250年前の因縁

 プラス・ライトヘッドは王国軍の一兵卒である。

元はと言えば【王国】に武力と言えるものはなかった。犯罪を取り締まる警察組織、そんな所に彼はいた。しかし、【王国】内でディーゴ・ベリーツを中心とした反乱が起こると、組織内部も分裂。個人的にディーゴが気に入らなかったこと、そして何かと折り合いが悪い同僚だったアゴーが反乱軍に加わったことから、プラスは王国側についた。

 反乱軍に対してGA戦闘で才能を発揮させ、部隊長までのし上がることができた。そうして与えられた隊長機、ドラム・エアバンガード。

 だが、この機体で最初に立ちふさがったのはアゴーが乗る、トラン・ザ・カウント。どうしても決着の着かない相手、それがアゴー。四度目の戦いで、プラスとドラムは魔光晶の輝きの広がりに包まれ、ドラムが機能不全を起こした。

 応急処置で回復させるとそこはアゴーと戦闘していた場所とは違う場所だった。

 近くのGA反応を頼りに急行すると、ディーゴ・ベリーツのヴォーカルと反乱軍旗艦であるコンダクターを発見したのだった。


                  *****


「フィシュル・バールグルだ。この交易船のリーダーだ。」

「俺はプラス・ライトヘッド。さる国の軍人をしている。」

 プラスは国の名を伏せて自己紹介をする。ヴォーカルの手に人間がいたため追撃ができなかったプラスは、情報収集のためこの船に着艦した。そして出迎えてきたのがこのフィシュルと名乗る、首から上は『いかにも』事務的な人間だった。

 プラスは軍人というには軍服のようなものを着ていない。フライトジャケット姿だ。そういう意味では怪しまれるかもしれない。

「国?」

 国と聞いて怪訝そうな顔をする商人。紹介の仕方がまずかったのかと思い、プラスは顔をしかめる。

「失礼なことを聞くようだが君は」

 フィシュルが何かを言いかけようとしたが口ごもる。何か考えたようだ。

「いや、失礼ついでで申し訳ない。我々は妙な奴らに絡まれている状態だ。貴官に不都合が無ければ、次に立ち寄る港まで私たちを護衛してもらいたいのだが。」

 その言葉で、この商人が【王国】について何か知る者と見た。プラスにとって敵か味方か。ディーゴたち反【王国】勢力と敵対しているならば味方かもしれないが、敵の敵、という可能性もある。

(今は様子を見るか)


                  *****


「ディーゴ様、なぜあの時出撃を命じられなかったのです!?」

 帰還し、捕獲したメイクを部屋に閉じ込めた後。予想済みのアゴーの問い。しゃくれた顎を持つむさい顔を近づけてくるため、自然にディーゴの顔はしかめっ面になる。

「あの船の襲撃はもう一回行う。その時こそ、貴様の出番だと考えた。」

「なるほど。これは失礼しました。」

 簡単に納得して一歩下がるアゴー。

(聞き分けが良いのお前の良い所だよ)

 そして、その方がディーゴにとっても扱いやすい。駒として最適だ。

「さて、集まっているな?」

 ディーゴが拾ったのはパロンたちだけではない。ディーゴは以前から雇い入れた傭兵をブリーフィングルームに呼び集めていた。本来はジャミラス・シェイクを捜索する道中で雇い入れた傭兵のようなものだ。

「華やかな仕事を期待しているよ」

 言ったのは、テンガロンハットに皮っぽいジャケットなど珍妙な格好をしているキザっぽい男、ジダン・クロードル。

「やっと出番か。このまま無駄飯食らいも良かったんだがな。」

 テーブルに足を放っぽり出して偉そうに座っている男、ライアン・ベネディクト。

「ヒヒ、獲物は誰かなぁ?」

 下品な口調で話す太めの男、アレックス・アウス。

(改めて気に入らん連中だ)

 雇い入れたのは自分だ。とはいえ、こんな奴らでも我慢せねばならない。

「お前達には先ほど襲撃した船を内部から制圧してもらう。内部にはすでに協力者が入りこんでいる。ジャッカルという。その者と接触し、連携をとれ。接触が成功した後連絡を行え。この艦で制圧援護を行う。」

(もっとも、接触前だろうが後だろうが、貴様らは使い捨てだがな)

 傭兵3人に仕事の説明をし、真意を胸中で呟く。

「GAソプラノを提供しよう。貴様らはそれに搭乗し、各々で船に潜入しろ。支度金はこの通りだ。成功報酬として、この倍額を払う。」

 ブリーフケースを一つ出し、開けて中身の金塊5つを見せる。アレックスは歓喜の声。他二人は無反応であった。

「では頼むぞ、諸君?」



「ライアンとか言ったな?」

「ん?」

 ソプラノへの搭乗前に西部劇をモチーフにしたのだろう珍妙な格好の男、ジダンに声をかけられるライアン。妙な格好をしているが、顔はいい。女には縁がありそうだとライアンは思う。逆にライアンと言えば、長身でモテそうだが、顔に傷跡があり、強面に見える。ライアン自身も気にしている。しかも戦場での傷跡ではないから尚更だ。

「ここは協力をしないか? 俺は正直金には興味ない。興味があるのは奴が捕まえて来た子なんでな。」

「具体的にどういう協力をすればいいんだ?」

「俺は依頼に乗らない。俺の分の金はやるから、仕事をこなしてくれ。作戦中のごたごたで、監禁してる場所からあの子を救い出す。」

(女で仕事をふいにするってか)

 ライアンはあからさまにため息をつく。傭兵稼業をしている理由は単純に金のためだった。ただあまり稼ぎは良くない。仕事の選り好みをしがちだった。雇われたことも好みでバックレることも多かった。

 ライアンの第一印象ではジダンを気に入ることはできなかった。

「悪いがそういうのは一人でやってくれ。でなきゃ、他の奴を抱きこむんだな。」

「あの男が素直に成功報酬をくれるとは思えないぜ? 天性のサディストみたいだしな」

 素直に拒否したライアンを引き止めるつもりか、聞かれちゃマズイことを言い放つ。

 依頼主の人間性を見抜くのも傭兵の密かな資質だ。落日の依頼主に従っても、報酬が無いどころか自分の命すら失う怖れもある。

 今回の依頼主のディーゴは平気で傭兵や部下を切り捨てるタイプだ。ともすれば、いつ見捨てられるか分かったものではない。

「あんなのに従うよりも今から潜入するバールグルトレーダーの奴らに恩を売っといたほうがいいだろ?」

 なるほど、ただ女好きのために提案してきたわけじゃないらしい。誘導するだけの頭もあるようだ。

「どちらにせよ一人でやれよ。俺にも選ぶ権利がある。」

 一応そう言っておき、ソプラノへ乗り込む。チラっとジダンのほうを見ると、彼の姿はすでにない。

「お前も信用できねぇんだよ」

 ライアンは独りごち、ソプラノを発進させた。


                   *****


「よぉ」

 バールグルの交易船が寄港した港でライバー・ガルデンは手を振った。振られたフィシュルは、疲れたように手を上げて返事する。ライバーは隣にフードを目深に被る者と、姉妹らしき二人の少女を連れていた。

「ガキどもは村を出るところを見られちまってな。マサムネの件もあるし、置いてくるわけにもいかなくてよ。」

 謝罪の意味かウィンクしながら頭を下げてくる。とはいえ、そのジェスチャーが悪気を邪推させる。この詐欺師のような男が、見つからないように村を出てくるような殊勝な人間だとは考えていなかった。

 少女2人は美少女と言って差し支えない。ただ年齢的に幼い。10代前半といった顔つきだ。どうやら姉妹らしく、よく似ている。

「で、こいつは古い友人のジャミラス・シェイクだ。事情があって顔を隠しているが、まぁ怪しまないでくれや。」

 フィシュルが視線を移すとフードの男、ジャミラスは会釈する。

「救援要請に対し、お前が来たのは」

「ジャミラスが俺に会いに来たのは偶然だと思ったんだが、都合が良すぎる。お前がゴタゴタに巻き込まれたのも何か運命を感じるぜ。」

 何やら意味深さを含んだ大人の会話に姉妹はチンプンカンプンだ。ジャミラスの方も口出しはしてこない。

「その件だが、プラス・ライトヘッドという者と接触した」

「へぇ、第三機動部隊隊長のアイツか。ますます混沌としてきたな。顎野郎と決着は着いたのかね。」

 やはりか、ライバーはプラスを知っていた。マサムネを保護下にするただ物ではないと思っていた。フィシュルはようやく合点がいった。自分は困ったことに250年前の因縁に巻き込まれてしまったのだ。

「ガルデン参謀、それにシェイク博士」

 ウワサした人物が船から降りて来た。ライバーと同じくらいの背格好で、顔つきもライバーと同じくらいの若さだ。

「よ、久しぶりだな。いや、お前は久しぶりじゃないかもしれないか。お前、俺たちと別れてから何日だ? 何時間だ?」

 プラスにとっては馬鹿々々しい話だった。一体何の話だと。出撃で別れてから1日程度だ。

 ライバーにとっては重要なことだ。プラスに会うのは約5年ぶりもいいところだからだ。


                  *****


「っ!?」

 夢の中で村長に怒鳴りつけられた気がして飛び起きるマサムネ。

(夢か)

 眠たげな目をこすり、ベッドから出る。周りを見ると自室ではないことに気付く。特徴的な消毒薬の臭い、穢れも飾り気も無い白い壁。

(ついに医務室での目覚めか)

 思い出したように頭痛がしてくる。最初に戦ったときよりも自分がボロボロな気がする。

(あれから、どうなったんだ?)

 ディーゴと名乗る者が乗るGAと戦闘し、撃墜された。敵のGAがメイクを掴んだところで意識が途切れている。

(社長かメストさんに会おう)

 だるさが抜けきらない体を起き上がらせてから側においてある普段着に着替えて、医務室を出る。船は動きを停止している。港に停泊しているようだ。

(誰だ?)

 本当に覚えが無い人間が歩いているのを見かける。こんな長身で顔に傷がある男なぞ忘れようも無いはずなのに。長身の男の方もマサムネに気付き、困っているような焦っているような表情だ。

「あー、悪ぃがジャッカルって奴知ってるか?」

 悩んでから、聞いてくる男。

 マサムネは知らない名前であったのだ。フィシュルが尋問している男で、誘拐団の一味だったのだ。そうと知っていれば、男がディーゴの仲間だと気付いて良さそうなものだったのだが。

「船員の誰かかな。ぼくも知り合いを探しているところなので一緒に行きましょうか。」

「お、悪ぃな」

 と一件強面そうな男は快活に笑う。マサムネは、ここで悪い人間ではないと思い込んだ。

 マサムネの自室に近い、中層の船員が寝泊まりするブロックに共にやってきて、思わぬ知り合いと再会する。マサムネの村にいた美少女姉妹のキャフィルとパシフィルである。顔が似ているが、区別のできる双子である。

「え、何で!?」

「やっほ」

 肌を見せていないおとなしい方がキャフィル。冬が近いのにノースリーブで明るい方がパシフィルである。マサムネにとっては歳が離れているため、妹のような者達であった。パシフィルがマサムネに気付いて手を振っているが、キャフィルは気付いても、すぐに視線を逸らす。

 どこの港に停泊しているかは知らないが、彼女らとバールグルに接点はないし、2人だけで船に入ってくるのも意味不明だ。まさか、と嫌な予感しかしない。

「あと、4、5年くらいだな」

 隣の男が顎をしゃくって言う。何気に失礼な物言いだが、ロリコンではないらしい。

「あの、2人とも、一体どうして?」

「村長に連れてきてもらった!」

「やっぱりぃぃぃぃぃぃ!!」

 サートのパイロットを引き受けたのは、村長から離れたいという気持ちもあった。マサムネも年頃の少年だ。いいように働かされるのも、我慢ならない時がある。

 今は特に会いたくなかった。GAパイロットを引き受け、敗北した。助けた少女をまた攫われてしまった。この情けなさのフルコース状態で、どんな罵声を浴びるやら。

「一体どうすれば」

 村長からの支配からは逃れられないのか。軽く絶望するマサムネを無視して、隣の男はパシフィルと自己紹介している。ライアン、という名前が耳に入ってくるが、あまり関係のないことだ。

 乱暴に船室の扉が開けられ、小柄な男を脇に抱えた太っちょが現れてもだ。

「うおおおお! 金は俺のものだァァァァァ!」

 太っちょは狂乱の様子で船頭の方へと駆けて行った。

 その数秒後に、マサムネの聞き慣れた警報が鳴り響いた。


                 *****


 フィシュルがライバーらとともにブリッジに上がろうとした時、警報が鳴り響いた。

「また来たか!」

 フィシュルが毒づいて、ブリッジに入る。

「社長! レーダー内に敵母艦侵入! まっすぐこちらに向かっています!」

「狙いはサートだろう。黙って渡しても、こちらを始末する気でいる。」

「なるほどな。ジャミラス、プラスと迎撃を頼む。」

 ライバーに言われ、ついて来ていたジャミラスはフードの中で頷き、ブリッジを出ていく。彼のGAがある。ついさっき船倉に運び込んだところだ。

「奴の性格からして、サートのようなGAは手に入れたがるか。社長、いや艦長。こちらも正体を隠しているわけにはいかないんじゃないか?」

 フィシュルとライバーは知らぬ間柄ではない。ライバーはジャミラスほどでないにしろ、バールグルと無関係ではない。

 サートとマサムネは250年前の因縁とは無関係だが、それに巻き込まれている今、フィシュルが無関係な顔をしているわけにはいかなくなった。故に、結審せざるえない。

「これよりメインブリッジへと移行する。全クルーに通達! これより通常航行へと戻る! 各員は通常シフトへ移行せよ!」

 まるで今までが緊急シフトだったような命令を出すフィシュル。艦内に先ほどとは違った警報が鳴り始める。前回のようにブリッジの窓が閉鎖されるだけでなく、ブリッジ部分が下へと下降する。

「全兵装安全装置解除! 外装の強制排除とともに敵母艦への砲撃開始!

シンセサイザー、出航する!」


                 *****


『目標船舶、熱量上昇』

「何だと?」

 コンダクターの誰も居ないブリッジでAIの知らせてきた報告に耳を疑うディーゴ。

「映像を」

 命じるとブリッジ中央に映像が入る。港に停泊している船が突然爆発したような煙を上げ、船があっという間に見えなくなる。

(潜入した奴らが無茶をしたか)

 何らかの工作による爆発を疑う。あるいは事故か。

『目標船舶健在、出力上昇』

「何!?」

 AIの報告に思考がついていかない。予想外のことばかりで、状況が把握できない。なぜ、爆発してから出力上昇するのか。普通は逆であろう。AIの分析能力は完璧だ。誤認は無い。そこまで考えて、正面の煙幕から砲撃が飛んでくる。

『右舷空力ブレード装甲破損。許容範囲。』

 通常商船にコンダクターの装甲にダメージを与えられる装備があるわけがない。

それなのに相手は容易にダメージを与えてきた。この要塞空母が大きく、的がでかくても直撃を受けてすぐ落ちるような脆弱な艦では無い。装甲板のほとんどにGAに使われている当時レアメタルだったものを使っている。

 煙の中から、白い船体の艦が現れる。海を浮いていたはずだが、海面を離れている。馬鹿々々しい話だが、戦闘艦を民間船に偽装されていたのだ。

「くっ、距離を取れ!」

『了解』

 知らない技術体系のGAの存在に加え、戦闘艦の出現。予想外続きで頭がおかしくなりそうだ。あとはGAを奪うだけだと踏んでいた。ジャミラスの捜索以外に欲を掻いたせいだとでも言うのか。

「ディ、ディーゴ様、大変です~!」

「何だ、こんな時に!?」

 珍しく怒気の入った言葉。普段温和なせいで、この怒気の入った声はギャップもあって初見の部下は大体ビビる。

  報告に来たパロンは慣れっこだったのでちょっとビックリしただけで済んだ。

「あのカウボーイ野郎が閉じ込めていた小娘を連れ出しました~!」

「な、何だと!?」

 さらに珍しい裏返った驚愕の声。直後、再び艦に衝撃が走る。

『損傷軽微』

 AIは生真面目に、そして冷静に被害報告を告げていた。


                   *****


「おい! この俺がジャッカル・カンダルッツヲと知っての所業か!? 早く下ろせ、下賎なデブ!」

 小脇に抱えられた目つきの悪い小柄な男が喚く。デブ呼ばわりされたアレックスは船内をトップスピードで走りぬけ、重たげな足運びでドスドスと足音を立てながらの階段上り、甲板に出る。

 アレックスはジャッカルの言う通り下ろした。重い荷物を投げ捨てるかの如く、ジャッカルは捨てられ、傾く甲板を転がっていく。小柄な男は2秒ぐらい転げて起き上がる。

「このジャッキー・カンダルッツヲ様を投げ捨てるとは何事だ!? 内蔵が飛び出るかと思ったでは無いか!?」

 まったく無傷である。血が一滴も流れてはいない。対して、アレックスの方は全力疾走が予想以上に過負荷があったらしく、四つん這い状態で息をしている。

 文句を言おうとしている相手が半死半生な状態であることを不満に思い、イライラと歩み寄るジャッカル。

 その時、交易船の外部装甲が炸裂排除された。アレックスは衝撃で海に落ちていく。ジャッカルは運が良いのか、悪いのか、吹っ飛ばされて艦内の壁に激突した。

「こりゃあ、戻れねぇ、な?」

 アレックスを追ってライアンがやって来たのはその時だ。壁に激突してのびているジャッカルを発見した。交易船は離陸し始めていた。


                 *****


「メストさん、状況、を」

 マサムネが船倉内に入って、メストに状況説明されようとしたが、その様変わりに驚いた。端的にGAが2機増えていた。

 一つはドラム・エアバンガード。円形の盾を備えている。

 一つはベース・ザ・サタン。赤と黒のボディカラーが妙に禍々しい雰囲気を持つ機体だ。

『ドラム・エアバンガード、出る!』

 出撃準備に入っていた盾持ちのGAが、ロングライフルを拾ってから船外へ出ていく。

「マサムネさん!」

 見覚えのある顔を隠した義手の男の側でコンピューターを操作するメストがマサムネに気付く。焦りのある顔は、マサムネのことを心配していたような顔つきではない。

「君がマサムネ君か」

 フードで顔を隠した男が声をかけてくる。

「これから私と、さっき出た機体で敵艦に牽制をかける。君はここで待機しているんだ。」

「あなたは?」

「私の名はジャミラス。合図があるまで待機だ。いいね?」

 簡単に自己紹介した男は、禍々しい機体の魔光晶に入る。マサムネは反論しようと思ったが、優しくも気圧される言い方に言い返しようがなかった。

 それに待機しろと言われれば、がむしゃらに突撃しなくてもいい安堵感もあった。



「ジャミラスさん、アレを!」

 プラスがドラム内で叫ぶ。ドラムはサートと違い、正面180度の視界しかない上にコクピットはかなり狭い。ヴォーカルと同じ通常のコクピットで、レバー操作方式である。ベース・ザ・サタンもそれは同じだ。

 やはりサートのスペースが広すぎるのである。

 彼ら二機がシンセサイザーを出るとコンダクターから黄金色のGAが出てくる。発進したのではなく、無理矢理出てきたような印象を受ける。黄金色のGAは姿勢制御するように背部スラスターと脚部のホバリングで海面に着水、ホバー走行で海を走る。

「あのハデなGA、陸戦機だってのか!? 博士、一体アレは!?」

「恐らく、例のサート同じく最近作られたGAでしょうね。私が確立した設計体系とはあまりに違いすぎます」

 プラスの問いに冷静な分析をする。とはいえ、胸中では時代の流れのギャップに驚いていた。ジャミラス自身はまったくの違和感なしに250年の時をすっ飛ばして来たのだから。

(【神の審判】が引き金になったとはいえあの場に居た全てのGAとパイロットがどこかに飛ばされた。どこかに捨てられたGAを参考にしても、一から試作機を作るのは容易ではなかったはず。私ですら、ライバーの紹介であの機体を参考にしてもすぐに試作機を完成させることはできなかった。だがあのようなGAがあそこにある以上、認めなければならない。250年という月日で、当時の『王国』の技術レベルを埋め、なおかつそれを先んじようとしている!)

 ジャミラスは自問自答する。その上で心に火が点き始めていた。

(【神の審判】の決着をつける。私の未来はそれを乗り越えてからだ)

 コクピット内でもフードを被っていなければ怪しまれたであろう。それだけニヤニヤが止まらない。このGAベース・ザ・サタンを始めとしてGAを開発とした者として純粋に技術闘争心に火が点いた。

 だから、黄金色のGAを追って現れたヴォーカルを目にしても気負いがまったくなかった。

「ディーゴ、ベリーツ!」

『ベース・ザ・サタン、ジャミラス・シェイク!!』

 通信モニターは開かれていない。何度か戦った相手で、周波数はわかっているが直接話すほどでもない。

 だが、それでもジャミラスはディーゴから受けた怒りや憎しみを晴らさなければならない。

 今まで目深に被っていたフードを脱ぐ。コクピット内の暗さのためか、少々くすんだ色に見える銀髪。そして、絶対に250歳以上では無い20代後半の男性の顔。端正に整った顔をした美形の男が現れた。

「プラス君、君はコンダクターに牽制を! ヴォーカルの相手は私がする!」

 プラスにはその言葉がいつものジャミラスではないと直感させた。拒否権が発生しない、ジャミラスらしくない命令口調のようなもの。プラスは従うほかはなく、シンセサイザーの甲板にドラムを降ろす。

 GAベース・ザ・サタン。ジャミラス・シェイクにより作られた全てのGAの中での一番最初の試作GA。全体的に黒いカラーリングの上に、近接戦闘武器は鎌というまるで死神のような風貌の機体。そしてドラムと同じく、頭部は人間くさい。つまり、二つの目があるのだ。

「ディーゴ、250年の時を経てもまだ野望は尽きないか!」

 死神の鎌の払いがヴォーカルの右腕の光にぶつかる。今回のヴォーカルの右腕の銃口には光が伸び、ナイフ状に固形化していた。

『250年? あの時から私は1年とたっていない! 貴様をずっと探していた。貴様もあの時のリュートの爆発で時間移動をしているに違いないと踏んだぁ!!』

「私を見つけて、今度は確実に倒すとでも言うのか!」

『貴様を倒さねば、我々は【王国】を炎に包んだ意味が無い! 全ては貴様がガーディアンアーマーという武力をちらつかせたせいだということを忘れるな! それで貴様は国を失い、主を失い、愛する者すら失ったのだ!!』

「仕掛けた貴様の言うことかぁぁぁぁぁぁ!!」

 口論の間中、鎌と小剣が何度も交わる。

「いいだろう。私はお前を倒す。だがそれは無き【王国】のためではない!」

『何!?』

「ガーディアンアーマーの力から逃げはしない。私はこの傷つける力をこれからの人類のための力に昇華させる! そのためにもまずお前を倒す! ガーディアンアーマーで不必要な力まで求めるお前を!」

『今さら、そんな綺麗事かぁっ!!』

 幾度目かの交差。ディーゴはジャミラスに釘付けになっている。コンダクターはシンセサイザーから距離を取っていて、弾幕も薄い。

「マサムネ君、今だ! コンダクターに飛び込め!」

 ジャミラスは、サートが敗れた経緯を把握していた。ディーゴが攫った人物の身の上は分からないが、サートの技術に希望を見出したジャミラスは、作戦を思いついた。サートのスピードでコンダクターに強襲をかけるものだ。

 ジャミラスの合図に従い、白い機体が一直線にコンダクターへ飛ぶ。

 だが、サートは墜落する。運の悪いことに砲撃を飛行ユニットに食らい、糸の切れた人形のように海に落ちようとしていた。

「くそ!」

 ジャミラスは毒づいて、サートを救うことを優先し、ヴォーカルから離れた。ディーゴとの決着はいつでも着けられる、という余裕からではない。単純に思い付きとはいえ、信じた人間の命を危険にさらした自己責任感からだ。

 サートを撃ったのはコンダクターではない。あの艦から脱出した陸戦GAだった。スナイパーライフルのような、ドラムのロングライフルよりも長い砲身を構えていた。

 ジャミラスがサートを拾っていると、ヴォーカルは追撃することなくコンダクターへ帰還し、退いた。足の遅いコンダクターでシンセサイザーを振り切る事は容易ではない。

 しかし、シンセサイザーの方も今まで貨物船のフリをして動いていたために無理ができない。お互い、態勢を立て直すために戦闘は終了した。



 帰還後の船倉、いやもはや格納庫で、ジャミラスは率先してマサムネを引きずり出した。結局、救出を手伝ってやれなかった。

「すまない。余計なことをしてしまったようだ。」

「いえ、ありがとうございます」

 ジャミラスはフードを被り直している。肩を貸した彼に、マサムネは荒い息をしながら答えた。連戦による体力の限界だろう。身体に力が入ってないことが、肩を貸していて分かる。

 船外シャッターが閉まる前に、金色のGAが乗り込んでくる。間近で見て分かるが、このGAに魔光晶コクピットシステムを採用していない。動力に魔光晶を使っていないのだ。折り畳み式の携行武器を備えており、射撃タイプのGAであることは分かる。

 GAの頭部の後ろ側から降りて来た全身皮製品の男は、ジャミラスたちを見ると、被っていたテンガロンハットを脱いで一礼する。

「撃墜の件は謝っておこう」

 謝ると言いつつも、表情に悪びれたところは一切ない。

「俺はジダン・クロードル。そこのGAで今にも格納庫に突撃しそうだったんで狙撃させてもらった。ディーゴに捕まっていた女の子を助けようとしていたが、かなりの抵抗を受けてしまってね。彼女を格納庫に置き去りにしてしまったのだ。」

 言い訳は理解できる。しかし気取った物言いは、ジャミラスよりもプラスがイライラし始めた。

「そちらにも事情があったんだろうが、理解してくれるね?」

 ジダンは涼しい顔で言い放つ。その物言いが気に入らなかったのか、プラスはジダンに物申すべく突っかかろうとして、後ろから膝カックンを仕掛けられ、バランスを崩しそうになる。水を差したのはライバーだ。

「何やってんすかアンタは!?」

「そうカッカするな。ケンカ売る相手を間違えるなよ。」

 上げた熱量をライバーに向けるが、彼は余裕のある対応をしてプラスをかわす。それからライバーはプラスの代わりにジダンの前に出て行く。

「ディーゴについて話を聞きたいんだが、時間をくれるか?」

「いいだろう。あとこの船内にライアン・ベネディクトと、ジャッカルとかいう奴らがいるなら、そいつらも連れてきた方がいい。」

 ライバーの問いにジダンは堂々としたものだ。彼はライバーの案内で格納庫を出ていく。プラスも一言あるのか、2人について行った。

 格納庫には離れたところでコンピューターを操作するメストと、マサムネとジャミラスが残される形になる。

「君のGAは君ほどのダメージは負っていない。サート。いい機体だな。」

 慰めるためにジャミラスは言っているのだろうが、良いことを言われてる気がしない。マサムネは度重なる戦闘で疲弊している。すこし飛んだだけで、息が上がっている状態だ。

「今は君が身体を休めることが重要だ。ただ休めつつ、GAに身体を慣れさせることも忘れてはいけない。ここまで言ったら分かるね?」

 彼は、サートを眺めてからマサムネを見下ろす、相変わらず、表情は見えない。

「私が君を鍛えよう」

 そう言って義体化していない右手を出した。マサムネのほうは断る理由はない。その右手を疑いなく右手で握った。握手する肌の体温は暖かった。

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