、彼の気力が限界を迎える。記憶を取り戻した混乱もあるだろう。足元がふらつき、数秒とたたずに膝を着いた。

「マサムネ!?」

 メイクの驚いた声だけが、彼の頭の中に響いた。それほどに意識は遠のいていた。

 巨大GAは倒したわけではない。だが、これ以上の戦闘継続は不可能なことと、地中海から異常を察してやってきたクロードル社の部隊に煩わされたくないのとで、サートの捕獲を諦めた。

 そうして撤退したアスクレオス軍の後から、クロードル社の偵察部隊が到着した。メイクの発した救援要請を受諾し、動かなくなったサートはクロードルの部隊に回収されたのだった。



 クロードル地中海方面駐屯地。回収されたサートは飛行場のはずれに待機している。気を失ったマサムネは救護室に搬送されて行った。

「助けてくれてありがとうございました」

 半ば形式的にメイクは礼を言う。

「半ば義務みたいなものだから。アフリカ大陸は安定していない都市も多いから治安維持のために私たちが駆り出されるのだけど、今回はこちらが助けてもらったみたいなもの。アスクレオスの再侵攻がここまで速いとは思ってなかったから。」

 回収隊の隊長の金髪の女性は謙虚に礼を受け取った。

 真っ赤なルージュと泣き黒子が特徴的である。というか顔つきだけならGAパイロットには見えない化粧だ。

「アスクレオス?」

「GA持ってるのに知らないの?」

 メイクの物知らずに、隊長さんは驚いた。メイクはむっとする。仕方の無いことである。

 マサムネとメイクは南極決戦の後、アフリカで住まいを作って過ごしていた。前回のアスクレオスの侵攻の際は、アフリカには来なかったので知らなかったのである。

 クロードルがアスクレオスのことを知ったのは、ウィストン王国との情報共有のおかげである。ただGAで空を飛ぶことが夢のようだったというのに、そこからさらに飛躍して宇宙人の侵略であった。

 備えようにも雲を掴むような話であった。そのため脅威がパイロットたちに伝わっていなかった。金髪隊長も例に漏れず、その類であった。

 ここで初めて、メイクはアスクレオスの存在を知った。半年前にジャミラスらウィストン王国とクロードルの共同作戦で、アスクレオスが撃退されたことも。

「貴方達これから宛は?」

「マサムネが目覚めるのを待ってから考えます」

 隊長の確認に、メイクは答えを保留する。彼女もマサムネも多少大人になった。彼女も、今までのように意志薄弱ではない。ただ当然、彼女だけではこれからのことは決められなかった。

 マサムネが目が覚めた後は早々に基地を出て、家に戻ろうとは考えていた。しかし、アスクレオスのことを聞き、ウィストン王国に助けを求めてもいいのではないかと考えを持った。メイク自身はジャミラスと話をしたことはあまりないが、ライアンやパシフィルなど、知り合いのいる方が頼れるはずだと。

 重ねて一礼し、隊長と別れたメイクは救護室に行く。簡易ベッドで眠るマサムネは今は静かに寝息を立てており、覚めそうになかった。


                  *****


 回収したメイクと別れて、金髪の隊長、シンシア・アブロクスは整備員たちを呼び集めた。

 目的はサートの調査である。

「時間がある内にデータ収集だ。取れるだけ取れ。」

 クロードルにとってサートはある種重要である。高い機動性を誇る一撃離脱型の近接戦闘機というスタイルもさることながら、この会社でパイロットを目指したのなら必ず世話になる機体だからである。

 というのはパイロット用のシミュレーションデータにサートが入力されており、対GA戦闘の敵機として世話になるのだ。

 だが今のサートはシミュレーションで見たデータと形が違う。アスクレオスの部隊を1機で退けるほどになっているデータは、収拾しなければならなかった。


                  *****


 変わらない訓練と身体データの採取。それが繰り返される毎日であった。

 ただその日はサートの本格起動実験。しかも実機を利用しての模擬戦であったために、マサムネに心が躍っていた部分があるかもしれない。サートの起動には何も問題はなかった。問題があったのは敵機として用意されたGAのほうだった。

 OSの問題か、オートパイロットの異常で暴走した敵機を止めるためにサートを稼動させたマサムネだったが、それを通常パワーで止めきれず、出力を上げたところサートの魔光晶が暴走してしまった。

 結果、多数の死者を出しプロジェクトは頓挫することになった。オーメ・ヒラリンは数少ない生き残りで、数々の実験に否定的であったため、中止が早かった。何より、暴走事故のせいで死者を出したことのショックからマサムネ自身が記憶を封印してしまった。計画の存続など土台無理な話であったのだ。

 マサムネの存在を持て余してしまったバールグル社。だが、当時流れ者であったライバーが、一目でマサムネの作られ方を見抜いてしまった。彼にマサムネを押し付け、便宜を図ることで一件から目を瞑った。それが事の真相であった。



 白い天井が見える。森の中で生活していた木製の天井ではなく、実験場にいた頃の薄暗い天井でもない。

 知らない場所だが消毒の匂いに混じって鼻に慣れた匂いが安心を運んでくる。

「大丈夫?」

「うん。おはよう。」

 寝覚めの悪い夢とは反面目覚めは良かった。そばに座ってタブレットを見ていたメイクが声をかけてきても返事ができた。

「クロードルの基地。あの後、マサムネは気絶して、救援に来たクロードルの部隊に回収されたの。」

「そっか。そこらへんはよく覚えていないけど敵は撤退したんだね」

「敵っていうのが、あすくれおす?とか言うみたいで」

 メイクは目覚めたばかりのマサムネに見ていたタブレットを見せる。タブレットはクロードルの備品で、読んでいたのはアスクレオスとの戦いの記事である。

 アスクレオスとの戦いについて、マサムネは眉をひそめた。記事は、皇帝ポポロス・デモンズとの戦いはクロードルの圧倒的戦力で勝利したと書いてある。

「森はどうなったかな」

 敵軍の正体がどうであろうと侵攻をかけられ森は焼かれた。あの森で育ったメイクにこれを聞くのは辛い事だが、知っておくべきだ。

「多分、半分以上は焼かれちゃったと思う。元に戻れるのがどのくらいか分かんないや。」

「そう、か」

 話を聞く限り、森の中に作った2人の住まいも焼かれたかもしれない。マサムネの頭でも、元の住まいには戻れないと考えることができた。

 ただマサムネの考えはメイクとは違っていた。王国に行くのは同じだが、そこでメイクを預け、アスクレオスの母星へと行く方法を見つけようとしていた。

「とりあえず、王国に行こうか。ライバーさんやフィシュルさんに相談してみよう。」

 ともあれ、王国に行くことは自然と一致していた。メイクも同じ考えだったので、大きく頷く。

 だが2人が救護室を出た直後、まるでタイミングをはかったようにあの金髪隊長がやって来ていた。

「失礼ですが、貴方たちに今出て行かれるわけにはいきません。社長がお話したいとのこと。通信が繋がっておりますので司令室にお越し願えませんか?」

「クロードルの社長さんが?」

 マサムネとメイクは顔を見合わせた。2人とも、見知った相手とは思っていなかった。だから司令室に赴き、液晶大型モニターに映ったスーツ姿のジダンを見たとき彼らは非常に驚いた。メイクはとりわけ嫌な顔をした。

「君が社長なのか」

「そうだ、久しぶりだな、マサムネ・クロノス。そしてメイクさん、ご機嫌麗しゅう。」

 相変わらずメイクに対しては態度が激変する。メイクはそれに返事はせず、手を振って素っ気無くした。

 彼女はジダンが好きではない。元々は生理的な嫌悪だが、今の彼女には明確に分かった。彼はメイクという表面的な少女しか見ていないと直感で分かったのだ。それにもうジダンを好きになることはない。彼女はマサムネしかいないと考えているからだ。

「挨拶のために会おうとしたわけじゃないだろう。僕たちに何かあるのか。」

 メイクの嫌悪を知ってか知らずか、彼女を背中に寄せて、自ら前に出る。メイクはその行動に一瞬困惑するが、すぐに嬉しくなって彼の後ろに隠れる。

 平然とイチャつく様子に、ジダンは眉間に皺を寄せるが、流石に口調はイラつかない。

「メイクさんが相手なら挨拶だけもやぶさかではないのだがな。単刀直入に言おう。私たちは慈善事業をやっているわけではない。世話をした代価を払ってもらおう」

 椅子に座って偉そうに言ってくるジダン。救援要請に応えたのはクロードルである。

「勝手なことを言うものだね。親切にしておいて結局押し売りかい?

そちらの事情がどうであろうと僕たちにそれを受ける義務も言われもないよ。

何しろ君たちがやってきたのは敵が撤退した後のことだしね」

 当然マサムネは反論した。ただメイクが少し驚いた顔でマサムネの顔を仰ぎ見る。理路整然と反論する彼の姿が初めてだったからだ。

「どうしても代価が欲しいというなら気の済むまでサートのデータをもっていけばいい。企業としてはそちらにほうが利益があるだろう?」

 マサムネはすでにデータが取られていることを知らない。ジダンはシンシアに目配せし、彼女の頷きを見るとため息をついた。

「仕方あるまい。それで手を打とう。田舎暮らしのくせに、2年程度で吠えるようになった。」

「2年も私情を持ったままにして、よく言う」

 ジダンの捨て台詞にすかさずマサムネが反応する。それに彼は鼻を鳴らし、通信を切ってしまった。

「あいつ、本当にキライ」

「自分の方が頼れる男だと見せたかったんだろう」

 マサムネの後ろに隠れていたメイクは苦言を漏らす。マサムネは、彼に後ろから撃たれたこともある。とはいえ、その理由は理解している。彼がメイクに格好を付けたい気持ちは分かる。

(社長も無謀なことをする。この子達はあんたのカッコつけ程度じゃ通用しないでしょうに。)

 シンシアはこの二人の様子を見て信頼関係を察し、今頃悪態ついてるだろう社長を考えたのだった。彼女は本社で社長秘書をしているミルとは姉妹関係にあった。

「引き留めて申し訳なかった。だが、社長との話し合い通り、データは持ち出させてもらうが、いいかな?」

 すでにデータ抜き取り作業をしているのだが、あえて言質を取る。

「構いません。提出したら、すぐにここを出ます。」

「ありがとう」

 茶番に等しい話し合いだが、お互い納得済みで、後ろめたいことはなにもなくなった。


                 *****


 旧パリ、クロードル本社ビル。

 クロードル社は東欧の企業国家の一つであったが、今の社長、ジダンに代替わりする過程で欧州を一手に治める国家になった。

 決め手となったのはGA技術で、ジダンが単身放浪していたのはGAの試験運用というのが一つの理由だ。

 そんな最中の南極の戦いで大きなデータを得た彼は故郷に持ち帰り、GAの量産とパイロットの育成を始めた。

 そうして作り上げ実戦に投入された部隊がクロードルスペシャルズ。前回のアスクレオスとの戦いで奮迅の活躍をしたと喧伝している。

 このおかげでパイロット候補生が広く集まるようになり、軍事部門は成長している。多岐に渡る部隊を編成しなければならない。

 新たなアスクレオスの侵攻はそうしたタイミングでのことだった。

「再編は強行しよう。混乱で戦線に大きく影響が出るが保留したままで適正のある優秀な人材を浪費したくはない」

「上からの理論だ。現場は納得しないな」

「してもらう。お前たちは私兵だ。軍人じゃない。社員ならば従い、そうでなければそこで放逐するのみ。」

「言いようが軍そのものだ。守備が薄くなるぞ。」

「言ったはずだ。お前たちは軍ではない。国民を守る義務など初めからない。」

「了解した」

 大西洋戦域の指揮をしているプラスとの通信を閉じ、ジダンは息をつく。

 アスクレオスの再侵攻の報を受けてから、ジダンはあちこちと連絡をして人員を振り分けている。休みヒマがない。

 直前、メイクの姿を見れた会見は癒し効果があった。約2年、会わない内に美少女から美女に育っていた。マサムネが彼女を隠したことについては、頭の中からすでにないものにしている。彼女は気恥ずかしさから、視線を背けたという脳内保管になっている。

(俺も前線に行ければ)

 たまにそう思う。自慢のGAで戦場を駆け、敵を撃ち抜く熱狂は忘れられない。

 だが、社長という身分と、ギータと今のGAの性能差、という理由から考えを自重せねばならなかった。

 暗くなった液晶画面を虚ろに見つめているとドアがノックされる。一瞬の間があって、彼の秘書の女性が入ってきた。

 ミル・アブロクス。先の戦いで、オルガ・ウロボロスに同乗していた公私のパートナーである。

「失礼します。報告が2件。お疲れですか?」

「フ、見えるか」

「上に立つ人間はそうでなければいけません」

 ミルはジダンのカッコつけに対し冷ややかにコメントした。見栄を張ったほうは肩透かしだ。

「冷てぇ。それじゃ報告を頼もうか」

「次世代主力GAの開発計画の報告です。開発部からはプロジェクト・プログレスという計画書が提出されています。」

「あとで読ませてもらおう。もう1つは?」

「同じく開発部からで、例の荒唐無稽な社長のお言葉を実現可能にできる報告が上がってまいりました」

「即承認」

「まずはご覧になってからお願いします」

 ジダンの即答に即切り返すミル。

 表向き両親に取り決められた婚約者ではあり秘書であるが、ジダンは彼女をパートナーとして認めていた。ただそういう女性がいたとしても、彼のナンパ癖は治らなかった。だからミルも、他の女性に色目を使う彼を、あまり良く思わず、事あるごとに冷たくしていたのだった。


                  *****


 ジダンとの会見から3日後、マサムネとメイクの2人はウィストン王国領内へと入る目途がついた。

 最近開通した王国とクロードルを大陸鉄道に乗る手続きに手間があったのだ。

 開通したばかりということもあり、2人分の席をとるのに加え、GAを1機輸送するのは交渉が必要だったのである。

 結局はマサムネが列車護衛という依頼を請け負うことで席を確保した。

 未だ王国外やクロードルの支配が及ばない土地は無法地帯であった。

 二国が成長することで人的資源がそれぞれに流入し、弱小企業国家が立ち行かなくなる。

 マフィア紛いのやり方で支配していた彼らが力で持って、周辺の資源を奪い始めるようになったは無理からぬ話であった。

 彼らのターゲットは列車だろうと構う事はない。アスクレオス侵攻の前はお互いが護衛をつけていたが、今はロクに付けられていない。マサムネらは知らぬことだが、クロードル側の軍事再編のためだった。

 というわけで二国に委託され運営されている鉄道会社は急遽傭兵を雇わざる得なくなったのだ。

 会社はそんなネットワークも人脈もない。集まったのはチンピラやごろつき紛いのが多く、マサムネの交渉は渡りに船であった。

 そんな風に求められてマサムネは何事もなく到着できることを願って乗車した。

 メイクのほうはマサムネの変わった雰囲気が気になってそれどころではなかった。以前と違和感がする。おっとりしていて、ふわふわしているという、以前の態度から様変わりしていた。彼女に対してよく気にかけてくるし、男性的に振舞っていた。それはそれで新鮮でカッコイイのだが、気になってしまうと、強烈な違和感になってしまっていた。

 列車での席が二人用の個室であったことから彼女はそこではっきり聞いてみた。

「僕が、変わった?」

「多分、いい傾向なんだと思う。あのジダンに一歩も引かなかったし、列車に乗る時も率先して交渉してくれた。だけど、今までのマサムネと何かが違う気がする。」

 メイクの直感は正しかった。彼女の言葉は正しい。マサムネは純粋に感心し、言い訳するつもりではなかったが、彼女に語って見せる。

「そういう意味ではメイクも変わったよ。初めはもっと大人しい子だと思っていたけど、君こそ積極的にモノを言える子だ。だからこそ信頼できるし、僕も好きになったんだと思う。」

 彼が客観的なことを口にすると彼女は不安になった。すでにマサムネが別の何かになっている気がしたのだ。

「その思いは今でも変わらない。だから、君を王国に送り届けるまでは一緒にいたいと思う。」

 一瞬、マサムネの本音が漏れ出てしまった。

「やっぱり、わ」

 心の中では泣きそうになりながら彼女は違和感を口にした。マサムネはバツの悪そうな表情をする。どう言うべきか、迷う。

「わからない。僕は前からこうであったかもしれないし違うかもしれない。それで君に不安を抱かせたなら、謝りたい。」

 ようやく、彼女は確信に至れた。やはり、以前のマサムネではなくなっている。優しいことに違いないけど、何か張り詰めたものを持ってしまっている、と。

「記憶が、戻ったんだ。そして、敵のGAと戦っている時に、アスクレオスの側に僕と同じような存在がいることを知った。だから僕はアスクレオスに行かなければならない。唯一血を分けた存在、兄さんに会わなければ。」

 マサムネがライバーに拾われる以前の記憶がないことをメイクは聞いていた。2人の生活に特別関係なかったから何とも思っていなかった。

 だがその過去のせいで彼女の知らないマサムネに変じようとしている。彼女は感情的になった。今までなかったことだった。

「記憶が何だってのよ! そんなものでわたしたちは今までから変えなきゃいけないわけないでしょ!」

「そうだ。だからこそ聞いてほしい、僕の過去を。そして分かってほしい。」

「嫌、あたしは今のままでいい。ずっとそうしようと思ってるからこれからも変わらない!」

 マサムネは泣き声になりつつあるメイクの頭を抱いた。何とか聞き分けてもらおうとゆっくりと抱きしめた。彼女にとって見れば何度もしてきたことなのに、今回は違った。今回だけは彼の懐が大きい気がしたのだ。

 彼はメイクが落ち着くまで話を続けることはなかった。それまでずっと抱きしめ続けていた。変わりたくないことを望んだ彼女はこの時の永遠を望んだが、そうあり続けることが無理だというのも分かっていた。

 だから彼女も決意を固めるほかなかった。たとえどんな運命の物語であろうと、彼を信じなければならない、と。

 泣き止み、落ち着いてきた彼女にマサムネは語った。どのようにして生まれ、どんな道を辿ったかを。

 これまで一番長く側にいた彼女を信頼しているために彼はすべてを話したのだった。過去の話を彼女がどこまで理解を持ってくれたかは分からない。列車の車輪の音だけが響く個室で、2人が睦合うまでそう時間はかからなかった。



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