休息
シンセサイザーの居住区は二人一部屋の相部屋が基本である。
メイクは薬で眠らせられている以外問題なかったために、早々に居住区の部屋へと移送された。
移送先はマサムネの部屋でよかったのだが、ライアンとパシフィルが反対した。
『そんな羨ましいこと、許さんぞ』
『バカじゃないの!? 女の子なんだよ!?』
その言葉で、マサムネはライアンと同室になり、メイクの移送先はパシフィルの部屋になった。元々パシフィルの部屋にはキャフィルがいたが、キャフィルの方は長いこと自室に戻っていないためだ。彼女は寝食を格納庫で取って、ジャミラスの手伝いをしていた。彼を先生と呼び慕っている。
「ん」
メイクが声を漏らす。パシフィルは退室していて、その声を聞いた者はいない。
程なくして彼女が目を覚まし、起き上がる。頭痛がして頭を振る。
頭を振っている時に、周りも見る。退屈な監禁部屋ではない。見覚えのある船室だ。
(どうしてここに)
眠らされる前の記憶がおぼろげだった。いつのまにか眠らされていたように思う。
そもそも監禁生活が退屈であった。一度、変な格好の男に部屋を連れ出されたが、何となく嫌悪した。連れ出されることが理解できなかったし、何より強引だった。GAに乗って外に出られるとも考えたが、躊躇ってしまった。
その結果、置いてけぼりになったのだ。メイク自身、それでよかったと思っていた。また監禁されることになったが、彼女はあの時の躊躇に対して答えを出していた。
頭の中で思い浮かび続けた、少年の顔と姿。隙を見てコンダクターを脱出した彼女が初めて見た同世代の異性のことが忘れられなかった。
少しの間だけ部屋もベッドも共にした。彼は何もしてこなかったが、むしろそれが安心した。彼は、ほかの男がメイクを見る視線と明らかに違っていたからだ。
あの時、落花生を包んでもらった時の笑顔や、捕まったメイクを助け出そうとしてくれる必死な表情は、彼女に強烈な印象をもたらしていた。
彼女は戦いに忌避があったことは事実だ。何しろ、ディーゴに住んでいた森を焼かれ、強引に連れ出されたからだ。森が焼かれた時、GAを見たから余計に嫌悪していたのもある。
その気持ちを彼女は正直に伝えたつもりだった。その時答えは得られなかったが、マサムネも怖さを感じてたのではないかと思う。そうでなければ、ディーゴの攻撃の盾になることはなかったのだと。
自分の行動のせいで、自分は監禁されているのだと自責を持った。そして、思い浮かぶマサムネの顔。マサムネの背中。マサムネの匂い。
あの人に会いたい。あの人に謝りたい。あの人に抱き締められたい。
その想いが、毎日毎日浮かんで、彼女を支えていた。
見覚えのある部屋だからこそ勝手は覚えている。頭痛を我慢して、彼女は部屋を出た。室外に出て、海上を走っていない船に驚かない。そもそもコンダクターが浮いていたのだから当たり前だ。彼女にとって、海に浮かぶ船のほうが珍しかった。
船で今まで寝泊まりしていた部屋と、今回起きた部屋は違うと直感で分かっていた。その理由を考えずに、マサムネと寝泊まりした部屋へと勢いよく入る。
「マサムネ!」
会いたい人の名前を叫ぶが、部屋は暗く、誰もいない。そのせいで、彼女は不安を覚える。もうそんな人は存在していないのではないかと。
心が掻き毟られる。頭痛よりも不安で押しつぶされそうだ。
嫌だ、独りぼっちにしないで、と。
「マサムネ」
彼を求めて名を呼ぶ。その声は小さく、呟きにしかならない。怖さで、震える。
「マサムネなら食堂だ」
そんな彼女に助言を与えた者がいた。居住区を通りがかった二人の男。メイクはどちらが喋ったのかは分からなかった。だが、それが怖れを振り切るきっかけになった。
「分かった!」
彼女はお礼を言い忘れて、食堂に向かって駆けた。
*****
居住区の通路で、メイクを見送った男2人の小柄な方は息を吐いて、踵を返した。
「嫁を思い出したか?」
2人の内の1人、ライバーは、もう1人の背を向けたジャッカルに言う。
「アホ抜かせ。悪いと思ったから助けただけだ。」
ジャッカルとしては知らぬこととはいえ誘拐の片棒を担いだことに、プライドを傷付けられていた。その償いをしただけだ。自己満足であるが、彼なりの償いの仕方であった。
「レオスさえあれば、こんな事態、すぐに解決してやるのだがな」
「強がるなよ。その小さい体じゃ弱く見える。」
「今は抜かしていろ」
ジャッカルの強がりしか聞こえない言葉をライバーはからかった。
*****
メイクは食堂に辿り着いていた。食堂内は閑散としている。時間は彼女には不明だが、本来は日暮れが近い。人気はこれから出ることだろう。だが、マサムネの姿は見られない。入れ違いになりでもしたか。
なぜ会えないのか。やっぱり会えないうちにいなくなってしまったのか。
コンダクターは何回か戦っていた。その時にやられてしまったのか。もしくは、メイクがヴォーカルに捕まった後の時にはすでにダメだったのか。
「いやだ」
食堂に入らず、通路の壁に寄りかかって消え入りそうな声で言う。自責と、その想像の恐ろしさで頭がいっぱいになった。
頭の中でマサムネが消えて無くなっていくのが想像できた。ディーゴによって殺される彼の存在があった。それに対し、怖くてたまらない。
『わたしが悪い』
自分自身に言われた気がして、呼吸が止まりそうで、その場で喘ぎ続けた。
「会いたい。もう会えないの。助けて。マサムネ。マサムネ。」
その場に俯きながら座り込み、自分でもよく分からないことを口走り始める。
耐えられない。この場から消え失せたい。彼女の不安は頂点に達していた。
「会えたよ、メイク」
泣き始めていた彼女に優しい声が掛けられる。座り込む彼女の隣に座って、彼女が頭を上げるのを待つ少年がそこにいた。
「ああ」
聞き覚えのある声の主に顔を上げると、見覚えのある少年がいた。
彼は出会った時や少しの間一緒にいた時と同じ笑顔を彼女に向けていた。
それを見て、ようやく安堵した。心休まった。
よかった。わたしのせいじゃなくてよかった。わたしの心の中に居続けたあの人はここにいる。実在する。これは夢ではないと。
「会いたかった」
本当にそこにいるのかという確認で、彼女は少年に抱き着いた。覚えている匂いが鼻腔をくすぐる。会いたかった人は確かにここにいる。
「ぼくもだ」
彼女の耳元で囁かれた言葉がどうしようもなく甘く聞こえた。密着し、彼の暖かな手で後頭部を撫でられると、嬉し涙がしたり落ちた。
若い2人のラブシーンは、ライアンとパシフィルが声を掛けるまで、ずっと続いた。
「じゃあ、みんな戦ってるんだ」
メイクの気持ちが落ち着き、マサムネはこれまでの経緯を食堂で説明した。ライアンやパシフィルとも自己紹介した。その上で、彼女は言った。その言葉にもう嫌悪や忌避は感じられなかった。
「わたしはマサムネと会えたから、ここにいる。それはマサムネが守るために戦ってくれたから。」
メイクは純粋にマサムネの手を握る。彼も彼女の手を握り返す。自然に恋人繋ぎになっている2人の手を見て、ライアンはツッコミを入れる気が失せた。2人きりにさせた方がいいのではと思って席を離れようとするが、パシフィルに腕を掴まれ止められる。渋々とこの空間を見せつけられる。
「わたし、今いる森にいたの」
衝撃的な告白だった。ここのジャングルは魔光晶があれば成長し続ける。そのために近づく人間の微小な魔光晶を吸うことも厭わなかったようだ。
現在のジャングルはシンセサイザーから魔光晶を吸うことはない。あれほど樹木を絡みつかせようとしていたのに、今は静まり返っている。ジャングルの焼け跡に艦を停泊させ、装甲を修理中であるが、やはりまったく動きを見せない。
「ディーゴに連れ出されるまで、外に色んなものがあるなんて知らなかった。だから、あの船を出るのだって、別に悪いとは思わなかった。あの船にいる人は、わたしを気持ち悪く見てくるし、せいせいしたもの。」
実際には、ディーゴの部下からは、何者も汚されていない彼女の身体を狙われていたのだが知る由もない。彼女にとって、ジダンからの視線も同様だと考えていたのだ。
「だから同じくらいの男の人、マサムネに会ったの、初めてだった。気持ち悪い目で見ないし、いい匂いだし、一緒に寝てくれるし。」
「ぼくも同世代の女の子は初めてだったんだ。年下か、すごく年上のどっちかだったからね。そんな子と一緒のベッドで寝るなんてのも初めてだったね。」
微笑み合う2人。そんな2人が眩しく見えるライアンは直視がしにくい。
「何これ。俺どうすればいいんすか。」
「黙ってて」
ライアンは小さな子に腕を掴まれ続けている。力でねじ伏せられるが、そこまで大人げないことはしない。彼は唯一の肉親である妹と生き別れたことがある。年齢こそ違うが、年下をその妹と重ねることはよくあった。騙されることも多かったが、反省する気はなかった。その自らの隙や弱さを自覚していたからだ。
「もうこの手を離さないで。わたしはマサムネと一緒にいたい。」
「絶対に離さない。ぼくも君と一緒にいたい。」
告白合戦と見つめ合い。見せつけられるライアンは、掴まれている腕に力が入るのを感じた。痛いわけではない。パシフィルはこのラブシーンに興奮しているようだ。年端のいかぬ少女とはいえ、他人の恋模様には興奮するのだろう。
だがそう思って、ふと考える。
(こいつらそもそもおかしくないか)
恋人繋ぎしたり、抱き締め合ったり、告白し合ったり。パシフィルですら、それを見て興奮するし、ライアンはあまりの純粋空間に逃げたい気持ちでいっぱいだ。だというのに、このラブラブカップルは異性間において発生するはずの恥ずかしさや欲情といった変化を見受けられない。
異性を把握できているのに、それに伴う感情の変化が歪なのだ。
「なぁお前らもしかしてキスとかセックスとか分からないんじゃ」
ライアンは浮上した疑問を素直に打ち明けた。パシフィルが空気を読めとばかりに腕をつねってくる。
「キス?」
「せっくすって何?」
と、マサムネとメイクは口々にライアンへ聞くのだった。
ライアンの話を聞いて。
ライバーは大爆笑した。
フィシュルは呆れた。
キャフィルは感情を見せなかった。
ジャミラスは呆れたようにも、楽しそうにも見えるように肩を竦めて見せた。
なお、ジダンには話してもいない。キザったらしく声をかけようとしたら、パシフィルがまずガードした。プラスは色恋沙汰に興味がなかったので、そんなジダンを引っ張って連れて行ってしまった。
メストは困った顔をして、メモリーカードを貸してきた。入っていたのは、旧世紀のラブストーリーであった。とりあえずは、この程度で意識してくれということだろう。
異性が結ばれた結果、新たな生命が生まれることはマサムネには分かっていたが、どうやって生まれるかは分かっていなかった。それについて、一切気にも留めなかった。コウノトリで運ばれてくることは馬鹿々々しい話としていても、純粋な少年と少女のカップルにハードコアポルノを見せつけるのは、罪悪感以前に理解しきれるのかという疑問があったのだ。
性教育って難しい。ライアンはしみじみと思った。
「そういえばあの時怒ってたのって、お前知ってるってことだよな?」
彼の素朴な疑問に、パシフィルは聞かなかったことにして誤魔化した。とんだマセガキであった。
「お前ね。俺が年下に欲情する男だったら大変だぞ。」
「それはできもしないことを言う人の台詞よ」
本当にとんだマセガキである。ライアンがそういう人間でないことをちゃんと分かっているのである。双子姉妹のキャフィルもそうだが、年齢よりも大人びていた。これもライバーの教育の賜物なのだろうか。それならマサムネに、しっかりと女の子のリードの仕方を教えて欲しかった。
*****
「ところで、魔光晶の精製というのは手間がかかるのかね」
ジダンが珍しく男性に声をかける。彼とて空気を読む。女性には休憩中にしか声を掛けてはいない。どれだけ断られても声を掛けるのがしつこいだけだ。
彼はサートの調査を行うジャミラスに声を掛けていた。
「特別な設備がいる」
魔光晶は緑色の宝石であって、エネルギー体である。物体であり、気体でもあり、液体でもある。
この精製は、ジャミラス自身は独自技術であるという自負がある。ディーゴへの技術流出はGA建造技術のみだ。
そもそも魔光晶とは、【王国】における常に存在する魔法のようなものだ。それをエネルギー体として特別に精錬・精製することは、鍾乳石を作るかの如く、時間をかければ可能であった。これをGA用に精製できるようにした技術が、ジャミラスの持つ独自技術なのだ。
「そもそも今GAを一から作るなら、君のGAのように、プラズマドライブで構わない。リュートクラスの巨大化をするにしても、動力が巨大化する分には問題はなかろう。」
ジャミラスは、もはやGAは魔光晶に因らないと説明する。ジダンのGAギータは陸戦機であるが、空を飛ぶことを想定するなら、外付け飛行ユニットを用意するだけでいい。ジャミラスの考えなら、GAに魔光晶を使うことはメリットではないのだ。何しろ、魔光晶を使うことでパイロットを制限されてしまう。量産向きなのは、圧倒的にプラズマドライブ機である。
「なるほど。ありがとう。参考になった。」
珍しくナンパ以外でマジメな話をしたジダンが、おとなしく礼を言って別れる。その態度に違和感はあるが、ジャミラスは特に気にしなかった。
格納庫を出たジダンは、居住区に真っすぐ向かわず、かといって食堂にも行かなかった。人気のない方向に向かって歩いていく。
彼は人影がないことを確認してから、通信端末に何処か電話をし始めた。
「もしもし、定期連絡だ」
相手の声は微かにしか聞こえない。
「今回は危なかった。間近で【神の審判】が引き起こされるレベルのエネルギー量を観測できた。後でデータをラボに送る。」
その言葉だけで、ジダンがただの傭兵ではないことを現すものであった。
「心配することはないよ、ミル。ギリギリまでなんとかするつもりだ。シンシアにもよろしく言っておいてくれ。」
数分の会話を済ませて、連絡を切る。
「お前は何者だ」
その様子を陰から伺っていたプラスが姿を現して声を掛ける。ジダン自身、珍妙な格好だが、プラスとしては抵抗されても一対一で制圧できると踏んで姿を現したのだろう。
「そんなに敵意をむき出しにするな。俺は別に聞かれてマズイ話をしていたわけではない。」
だがジダンの反応は盗み聞きと怒った所はなかった。とはいえ、人気のない場所で、どこかへ連絡をしていたやましさはあるらしい。
「俺が傭兵であることは違いない。傭兵としてGAジダンの実戦テストを行っていた。ディーゴたちに出会ったのも、バールグルに協力するのも、ただ流れからやっているに過ぎない。」
ジダンにとっては偶然を強調し、悪気はないことを説明する。しかし、プラスが聞きたいのはそういうことではなかった。
「そういうことじゃない」
「あくまで所属を説明せねばならないか?」
プラスの抱く疑心に聞くジダン。プラスは、【王国】に忠誠を誓っているわけではない。自分の着いていない決着を終わらせるために、シンセサイザーに同行している。ディーゴの世界征服の野望阻止は、そのついででしかない。
「そういうことなら、明かそうか」
ジダンは趣味的にナンパしているだけで、故郷に帰れば女性に困っていない。それは彼が、GAを開発できる環境にいるからである。
ジダン・クロードル。彼は、欧州の企業、クロードル社の御曹司であった。
「俺はヨーロッパエリアの企業国家から来ている。神の審判で使われた人型機動兵器、ガーディアンアーマーを開発するのが俺の所属グループでの課題としている。心外な事に、道楽趣味ではないかと疑われていてね。GAの有用性を示したいのだ。」
彼が語ったことは、プラスの疑心は晴らした。ジダンがディーゴの二重スパイではないかという憶測もあったのだ。ここまで都合のいいようにディーゴたちと会敵するのが、その憶測を進めていたことに起因する。
「どうやら俺の疑いは見当違いだったようだ」
「それは何よりだ。ところで、プラス・ライトヘッド。この戦いが終わった後のことを考えてみたことはなかったか?」
ジダンは自分の味方が欲しくて言ったのではない。純粋に、ヘッドハンティング目的で、彼を勧誘したのだ。
*****
マサムネがメイクを女性として意識するのも、メイクがマサムネを男性と意識するのも、そう時間のかかることではなかった。何しろ、教材があるなら、それを真似したがるのが子どもというものだ。
手を繋いで見つめ合うだけの純粋な男女が、軽めも濃厚さも関わらずキスを覚えるのは必然であったのだ。
ただ見せつけられるのはよくない。アフリカ大陸での補給停泊中に、所構わずイチャつく2人に、フィシュルは艦内風紀を預かる者として注意した。その上で、暫定保護者であるライバーに、2人へ釘を刺すよう注意を促した。
「他人に見咎められなければ、別に問題はねぇよ」
と、ライバーは、むしろ煽る。子供の恋愛だからとバカにしているわけではない。彼はマサムネを預かるに辺り、少年がどういう生まれであることかをおおまかに把握している。
彼は、マサムネが時折発露し、記憶障害に陥る原因を知っている。今回、2人に付き合いに関する注意をするにあたって、いいタイミングだったと思っている。
「マサムネ、心の中で聞いてみることだ。お前は知っているはずだ。」
意味深なことを言われ、マサムネは沈黙し続ける、説教を受けているわけではないが、マサムネの中でライバーへ苦手意識が依然としてある。その不安感は、手を繋ぐメイクにも伝わる。繋ぎながら、マサムネの腕に絡み、密着し、彼を心配そうに見つめる。
「繰り返したくなければ、決して離すなよ」
ライバーがマサムネに対して言うことは暴言ばかりだったが、その時は異様に優しかった。説教という説教もせず、意味深なことだけを並べた。助言のようでもあるが、意図が理解しにくい。
ライバーはマサムネたちの部屋を出ると、すぐに外で待っていたライアンとパシフィルに遭遇する。こちらの2人は並んでいるとカップルというより兄妹である。
なお、パシフィルはやっぱりマサムネとメイクを同室にさせた。そのため彼女はライアンと同室なのだが、特に問題を感じていない。
「俺は勝手にやれ、と思っている」
部屋の外から聞き耳をたてても、特に理不尽なことを言っていたわけではないことはライアンも分かっている。ただ、この男が大人として読めなくなってしまった。
ジャミラスは顔を隠しているが、付き合ってみれば温和な人間だということは分かる。ライバーは本当に何を考えているか分からない。彼は、ジャッカルを監視しているとして、あえて何もさせていない。当のジャッカルは、おとなしくしているが、結局無駄飯食らいなことに変わりない。そういう見方について、ライバーがジャッカルに何かすることは今のところないからだ。
古い付き合いであるジャミラスも、ライバーを正確に把握できているわけではないらしい。プラスは言うまでもないことだろう。
「やはり、貴方に聞かねばいけませんか」
「俺に今更何を聞くつもりかね」
居住区を出たライバーを待ち構えていたのは、普段格納庫にいるジャミラスだった。何かの薄いファイルを抱えている。ライバーははぐらかす。
「無論、マサムネ君のことです。彼は、通常の人間ではありませんね?」
「どうしてそんな結論に行き着いた」
ジャミラスの狂ったとも思われる言葉に、ライバーは笑う。
「大真面目ですよ」
ジャミラスの抱えるファイルは、この前の戦闘後の検査や診断に関するデータである。ただマサムネだけではない。メイクもだ。
「あの少年も、あの女の子も、肉体の魔光晶含有量が多すぎます。それはまるで、肉体構成成分が水ではなく魔光晶であるかのように。」
「女の子の方は俺は知らん。多分天然モノだろうな。」
ライバーは事も無く言う。
「マサムネの奴は、何かの理由、何かの計画に基づき作られたのは確かだ。俺は、魔光晶への知識が多少深いというだけで、マサムネを通常の人間ではないと把握していただけだ。そしてそれを倫理的に黙っていたわけだ。」
ライバーの弁明は筋が通っているように聞こえる。しかし、人が悪い。
「それは、王女様に対しても言えることですか」
ジャミラスの言葉に、彼は目つきの悪さをさらに険しくさせる。眉間に皺を寄せる様子は、質の悪いチンピラとほとんど変わらない。
「何だよ。随分と気に入らねぇってか? あぁ?」
王女様という言葉を出しただけで、彼は苛ついた。禁句というか、NGワードというか、一種の切り札である。
ライバー・ガルデンとは秘密の多い男である。【王国】へ流れ者から王宮の食客になった男だ。【王女様】というのは、王家軍のリーダー、ウィストニア王女のことである。女性ながらの武闘派であり、そのため行かず後家になっていた彼女はライバーを王宮に置いておくために、婚約者となった。
美人の嫁さんをもらえるなら、と彼は当時言っていた。王宮では有名な犬猿の仲だった。
ディーゴのクーデターにより、王族の生き残りがウィストニア王女だけになってしまうと、ライバーは彼女をリーダーに立て、戦力を集めた。それは、仲の悪い夫婦がやっていることだとは思えなかったのである。
事実として、ウィストニア王女の話題を差し挟むとライバーは感情的になる。彼女を、シベリアでの決戦前に退避させ冷凍睡眠させるという英断のおかげで、【神の審判】に巻き込まれずに済んだ。その時にどういう話をしたのかは、彼と王女しか知らない。
「君の隠し事は多すぎる。上から目線で、斜に構えて、それで満足か?」
「何が言いたいと言ってんだ」
「やめんかアホポン」
ジャミラスの反論に、ライバーはついに手を出す。ローブの襟首を掴もうとしたライバーの背中に罵声が飛ぶ。声の主はジャッカルであった。
「貴様、その大切なものに触れられるとキレだすの、まだ治ってなかったのか。」
「キレてなんかいねぇ」
近づいてきた小柄な男に対し、振り返り様に回し蹴りを放つ。ジャッカルは事も無げに片腕一本で防ぎ切る。
「こっちで女ができたか。そいつは母親代わりか、妹代わりか、どっちだ。」
「そんなんじゃねぇよ!」
「ライバーさん!」
ジャッカルの更なる煽りに、ライバーはついに銃に手を出した。女性関係に何かトラウマでもあるのか、酷い怒り方である。ジャミラスは、威嚇とはいえ銃を出すことに対して非難した。ジャッカルは、ライバーが懐に手を伸ばした時に、一気に踏み込んで距離を詰めた。
ライバーとジャッカルの身長差は頭一個半ほど。その身長差があれば、通常は歴然としたパワーやフィジカルで差がある。ジャッカルがライバーに打ち勝つには、身軽さを活かしたスピードと技術が必要だ。一撃でも貰ったら負けになる。
ジャッカルはそれをクリアしてみせた。
まず懐に飛び込んで、銃を使用不能にした。それでも無理矢理撃ったライバーに対して、顎への掌打。次いで、鼻っ柱への二連打。ここでライバーが銃床を振り下ろして反撃するが、ジャッカルは体を捻るだけの最小限の動きで回避する。そして、左肘で胸を突いて間合いを取り、鳩尾に拳打。
まともに食らい続けたライバーは足をふらつかせた。そこに容赦なくハイキックが見舞われ、悲鳴を上げることなく、ライバーは銃を取り落として床に沈んだ。
「ふん」
アクションスター顔負けの格闘シーンを見せつけたジャッカルは、それだけ動いておいて、呼吸を乱していなかった。息が上がっているのはむしろライバーだった。ジャミラスは面食らって呆然としていた。
「頭を冷やせ。馬鹿が。」
やるだけやったのに不満げな顔で、ジャッカルはその場から立ち去った。
「畜生、何だよ、畜生」
普段の偉そうな態度が台無しの毒を吐き続けるライバー。
「俺は、権力闘争なんかに巻き込まれないように遠ざけたかっただけなのに。何でこうなる。」
痛みに顔をしかめ、彼は毒づき続ける。
「お前もお前だジャミラス。興味本位でつっついて良いものと悪いものがある。話の合う子どもに好かれて、平和ボケしてんじゃねぇぞ。」
ようやく、彼は本音を吐いた。ジャミラスが、キャフィルの先生面して、昔の興味本位の学者根性を出したことを言っているのだ。
「そんな風に思っていたのですか」
ジャミラスがキャフィルに対して、心癒されていたのは事実だった。たかが子どもとはいえ、彼の亡き娘を映し見ていた。それはジャミラスにとって前向きに生きる現れでもあったのだが。
「どんなにいい顔をしようが、過去は追いかけてくる。どれだけ顔を背けても、前を見ようとしても、過去の自分は己自身の首を絞めてくる。そんな幸せを見ていいと本当に思っているのか、とな。」
ライバーの口数は珍しく多い。脂汗でいっぱいだというのに、気にせず喋り続ける。
「いいか、どんな人間だろうと生きる権利がある。本人には知らないフリをするべきことと、知っておくべきことがある。知らないフリをすべきことは、余計、知るべきことじゃないんだよ。」
暗にマサムネのことを言っている。確かに、彼やメイクが普通の人間とは違うことは無用に話すことではない。見る目に違いが出ないように、知るべきことではないかもしれない。ライバーがはぐらかそうとしたのは、そういうことだろう。
だが、それとウィストニア王女の話題とで秤にかけたことに対して怒りだすのは、ジャミラスが解せないところだった。
「ライバーさん、貴方、ウィストニア様以外の王族を自分で始末しましたか?」
何の根拠もない、取り留めない閃きをぶつける。いつものようにはぐらかすならそれでよかった。
「ほとんど死んでたから、死んでない奴を楽にしてやっただけだ」
彼は言い訳じみた答えをした。少しも悪びれもしていなかった。王位継承権のない王女と、誰か生き残りの王族がいれば、王家軍として一致団結はできなかっただろう。
「ウィストニアは知っている。見られていたからな。」
「貴方は」
「泣かれるだけで済んだよ。俺は、一緒に逃げようと言ったはずなんだがな。王家軍なんてものを結成しやがった。まったく困ったもんだ。何だってこんなに反りが合わねぇ。」
ジャミラスの知らない話。もっとも、そういう事実があったとして、当時のジャミラスに聞く耳があったかどうかも怪しいところだ。
「極めつけは、冷凍睡眠の件だ。俺がもうお小言を聞き飽きただけだったってのに、あいつは一緒に居ようとか言いやがる。そんなことを言うなら、最初から逃げとけってんだ。まったく。」
ウィストニアと非戦闘要員の功臣たちは手を出さなければ、あと250年眠っている手はずだ。ディーゴが勝とうと、刺し違えようと、彼の支配から離れた文明になるだろうということからだ。シベリア戦の直前はそれほどに末期的だったとも言える。
「いいか。お前がどのようにディーゴに決着を臨むのかよく考えろ。過去を断ち切るのは違う覚悟が必要だぞ。」
多少は痛みが和らいだか、ようやくライバーは立ち上がった。しかしそれでも壁を補助にしながらなので、辛そうにしている。
「疑問を解消するのは、終わってからにしろ」
ライバーは再三釘を刺して、その場を去った。
「糞、痛ぇんだよ、あのチビ。ゴリラじゃなくてもクソ強ぇの何だよ。」
ぶつぶつ呟いている。ジャッカルが何かしら付き合いがある友人であることは、よく分かった。
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