南極決戦

 南極。

 極寒の大地にして、五つ目の大陸。

 旧世紀では各地に各国の実験・監視基地が点在していたが、現在ではその跡地のみが残る無人の大陸である。その何も無いかと思われた大陸に大型空母コンダクターはやって来ていた。

「この大穴は!?」

「これこそが神の審判のもたらした唯一の贈り物! 魔光晶の湖!」

 防寒装備のディーゴとオーメ博士の目の前に広がるのは碧の光を湛えた大穴だった。魔光晶は基本見えない。純度が増すとこのように緑で輝く。よって、まるで碧の光の湖のように見える。

 それよりもこの大穴である。いつ出来たのか。恐らく、以前ここは南極点であったはずだ。

「コンダクター。ケストルを降ろせ!」

 巨大GAリュートの2号機、ケストル。リュートと同じく漆黒の機体だが、さらに大きくなった。通常、自分で歩行することもままならない。

  しかし、この大穴にどのくらいの量があるか分からないが大量の魔光晶エネルギーが存在している。それこそ、ケストルを起動しても余り、力を余すことなく使えるほどのエネルギーが。

「一体、これほどのことをして何をするつもりだ」

「人々は優れた力強大な力で統制されるべきだ。それは今も昔も変わらない。ケストルと私がいればこの世界は生き返る」

 陳腐な支配欲である。だが、力があるなら別の話だ。この男はどんな手を使ってもそれを為すだろう。

 オーメの中では改めて恐怖を感じた。感心や感服、敬意を感じない。この男の思い通りにさせてはならぬと心が囁く。しかし、湧き上がる激情は一歩踏みとどまらせる。こんな所で一人足掻いても仕方ない。

(止められる者達を呼ぶほかあるまい)

 コンダクターから降ろされるケストルの姿を見る。彼らに一矢報いることができるだろうシンセサイザーたちを呼び寄せる一計を案じ始めた。


                  *****


「不審なメッセージ?」

 シンセサイザーの完全修理も終わりに近づくころ、フィシュルは奇妙な報告を聞いた。

「これです」

 無感情な眼鏡女子がシンセサイザーのコンピューターをすらすらと操作する。すると、意味不明な文字列が浮かび上がる。

「何だこれは」

「分かりません」

 フィシュルの問いにあっけらかんと答える女の子。至極当然の答えである。

「恐らく、メッセージ自体に意味はない、というのが先生とで一致した答えです。」

「何だと?」

 この場にジャミラスは同席していない。来ているのは、弟子面している彼女だけである。見た目は子ども、態度は一人前の大人ぶっている。

「このメッセージが発信されているのは南極です」



「南極?」

 シンセサイザーの修理が終わる頃、今後の方針を決めるため、主要メンバーがブリーフィングルームに呼び集められた。

 話題の中心は謎のメッセージの発信元、南極について。

「南極は現在無人と思われている。だからそこから発信できるメッセージはおろか、そのような設備も生きているかどうか分からない。」

 ライアンの聞き返しにフィシュルは説明する。

「何者かが南極に呼び寄せようとしているのか」

 フィシュルの言葉にプラスが反応する。

「誰がいるのかは容易に分かる。が、ディーゴの仕業でないことは分かる。」

「奴なら、劇場演出を好みます。あちら側の何者かの救援要請ではないでしょうか。」

 ライバーの言葉に、ジャミラスは同意する。ライバーの態度は普通だ。どこか痛がっている様子はない。

「あちらから救援要請をするほどの事態というわけか」

「最悪、リュートクラスのGAがまた出てくるかと思います。奴は、先の戦いでリュートから魔光晶を抜いたと言っていました。つまり抜いて搭載かあるいは増設する必要のある機動兵器を開発していることになります。」

 科学者らしい見解を示すジャミラス。リュートだけでも強力な兵器だった。それ以上となると、科学者でない者達にとっては理解しがたい話だ。

「あえて触れない、という選択肢はもちろんありえない、というわけか?」

 当初、ディーゴたちに狙われていたから防衛をしていたのがフィシュルだ。現在は追撃する流れになっている。フィシュルは企業の社長である。正義の味方ではない。ディーゴを追討する理由は本来ない。

「ディーゴがいれば、企業国家の交易にも影響が出る。ではないだろう?」

 フィシュルはあえて意味深に聞き返す。ジダンとしてはクロードルの名を出している以上、気付こうが気付くまいが気にすることはない。単に意思を確認したかっただけだ。ディーゴの存在が危険すぎるというのは、ジダンも同意見であった。

「決まりだな。マサムネ、お前は降りてもいいぞ。」

「え?」

「貴方はまたそんな」

 集まったのはいいが、特に意見を言うべき立場でないマサムネはライバーにいきなり言われて理解できず立ち尽くした。ジャミラスは非難するが、ライバーはそれを手で制す。

「お前は、ディーゴと何も因縁はない。だから彼女と、ここで降りて何も見なかったことにして、2人で暮らすことにしていいんだ。」

「フッ、流石にそれはいかがなものと思んがむぐっ」

「いいから黙ってろお前は」

 続けるライバーの言葉。メイクのことが出て、ジダンが一言あったようだが、プラスに口を塞がれる。

「俺はこのまま付いて行くぜ。俺はこのまま雇われで行きたいんでな。」

 ライアンの方はシンプルな答えだ。かといって、金のために命を懸けているわけでもないのだろうと思う。つまり口実に過ぎない。

「理由がなければいけませんか」

 ある種、マサムネにしては珍しい開き直った言葉が出た。それに対し、ライバーは微笑んだ。そして腕組み。

「あぁ、ダメだな。お前自身の口から、しっかり言ってみろ。」

 ライバーの諭し方は、今回どちらかと言えば父性があった。開き直りは成長の証、もう一歩踏み込んで欲しいというところだろうか。

「メイクと2人で暮らすなら、ここで降りるわけにはいきません。メイクを守るために僕も戦います。今までと同じことです。」

 マサムネはしっかりとした意志を表明した。そこに出撃の度に倒れていた弱々しい少年の姿はなかった。少しばかり大人になった顔つきの少年がいた。

「いいだろう。戦いの後は、お前の好きにするがいい。」

 それはライバーからの唐突な卒業式であった。びっくりするマサムネに、ライアンは優しく肩を叩き、笑う。彼とはすでに親友という間柄だ。GAの初心者同士、年齢の近い同性。仲良くしない理由が無い。ライアンの方が背が高いが、子供っぽいのは圧倒的に彼の方だ。

 彼は子供っぽいということの同時に、それなりに大人でもあった。肩を叩いたのは、同属意識もあったのだろう。

「ありがとうございます」

 もうライバーにどやされなくて済むとか、ようやくお別れかとか、不思議に思わなかった。多少なりに育ててもらった恩は感じる。だがそういうことではなく、ライバーが何かしら意図があって、マサムネを手放す決意をしたように思って、お礼を言った。

「作戦は詰めといてやる。お前たちはせいぜい決戦の準備とか、最後のイチャイチャでもしてな。」

 仲間外れではない、ライバーの優し気な煽り口調。それに頷いたマサムネは、ライアンとブリーフィングルームを出た。

「何か悪いものでも食ったか」

 やけに優しいライバーにフィシュルが気持ち悪がる。ジャミラスはため息をついた。

「あえて言えば、しこたま殴られた」

 ライバーは復調などしていなかった。未だに鼻辺りが痛い。

 マサムネにああ言ったのは、一時的に記憶を失くしているだけで、いつか目覚める時もあろうし、その時にライバーたち大人の力は必要なかろう、ということからである。そのためのアドバイスはしたし、少年少女の性欲ならやることはやっただろうと思ったからである。

 それに手元に置いておいて、ジャミラス辺りが余計な事をするのもライバー自身気分が悪いということもあった。

「さぁて、これで最終決戦として、大手を振ってウィストニアに会いに行くとしようや」

 ライバーも前を向き始めた。ジャミラスはこれ以上何も言う気はしなかった。


                  *****


 南極点。緑色の海の中心に巨大GAケストルはある。余りある魔光晶のエネルギーによりケストルの形状は変質していた。そしてそれは、搭乗していたディーゴも同じ。広く余裕のあるコクピットの中で彼は目を充血させ、目の下には隈が浮き出ていた。

 今のケストルはもはや昆虫のような形。頭部と胸部と腹部の3つに分かれ、胸部には1対3本の手とも足ともつかぬものが生えている。原型から離れ人の形も成さぬモノ。だからなのか、南極へ進入したシンセサイザーにいち早く気づいた。

「生きている、だと? 悪運の強い、奴らめ。何をしに来たのかは知らんが、奴らには世界の王の力を脳髄にまで刻み付けねば。」

 大きく舌なめずり。涎が垂れる。

「アゴー、全軍を率いケストル前面で展開。刃向かうものは全て、殺せ。」

「了解です」

 忠実な部下は答えてくる。命令が伝わり、コンダクターから新型GAのアルトが吐き出される。これならば十分たたぬ内にこれまで用意してきた百余のGAが展開されることだろう。

 対してシンセサイザーはリュートの自爆で戦力はないはず、とディーゴは思い込んでいた。

「私が支配者になった暁には、貴様らを最高の敵として語り継いでやろう」

 この傲慢が、ディーゴを未だ人間たらしめている証拠であろう。とはいえ、敵戦力を過小評価したことが彼にとって失敗であった。


                 *****


 南極大陸に入ったことで反応した異常なエネルギー数値。そして進入を察知されたことで、南極点上空に配置されたコンダクターからGA部隊が展開された。

「重力雷撃砲、エネルギー収束90%! カウント入ります!」

 シンセサイザー艦橋でメインオペレーターが報告する。フィシュルはそれを聞いて口を開く。

「シンセサイザーの主砲で敵部隊を突き崩す。この艦はコンダクターとの対艦戦に入る!」

「カウント、5、4、3、2、1、ゼロ!」

「グラビティプラズマ発射ァ!」

 シンセサイザーの船首が左右に開いて展開し、現れた砲口から黒い光の束が発射される。光は正面に展開中の敵GA部隊に直撃・貫通して後方のケストルを掠めていった。

 ここまでは予定通りの作戦だ。ここからは壊乱した敵部隊に、こちらのGA部隊をぶつける。フィシュルたちとしては敵本陣のケストルだけが不明の存在になる。

「無暗に敵大型タイプに近づくな。まずは周りから叩くぞ。」

 ライバーが部隊に指示を飛ばす。

「いつも通り、やることは変わらん。ギータ、出る。」

 いつもと同じようにジダンは先行して出撃する。唯一の陸戦機だが、相手に対地攻撃がないのであれば、ギータの的に過ぎない。

「やはり問題は奴か」

 動きながら敵GAを撃ち落とすジダンは、不気味に鎮座し続ける巨大GAの圧を感じ取っていた。



 アゴーは永遠のライバル、そう考えた時期が彼にもありました。

 この時ばかりはドラムのランチャーを捨て、プラスはラウンドシールドから剣を抜く。対峙するトランはすでに大剣を構えている。

 一度目の戦いは、ドラムと最初の作戦行動のとき。ドラムの能力を使いこなすことができず、またプラス自身も若造にすぎなかった。1機で現れたアゴーとトラン・ザ・カウントに為す術もなく負けた。

 二度目の戦いは、ドラムでの単独偵察中の遭遇戦だった。この時にはドラムに慣れていたし、戦闘経験も積んでいた。だがそれでもアゴーは切り込んできた。プラスに援軍が来てアゴーは撤退したが経験の差はまだ埋められないのかと感じた。

 三度目の戦いは、お互い取り巻きを引き連れての戦闘。一時は決着を焦って窮地に陥ったが、ライバーの助けもあって切り抜けることができた。

 そして四度目は一騎討ち。しかし、リュートの自爆による時間転移により決闘は中断された。

 これで五度目。本隊の戦闘空域からすこし離れ、氷の大地の上で対峙している。この状況に来るまで直接対決はなかった。こうして辛酸をなめ続けた相手と対峙して、彼は激情よりも冷静さが勝った。ディーゴの側近であるアゴーが部隊の指揮を捨て、決闘を受けている。決闘の誘いをしたのはプラスで、このエリアで対峙するように誘い込んだのもプラスである。

 アゴーはプラス以上に決着を着けようと焦っている、と考えた。

「そこまで腐ったか、アゴー! それとも血の通わないAIを率いることに嫌気でも差したか!?」

『すぐに分かる!』

 一喝して、トランが先に動く。愚直な突撃。プラスはそれを慌てず、待ち構える。

 突きをシールドで弾き、反撃の払い抜き。紙一重でかわされるも、お互い、反撃と2撃目は鍔迫り合いとなる。

 今は互角。力量は追いついた。否が応でもこれまでの日々を思い出してしまう。

 マサムネとの出会いは、ドラムのパイロットに選ばれ不安を抱いていた頃の自分を思い出して苛立った。

 続く、ジャミラスやライバーとの再会は、頼れる者がいる安心感と自身の無力感を確認させられた。

 その後、屈しないマサムネやライアンの参入で自分がどうして戦っているかを再考させられた。

 そして今、プラスはここにいてアゴーとの決着をつけようとしている。積もりに積もった因縁を終わらすために。

 勝った後でこれからのことを考えようと思っていた。それも少し前までだ。今は違う。所詮この決闘は戦い始めた過程に起こった些細なことに過ぎない。

(俺自身の戦いはこれまでだ。この後の戦いは俺の為だけの戦いではない。)

「だから貴様には負けないッ!!」

 プラスの闘志にドラムが答えた。トランは急速に上がったパワーに圧されよろめいた。プラスはその隙を逃さず、トランの右腕を斬り飛ばし、間髪を入れず2連斬。魔光晶は切り裂かれた。

『み、見事!』

「眠れよ。戦の中で。それが俺のできる手向けだ。」

『お前が来るのを、待って、いる、ぞ』

 斬り飛ばされた右腕から離れた剣がトランのはるか後方に突き刺さると、トランは崩れ落ち、氷原へ墜落した。魔洸晶が壊れては中にいたパイロットも死ぬ。死体などどこにも見つからない。

(そう簡単に逝くものか)

 心の中で決意をして、大地に突き刺さるトランの剣を抜いた。


                  *****


(トランの反応が消えた。役立たずなものだな)

 ディーゴにアゴーへの気持ちは特にない。どちらかといえば使えなかった部下だ。突撃ばかりが得意なドンキホーテ。だというのに蟻を踏み潰すこともまともにできない愚鈍な牛。

「そろそろ動くとするか」

 敵味方の反応がよく掴めない乱戦状態に入ってしまったがディーゴに味方を支援する気など毛頭ない。支配者は自分一人。諸共吹き飛ばせばいい。

「狙いは、こんなものか」

 呟きながらターゲッティング。そして発射。ケストルから放たれた六つの光の帯が戦場に伸びた。

 ケストルから放たれた光にサマグチが乗るアルトが消し炭となる。悲鳴も救援の一つもない末路であった。

 完全な不意打ちで避ける暇などない。いや、むしろここまで生き延びてきたことに感謝すべきか。

「ポポポ」

 パロンは、あんな危険な男からさっさと逃げ出さなかった自分の要領の悪さを呪った。呪いながらパロンのアルトはどこからか飛んできた斧による直撃を受けて爆発した。寸前ショータの悲痛な支援要請が聞こえたが、彼もまた振るわれた斧の犠牲になった。


                *****


「第12区画火災発生! 出力12%低下!」

「銃座5番から14番まで沈黙! ビーム砲、全砲門大破!」

 火力はシンセサイザーのほうが遥かに上。だが、弾幕の厚さではコンダクターに分がある。

「部隊の様子はどうか!」

「全機健在!」

「よくやってるじゃないか、あいつらは。お前たち、ここが踏ん張り所だ。挫けた奴は給料カットだから覚悟しとけ!」

 死んだら全てがおじゃん。事後処理も会社の成長も残っている。だが逃げ出す者はここにいない。会社か、社長への忠誠か。どちらにしろフィシュルは助かっている。

「敵艦より通信!」

「繋げ!」

 シンセサイザーが不利というタイミングで通信ならば降伏勧告だろう。聞いてやるつもりはないが、一応聞く。

『こちらオーメ・ヒラリン――お坊ちゃん!?』

「ヒラリン博士!? あんたユーラシアに渡ったんじゃ!?」

 オーメ・ヒラリンは昔会社にいた技術者の一人。マサムネの詳細を知る一人である。【神の審判】を調べに行ったはずだった。

『いや、話は後です! ケストルが動きます。一時休戦です!』

「ケストル!?」

 その時、シンセサイザーの右舷後方をビームが掠める。

「くっ、被害報告! それから艦を下のデカブツの正面へ転進! グラビティプラズマの再チャージだ!」

 一方、コンダクターでは。

(コンダクターの指揮系統はこちらでなんとかなるが)

『下部装甲被弾、第24から30砲塔大破』

(奴がこちらの裏切りに気づいたか!)

 こちらからディーゴへの通信は取れない。そして、ケストルは敵味方関係なく発砲している。状況を見てシンセサイザーに投降し、共にケストルを討ち果たそうとしたという自分の考えの甘さを痛感した。

 ディーゴもケストルもすでに暴走している。これでは謀殺とはいかない。


                 *****


「最悪の固定砲台だ」

 敵であるジダンたちを攻撃するならともかく、味方であるはずのアルトまでをまとめて撃ち落す正面の巨大GA。ジダンはギータの弾倉を捨て、リローダーで弾倉を満たす。そして、脚部ローラーをフル稼働。二丁拳銃の全弾丸を巨大GAの頭部に叩き込み、離脱する。

(全弾撃ち込んだはずだが)

 効いたには効いた。弾は全て命中した。だが貫通しないし、炸裂もしない。反撃のビーム砲が来る。

「ちぃ」

 降り注ぐビームの雨は氷原を溶かす。再び、何体かのアルトが巻き添えを食っていた。

「クソッ、何なんだよ、あのバケモン!」

 刃の欠けた斧を捨て、悪態をつくライアン。アルトの数が減ったのは幸いだが、とりあえず目に付く羽虫を叩き潰すようにビームを撃つデカブツ、ケストルの攻撃が如何ともしがたい。

「奴のいる魔光晶の海が、無尽蔵のエネルギーを与えているのか」

(ディーゴ、禍々しい物によく乗る!)

 ジャミラスは大鎌で、周囲の敵を掃除しつつ、ケストルを観察する。

 警報音。味方からだ。

 その直後、シンセサイザーから2射目のグラビティプラズマがケストルに向かって発射された。

 ケストルの被害は胸部上面部大破。しかしその直撃も、すこしずつ修復が始まる。ビームの雨による反撃も止まらない。

(タイミングは今しかない)

 プラスにアゴーへの因縁があるならば、ジャミラスはディーゴへの因縁がある。奴がせっかくの新技術を欲望の穢れへと落とした。私怨と言われてもかまわない。ディーゴが自らの野望にGAを利用しなければ、妻子も失くさずに済んだ。

 今こそディーゴを討ち、過去を断ち切る時。ジャミラスは覚悟を決めたつもりだった。

「ライアン、あの破壊された装甲が狙い目だ!」

「なるほどな。気張れよ、サイファー!!」

 一撃必殺の特攻をかけようとしていたジャミラスよりも早く、若い2人が前に出る。サイファーの腹部から発射された魔光晶ビームが、修復しつつあった装甲をさらに穿つ。

「博士、牽制します。必殺の一撃を!」

 プラスがランチャーの残弾を使い切り、トランの剣を投げ放つ。それと同時に、サートが火の鳥となって、ケストルへと切り込んだ。

 波状集中攻撃。ケストルの巨大な体がよろめく。火の鳥となったサートは、ケストルの右肩を粉砕した。

「みんな」

 恨みもある。憎しみもある。だが、今ここで皆が戦うのは、ディーゴを野放しにできないという正義からだ。であれば、ジャミラスは過去の復讐が矮小なものとなった。過去を断ち切るために、仲間たちと共に戦おう、と。

「行くぞ、ベース・ザ・サタン!」

 大鎌を投げ捨て、ベース・ザ・サタンの魔光晶にエネルギーを集中させる。サイファーのビームに匹敵し、シンセサイザーの重力雷撃砲と同じの、ベース・ザ・サタンの内蔵武器だ。

 ケストルはベース・ザ・サタンの存在に気付くが、近接戦を仕掛ける前に、頭部に狙撃を受けて散漫になる。ジダンのギータによる狙撃だ。

「ディーゴ、漆黒の彼方に消え去るがいい!」

 ベース・ザ・サタンの魔光晶に集中したエネルギーは黒い魔法陣を描き、中心から黒い玉として撃ち出された。

『ジャミラス、シェイクゥゥゥゥゥゥ!!』

 ディーゴがケストルの片手を伸ばして、ベース・ザ・サタンを掴もうとする。しかし、その前に黒い玉の直撃により、重力場異常で装甲が崩壊する。それは内部の魔光晶にまで損傷が達する。

 ケストルの手は空を切った。巨大な体を維持する魔光晶は失われ、バランスを崩して、緑の海の中に沈んでいく。

 それが戦いの終わりを告げる。無人機のGAは急に動きを停止し、一様に氷原へと墜落していった。


                *****


 ジャミラスは思い出す。幼いころ、ある本を読んだ。それは「王国」建国より以前の断片的な歴史を物語としたものだ。正義の味方が巨人を駆り、悪を倒して弱者を守る他愛の無いストーリー。思えば、それに憧れてGA開発に着手したのかもしれない。

 とはいえ、それだけではないのも事実だ。

 古文書をライバーと共に解読し、実際に現在のサイファーを発見しなければ試作機を完成させることなどできなかったはずだ。

 そこに至るまで無邪気であった。いかなる技術転用も考えてなかった。思えばその考えなさが原因であったかもしれない。だがそれを認めるわけにはいかなかった。

(間違ってなどいない。あの時も、これまでも。その自信が自分を生かしてきた。)

 ジャミラスのこれからはすでに決めてある。GAのこれからをどうにかしていかなければならない。兵器としてならば、もっとより良いものとして。平和利用でならば、兵器として使用するまでも無く優れたものとして。

(だから逝くのはまだまだ先だ)

 見えるはずは無いが、見えた気がする妻子の幻影に別れを告げ、彼は再びフードを被った。


                   *****


 終わってみれば、綺麗に終わった。

 オーメ・ヒラリンがコンダクターのコントロールを制御したことで、全ての無人機は攻撃行動を停止させた。

 シンセサイザー側は、エネルギーの大半を使ってしまったが、通常航行に問題はない。

 コンダクターにいたディーゴの部下の内、アゴーは戦死した。残っていた誘拐団の一味は、逃げたか死んだか定かではなかった。

「君は」

 コンダクターの自動航行設定を済ませたオーメは、シンセサイザーへ乗艦した。その時彼が目にしたよく知るものに対して、つい声が漏れ出た。

 発進口にいるサートと、マサムネだ。彼は少女と手を繋ぎ、仲間に手を振っている。

 通りがかった白衣の初老の男の声に対し、マサムネが気付いた。

「貴方は?」

「元バールグルの古い人間でね。オーメという。」

 オーメはマサムネのことを知っている。彼がどんな理由で生まれ、どんな風に育ったのかを知っている。

(だがもう言うべきことではない)

 マサムネが少女と手を繋いでいる様子を見て、オーメは首を振った。

「この艦を降りるのか」

「村に戻るよりも、彼女の故郷に住むのがいいと思って」

 マサムネは村に戻らないことを決めていた。サートで、メイクの生まれた場所に住もうと考えていた。2人は別れの挨拶を済ませていたところだった。

「幸あらんことを」

「はい、ありがとうございます」

 マサムネにはただの送る言葉にしか聞こえないだろうが、オーメにとっては万感の思いを込めたつもりだ。

(もはや会うことはないだろう)

 オーメはそう思って、その場を立ち去った。



『依頼料? 必要ない。必要な土産は手に入れた。それで見逃してもらいたいものだ。』

 ジダンはそう言って、シンセサイザーを退艦した。

『必要な分は戦った。俺に王国への忠誠心はない。お別れだ。参謀、博士。』

 プラスも、そう言って艦を去った。

「俺も身の振り方を考えないとな」

「迎えに行くのではないのですか?」

 本来は寒村の村長という地位でしかないライバー。愚連隊の参謀などと、いつのまにかやっていた。ジャミラスは、このまま共に帰り、ウィストニア王女を迎えに行くとばかり思っていた。

「俺が一緒にいたら、あいつは遠慮するだろうよ。だから俺はしばらく離れようと思う。」

(そんなことはないと思いますが)

 ジャミラスは否定を口に出せなかった。彼は、王女に対する特別な思いがあるのだろう。ジャミラスはそう考えるしかなかった。

「何かあれば助けに行く。それで良いだろ?」

「構いませんがね。ジャッカルさんの処遇はどうすれば?」

 軽く言う友達にため息を吐く。ライバー離脱はジャミラスとしては、王女に対する言い訳を考える必要がある。しかし、ライバーと古い知り合いらしいジャッカルが心配になる。

 何ができるのかと疑問がある。小柄ながら戦闘力が高いのは申し分ないものの、ディーゴとはまた違う傲慢な態度は、対応しにくい。

「なんかレフィシカ――もとい、GAを南太平洋で落としたらしいぜ」

「そうなんですか?」

「参考資料になるかは分からんが、暇になったら拾いに行けばいい。あいつはソレなら扱いをよく知っている。」

 ライバーの言葉の良い直しはツッコミたいところだった。どうせはぐらかされそうだから諦める。

「そのフードは外さないのか?」

 全ての決着は着けた。ジャミラスは、憎悪と憤怒で歪んだ顔を隠すために被るようになったフードを必要としないだろう。元々、必要のないモノだったかもしれない。

「夜中は脱いでおいたほうがいいかもしれませんね」

 ジャミラスは冗談交じりに言って、フードを脱いだ。今日も日が沈む。


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