遺跡に眠るGA
『神の審判』、それはあるGAの爆発が引き金だった。
ディーゴ率いる反乱軍はGAという新兵器を使い、世界に火種を蒔き、王として神として世界に君臨しようとしていた。それを阻止すべく、ジャミラスやライバーを中心とする王家軍が組織され、幾度も反乱軍と激突した。
この戦いの最終局面となったシベリア氷原地帯の戦い。王家軍は旗印である王家の生き残り、ウィストニア王女とその家来らを冷凍睡眠させ、王家の血を保存した。
氷原で現れたのは、ディーゴらが開発した通常のGAよりも巨大なGAリュートである。ジャミラスたちはリュートに苦戦を強いられた。辛くもリュートの動力部にピンポイント攻撃を仕掛け、爆発させたのだがそれが不味かった。動力部である高密度の魔光晶がエネルギーを増幅しながら爆発した。
この現象が【神の審判】であった。
爆心地の近くにいたジャミラスたちは魔光晶の力で発生した歪曲空間にGAごと飲み込まれ、その場から消え失せてしまった。それ以外は今現在の状況から分かるように、人類文明は後退し、大地は荒廃した。
歪曲空間に飲み込まれたジャミラスたちだが、それぞれ最近になって現れた。結果的にタイムワープを実体験してしまったわけだが、彼らが出現した時期はそれぞれ大きく異なる。ディーゴとアゴーは1年前に、プラスはごく最近、ジャミラスは2、3年前、ライバーに至っては5年前という有様。とはいえ、こうした者達がすぐに再会してしまったこと。何やら運命的なものを感じるが、この時代を生きる者たちにしてみればいい迷惑であった。
とはいえ、ディーゴが動き出したことにより、彼の野心が争いを起こすことは明白であった。
だから、フィシュルたちは、戦力を強化すべく西を目指すことになった。ライバーの情報によれば、GA開発のためにジャミラスが参考にした人型のロボットを旧エジプトの遺跡に隠してあるという。それを求めて、極東エリアを出て一週間。インドでの交易と補給を済ませた一行はインド洋を横断しつつあった。
一週間ということはマサムネの体調もすっかり回復していた。回復後は朝から夕方までGA基本講義から戦闘訓練を毎日行っていた。
メストやジャミラスに混じってキャフィルが整備作業の手伝いをするのが見慣れてきたころ。
「よくがんばりました。短期集中型ですがこれで基本訓練は終わりです。」
相変わらずフードの中の表情は見えないままジャミラスは宣言した。
「基本?」
「ええ、あくまでこれは基本事項で250年前、我々王家軍が経験から構築したものです。これから先の戦い方やサートへの応用は貴方しだいにもなります。」
言われ、疲れたように肩を落とすマサムネ。別にこれでどうにかなるわけではないということがよくわかった。一夜漬けしたからといって次の日のテストが上手くいくとは限らないということと同じ理屈だろう。
「先生、それを端で聞いていた私はサートに乗って戦えるんでしょうかー?」
パシフィルが律儀に手を上げて質問する。パシフィルも手が空いているからということでマサムネの特訓に付き合っている。GA整備のコンピューター操作で普段着のキャフィルはともかく、パシフィルはなぜかウェイトレス衣装だった。
マサムネは結局、その服をどこから持ってきたのか聞けずじまいだった。ちなみに見えそうなほどの丈のスカートだが、中を覗いてもスパッツなので覗いた者をがっくりとさせる。マサムネも特訓疲れで寝転がっている時にたまたまチラ見したことがある。その時の絶望感というか脱力感は想像を絶する。ミニスカを履く意義について哲学的にも考えたものだ。
話を元に戻そう。
「それはできません。GAサートはマサムネ君用に調整されています。それは私やプラスさんも当てはまります。」
ライアンやジダンの話ではコンダクター内では量産型汎用GAが多く生産され、無人機として運用されているらしい。マサムネたちのGAはそれらよりも性能ではるかに凌駕しているものの一つ一つがワンオフ機のようなもの。ベースやドラムはまだしも、それらとサートではパーツの互換性がないため整備に苦労しているというような話をメストから聞いたことがある。機体ひとつとってもそのような手間で、パイロット用調整もある。キャフィルのような適応能力が高く、すぐに手伝える者は大助かりだったのだ。
「あなた方がGAに乗るならば私たちがGAを見つけなければいけません。今から一台を設計して作り上げる時間も予算も部品もありませんからね。だからこうしてアフリカ大陸北東部を目指してるわけです。」
改めていやしんぼなシンセサイザーの兵器事情である。拾得物を使わざる得ないのだから。
「それじゃあ、戦力の底上げをするのなら安定して実力がある人たちのGAを優先的に整備すればよくないですか?」
「厳しいこと言うね、キャフィル」
キャフィルの言葉に傷つくマサムネ。彼女に悪気がなさそうなのが、実に困る。
「確かに、マサムネ君は現状足手まといかもしれません。しかし彼はサートとの相性が非常に良い。先日キャフィルさんにも説明しましたね? 彼はGAの動力炉、魔光晶との共鳴率が極めて高い。つまり、GAの動力を安定稼動できるわけです」
「なるほど」
ちなみに魔光晶とパイロットの共鳴率が低いと、GAを歩かせることすらままならないそうだ。ジャミラスも魔光晶無しの動力方式を開発しようとしたが、その前に開戦してしまったらしい。よって、GAは操縦する人を選ぶようになってしまったのである。
「つまり、マサムネさんの力はこのシンセサイザーにとって必要な力。足手まといではありませんよ。」
このフォローを素直に受け取るキャフィル。だが、それに不満で口出しする者もいた。
「サートが俺に操れたら、俺が乗ってるのによ。まったく、面倒くせぇシステムだぜ。」
長身で短く髪を切りそろえた顔に傷のある男、ライアン・ベネディクト。
ジダンの情報提供により、ディーゴの現在の組織運用や、コンダクターの情報がもたらされた。情報料の見返りで、ジダンはもちろんのこと、ライアンやジャッカルも仲間入りとなった。
掃除をサボってきたようで手にデッキブラシが握られている。彼は不平こそ言っているが、別にマサムネをなじっているのではない。どちらかといえば、やれるなら俺が代わりにやってやる、という戦意の表れである。
ジャミラスはそういう意図だという把握もできている。
「GAの数が揃えば君にも出番があるだろうが、現状では無理だ」
「へいへい、数が足りねーんでしょ? だったらよぉ、今向かってる場所にはどんなGAがあるんだい?」
「引き上げるのはGAではない。遠い昔誰かが作り上げたロボットだ。とはいえ、それを参考にGAを作り上げたのだから、それもGAというのかもしれないな」
「ンな言葉遊びどうでもいいんだよ。どんなもんだって聞いてんだ」
ジャミラスの説明を一蹴し、解答を急ぐライアン。
「GAといえるかもしれないがGAではない。そっくりそのままだよ。何しろパワーが違う。正確に計測したわけではないがベース・ザ・サタンの二倍以上のパワーがあったな。」
「二倍!?」
マサムネですらその言葉は驚愕を禁じえなかった。ベース・ザ・サタンはGAとしては破格の出力を備えている。携帯武器ではなく内臓武器を備えていることからもそのパワーは伺える。
「とはいえ私が研究していた時は一度も動くことは無かったよ。操作の仕方が誰にもわからないんだ。」
「ンだよ。スゲー奴だと思って期待しちまったじゃねぇか。」
一気に落胆するライアン。一方でマサムネは質問する。
「そんなもの何に使うんです?」
「それほどパワーが出る秘密は高いエネルギー変換率の動力部にあります。それを何かに転用できれば、ディーゴたちへの切り札になるでしょう」
「そんなでかい力いるのかね。今、一番危険な奴はディーゴで、そのディーゴを圧倒してたらしいじゃねぇか、アンタは。」
ライアンのツッコミを受けたジャミラスは途端に沈黙する。その話題に触れられたくないようだ。ディーゴ側に何か恐ろしい切り札でもあるのだろうか。
「ん、到着したようですね」
意味深の沈黙が続く前に、シンセサイザーが停止する。そのタイミングを見計らったように、格納庫へジダンがやってきた。
「シェイク博士、目的地に到着したようだ。調査のサポートを頼みたいそうだ。」
「了解しました。すぐブリッジに上がりましょう。」
GAの調整はキャフィルやメストに任せ、ジャミラスは格納庫を離れる。それを見送ったジダンはマサムネに視線を向ける。
「懲りもせず無駄な訓練を繰り返すか。たとえ適正があろうと、付け焼刃では役には立たないことをまだわからないか。」
ジダンの嫌味はこれが初めてではない。故に慣れた。マサムネは、ああまたか、という心境だ。
だが今日は違った。ライアンがいきなりジダンの胸倉を掴んだのだ。
「俺たちをダシに使っておいて、逃げ出してくるのが精一杯な奴と、女を救い出そうと努力する奴、どっちが偉いか分かってんのか?」
ジダンよりもライアンのほうが上背が高い。マサムネはライアンの背中しか見えないが、ジダンは盛大にガンを飛ばされているに違いない。
「私はこいつのために言っているんだ。助け出せずに死に、私が彼女を横取りしたように見えるのは気分が悪いのでね。」
ジダンはいささかもビビってはいなかった。あわや殴り合いという様相だが、物怖じせずパシフィルがライアンのわき腹をつねる。
「ケンカはやめましょう」
「ちっ」
なんでつねったかは不明だが(たぶん背が届かないからだろう)、ライアンは彼女に言われると舌打ちして手を離す。離したとは言っても突き放すような感じだが。ジダンのほうは身なりを整え、マサムネたちに軽蔑したような目線をしてからすぐに格納庫を離れた。
「ケッ、とんだカウボーイだ」
「カウ、牧場主さんなの?」
悪態をつくライアンに対して、パシフィルが首を傾げる。
「いんや、昔、あーゆースタイルで正義の味方をしてる映画があってよ。別にあいつは牧場なんぞ持ってないと思うぜ。」
「ふーん」
パシフィルの天然に対し、几帳面に説明してやるライアン。意外と相性が良い2人なのかもしれない、
「なんかごめんね。僕が迷惑かけて。」
「いけ好かねぇ奴だったから、つい手を出しちまったんだよ。お前が悪く思うことは無ぇ。」
言って、背を向け、彼もまた格納庫を出ていった。
「いい人なのかも」
見送りながら、パシフィルが呟いたのが聞こえた。
照りつける太陽、足取りを重くさせる砂地、そしてそれとは不似合いなジャングル。
「【神の審判】後の異常の一つだ。荒地は緑になり、都会は更地に。極端な現象もあったもんだな」
元はピラミッドだったのだろう。四角錐の頂上が無残に砕かれた状態の建造物。
その中腹に説明したライバー、マサムネとライアン、パシフィルがいる。
「つーか、アンタ、その格好で暑くないのか?」
「お前こそ、何かちゃんと着ないと危ねぇぞ。なんせ放置から200年以上たってるわけだから、何が起こるかわからん。変なサソリに刺されても知らねぇぞ」
「そういうのは先に言え! そっちが勝手に連れてきたんだろーが!」
ライアンは暑すぎてノースリーブタンクトップ一丁である。
マサムネもパシフィルも照り付ける太陽がヤバそうなので長袖にしてきている。ここは夏の太陽は危険と学んできている村育ち故だ。
その後、汗だくになったライアンが上着を羽織ってシンセサイザーとを往復して戻ってくる頃には、建造物の入り口が見つかっていた。
なぜこの人選かといえば、ここに隠しているのを知っているのがライバーで、マサムネが当然のように連れ出されたのだ。ライアンとパシフィルは面白そうだからついて来ているだけである。
「上の開いてるところは?」
「あっちは入り口のフェイクだな。いわゆる盗掘者防止の。まぁ、見事に削られちまったから分からなくなっちまったが。」
シンセサイザーの甲板上から見えた頂上の入り口らしき場所を指してパシフィルが聞くと、ライバーは素直に説明する。
言いながらライトをつけ、暗闇に包まれる奥へと光を照らす。すると何やら黒光りするものが一斉に光を避け、中から外へと流れてくる。
「!!」
村長もこればかりは驚いたらしく、腰に差してあった拳銃を抜いて乱射する。
「お前らも気をつけろよ」
何かの虫の群れがいなくなると、首だけを向けて語る。
「いや、お前みたいに武装してないから、俺ら」
ライアンは引き気味にツッコミを入れた。
先のような生き物を恐れながら、松明を振ってゆっくりと進入を始める。
4人は道なりに下っていく。
「なんか面白みねぇな」
「いやぁ、迷路にしたら作った人も迷っちゃうでしょ」
「それもそうだな」
などとマサムネとライアンが下らない話をしていると、行き止まりにたどり着く。
「ちなみにな。地球の古代建造物ってのは作業した労働者は秘密のために生き埋めにされるってのが通例だったんだぜ?」
ライバーがいきなりそんな話を口にする。通路内に妙な空気が漂っていく。
彼は行き止まりの壁をべたべた触っていくと、凹みができる石があった。その凹みを押し続けると音が響き始める。パシフィルはびっくりして、マサムネとライアンの後ろに隠れ、服の端を掴む。隠れられた二人もちょっぴり身構えた。
「くっくっく、そんなに怖がるなよ。ほれ、道が開けたぜ。」
こちらが怖がっているのを心底楽しそうに笑い、開いた奥への通路を親指で指し示す。その趣味の悪さにため息をつくマサムネ、ほっと一息を付くパシフィル、あからさまに舌打ちするライアン。反応は様々だ。
「この奥だ」
奥をまた進んだ突き当り。ライバーが言葉を発した瞬間、上から振動が響き渡る。そしてシンセサイザーからの通信がジャミラスのくぐもった声で響く。
『こちらシンセサイザー! ディーゴたちだ!』
元々崩れやすくなっていたか、ディーゴたちの攻撃で崩れたか。何れかの理由で天井にヒビが入る。急いで奥へと飛び込むと、そこまでいた場所は崩れ落ち、またシンセサイザーとの通信は途絶した。マサムネたちは最奥に閉じ込められてしまったのである。
(頼みの綱はこいつだけか)
ライバーが見た先には、疲れ果てたように鎮座し頭を垂れている、赤銅色をしたロボットのようなものがあった。
*****
「7時方向から敵艦接近。敵GAが戦闘エリアに進入、数およそ20。」
たまたまレーダーを見ていたキャフィルが明瞭に報告する。ジャミラスはそれを聞いて、ブリッジの席を立つ。
「迎撃に出ます」
「無論だ。GA各機出撃! ただし調査隊を待つためシンセサイザーはこの場を動くことができない。敵は撃退し、艦を死守してくれ」
「了解です」
フィシュルの言葉に頷くと、足早にブリッジから出て行くジャミラス。
「対空砲火、弾幕を張れ! 敵を近づけさせるな!」
戦闘態勢に入るブリッジを見回しながらフィシュルは叫ぶ。
一方、格納庫ではジダンとGAギータがすでに発進状態に入っていた。
「足並みを揃えろ、ジダン!」
「こちらは陸戦で足が遅いんだ。だから先行するんだよ」
プラスの制止を聞かず、ジダンは言って、先行して発進していく。それからすぐ格納庫にジャミラスが到着する。
「博士!」
「ジダンはもう発進したか」
「奴は危険です! ディーゴがいなければ自分一人で何とかできると思っている」
ジャミラスの搭乗を待って、プラスがドラムに搭乗しジダンに関して苦言を吐く。直後、艦に振動が響き渡る。コンダクターの砲撃が到達するほどの距離まで接近されてきているのだろうか。
「だが、傭兵。生き残る術は心得ているだろう。奴がどんな思惑であろうと、むざむざ死を選ぶとは思えない。艦が動けないため、接近する敵を排除しなければならない。」
「くっ、了解!」
ジャミラスの言葉を聞き、プラスは無理矢理自分を納得させた。ドラムが発進準備し、それに合わせてジャミラスもベースを発進口へ向かった。
*****
入ってきた通路のほうを見るが、やはり天井が崩れて完全に塞がれてしまっていた。
「八方塞がりとはこういうことだな」
「冷静に言うなアホ! 通信途絶、突然の崩落、地上で戦闘が始まったってわけだろうが。このまま生き埋めって可能性が一番高ぇじゃねぇか!」
ライバーの冷静な物言いに激しくツッコミを入れるライアン。彼の気持ちはわからないでもない。だがマサムネ自身の力がまったく及びそうにない状況のせいで、フォローを入れる気持ちになれない。座れそうな瓦礫に腰を下ろす。
この状況においてまったく動じていないロボットを見上げる。冷たい巨人は、光の灯った目をただ正面に向けていた。
(え?)
光が灯っているということは動いているということ。夢でも見たかと思ってマサムネは目をこすり、再び見つめるとロボの目に光は無かった。
(やっぱり気のせいか)
しかし、幻覚を見るとなるとこの空間は危険なのかもしれない。松明を消し、明かりを懐中電灯に切り替える。とはいっても、もう酸素が残り少ないのかもしれない。
「マサムネさん」
普段明るいパシフィルが神妙に話しかけてくる。彼女はマサムネの近くに座り込んだ。
「上、大丈夫かな」
彼女は地上の心配をしていたようだ。様子の変化は見受けられない。むしろ上の心配をすることで、自分の不安を打ち消そうとしているのかもしれない。
「ジャミラスさんがいるから何とかなると思うよ」
「甘ぇ!」
と、いきなりライアンが怒鳴る。ライバーとの口喧嘩で負け、イライラの矛先をマサムネたちに向けたのだ。
「一人で争いを何とかできたら、神の審判は未然に防がれてるに決まってる。人間一人の力はそう大きいもんじゃねぇんだよ。むしろ弱い、弱すぎる。ジャミラスって奴が強いのは、あのGAの力と負けないっつー心があるから強いんだろ。だから、今は他人を頼ってもしょうがねぇ。自分らでできることを考えねぇとダメだろうが。」
怒鳴り散らしているが、その言葉はやる気に満ち溢れている。まったく諦めていない。
「でもどうすれば」
「それを考えて、答えを導き出すのが人間の頭だろ。それで歴史が出来てるんだから、捨てたもんじゃないと思うぜ」
彼はそう言って、パシフィルを元気付ける。彼女の見立ては間違っていなかったのだ。本当はディーゴに雇われて潜入していたことから、多少信じられないところはあった。だが、一連の言葉から、彼が善良で正義を持つ人間だということがマサムネには分かった。
少なくとも、ボーっと上を見上げているライバーよりも頼りになる。
「乗ってみろよ」
上を見上げて静かにしていたライバーが口を開いた。てっきり酸素を無駄に消費しないよう、沈黙を保っていたと思ったのだが。
「こいつのコクピットは顔の下、首の辺り。内部は多少変わってるが、レバーの類がある分GAみたいなもんさ。」
GAみたいなもの。ジャミラスもそんなことを言っていた気がする。そういえば一度も動いていないと言っていた。
「その顔、ジャミラスから事情を聞いてるな? そう、そいつは調査を始めてから一度として動いたことがない。誰にも操作のできない謎のロボットなのさ。だがパワーは折り紙つき。こんなチンケな空間を一気に飛び出せるほどの力を持っている、はずだ」
この状況を一変させるかもしれない強力なロボット。改めてこの赤銅色をしたロボを見上げる。GAのような剥き出しの魔洸晶石はなく、特に目に付くのは顔にある三つの目と口らしきマークだろう。また、額と思われる場所には黒い石のようなものが埋め込まれている。
それ以外に特徴的なのはとにかく人形のような見た目をしていることだろうか。無駄な線や装飾はなく、悪く言えば無骨な印象を持つ。直感的な異質さを感じてくるようなロボット。
「見ていてもしょうがねぇ」
ライアンが呟いて、周りの岩壁を使いながらロボットによじ登っていく。
「動かせなくて当然なんだ。できなくても自分を責めることはないぜ」
上っていくライアンの背中に向かってライバーが挑発的に声をかける。流石に腹が立ったのか登るライバーの手が止まる。
「ヘッ、んじゃあ動かせたらまずてめぇを笑ってやるよ」
ライバーに振り向かず、そのままの姿勢で軽口をたたき、よじ登る。それに釣られるようにパシフィルもあとを追い始めた。
「君が登ってどうするの!?」
「あの人が動かせなかったなら次は私よ。望みがあるなら最後まであきらめない。私はこいつからそう習った」
こいつ、という言葉とともにチラリとライバーの方を見て、それから登り始める。この荒れた世界で、正しく読み書きができる人間はあまりいない。マサムネたちの村は特別だった。
本来は習う時間があるならば、畑をより広く確実に耕したほうが村の蓄えにつながるとされた。
ライバーが直接保護しているキャフィルパシフィル姉妹は女性で子供ということもあり、知識や教養は並以上を学習している。
今でこそ彼は王家軍の人間ということが分かったが、昔は流れ者にすぎない。知恵者であることから居付いてしまったらしい。マサムネは彼が居付いた後に村にやってきたから、その経緯を知らない。
マサムネはというと、実は姉妹と議論できる程度には教養を備えていた。ライバーに教わったわけではなく、村に来る前に身につけていた。
望みがあるなら最後まであきらめない。教養とはまるで関係がなく、どちらかというとライバーの人生哲学の言葉のような気がするが、パシフィルはその言葉を人生の指針の一つにしているということがわかった。ライバーの性格から考えて、その言葉が信頼に足るとは到底思えないが。
「ぼ、ぼくも行くよ」
ここにライバーとともに残されるのが嫌だというのが大きな理由だ。マサムネはパシフィルを追って壁をよじ登り始めた。壁を登るにあたって、上を見上げなければならない。パシフィルを追う形であったので嫌が応でも彼女の小さなお尻が見えた。相変わらずスパッツに包まれている。登ることに集中しているのかマサムネのほうに気づく様子はない。マサムネはといえば、登りきったあとで、少し気恥ずかしさと自己嫌悪に陥った。パシフィルは、そんなマサムネに如何ほども気づくことはなかった。
コクピット内は円形状になっていた。中でライアンがすでにレバーを動かしている。内部は多少余裕のある作りにはなっていた。
「お邪魔します」
恐れを知らずパシフィルが入り込む。正直、彼女の行動力には感心する。次に乗り込むマサムネは恐る恐る入ったというのに。
ライアンはやたらめったらレバーを動かすが、ロボットには一向に火は入らない。
「壊れてるんじゃ」
マサムネはつい口に出してしまう。動かないロボット。ジャミラスに解析できなかったロボなのだから、実はすでに壊れていても不思議ではない。壊れていなかったとしても、【神の審判】から長い時がたった。その間に壊れたことも考えられる。マサムネのネガティブな一言を聞かず、ライアンは飽きもせずシートの両側にあるレバーを動かしていた。レバーはそれぞれ二本ずつ。電灯を照らしてみるが、フットペダルのようなものは見えなかった。それだけでジャミラスの技術のGAとは違うことがわかる。
頭上から鈍い音が響いてくる。地上の戦闘はまだ続いているらしい。腕時計を見ると、ここに閉じ込められてから10分過ぎていた。時間の感覚が薄れているのか30分ぐらいたった気がしたのだが。
「糞っ!!」
怒声とともにようやくライアンの手が止まる。
「次はわたしがやる!」
驚いたことに本当に動かすつもりでいたらしい。強い意志を感じる声でパシフィルがライアンの背中に言う。
「待ちな。俺はまだ諦めた訳じゃねぇ。もう一つ、手がある。」
てっきり諦めたと思ったのだが、ライアンは諦めてはいなかった。希望を感じさせる声で彼が後ろを振り向かずに言った。
「ちぃーっとも動かないモノには最適な方法があるんだ」
妙な自信。ライアンは拳を握り締め、それを振り上げた。その時、頭上で再び鈍い音が響いてきて、このロボットのある空間内が震える。天井が崩れそうな嫌な音が響きもしてきた。
「うーごーけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ライアンが裏返りつつも響き渡る一喝とともに拳を正面の機械に叩き付ける。刹那。天井がついに崩れた。
*****
一方地上。
ジャミラスたちは苦戦していた。ディーゴのヴォーカルこそ出てきていないものの、ソプラノの尋常ではない数に押され、分断、各個撃破の窮地に陥っていた。分断されては、動かないシンセサイザーは的だった。たいした火砲を持たないコンダクターにも追い込まれていた。
絶体絶命のピンチ。
またシンセサイザーの待機する側のピラミッドがコンダクターの火砲の流れ弾に当たり、ついに崩壊する。その時はまだ誰もそちらを気に留めてはいなかった。だが、一瞬後、双方が同時に高いエネルギー出力を感知した。
反応の源は先ほど崩壊したピラミッド。ソプラノを二機まとめて鎌で薙いだジャミラスはそれが何の反応か気付いた。
ピラミッドの方を見ると、崩壊し、砂埃が舞う粉塵の中から何かが跳ぶのが見えた。それは、背中から赤いマントをはためかせ、砂地に着地した。赤銅色のボディにシンプルな人型ロボット。それこそ、ジャミラスがGAの元としたロボであった。
着地するため砂地に膝を付いたGAがゆっくりと立ち上がる。サートと同じ360度全天周モニターで、戦闘中の状況が一瞬で把握できた。
ソプラノの群れから一機、このGAに突撃してきた。無人機なのだろう、己を気にしない無茶な突進で組み付いてくる。
「この野郎!」
ロボのパワーはやはり絶大。簡単にソプラノを引き剥がしてしまう。
「こっちは扱い方がわかんねぇんだ。もうちっと手ぇ抜いてかかってきやがれぇ!!」
とても自分勝手なことを叫び、レバーをやたらめったら動かす。それでどうにかなるとは到底思えなかったが、やはり謎のロボ、エネルギー出力が急上昇し、引き剥がしたソプラノを殴り壊した。
「往生しろやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
まるでその叫びに反応したかのように、胸部にエネルギーが集中し、魔光晶の光がソプラノの群れを薙ぎ払い、コンダクターの装甲に破損を与える。
内部からはこのGAが何らかの内臓武器を放ち、コンダクターを攻撃したのだろうということしか分からない。
これにはディーゴたちも面食らったのか、ソプラノを撤収させ、煙幕を張って退避していった。
*****
その後、着艦して降りたマサムネたちも面食らった。ロボが乗り込んだ時の姿から明らかに変貌を遂げていたのだ。赤銅色をしていた機体は鮮やかな赤色をしていた。シンプルなラインの形は健在だが筋肉質な印象を受ける。頭部の目の部分は、ツリ目をしていた。
「GAは乗り手の気力や気迫で変化を引き起こすことがあります。現象自体は不思議ではありませんが、色まで変化するのは興味深いですね。」
「パワーは高いようだが美しくないな」
勝手なことをぼそりと言ってジダンは給弾作業に移る。
「3人で乗っていたのか?」
「あ、俺俺」
「動かしていたのはライアンです」
ジャミラスの問いに、ライアンは手を挙げる。捕捉するようにマサムネも言う。今日のことはマサムネにとって驚くことだった。まるでライアンの諦めないことに反応して、GAが動いたような気がした。
マサムネも状況は違えど、同じような経験をしていた。魔光晶の不思議な力に戸惑いを覚え始めていた。
「そういえば、村長は?」
今まで黙って謎のGAを見ていたパシフィルが口を開く。
「生き埋めかも」
マサムネはすっかり忘れていたことに気付き、ジャミラスに報告するのだった。
「まぁ、見込み通りだったかな」
特に傷もなく、ピラミッドの外壁にライバーが腰掛けている。強く明るい日差しを手で除けながら、シンセサイザーを見上げる。
その場に近づく小柄な男が一人。
「あれが伝説に聞くマシン、サイファーか」
誘拐団の一人としてただ巻き込まれるだけの男だったジャッカルが、腕組みをして言う。
「血族的に近しい俺たちよりも、まったく別の人間を操者に選ぶ。結構なことだ。」
ジャッカルの存在を気にすることなく、ライバーは独りごちた。
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