元王子と皇帝
2年前戦場となった南極は再び人の入らない地となった。
しかし、アスクレオス軍の部隊はシュイバレクエナジーの自然発生地点ということで観測のため部隊を派遣していた。
彼らはシュイバレクエナジーの汚染により住む土地を追われているとはいえ、南極の状態はあまり危険視していなかった。地球の汚染がそれほど酷くなかったことが油断の原因であろう。
結果として、潤沢かつ自然な魔光晶の大海から唐突に現れたモノにより部隊は殲滅された。その現れたモノとは、リュートにもケストルにも見えた。悪夢の巨大GAに見える異形の機械は何かを求めて北上を始めた。
*****
南太平洋。
オーボゥ・ザ・ブレイバーは南極に向かって巡行飛行中であった。操作のいらない自動運転だ。小腹が空けば非常食を食べる。それぐらいしかすることがない。
GAの飛行速度は通常マッハ1未満。戦闘速度においても音速は超えない。現状、マッハ1を超えるGAはサートのほかに無い。時が経てばサートを超えるGAは生まれそうだが、今は関係のない話だ。
(マサムネか)
そもそもこの時代に一番早く転移してしまったライバー。マサムネを預かったのは、もう5年も前のことになる。バールグルが行っていた、アスクレオスとの協定上の秘密実験。生体構造の9割以上を魔光晶として構成する人間の開発。
その非人道的な実験の果てで、事故が発生し、マサムネは記憶を失ったようだ。彼の秘密を理解して、ライバーは研究所の生き残りであるオーメ・ヒラリンからマサムネを預かることにした。
ウィストン王国に漂着したことにしろ、オーメやマサムネとの出会いにしろ、何か惹かれる運命のようなものがあったのだろう。
(そしてアスクレオス)
攻めてきているのは恐らくアスクレオスで間違いない。どのような異星の人類かは分からないし、どのような繋がりがあったのかは分からないが、魔光晶とGAで結託する何かがあったようだ。その結果、地球でマサムネとサートが生まれたと聞いた。地球から魔光晶GA技術が提供され、アスクレオスから魔光晶人間の技術が提供された形だ。
アスクレオス側にもマサムネとサートに準ずる存在が実験されているのだろうか。それが遠因となり、地球に侵略しに来ているのだろうか。
(手がかりになるようなものがあればいいんだが)
ライバーはオーボゥを飛ばし続けた。
*****
撤収したアスクレオス軍が再合流ポイントとして選んだのは北米大陸。
この大陸は地球で唯一企業都市がなく、農耕地帯に人々が身を寄せ合う村が点在している。それ故、食料物資補給には最適であった。
大陸の東海岸よりも少し内陸に前線基地の設営を開始した彼らは、そこで戦力の再編を行うこととなった。しかしそういう時こそ予定外の事態は起きるものだ。
その事態とは本星での反乱である。アスクレオス帝国はポポロスによって独裁政治が敷かれている。そのポポロスが地球遠征で玉座を離れたことを察知した民衆が決起、残してきた部隊が鎮圧に動いたがその部隊も反乱に内応したという。
『故に、反乱の進行如何は別にしても本星からの援軍は絶望的です』
「ならば1個艦隊を使い、残りはトランスポート設営を優先して作業せよ」
『かしこまりました』
衛星軌道上で待機する旗艦にいる副官へ命令を下すとポポロスは回線を閉じる。
(この星を制圧すれば、反乱など無意味と化す)
ポポロスの見方では母星の運命を諦めていた。シュイバレクエナジーにより人類は締め出されている。完全に人が住めない土地になるのも時間の問題であろう。だからこそ、次なる安住の地を地球へと定め、昔の記録を漁り、艦隊を編成してこの遠征計画を立案したのだ。先代の皇帝がエナジー対策に地球との取引を行っていた事実は彼にとって僥倖であった。こうして人類タイプの異星へと来ることができるのだから。
トランスポート。大型物資を異なる場所へ一瞬で移送する空間転移装置。これにより惑星間の殖民や補給を可能とする。すでに宇宙でのワープラインは地球の衛星である月に設営されている。しかし安定するのは地上へのトランスポートへのワープなのだ。
二度目があればもっと簡単な部隊運用や戦略行動もとれるだろう。
(だが二度目はない。次が決戦だ)
旗艦の通信室で皇帝と交信を終えた副官は旗艦艦長へ命令を伝える。命令通り、艦隊の内1隻の戦艦が降下準備のため戦列を離れていく。残りの艦隊は隊列を整え、ワープラインのある月へと進路を取る。
初めから旗艦は降下せず、とんぼ帰りの予定だったのだ。反乱も起こるべくして起きた。これで皇帝が戦死すればクーデターは成功する。民衆の反乱に内応した残存部隊の指揮官の青年将校が次の皇帝となる。
民衆を満足させるために傀儡の議会設置の用意もある。
とはいえ、これには皇帝の戦死が大きく絡む。地球側の勝利がもっとも理想的だが、現状では確実な目算がない。
故に副官は新しい通信を開く。宛ては昔地球と取引した際の相手のバールグル社だった。
*****
オーボゥが南極に辿り着いた時、最初に目にしたのは新しめのGAの残骸だった。
アスクレオスのものらしい謎の敵GAによく似ていた。
(何かと戦闘したにしては破壊がすぎるな)
対GA戦闘したにしてはありえない損傷。つまり、ぺしゃんこになっていたり、魔光晶が完膚なきまで潰されていたりと、蹂躙されたような残骸だったのである。
(嫌な考えだ。とっとと戻るとするか。)
とんぼ帰りの如く、オーボゥをUターンさせた。嫌な考えとは、2年前倒したケストルの復活である。ディーゴまで復活しているとは思いたくはないが、ライバーやジャミラスたちであったことだ。ケストルにないということはありえない。
2年前の戦いにしたって、完全に破壊したわけではない。損傷を負わせて、穴に落としただけに過ぎない。
もしも破壊していないせいで、穴から這い上がっていたら?
その趣味の悪い想像を現実のものにしたくなくて、オーボゥを王国へと飛ばした。
*****
「では、敵艦は地球へ降下したと」
『進路は北米。これは王国に目を付けられたのではないかな』
サイファーとレオスの奮闘によって、敵部隊は退けることができた。その明くる日、ジャミラスはフィシュルから通信を受け取っていた。先日の衛星の調査で分かったことを伝えて来たのだ。
戦艦一隻の降下。これが敵にどのような戦力拡充をもたらすのかは分からない。フィシュルの言う通り、敵軍はウィストン王国を制圧目標にしたようだ。集結地点が北米なら、ヨーロッパ方面のクロードル社のほうが目的地として近い気もするのだが。
「なぜ王国を狙うのでしょう」
『相手にとって魅力的なもの。例えば、サイファーなどはどうだろうか。GAとしては規格外であるし、強力な兵器だ。』
「そういうものでしょうか」
フィシュルの仮定の話に、ジャミラスはいまいち腑に落ちない。
ともかく、戦艦1隻を含む軍団に攻め寄せられては、王国の現有戦力では心もとない。ライバーがいたとしても、防衛力に足りるかどうか分からない。
『王国が抜かれれば、侵略目的はクロードル社に向けられる。彼らと協力してみてはどうだろうか。我々は企業だから中々できないが、王国ならば可能ではないだろうか。』
フィシュルの提案にジャミラスはしばしの思案を要した。こういった外交の都合は未だ専門の者がいないし、今まで考える必要はなかった。友好的にサポートしてくれたのがフィシュルらバールグル社を含む、バールグルコンツェルンであったからだ。
この場にライバーがいないのが悔やまれる。本来であれば、彼が今まで外交も考えてくれていたのだから。
「その旨、女王と相談してみましょう」
勿論、ジャミラスの一存では判断できない事態でもある。
『こちらではなんとか敵軍の進路を探れないか確かめてみよう』
そういう風に通信を交わし、切る。ジャミラスは政庁に向かった。
その時ジャミラスはうっかり忘れていたが、バールグルにはGA空母シンセサイザーというものがある。フィシュルはその貸し出しをなぜしなかったのか。
結局、ここでは突っ込まれなかったので、忘れ去られる事実となる。
『お初にお目にかかります。私がジダン・クロードルです。』
以前別れた時の奇妙なカウボーイスタイルとは打って変わって、ワイシャツにベストという出で立ちで、通信を開くジダン。その姿からして、彼は傭兵ではなく、社長ジダン・クロードルということなのだろう。
「初めまして。ウィストニア・ウィストンだ。」
対して、ウィストニア自ら挨拶する。ジャミラスが政庁で相談した時、ウィストニアが自ら交渉を行うことにしたのだ。ジャミラスが交渉を行わないのは、手の内がバレていることと、フードを脱いだジャミラスはポーカーフェイスができないことの2つがある。ウィストニアは旧王家軍時代から、そのことを知っていた。
「そちらでも謎の部隊と戦ったと思う。彼らは北米大陸に駐留し、戦力を集中させている。敵は、我が王国を先に狙っているようだ。今後の為にも、貴殿らと共同戦線を組みたいのだが。」
『なるほど。悪くはない話だ。』
と、ジダンは短く答え、一瞬だけ何か横に目配せするような表情をした。
『だが、共同で事に当たるとして、貴国は今後どのような利益をもたらすのだろうか?』
とても企業らしい、利益を押し出した疑問がぶつけられた。隣にいるジャミラスは、やはりそう来るか、と歯噛みする。
そう言われたウィストニアは目を閉じ、一瞬だけ考えた。答えを考えていなかったわけではない。クロードル社の王国での営業許可が予定の答えだ。
だが、あえて考えた。ライバーならどう答えるか。
「王国としては貴社の営業許可を、とは思う。ただ私個人としては、貴公を覚えよくできよう。」
ウィストニアは予定の答えに追加する。微笑みも込めてだ。ジャミラスは予定にない受け答えに呆気に取られた。
対してジダンは、髪型や画面映りのいい表情を気にしたようだ。
『いやはや、女王陛下は上手くていらっしゃる。共同戦線の願い、請けましょう。私が精鋭と共に馳せ参じます。』
ジダンは格好つけて言っている。隣の誰かに何事か言われたようで、通信を切ってしまった。
「肝を冷やしましたよ。あのような事を。」
別に悪いことではないのだが、ジャミラスは苦言を吐く。
「下手に出て気を良くする男に興味などない。が、可愛げに振舞えば大体の男は優しく出てくれるだろう?」
「ライバーさんのようなことを。あまり真似されませぬように。」
ウィストニアの演技と、このジャミラスの言葉が全てであろう。彼女は苦笑する。らしくできたことと、らしくないことをしたことで微妙な心持であった。
その後の戦略の詰めで、クロードルは2個師団でもって敵部隊を陽動。前線指揮をとっているだろう敵指揮官の本陣へサイファーなど攻撃力の高いGAで一気に叩き潰すという流れとなった。フィシュルが確認した情報と、クロードルの偵察とで敵部隊の進路を絞りこむことに成功。
あとは網を張るだけとなった。
勿論、王国のGAも万全な状態で仕上げておかなければならなかった。
大事な一戦が差し迫っているというのに、ライバーは未だに帰還していなかった。
そして、歴史的一戦の朝を迎えた。
ジャミラスの作成した簡易魔洸晶センサーとクロードルの情報網が敵軍の動きを察知。王国南部に集結した連合軍は南から進行する敵軍へ迎撃するため陣を展開した。
この中で王国軍の数少ないGA部隊は右翼に配置されていた。
ライアンのサイファー、ジャッカルのレオスである。ジャミラスは本陣でベース・ザ・サタンに乗り、待機していた。
連合軍の本陣はクロードルの準巡洋艦オルガ・ウロボロスを中心に展開している。
対する敵軍は密集陣形で、母艦の姿が目視できた。
「敵の数は約100と予測されました。母艦内に搭載されている敵機も含めますと誤差は生じるかと。」
ベース・ザ・サタンから、オルガ・ウロボロス艦内にいるウィストニアへ通信報告する。
今回の連合の最高司令はウィストニアとなっている。が、実際には現場でそれぞれ臨機応変をまかされており、クロードル側の部隊は総隊長のプラスが指揮している。一方で王国側はジャミラスが総指揮を行っている。
通常こんな指揮系統ではバラバラになるのが目に見えている。しかし、お互いやり口を知っているから故の指揮系統なのである。今回の場合はクロードルを王国軍がサポートするというのが基本戦術。
だから陣形もクロードル側の左翼が少し前にあった。
「女王陛下、戦闘開始の合図を」
ジダンは艦長席からゲスト席のウィストニアに開戦を促す。クロードルの部隊が数で拮抗している相手に負けるはずがないという自信に満ちているからだろう。もしくは、女王の前でクロードルの威容を示し、より惚れ惚れさせたいというところか。
(つまらん男だ)
実際に会ってみて、彼女は思う。着飾った言葉でしか、相手を評することができない上っ面だけの男だと。つまりは、旧王国時代の貴族たちと何も変わらない。
(だからあの時、惹かれたのだな)
今更のように思う。あの時とは初めて顔を合わせて父から紹介された時のこと。自分の拾い先の王族に、ライバーは物怖じも敬意もなく、友達に会うかのように挨拶してきた場面は今でも鮮明に思い出すことができる。
「女王」
ジダンが急かしてくる。そこで現実に引き戻されるがそれも含めて彼女は微笑む。
「敵の動きに変化は?」
「母艦を中心に敵機が展開中です。母艦は微速前進中。」
艦内のジダンの女性秘書の一人が報告してくる。ウィストニアはそれに頷いてから口を開く。
「艦をここに固定させよ。わざわざ敵艦の射程に入ることはない。GA戦にて決着を着ける。全軍突撃。各員の奮起に期待する!!」
ウィストニアは高らかに開戦の叫びを上げる。味方左翼が動きだした直後、アスクレオス軍母艦が撃ってきた。
*****
「敵本陣そのまま。砲撃は命中せず!」
「左翼が突撃をかけてきます!」
「小癪な」
母艦からの報告に、先陣に立つポポロスは吐き捨てる。敵艦が位置を動かすと思って砲撃させたが、読み違えてしまった。
そのために密集陣形から散開し、母艦の射線軸を開けさせたのだ。これでは散開した分、陣が薄くなり突撃に弱くなる。
「艦はそのまま砲撃し、敵陣に穴を開けろ!」
ポポロスは叫び、シュイロレントを動かす。この一戦に負けは存在しない。勝って当たり前という思い込みが彼を前に出させる。
彼の中にその根拠は存在しないが。
*****
「乱戦に持ち込め! ゴー!ゴー!ゴー!」
プラスがドラム・エアバンガードでないGAで叫ぶ。
GAフラット。クロードル社がギータの戦闘データを元に開発した量産機である。ギータと違い、このGAは飛行できている。かつ魔光晶を使用していない。
ギータと同じプラズマドライブエンジンで、魔光晶を極力使わない携帯火器で戦う。あえて魔光晶を使う武器は、ドラムのロングライフルを参考に開発された火器である。
これらGAが、ただ正面突撃で叩き潰す。なにしろクロードルのGAは異星人のGAにひけをとらない。
ならば自信を持っているうちに押し切るのが得策である。無論、無駄な自信は慢心を生む。これが初実戦の者も多い。初陣の恐怖と自信の微妙なバランスで今の戦線を維持しているのだ。
押し切っていれば敵艦も前に出ることができない。艦砲射撃の火力に頼っているようだが、プラスの目からは愚策であった。
弾幕を展開しているならともかく、前方にしか射撃できない戦艦を相手に戦うのは容易であるし、プラスも部下にその教練はさせている。
「敵指揮官機を発見! これより第5小隊突撃します!」
「指揮官機!」
部下が先日王国軍と接触したという機体反応を送ってきた。友軍機を経由して、プラスはその姿を目視する。データ通り、ほかとは違う大きさ、デザイン、装備がある。目視したの束の間、指揮官機は格闘戦で小隊を壊滅させてしまう。
また映像を経由していた友軍機が撃破された。かなりの技量であることは間違いない。勢いだけで勝てる相手ではない。
(あまり暴れられると戦線が維持できなくなる!)
この勢いがなければ押し切れない。だが指揮官機に対してはそれが通用しない。その気持ちの推移は表では一瞬のこと。その一瞬の中で指揮官機であるシュイロレントにサイファーが突撃していった。
「ライアンか!」
「あいつは俺がやる!」
シュイロレントを見つけ、サイファーが意気揚々と戦斧を振り下ろす。シュイロレントは大型突撃槍で受け止める。サイファーの戦斧と同じく大型の獲物で扱いにくそうである。それ故、戦斧を迎撃できても攻撃も防がれる。前回は防戦一方だったが、ライアンは勝機を見た。
『シュイバレクエナジーのGAめ! 名乗れ、お前の名を!』
戦斧と突撃槍を数度交わらせ初めて敵機から声が伝わる。ライアンの耳からは人をナメたような、ムカつく声に聞こえた。
「GAの名前か、それとも俺の名前か!?」
戦斧を器用に回転させ、軌道を惑わせて連続攻撃。シュイロレントは払いと回避に専念せざる得なくなる。
『礼を知らぬ獣が』
連続攻撃の切れ目を見切り戦斧の動きを槍で三度受け止め、ライアンの焦りを受け取りすかさず槍で斧を払いのけてしまう。さらに間髪入れない突きでサイファーの右腕を削ぎ取った。
「なっ!?」
『この前の無礼、その命で詫びてもらおう』
武器を落とし、損傷。この前のように不意を打ってのサイファービームも成功しそうにない。絶対絶命。1機で突出してしまったせいで、レオスは後方で多数の部隊を相手取っている。シュイロレントの槍を受けてしまう。そんな時、見覚えのある光の束が辺りに降り注いだ。
『何事だ!?』
サイファーは光の雨の攻撃は食らわなかったが、乱戦となっているこの場では巻き込まれが多数出ている。
「何が起こってる!?」
シュイロレントが後退し、九死に一生を得るものの、状況は乱戦で掴めない。レーダーやセンサーの類では分からないものは目視するしかない。
そうして見たシュイロレントの後退先にある敵の母艦。その母艦にしがみつくように、異形化したケストルの姿があった。
「ケストル、だとぉ!?」
「敵艦に何か取り付いています! 反応は、ケストル!」
「何!?」
何故現れたのか。倒したわけではなかったのか。様々な疑問が思い浮かび、驚愕するジダン。ウィストニアは突如として現れた異形のGAに動揺はしなかった。実際に見たことなかったのが戸惑わなかった理由だ。
「ジャミラス、やれるか」
「はっ、動きます!」
2年前に倒したはずのGAケストル。ディーゴが生きていたとは思いたくないが、出てきてしまっている。想定外の事態だが、相手が無差別に攻撃してくるとしたら、今の乱戦状態は異形のGAに有利に働いてしまう。
ウィストニアは待機しているジャミラスを前線に出し、経過を見守った。
だがこの命令は裏目に出た。味方本陣はがら空き。護衛機がいない。その状況を見逃さなかったのか、シュイロレントが乱戦を抜け、本陣に迫っていた。
「マズイ! 前線から護衛を呼び戻せ! 対空弾幕!」
ジダンが慌てて命令を飛ばす。だがシュイロレントは、大型の機体を器用に操り、弾幕を抜けていく。そして正面まで迫られた所で、シュイロレントは背中を撃たれ、オルガ・ウロボロスへ攻撃タイミングを失った。
シュイロレントを撃った者は上空から現れた。黄金のGA。
オーボゥ・ザ・ブレイバーである。
シュイロレントは新手の出現でそのまま距離を取る。
「次から次へと!」
「バカ言うな。こいつは戦争だろうが!」
ライバーは一喝し、光の刃を伸ばしてシュイロレントに肉薄。シュイロレントは槍で牽制し、距離を保つ。
「貴様も獣か」
「あ? なんだてめぇ。自分たちは人間様ってハラか。」
ライバーは敵の物言いを嘲る。彼はこの手合いとは得意であった。そういう相手続きだったというべきか。ただ、元々は自分の方が上から目線であったことは反省している。
「来な。一騎打ちだ。お前に先手をくれてやる。」
「獣がなめるなぁぁぁ!!」
見下されたことにプライドを傷つけられ、槍を突き出してくる。オーボゥは光の刃を消し、空手でそれを迎え撃つ。
渾身の槍は紙一重でオーボゥの左を抜けた。真芯への攻撃を見切っていたとも言うべき回避の仕方だ。
そしてオーボゥは、腰から、いつのまにか拾っていたサイファーの戦斧を抜き放ち、シュイロレントの右腕を斬り飛ばした。
「なっ!?」
「名乗りな」
刹那の見切りといい、空手を見せてからの武器攻撃といい、ポポロスは困惑するしかなかった。そして、獣と侮った相手からの名の要求。ポポロスはそれに考えなしに応じてしまった。
「ポポロス・デモンズ、アスクレオスの皇帝である!」
「そうかい」
オーボゥは相手の答えと同時に、左手に光の刃を生やし、そのままシュイロレントの真芯を貫いた。
「異星人と言っても人間か。よく分かったよ。」
不意打ちに不意打ちを重ねた、少々卑劣極まりない戦い方だったが、勝つには勝った。光の刃を抜き取ると、人間のそれと同じように、シュイロレントは膝を着き、そのまま崩れ落ちた。
「遅れて悪かったな、ウィストニア」
「いいや。そろそろ来る頃だろうと思っていた。妾はお前を待っていた。」
オルガ・ウロボロスへ通信を開き、艦長のジダンではなく、初めからウィストニアへ声を掛ける。ウィストニアも当然のように返答する。
「敵母艦、落ちます」
簡潔な報告がオルガ・ウロボロスに響く。敵の母艦を襲ったケストルは、母艦の魔光晶を食い荒らしながら、ベース・ザ・サタンとサイファーの魔砲の集中攻撃を受け、母艦諸共落ちていく。
*****
地球の歴史上初めての対異星人軍との戦いは地球人側の圧倒的勝利に終わった。敵軍の少なからず生き残った者は皇帝の戦死を受け、北米へと後退した。
クロードルは大軍との戦いに大きな自信をつけ、またそのための戦術の洗練の必要性を迫られ、更なる教練を目指す。
王国側はクロードルの部隊の精強さを認め、軍と人材の養成を目指すこととなる。
そしてこの結果を見届けたフィシュルは、倒されたシュイロレントやケストルの回収を行わせたのだった。
*****
今夜だけは、と政庁でも酒宴が開かれる。共に激闘した見知らぬ戦友と、酒を酌み交わす。見知っている者同士でも、乾杯する。流石にこの場ぐらいは、ジャミラスはフードを脱ぐ。初めて素顔を目にしたジダンは彼の美形ぶりに面食らい、自慢の美人秘書を遠ざけた。
そんな彼らの輪を抜け、ライバーは独り外に出て、月見酒を楽しんだ。戦友の輪を嫌ったわけではない。ただ、独りで飲みたかった気分だったのだ。
(あいつは戻りたいって言ってるし、俺はもう独りなのかもな)
独り故か、考えも孤独感があった。あいつというのはジャッカルのことだ。同じ故郷の世界を持つが、ライバーは故郷に戻る気はない。
戻ったとして、ザシュフォードという自分に戻る自信はない。もはや終わったこと。弟や妹がいるし、彼らが世情不安ながら故国を継いでくれるだろうと思った。
だが、かといって、ライバー・ガルデンとして今後、どう生きるか。
今回、ナイスタイミングでウィストニアを助けることができた。ケストルを強襲せず、がら空きの本陣に向かって良かった。捨てられていたサイファーの斧を拾っていたのは、使えると思っていたからだ。何もかも、上手くいった。
だがそれでも、ライバーは満足していなかった。
上手く戦えたからといって、それがライバー・ガルデンとして何の意味があるのか。マサムネやジャミラスなら守る力となる、と純粋に答えるだろう。ライバーは、もっと上手くできなかったのかと思ってしまう。良く言えば謙虚で、悪く言えば欲深だった。その性根は、反省している。
それが約2年もウィストニアに再会できなかった弱い部分であったのだから。
「またどこかへ行くつもりか」
探しに来たのか、勘付いたのか。ウィストニアが後ろからやってきた。月明りと市街の明かりで、辺りは多少明るい。ライバーが振り向いて、彼女の表情を判別できるぐらいには明るかった。
彼女は困ったような、寂しそうな顔をしていた。
「お前さえ良ければ」
残ってもいい、と言おうとしたが、ライバーはらしくないと思って首を横に振った。それをどのように受け取ったかは分からないが、ウィストニアは微笑んだ。
「妾はもう逃げるわけにはいかないのでな。付いて行きたくても行けないぞ。」
彼女は、何度となくはねのけた誘惑と同じように解釈した。ライバーは、何度となく自分と一緒に逃げようと言ったことを思い出した。
結局のところ、この世界でライバー・ガルデンとして生きるということは、彼女と共にあることだったことを思い出した。
「いや、俺はもうどこにも行けないな」
彼は苦笑した。答えはすでにあった。
「俺の場所はここなんだ」
「そう言ってくれるのをどのぐらい待ったことか」
「悪ぃな」
短い言葉を交わし、自然に二人は抱き締め合う。あとは言葉などいらなかった。
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