救出作戦
ピラミッドでの戦闘から2日。
件の機体は【ホルン・ザ・サイファー】という名称で識別登録され、ライアンが専属パイロットとなった。というのもライアン以外に動かすことができず、やむをえない処理だったのである。また、登録名はライバーが勝手にやってしまった。1日は文句たらたらだったライアンだが、『サイファー』という名ですぐに慣れた。
ちなみにライバー、サイファーが動いた後、あの空間からどう脱出したのかは謎だ。その疑問も含め、マサムネはGA各機のチェック作業が終わったのを見計らい、ジャミラスに、湧いてきた数々の疑問をぶつけてみた。
「ジャミラスさんたちがディーゴと戦う理由はおおまかに聞きましたけど、ディーゴは何でこういうことを始めたんですか?」
ジャミラスはフードを決してはずさない。ライアンがあの手でこの手ではずしてやろうとしていたが、ことごとく失敗していた。故に、疑問による表情を察することはできない。
「よくは、知らない。彼は野心のある人物だったようだ。私は一介の学者であったし。」
「どこの国にいたんです?」
「我々は当時地図に載らない島・・・完全に外界と隔絶された状態の島でゆったりとした生活を送っていた。我々の先祖は過去の大災厄から逃れるため、その島に移り住み、何かから隠れるように島全体を外から見えなくしてしまったようだ。私はそういう過去の記録を読み解く仕事をしていてね。GAもそういった産物だったのさ。」
流石に立ち話も何なので、誰もいない食堂に移動し、湯気立つコーヒーを手に話を続けていく。
「確か、村長の助けで完成させたとか」
「彼は島でも珍しい流れ者でね。過去何度か漂流者が流れ着くことはあったが、基本的に外界から来た者は安全な所まで送り返すことになってる。しかし、彼はそれらの漂流者とは違うものを持っていた。GAのメイン動力となっている魔光晶をその身に強く宿し操ることができた。島に住む者は魔光晶を少なからず宿している。だがライバーほど強い力はいなかった。彼はその力をどう扱うのかも知っていたから、島にすぐ居つくことができた。ディーゴもライバーに接触したことがあるそうだ。だが、彼は野心を持つ者や権力を持つ者にまったく興味を示さず、私のような学者に興味を持った。」
あの破天荒で暴力的な男がちやほやされる様、何やら面白そうな気がするのは気のせいだろうか。
「驚くことに彼は我々には無い古代の知識があり、おかげで過去の記録が大幅に解析されることになった。その記録によって発掘されたのがサイファーだ。動かすことはできないが、サイファーの持つ動力システムを模倣することで、記念すべきガーディアンアーマー第一号、ベース・ザ・サタンは完成した。もっともそのときは武装など付いてなかったが。」
「貴方がGAを作ろうとした理由は何だったんですか」
「ただの知識欲だった。自分で解析した記録の中に人型ロボットの理論が含まれていたから、実際に作ってやろうと思った。だが、GAは結局最悪の形で使用されることになった。」
ジャミラスの表情は相変わらず見えない。
「それがディーゴですか」
「彼はベース・ザ・サタンの完成直後に接触を図ってきたが、私は断り続けた。良くない噂の多い人物だったからね。実のところ、情勢も不安定だった。国は意見が真っ二つに割れていて、ディーゴは島の外に勢力を広げようという急進派であったらしい。戦力がのどから手が出るほど欲しかったのだろうね。当時、私は政治というものを良く知らなかったために、学者仲間に情報を漏らされた。GAという切り札を得たディーゴらはクーデターを起こした。」
表情は分からないが、口調が強張ったのが分かった。怒りと憎しみだ。
「国内の混乱は暴徒を発生させ、妻子はそれに巻き込まれた」
フードの中の表情は分からない。だが、今どういう表情をしているかはさすがにわかった。
「あとは知ってのとおりだ。ディーゴは島の外へ出て、自らの野望を叶えようとした。私たちはそれを止めるべく行動したというわけだ。」
世界を手に入れようと動き、結果的に【神の審判】を引き起こしたディーゴの欲望。そして今再びその野望を達成しようとして、争いを引き起こしている。マサムネは純粋に怒りを覚えた。決して野放しにはできないと思った。
「私はディーゴのせいで妻と娘を失った。しかし、大本をたどれば私がGAを開発したから起こった悲劇だ。思うのだよ。復讐心でディーゴと戦い、責任から逃れようとしているのではないかと。」
「それは違う!」
久しぶりに叫んでいた。突発的なもので考えていたわけではない。ジャミラスのほうもいきなりの大声で面食らったようだ。
「あ、すみません。ジャミラスさんは逃げてなどいません。逃げる必要も無いじゃないですか。GAは貴方の望むとおりに出来上がった。その素晴らしさを悪質に利用したディーゴが悪いんです。奥さんと娘さんのご不幸は貴方が自責の念を持っている、それだけで、十分じゃないですか。」
「そうかもしれないな」
空になったコーヒーカップの底を見つめて、ジャミラスはポツリと漏らした。多分、納得できてはいないのだろうとマサムネは思った。人間は自責の念を引き摺っていく。その反省を今日に生かして、生きるのだから。
*****
戦闘空母コンダクター、その中でも秘密の一角。
「博士、2号機の調整ははかどっているかな?」
「スケジュールに問題は無い」
薄暗い格納庫。メインの格納庫とは別にGAが一機あるだけだ。だがそのGAは、通常のGAよりも巨大なものだ。二回りは大きい。
ディーゴは、いかにもな格好をした男の仕事の状況を見る。
「ふむ、実にいい仕事をしている。この機体の完成の暁には銀縁勲章を与えたいものだな。」
「言っておくが完成したところで、今の状態では実戦データが圧倒的に足りない。それに2号機を動かすための魔光晶はないぞ。」
「その問題は解決済みだ。1号機の魔光晶を使う。」
「1号機を使う? あそこに来ているのか!?」
「そうだ」
「だが1号機は使えなくなる」
「使える。そのように再調整してもらおう。貴様の魔光晶技術を使ってな。魔光晶適応能力の高い人間を魔光晶代わりにできるとは、まったくすごい話だなぁ!?」
ディーゴは狂ったように笑っている。
「オーメ・ヒラリン博士。よろしく頼むぞ。」
年かさは初老だが、髪の色は白が多い博士は肩を叩かれる。
彼は思い出す。ユーラシア東部、神の審判の爪跡を調査している時に、資金提供を申し出てきたディーゴの姿を。あの時、金を受け取り、リュートの残骸の発掘をせねば、こうして行動を制限され、彼の悪事に手を貸すことも無かった。
彼にはとある罪があった。これがその罰とは到底思えなかった。だが、ディーゴに逆らうことはできなかった。
罪を償うまで死ぬことは許されぬと、決めていたからである。
*****
補給のためにアフリカ大陸を南下していたシンセサイザー。浮遊しているはずの艦の船底で衝撃が起こった。
ジダンが怒声を上げてブリッジへと入ってくる。
「銃の手入れ中にあんな衝撃! 正直困るな!」
彼にとっては重大な事件だったのだろう。それほど声が怒りに満ちている。しかし、ブリッジクルーはそれを気にする暇がない。状況把握で忙しなく動いている。
「すまないな。ある程度の高度を保っていたはずなのだが、何かにひっかかったらしい。ここらへんは神の審判以後、ジャングルの異常拡大で人間の立ち入らぬ地。こちらも注意はしていたのだが。」
対応したフィシュルの話はあやふやだ。ここは行方不明が多発する地帯であることは確か。よくない噂話も聞くためだ。
「職務怠慢と言わざる得ないな。また動けない状態を奴らに仕掛けられるのは勘弁願いたい。こんな森ではギータの動きを制限されてしまうからな。」
文句を言って満足したのかジダンはそう言って帰っていく。
「付近はなにもないか?」
レーダー手クルーに聞く。
「コンダクターと思われる反応はない、と思われます。魔光晶のレーダー波動に弱いジャミングがあります。」
「目が見えにくいか。付近に偵察を出す。原因究明し、まずは艦を動かせるようにするぞ。」
フィシュルは一通りの命令を伝える。ジダンの言う通り、今狙われると再び艦を危険にさらす。しかしこの付近を通るということなら、コンダクターも捕まるはずだ。
ふとして起こった異常事態に、言い知れぬ不安感があった。
「サイファー、出撃」
「サート、出ます」
シンセサイザーの停止から数分後、付近の偵察としてマサムネとライアンが出撃した。GA乗りとして経験の浅いライアンを慣れさせるための偵察任務であった。
「大丈夫?」
「先輩面すんな阿呆。こちらと同じレクチャー受けてんだ。」
サイファーは空を飛べるとはいえ、既存のGAよりも一回り大きい。シミュレーションで訓練したとはいえ、フィーリングはかなり違うはずだ。よたつく彼の機体を見て、心配してあげたのだが逆に文句を言われたので苦笑する。
「おいおい、こりゃ何だ?」
「木だね、まず間違いなく」
シンセサイザーの船底から左翼ブースターにかけて絡み付いていたのは見紛うことなく木の幹だった。ジャングルのほうから伸びてきている。
「こんな大木を普通見逃すはずが――うお!?」
「ライアン!」
声を聞いた時はバランスを崩したと思ったが、実際は違った。ジャングルから伸びてきた一本の枝がサイファーの脚部に絡みついている。
「これは一体!?」
それまで静かだったジャングルは、マサムネの機体にまで、その枝を伸ばし始めていた。
「このジャングルは魔光晶をエネルギーにしている」
ブリッジからの調査を行っていたジャミラスが声を上げる。
「この森は呼吸するのと同じように魔光晶を吸い上げている。戦艦ならば大丈夫だろうが、GAでは致命傷になりかねない!」
「マサムネ、ライアン、ジャングルから距離を取れ!」
ジャミラスの報告に戦慄したフィシュルは通信マイクに叫びを叩きつけた。
「言われるまでもねぇっての!」
ライアンのサイファーは虚空から抜き出した両刃の斧で伸びる枝を切り払いながら距離をとる。だが、枝は諦めることなく伸びてくる。
「これじゃあキリがない」
「帰還するしかないのかよ!」
マサムネもまた剣で切り払いながら、樹木から距離を取る。
「いや、帰還しても、シンセサイザーが狙われて、エネルギーを持ってかれる」
「打つ手無しかぁ!?」
ライアンは初心者であるが故に焦る。
ジャミラスやプラスはこんなときどう考えるか。マサムネはそんな風に対処法を考えていた。たとえ今帰還しても問題の先送りにしかならない。根を絶たなければ、雑草は増えるのみ。
「そうだ。こいつらの根だ! こうして僕らにすがるほどエネルギー不足ならその原因がどこかにあるはずだ!」
一方で、マサムネの言葉にヒントを得て、ジャミラスはすぐさま周辺魔光晶の波動を調べる。
【神の審判】以後、魔光晶の波動は地球上に残り続けている。それが有害なのか悪影響なのかは分からないが、地球環境が激変したのは確かだ。文明の復興が地方によってまちまちなのはそういうことが影響している。
ジャミラスの調べた反応は地中から、ある一点に集中して送られていた。
その一点の場所をレーダーと合わせて確認する。
ジャングルが魔光晶を求めるせいでジャミングができている。何とかその先を、動体スキャンから解析する。魔光晶反応が大きいことからコンダクターが隠れているのかと思ったが、動体スキャンは人型を示している。
「二人とも、逃げろ!」
動体スキャンに見覚えがあって、ジャミラスは通信で叫ぶ。
外にいたマサムネたちは、その通信の直後、9時方向から伸びる光条を見た。その光の帯は空へと発射されたと思うと、生き物のように曲がって一帯に降り注いだ。
伸びていた樹木は光によって焼かれ、たちまち周囲は炎上していった。
*****
「命中精度は良好だな。いい仕事をするではないか。」
「当然だ」
「では高みの見物と行こう。リュートが勝っても負けても、2号機に繋がる。何ならもう一度、神の審判を起こせればいいのだがなぁ?」
ディーゴは興奮して笑う。コンダクターの映像には、巨大なGAのビーム攻撃で面食らうシンセサイザーが映し出されている。
オーメは言いながらも俯くしなかった。彼はまた罪を犯したのだ。何も知らない子どもを危険なGAに乗せ、実験体にするという罪を。
漆黒の巨大GAリュート。ディーゴが1号機と呼んでいた機体であり、神の審判を引き起こした諸悪の根源である。
今回起動のためだけにジャングルの魔光晶吸収能力を利用し、エネルギーの充填を行ったのだ。シンセサイザーがやってきたのは、タイミングが良かった。
彼らは動けないまま、リュートに屠られるしかないのだ。
そしてそれはディーゴにとって実験でしかない。リュート2号機完成のためのデータ集めである。そのためならば、駆動用代わりの魔光晶で暴走を起こしても構わない。
何しろ、今のリュートはジャングルの魔光晶を吸収して動いている。【神の審判】を起こせるだけの魔光晶暴走は貯め込んである。
とはいえ、自爆行動は切り札だ。ディーゴが仕掛けた罠はもう一つ別にある。
それは人質。リュートはパイロットの必要ない無人機である。だが今回魔光晶を二号機に移したため、空いたブロックにコクピットを備えさせた。
ディーゴはメイク・ウィンドを乗せたのだ。彼女は自身が魔光晶であるかのように、魔光晶適応能力が高い。人間を魔光晶代わりにできるかというのはそういうことである。
この非道な人質作戦で、シンセサイザーの者達がどういう反応を示すかも楽しみだった。
「こんな楽しみは余程のこと。ジャミラスの家族を暴行して始末するよう命じた時以来じゃないか。」
彼は外道なことを簡単に口走る。オーメは吐き気がした。
*****
「各部状況を知らせろ!」
フィシュルは奇襲攻撃に慌てる。艦が動けるようになったが、リュートの出現
「エネルギーダウンにより高度を上げることは不可能です!」
「第2、5、7ブロックに被弾!」
「自動砲塔1番から3番沈黙! 副砲、1番2番大破!」
返答は絶望を煽るものばかり。
「ジャミラス、こいつぁヤベェぞ」
ブリッジで状況を見ていたライバーは珍しく焦っている。表情は分からないが、ジャミラスとて同じようなものだ。ここでリュートが現れるなど、どうして予想ができる。
「通信受信! コンダクターからです!」
『ハハハハ!! シェイク博士、懐かしいだろう? リュートだぞ!』
ディーゴの哄笑が通信越しに響く。
『我慢できないのでいいことを教えてやろう。実はこのリュートには前回と違い有人仕様だ。』
と前置きを置き、リュートのコクピット内に何やら回路を繋げながら、パイロットを乗せる映像が強制的に映し出される。
『リュートのメインコントロールはこのコクピットにある。ここをつぶせばリュートは止まるぞ。』
乗せられたパイロットは少女だった。見たことのある者は、それが誰だか分かっている。
「メイクさん!」
ブリッジにいたジダンが言う。
「人質ってわけか。流石、卑劣漢のディーゴ・ベリーツ。」
ライバーは吐き捨てる。仲間を馬車馬に使う彼が言うから相当である。
『では、楽しんでくれたまえ。リュートの力を!』
そこで通信が切れる。
「外道が!」
フィシュルは珍しく怒りを露わにして、艦長席の肘掛けに握り拳を叩きつけた。
「俺たちなら、倒すしか手はねぇぞ」
ライバーは最善手を口にする。少女を救いながら、無尽蔵の魔光晶で動くリュートを相手にすることはできないと言っているのだ。
「ともかく、出撃します。リュートへの魔光晶流入路を切断できれば、手はあります。」
ジャミラスはそう言って、残って待機していたパイロットを集めて出撃準備に入る。
その間にも漆黒のGAが拡散ビームの発射体制に入る。戦闘マシンに空気を読むことはできない。無情にも次の攻撃が放たれようとしたとき、シンセサイザーの後方から飛んできた斧がリュートの足元に突き立ち、リュートは反射的に後方へ向かってビームを発射した。ビームが降り注いだ方向にはサートとサイファーがいた。
******
少し前、ビームを受け墜落したサートとサイファーは燃え広がるジャングルの中にいた。
「おい、生きてるか、マサムネ。ウワサの彼女があのGAの中に入ってるってよ。」
これまで続けてきたパイロットのためのトレーニングは効果があった。墜落した衝撃は凄かったが、マサムネは気絶していない。ライアンは元々体幹が強く、問題は無かった。
「あれがリュート。神の審判の元凶。」
マサムネは呟く。そんなモノにあの少女を乗せるなどと。彼は少しだけ一緒にいたメイクの姿を思い出す。
「あの子は必ず助ける」
「言うと思ったぜ。どうすりゃいい?」
マサムネの気力溢れる言葉に、ライアンは躊躇いなく協力を申し出る。
二人とも経験の浅いパイロット。しかし、それは時に武器となる。
「囮を頼みたい。その間に僕が懐に飛び込んで、コクピットブロックを抜き出す。」
「オーケィ。面白ェ。俺に任せな、マサムネ。」
作戦はシンプルだ。作戦の要も可能性が低い。だが、ライアンはマサムネに賭けた。ディーゴへの怒りが、ライアンを突き動かした。
「行くぞぉ!!」
「よしきたぁ!!」
無理、無茶、無謀。そう取られても構わない、作戦とも呼べぬ突撃がここからだ。
「うるあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
サイファーの斧を投げ、リュートの注意を引く。すぐさまビームが降って来る。サイファーはそれを鋭角に回避し、リュートとの距離を詰める。
リュートの注意は完全にサイファーに向けられている。
その間、マサムネは突撃するタイミングを計っていた。
『僕ならできる』
心の奥底にこびりつく己の声が励ますように脳内に響く。
(ぼくならできる)
魔光晶は意志の高まりに反応して、その力の質を変える。サートの力は元々そういうものだ。特性がより鋭敏に反応する。
『二度と繰り返さない。守れる力があるなら、その力を発揮して見せる。』
脳裏にフラッシュバックする炎とGA。眠っていた記憶と、今の状況が重なる。それはサートのパワーを引き上げる。
「僕は絶対に守る! 二度と繰り返させない!」
その時だけ、マサムネは心の中にいるもう一つの自分と重なった。全てを失くして封印しようとしていた自分と向き合った瞬間だった。
それはサートの力をさらに引き上げる。以前、ソプラノを撃退した火の鳥状態に変化する。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
サイファーがリュートから一旦離れ、誘導ビームを防御した瞬間を狙う。
感知外からの攻撃に、リュートは無人機故に慌てることはない。それに質量差がある。通常のGAで突撃されたところで、普通パワー負けするわけがない。
そのはずであった。
実際には、パワー負けしていた。気付かれることはなかったが、リュートへの魔光晶バイパスは途切れていた。サートの突撃を受け、片腕が粉砕された。
「メイク!」
魔光晶の導きからか、あるいは幼さゆえの直感からか、サートの剣でコクピットブロックを切り、抜き出した。
*****
「かかったな」
コンダクターのブリッジで、事の成り行きを鑑賞していたディーゴが言った。サートがリュート以上のパワーを引き出し、パワー勝ちした時は驚いた。だが、コクピットブロックを引き抜いたなら、仕掛けた奥の手が発動する。
「すまなかったな、アゴー。ライバルとの決着を着けさせられずに。」
一応、自分の腹心に言っておく。無論、着けさせる気などなかった。
コクピットブロックを破壊しようが、抜き出そうが、その時に貯め込んだ魔光晶で自爆させるよう仕掛けておいたのだ。【神の審判】で無いにしろ、核爆発クラスのエネルギーを引き起こす。
対消滅を起こし、出力で勝るコンダクターには影響は出ない。前回は至近距離にいた者達は消滅した。ディーゴたちは時空間移動したが、防御策があればなんてことはない。
至近距離で対策が無ければひとたまりもない。何にせよ邪魔者がこれでいなくなるのだ。
「さらばだ、シェイク博士。今度は愛しき家族に出会えるといいな。」
これまで何度となく戦った敵に敬意を表して、言葉を掛ける。
最高のショーを見届けた後、コンダクターに方向転換を命じ、次の目的地へ向かわせた。
*****
サートがコクピットブロックを引き抜いた直後、リュートは自爆プログラムを発動させた。貯まって行き場のない魔光晶の破裂だ。それは爆発エネルギーとなり、周辺を吹き飛ばすはずだったが、至近距離にいたサートは自壊したリュートから漏れ出るエネルギーを中和したのか、霧散させたのか。ともかく、魔光晶は爆発せず、その場で収束していく。
収束した魔光晶は、周囲に光と衝撃波を起こすものの、光はジャングルへと吸い込まれ、衝撃波は延焼を留めた。
「よかった」
マサムネはサートの手の中にあるコクピットブロックを目にして呟く。またしても無我夢中で記憶が欠落していたが、救い出せたということは、上手くやったに違いないと思える。
「助かったよ、ライアン」
「いいってことよ」
急造の相棒にすかさず礼を言う。
ライアンとて目の前で起こったことは理解できなかった。理解できなかったからこそ、深く考える気がなかった。
2機が着艦すると、コクピットブロックの切開作業がすぐに始まった。ただこの作業以外にも格納庫内は船員は忙しなく動いていた。シンセサイザー自身が傷だらけなのだから仕方ない。
「おい、お前、なぜあんなことをした!?」
サートから降りたマサムネに一番に怒鳴り込んでくるジダン。いつものキザっぷり台無しな怒り顔である。
自分が救出の時に何をしたのかよく覚えてない。マサムネが答えに困っていると、ジダンはついにマサムネに掴みかかろうとする。しかし、直前でライアンが横入りして、マサムネをかばった。
「お前っ!」
「自分が助けられなくてお冠かよ?」
「勘違いするな! 運が良かったからいいものを、自爆で全滅させられるところだった!」
危機的状況であったことを改めて伝えるジダン。
「んじゃ、マサムネの運に助けられたな。そうだろ、運の悪いカウボーイさんよ。」
鬼の首を取ったように皮肉ってみせるライアン。ただの足でまといと考えていたパイロットに自分が助けられたという事実を認識させられ、ジダンは文句に詰まった。
「落ち着きなさい」
状況が煮詰まった所で、ジャミラスが声を掛けてくる。
「詳しい解析もある。マサムネ君は診断を受けなさい。切開作業もまもなく終わる。出てくる少女と共に簡単に調査をします。」
ジャミラスの言う通り、切開作業は終わった。ジダンは納得していないと舌打ちしていた。
*****
艦内にあるフィシュル専用の部屋のデータ端末にはリュート自爆時の魔光晶データが時間単位で示されている。ベース・ザ・サタンの電子装備とシンセサイザーで観測されたデータを総合して分析したデータである。ジャミラスがまとめ、提出してきたのだ。
部屋にはフィシュルとジャミラスしかいない。
「データを見ていただければ分かるようにリュートは確実に自爆した。だけれど、魔光晶の瞬間的な広がりがサートのオーバーフローとともに抑え込まれ、緩和されている。その後、エネルギーは拡散、森に吸収され、何もかも元通り。人質は無事で目覚めるのを待つだけですね。」
「言いたいことはそれだけではないだろう」
ただデータを提出するだけなら、メモリーを渡せば済む。しかし、ジャミラスはわざわざ執務室に来た。つまり本題は、マサムネとサートについて。
「気になってサートを再調査しました。あの瞬間だけ、彼とサートは同期し、一個の魔光晶と化したエネルギー量をはじき出していました。」
ジャミラスのGAでそれはありえない現象なのだ。彼のGAは、魔光晶を飛行や機体バランスなどの出力方面に回している。この出力バランスが崩れると、機体が自壊したり、オーバーヒートする。そのため、機体ごとにリミッターを掛けて、調整を毎回行っているのだ。
サートにはそもそもリミッターが存在していない。にも関わらず、バランスは保たれている。それどころか、マサムネ自身が魔光晶となり、サートの出力補助を行っているとしか思えないデータが出てきたのだ。
サートはバールグルで管理していたものである。何も知らないとは言わせないぞ、とジャミラスは言いたいのである。
「私は詳細なデータは知らないから何とも言えん」
どうとでも取れる、意味深な返事だった。
「疑われても困る。サートは父の代で製作されたもので、大まかなスペックデータ以外に資料を持ち合わせていない。当時の開発チームもほぼ生き残ってはいない。何しろ異常なほど秘密裏に行われたから、生き残っている人間しか、どういうGAか知り得ないのだ。」
フィシュルは一応の弁明を行う。とはいえ、それはサートだけのことだ。マサムネに関しては何も言っていないから、ジャミラスは納得しない。
フィシュルはマサムネに関しては詳細を把握している。その上で、サート開発の大まかな話を知り得ている。でなければ、マサムネの身柄を、ライバーに預けたりはしない。
「わかりました。今はそういうことで納得しておきましょう。開発チームに生き残りがほとんどいないということは、一人か二人いるのですね?」
「ああ。私の知る限り、一人。オーメ・ヒラリンと言って主要メンバーの一員だった。神の審判爆心地に調査に行くと言って何年も連絡を取っていない。」
ジャミラスはこれ以上の詰問は時間の無駄と察して、話題を切り替える。疑問は明かさなければならないが、ディーゴ追撃とは何ら関係のないことだ。後でいくらでもできる。
それよりも、爆心地を調査しようという人間が存在したことに、妙な不安を抱いてしまった。
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