王女と元王子
ライバー・ガルデンはある日、旧ウィストン王国のある島に流れ着いた。
それ以前は異世界ラグナエリュシュムのラグナート王国にいた。
彼の本名はザシュフォード・ガルデン・ラグナート。王国の第一王位継承者であった。将来を嘱望され、王として多くを望まれていた。
ジャッカル・カンダルッツヲは身分を無視した、親しい友人だった。ともあれ彼とてナグゴート聖騎士団の団長であるので、友人の身分としては遜色ないものだった。
だからこそだが、王国には敵がいた。次期王位を狙う者がいた。
彼は、その敵対者であった王位継承権の無い庶子の王子とは和解できると、当時は信じていた。
だが失敗した。本当に敵だったのは、腹違いの弟ではなく、弟の母親の方だった。彼女から暗殺を仕掛けられ、彼は半死半生になった。それからどうやったのかは分からないが、王国に漂着していた。
ライバーとは、ラグナート王国を建国した初代から名前を借りただけだ。ウィストン王国のことは知っていた。
先史文明は、強大な敵と戦うために、戦えない人々を逃がす必要があった。戦える人々は、大戦後、地球側でウィストン王国を建国した。戦えない人々を指揮したのがラグナート王国の初代国王だった。
流れ着いたウィストン王国は長い時の中でその歴史をほとんど消失させていた。昔の自分たちの文字も理解することができなかった。
それを解析研究する学者にいたのが、ジャミラスであった。
ウィストン側で、過去の歴史を紐解くのがライバーにとっては楽しいことだった。元々歴史が好きだった。古い神殿を巡り、先史文明の大戦の歴史を探るのが趣味だった。サイファーのことを知っていたのはそんな理由だった。
魔光晶を理解でき、学者からも歓迎されるライバーを、王宮は歓迎した。ライバーの出自を、どこまで信じたかは分からないが、当時の王は、一人娘を嫁がせようとまで言って来た。
それまで学舎に出入りしていたライバーは、噂でしか聞いたことのない王女と引き合わされた。とんでもないじゃじゃ馬娘、ウィストニアとの最初の出会いだったと思う。
*****
「二つのエリアで抵抗に遭い、一つは殲滅されただと?」
「はい。西エリア侵攻部隊隊長のマサレットから増援の要請が来ております。」
月軌道上で待機中のポポロスは驚くべき報告を聞いた。
「先に例のエリアの偵察報告が先だ」
増援を送るか否かはもちろんイエスである。だが、聞かねばならないこともある。
「南極点の方は、ずいぶん前に戦闘があったようですが、ほぼ手付かずです」
「ワープレーンを抵抗の遭わなかった方の大大陸に設置。観測を続けさせろ。マサレットの部隊もその地に集結させる。シュイロレントの出撃準備だ。」
副官に指示をして、ポポロスは立ち上がる。
「陛下自ら出撃なさるのですか!?」
「我が帝国騎士がここまで押されるような力を推し量るためだ。どうせデータはろくにとれていないのだろう。」
地球の原住勢力に抵抗されるのは予測できていた。
「シュイヴァインの兄弟機とやらが完成していれば、我らと同等かそれに近い技術力を一部が有していることになる。そうなれば我らは侵攻作戦を根本から見直さなければならない。」
「はっ。準備させます。」
ポポロスの専用GA、シュイロレント。シュイヴァインという試作GAの試験量産型に分類される。ポポロスの漏らしたシュイヴァインの兄弟機とは、サートのことである。
副官は格納庫に命じ、皇帝機の準備をさせる。
大将自らの出撃。本来ならありえないことだが、そうせざる得ない事情があった。
「よいな、我々にもう失敗は許されんぞ!」
ユーラシア大陸東部に降下した部隊の全滅の知らせを受け、西部で敗退した部隊を取りまとめて、合流ポイントに集結した指揮官は檄を飛ばす。
抵抗は予想されるが楽な任務であるはず、と思っていた。しかし結果として、指揮した部隊は損耗し、敗退した。応援は要請したものの申し開きができない状態であった。
指揮官マサレットは、この降下部隊隊長に選ばれたことを誉れと思っていた。母星アスクレオスは今危機に瀕している。シュイバレクエナジーの大気汚染により惑星自然が急成長し、アスクレオス人類に敵対するようになったのだ。人々は住む場所を追われた。刻一刻として、居住空間は圧迫されつつある。
その対策として打ち出されたのが今回の侵攻計画である。
地球はシュイバレクエナジーの超解放により文明や文化を著しく後退させられていると説明を受けたため、この降下行動もさしたる抵抗がないものと考えられていた。
指揮能力責任は問われるだろうが、マサレットは二度と油断しないと考えていた。
「た、隊長!」
「―――皇帝陛下御自ら!?」
マサレットの乗る指揮官用や一般兵用のGAバイルのようなバイン系統とは違うGAが合流ポイントに降下してくるのが見えた。そのGAはシュイ系統。将軍専用機や王族に与えられる高性能GAであった。
バイル系統はデザイン性を廃止した機能性のみの無骨なものに対し、シュイ系統は今後のアスクレオスの次世代量産機となるものとなる。
皇帝専用GAシュイロレント。バイルの二回りは大きい機体で白のボディラインが美しい。
もちろん参陣する応援は皇帝機だけではない。追加で、予備部隊も降下してくる。
「そろっているな。目標地点は東エリア部隊が全滅したポイントとする。全軍、我が指揮下に入れ。」
「恐れながら陛下。ここは陛下のお力を必要とするものではございません!」
「ならば死に物狂いで戦ってもらおう。手を煩わせるな。」
「は、ははっ!」
失礼を承知で進言するが、返事はプレッシャーとなって返される。マサレットはそれ以上何も言えず、目標ポイントへの移動を始めた。
*****
「んあー」
元王族という肩書はライバーの中ではかなぐり捨てている。一息ついて起きぬけた早朝、欠伸をしながら外を出歩いても構わないと思っている。
天気は晴れ。初夏だが、北風のせいで少々肌寒くもある。だが、日光でその内暖かくなることだろう。
出歩く先はオーボゥやサイファーを整備する発着場だ。飛行場を代替として使っているため、GAは野ざらし状態である。
もっとも、バールグルが供給した量産タイプのGAはカバーが掛けられている。ベース・ザ・サタンの姿が見えないが、どこか別の場所にでも移しているのだろう。
ライバーはオーボゥの様子を見に来たわけではない。目的はレオスだ。サイファー並にサイズの大きいGAということになるはずである。見落とすことはない。
飛行場を見回しながらレオスの姿を探る。すると倉庫のそばで黄色いGAが鎮座していた。近づいて見ると、あちこちカバーが外され、配線やら何やら弄り回されている状態であった。
「早朝から何の用だ貴様」
「そりゃこっちの台詞だ。そんなに仕事熱心だったかお前。」
プログラム入力用だろう小さめなノートパソコンを手に、倉庫に座り込むジャッカルが近づいて来たライバーに、喧嘩腰に言い放つ。ジャッカルの喧嘩腰はいつものことだったライバーは嫌味で返した。
「随分と海に沈めていた。ダメになっているパーツは替えないといかん。」
ジャッカルはレオスに思い入れがある。聖騎士団の団長機という手前もあるだろう。そもそもナグゴード聖騎士団とは、中立独立を保ちながら、有事の際にラグナート王国の剣となり盾となる最強の戦闘集団である。
本来であれば、ライバーを王として仰ぐものだが、ジャッカルという男は何もかもが外とは違っていた。アカデミー時代にライバーに喧嘩を売ることは日常茶飯事だった。昼の講義時間中に酒盛りに誘ってくるわ、女遊びの仕方を強引に教えてくるわ、豪放磊落が服を着ている男であった。
とはいえ、本来のジャッカルはもっと体格のある男だ。ライバーよりも2、3、年上のはずでもある。
「一応、お前がこちらにきた状況を確認しておきたくてな」
それが一応、ライバーの本題であった。
「レオスのドラグーンユニットを接続して乗り回してたら、魔光晶異常で飛ばされた」
ジャッカルの返事は驚くほど簡潔であった。ライバーは、そうじゃないんだと言おうとするが、
「そうとしか言えんぞ。ドラグーンユニットは外れた状態でレオスが海に落ちている。つまりは、ユニットと魔光晶の調整不具合だろうが、それで俺と貴様の転移ズレは説明できんだろう。」
ライバーの言いたいことは通じていた。彼とジャッカルは同郷。だが、ライバーは約250年前の旧西暦の時代に漂着した。ジャッカルはここ最近である。何か理由があるとしか思えないのだ。だが、その理由は分からない。辻褄が合うようなモノを見つけられない。
「お前はナグゴートに戻りたいか」
「お前と違って、な」
ライバーは王族であるが、故郷に思い残すことはない。ジャッカルは違った。ライバー自身は会ったことはないが、美人の嫁がいるらしい。
本来のジャッカルは身長2メートル越え、体重100キロを超える巨漢である。そんな男と対等な深窓の令嬢との噂である。興味はあるが、ジャッカルから惚気話など聞きたくはない。
「お前だけならいつでも送り返してやれるが」
オーボゥはベース・ザ・サタンに続く試作GA二号機としてライバーが設計したものだ。図面を引いたのはジャミラスの所属する学舎だが、魔光晶のパワーをどれほど引き上げられるかの実験機の位置付けであった。
異世界ラグナエリュシュムからの転移が魔光晶に関わるなら、理論上、こちらからの送り返しも可能なはずだ。それをするためにオーボゥを設計したわけではないが、試してみたかったのがライバーの考えである。
結局、ディーゴの反乱で開発することはできず、先の南極決戦でも投入することはできなかった。オーボゥの紅魔光晶を精製するためには、旧王国の島に移したコンダクターの設備を使うことでしか完成しなかったのだ。
ライバーの提案に、ジャッカルは眉1つも動かさず、淡々と作業をしていた。
「俺がこの時代、あの場所に呼ばれたことは確かに理由があるのかもしれん。であれば、為すべきことを為さなければならない因果があるのかもしれん。俺はそれを為さなければ戻れん。やり残しをして戻るなど、プレアネスに何を言われるか分からん。」
ジャッカルは嫁の名を出し、提案を拒否した。彼は嫁の尻に敷かれるような人間ではない。聖騎士団団長を御せるお嬢さんという噂は真実であることは分かる。
「やり残したことって何だ」
ジャッカルが仁義を大切にする人間であることは理解している。とはいえ、先の戦いでは特に何か戦果を出したわけではない。旅に同行していただけだ。
「マサムネのことだ」
意外な名前が出てきて、ライバーは瞬きした。
「歴史好きの貴様なら当然知っている。俺もラグナエリュシュムの創世話は聞きかじった。ジャミラスの話とデータを聞けば、俺とてそれと分かる。」
ジャッカルは武闘派だ。だが腕自慢なだけではない。人を使う器量を持つ。ライバーと話すだけの学もある。見た目だけではないことを、彼を相手にしているとよく理解できた。
「身体構成のほぼが魔光晶。禁忌の技術そのままではないか。」
ラグナエリュシュムに伝わる禁忌の技術とは、魔光晶によって生物を造る技術のことである。ライバーたち異世界の魔光晶技術は、地球側よりも先を行っている。だが、可能ではあっても魔光晶で生き物を錬成するのは禁止であるし、重罪となっている。
異世界の創世の歴史において、魔光晶で構成された人間が大戦の原因として伝わっているからだ。ライバーは各地に残された歴史を調査し、魔光晶人間がサイファーに乗って戦っていたことを知ることができている。
「奴が先の戦いの直接的原因で無いにしろ、その存在を理由にする者は出てくる。だから貴様は目の届く所で、戦いから遠ざけようとしていたのではないか。」
ジャッカルの作業から手を止めない邪推に対し、ライバーは見透かされたようで沈黙してしまう。彼に対し、言い訳が通じないのも理由にある。
「貴様は、情が湧いて油断したな。GAと引き合わせたとして問題はなかろう、とな。だが、最悪なことにディーゴが現れた。ジャミラスが貴様に会いに来たのも、偶然かどうか分からぬではないか。」
ジャッカル自身がディーゴに拾われているから、本当に偶然の一言では片付けられない。作為的なことが行われているとしか思えない。
「お前が奴に対して妙に優しくなったのは、メイクの登場のせいだな。確率的に億か兆に1つとはいえ、自然発生的に魔光晶人間の女が生まれるなど思わなかった。だから、何としてでもマサムネとセットにして、2人きりにさせねばならないと考えたわけだ。」
ジャッカルの読みは的確だった。前のジャミラスとの言い争いで、野生的に察したのかもしれない。
「お前の頑張りは報われ、2人は目の届かぬ場所に移り住んだ。これで安心ができる、などと思わぬところが貴様の悪い所よな。戦いはすでに起こってしまった。目が届かぬとも、戦いに関わらなくて済むようしなければならない、と。レオスのサルベージをそれとなくジャミラスに話したこともそういうことだろうよ。」
見抜かれている。ライバーは観念してため息をつく。知り合ってからというもの、隠し事が通じない相手だと認識していた。時が経っても、それは健在であったことは思い知らされた。
ジャミラス相手だと、真面目だから通じる。
ウィストニア相手だと鈍る。見抜かれたり見透かされているわけではないが、直観的に気付かれているという手合いだ。昨日、オーボゥで急行できたのは、偶然ではない。前から助けるためのタイミングを計っていた。距離を取ると言った手前、理由もなしに戻ることはできなかったのである。ちょっと情けない話である。
とはいえ、考える時間が必要だったのは本当である。話の流れから引き合わされた相手だろうと、お互い好き合ってしまった。王国の女王のパートナーの地位が約束される。その地位で、隠し事の自由が利ける器であるのかと悩んだ。王家軍のリーダーを務め上げた女傑と対等な立場であるかを悩んだ。
「最初に言った。朝から何の用だ、とな。こんなところをうろついているなら、女王と話をしてやれ。よほど身になるわ。俺は、レオスを仕上げるので忙しい。これ以上、グズグズな貴様の話など聞いてられるか。」
手を止めてもいないし、グズグズな話などしていないのにこの言い分である。大半はジャッカルが話した。勝手なことを言い続けて言い負かして、突き放しにかかるのはこの男の常套手段である。
そう、ライバーとジャッカルは似た者同士なのであった。
「チッ」
ライバーは聞こえる舌打ちをする。今できる最大の抵抗だった。言葉で言い負かせることはできそうにない。
「今来てる敵を倒すのは協力してやる。だが貴様の下に着くのはまっぴらだ。俺を使いたいなら、前と同じく、覚悟を見せろ。」
その言葉の時は、ジャッカルも手を止め、ライバーの顔を見た。ドスの入った小柄な体から発せられたとは思えない低音な声である。下手に怒鳴られるよりも、よっぽど精神攻撃になる。
ジャッカルと知り合う頃、同じことを前に言われた。次期騎士団長の武闘派貴族。王位継承者が従えるべき相手と声を掛けたが、ジャッカルは王子だろうと平気で楯突いた。気に入らないものは殴るし、気に入っても殴り合ってみなきゃ器量を測れないという不器用な信頼関係しか築けなかったのである。
多少大人になったのか、暴力抜きで話せるようになった。ただ、暴論なのは相変わらずであった。
「お前を満足させるために俺はウィストニアと仲良くするんじゃねぇ」
半ば脅迫のようなジャッカルの言葉に、ライバーは反論して見せた。ウィストニアのことを言われたわけではないが、反射的に名前を出してしまった。
結局の所、今のライバーの意地を支えているのは彼女になってしまっていることを自覚したし、発覚させてしまった。
「惚れた女がいるってのは悪かぁねぇぞ」
「うるせぇ」
ジャッカルに何でもかんでも言い当てられ、文句の一つも満足に言えずに、ライバーは地面を蹴って毒づいた。
ライバーが中央政庁に戻った時には、忙しなく人が行き来する時間帯になっていた。新生ウィストニア王国などと聞こえはいいが、約2年では村程度でしかない。フィシュルからのバックアップがあるにしろ、一から街づくりをするには何もかも足りないに違いない。
そんな時に女王ができる仕事はなんとするか。ライバーなら、動かない。意見を聞いて、はいかいいえかを答えるだけにする。首を縦に振らないなら、振らないだけの根拠はすぐに言えるようにする。端から見れば退屈な仕事だ。だが、大将が現場で大手を振ってはいけない。大将がすぐ下の指揮官を飛び越して、下っ端たちに指示をしていたら、指揮官はいらなくなる。最初はそれでもいいかもしれないが、下っ端は大将がいなければ何もできなくなってしまう。それでは人が育たない。
大将は神ではない。万能ではない。多数いる人をそれぞれ使わなければ、組織は上手く回らない。上にいる人間とは、椅子でふんぞり返るだけ下の人間を見ていなければならないものなのだ。
と、そこまで考えて、ライバーは頭を振った。今度は昨夜のウィストニアの顔が思い浮かぶ。
「クソが」
「あんた何やってんの」
「何だ、パシフィルか」
「何だじゃない。怪しさ爆発なのよ。」
突っ立って考え込んだり、毒づいたりしていた怪しい男に声をかけてきた少女は、かつてライバーが保護していた姉妹の一人だった。見ないうちに背は伸び、少しは女らしくなっている。どこまで気にしているかファッション感覚を知らない。スパッツがショートパンツになって、爽やかな色気を醸し出している。
「何か用か。見知った人間に話しかけて、懐かしい感じじゃないだろ。」
ライバーはたとえ相手が少女だろうと、女性がクールで強かであることを良く知っている。善くも悪くも、であるが。
「ジャミラスさんが探してたわ。研究棟にいる。」
「行けたら行く」
見知った少女の言葉に、ライバーはなしのつぶてだ。苛ついてすらいる。
「こんなところであんたみたいなチンピラみたいなの突っ立ってられちゃ、周りが困んのよ。分かんない?」
「ほっとけよ」
「言わなきゃ分かんないわけ? グダるあんたを政庁の人間は誰も認めてないわけ。女王が気に掛ける得体の知れない男よ。関わり合いになりたくないの。
オーケー?」
本当にしばらく会わない間に言うようになったものである。ライバーのようにチンピラ臭い男に、一切引かない。言葉尻だけは一人前の大人であった。
「チッ。分かったよ。行きゃいいんだろ。」
「今、この国の人は女傑ウィストニアが必要なの。あんたの世話は、いらないわ。」
彼女は何かしら女王を認めるところがあるのだろう。それにおいては、かつての年長教師の存在は邪魔であるらしい。そりゃそうだろう。誰がポッと出の新参者を信用するというのか。
何よりウィストニアに会って、何を話そうかと迷いのある状態では話にもならないか。
ここでの立場というものを考え直して、ライバーはジャミラスに会いに行く。一回り年下の少女に言われるだけ言われてしまったが、これも因果応報というやつだろう。それだけの偉そうなことは、前にマサムネにやったのだから。
政庁から東、研究棟と呼ばれる建物は、あばら家やバラックが目立つ周囲に比べてしっかりしたものだった。鉄筋コンクリートのオフィスだ。横に広く、奥から何か回しているような金属回転音も聞こえる。ちょっとした工場のような場所だった。
建物内に入れば、タイル絨毯が敷かれている。外を隔てるのはガラス張り。金と労力を使って建てられているのは確かで、恐らく造成されたのもごく最近だという香りが建物内から漂ってきていた。
入ってすぐに受付席にキャフィルが見えた。姉妹のパシフィルと同じく随分大人びて見える。眼鏡を着けるようになって、よりそう見えるといったところか。
「お久しぶりですね。先生が中庭でお待ちです。」
「ああ」
挨拶をしてくるだけマシだろうと思う。パシフィルの方は、挨拶すらしてこなかった。礼儀云々について、ライバーが言うべきことではない。挨拶はしっかりしろとは言ったことはあるが、自分よりも下にいる人間やするべきでない人間の区別ぐらいはしろとも言った。彼女たちはその実践をしているだけである。
少女に案内された中庭にあるのは組み立て中のGAが並ぶ見本市といった感じだった。ジャミラスが自分よりも若いのも老けているのも含めて、GAについて講習を行っているというところだろう。未だにフードを脱ぐ気の無い友人に、ライバーは声を掛ける。
「ジャミラス」
「あぁ、どうも。昨夜は眠れましたか。」
「ぐっすりとな」
そのせいでウィストニアには手を出せなかった、とは言わない。言うまでもないことであるが。
「何の用だ」
「本当にたいした用でないし、あなたに頼むのは憚れるのですが」
ジャミラスがこう言うのは本当に大したことはないのだろう。だが今のライバーは手持ち無沙汰だ。大したことなくてもやっておくしかない。
「南極点の調査です。観測でも構わないのですが、様子を見てきてくれませんか。」
言われた用事は、本当に大したことではない。ただ距離があるという話だ。GAでの長時間飛行はGAに多大な負担がかかる。また謎の部隊の襲撃がある以上、戦力を削るわけにはいかない。ジャミラスがライバーに頼ってきたのは、ある程度自由に動ける人間がライバーの他にいなかったからだろう。
「相手が魔光晶を知ってるなら、南極点を調査対象から外さねぇわな」
先の決戦で、ディーゴがすでに悪用している。潤沢なエネルギーが端で湧いているということなら、警戒されてしかるべきであろう。
「分かった。こちとらヒマだ。ちょっくら見に行ってくらぁ。」
二つ返事でジャミラスの頼みを引き受け、ライバーは王国を離れた。
謎の部隊が数を集めて仕掛けてきたのは、ライバーが大陸を出た後であった。まさに入れ違いの襲撃に、サイファーとレオスが緊急出撃で対応するのであった。
「指揮官機!?」
前衛の2機を屠り、対峙した敵機は槍と大盾で武装した大型機。
大きさでいえば周りのザコの一回りか二回りくらいのもので、サイファーより少し小さい程度の機体である。
(あの位の大きさならサイファーでも追いつく!)
その根拠のない自信が今回は悪い方へと向いた。
両手の斧でいつものように突撃するも、大型機は紙一重でかわしてしまった。大振りな攻撃でもあったため、大きく隙をさらけ出してしまう。ライアンもまた、必殺の一撃をかわされ一瞬のパニック状態に陥った。
「しまった!」
声を上げたときには大型機が槍をまっすぐに構えているところだった。回避が間に合わず、ライアンは直撃を覚悟した。
しかしそこに撃破された他の敵機が大型機の真上に落ちてくる。巻き込まれないために大型機が距離を取り、危機的状況を逃れることができた。
ライアンの他に味方は一機しかいない。こんなことができたのはジャッカルしかいない。
ちらりと見ると、レオスが演習でライアンにやったように牽引クローで対空戦闘をしていた。敵機を投げ飛ばしたのも、それでやってみせたのだろう。
「チッ、あいつに助けられるとは」
気になることは山ほどあるが、正面の大型機を見据えて頭を切り替える。幸い周囲のザコの手出しはない。ならば限りなく一対一での戦いに臨めるようだ。
(様子見か? 動いてきやしねぇ)
大型機は距離を保ったまま動かない。まるで仕掛けてくるのを待っているようだ。
(ならあの方法でやるか)
2年前、マサムネと連携戦闘についての議論を思い出して、彼は大型機に仕掛けていった。
*****
(誘いに乗ってきたな)
このシュイロレントよりも大きい敵のGAが手斧で仕掛けてくる。絶好のチャンスを逃してしまったが、これでまたチャンスがくる。
愚直な突撃。ここまでは変わらなかったが、初撃をかわした後、横薙ぎに手斧が繰り出されたため槍で受けるしかなかった。間髪をいれずに連続攻撃。盾でなんとか受け止めるも、響いてくる衝撃は半端ない。
(このシュイロレントがパワー負けするとは!)
それだけでも驚異的だ。なにせ、シュイロレントならば敵はないと高を括っていたのだから。これならば先の全滅報告も信じられる。バイルと互角以上に渡り合う陸戦GAを見る限り、地球のGAは個々の性能が高いらしい。
「だが性能が高くともパイロットが扱えなくては意味がない!」
防戦一方だと見て、敵機が再び大振りな攻撃を仕掛けてくる。受ける必要はない。
軽々とかわし、必中の一撃をとシュイロレントの槍を敵機に突き刺す。相手もある程度予想していたのか、狙いはズレて、脇腹へと突き刺さる。
(勝った!)
多少のズレは気にならない。装甲は貫いた。後は簡単だと。
勝利を確信した瞬間、機体が危険信号を鳴らした。前方でシュイバレクエナジー反応が増大しているというアラームであった。
(自爆するつもりか!?)
相手が同系統の機体ならばシュイバレクエナジーで動いているのは必然。動力のエナジーの暴走や爆発は比でないことを、彼らも知っていた。しかし、前方で起こっていることは暴走でないことを次の瞬間知らされた。
赤い胸部が展開し、砲口ともとれる穴から碧の光が溢れシュイロレントは吹き飛ばされた。
「シュバレクエナジーの光線だとぉ!?」
敵機の切り札はパワーだけではなかった。とはいえ、アスクレオスで実用化されなかった攻撃方法に驚いた。
吹っ飛ばされシュイロレントの機能は低下している。これ以上の戦闘続行は危険だ。マサレット隊も陸戦機を相手に苦戦している。
「く、全機、先の合流ポイントまで後退せよ! 撤退する!」
撤退命令を出し、先んじて戦闘空域を離脱する。敵機は損傷が酷く、煙を吹いていたため追撃がないと判断したのだ。
(地球侵攻計画を見直さなくては)
悔しさを抱え、その思いを胸に皇帝ポポロス・デモンズは後退した。
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