少年の戦い

 寒風吹きさぶ小さな村。雪がぱらつき、完全に冬へと突入したのが伺える。

そんな日は、何もない村と来れば住民は家に引きこもる。外に人気はゼロ。

 だというのに、一人の男が家の軒先でボーっと突っ立っている。

「ん?」

 男が気付く。彼の視線の先には、寒村にやってきたフードを目深に被った義手の男。顔つきは見えないが、フードから漏れ出た髪と、背格好、義手に覚えがあった。

「お前」

「どうも。あなたは何を?」

「ちょっと長く会ってない珍しい奴から便りが来て、思いにふけってた」

 彼こそマサムネの村の村長だった。年齢は20代ぐらいに見える。黒髪に怖そうな切れ長の目つき。チンピラに見間違われそうな若者だ。義手の男とは繋がりがありそうに見えないが、2人は知り合いだった。

「入れよ。話があるんだろ。」

「では失礼します」

 ライバー・ガルデンはそう言って、義手の男、ジャミラス・シェイクを家の中に招き入れた。


                *****


「ともあれ言い訳を聞こうか。落とし物すら見つけてこれない言い訳を。」

 今の時代に見慣れない、儀式服のような時代がかかった服を着た男が逃げ出した誘拐団ら3人にやんわりと言う。だが、彼の目の前にいる3人は顔面蒼白で責任転嫁もできずに起きたことを説明するしかなかった。

「なるほど。では、お前たちはロボットに乱入され、ジャッカルを見捨てて逃げ帰ってきた、と。」

 誘拐団のリーダーらしき男は改めて事情をまとめる。だらしない部下に対して、まだ怒りを露わにしない。

「ジャッカルを見捨ててきたのは失敗だったな。彼は頑丈だ。コンテナの扉如きでは死にはしない。ジャッカルから漏れる情報の方が厄介になる。」

 誘拐団のリーダー、パロンは妙な口癖も言えずに冷や汗をかき続ける。

「パロン。君達は運がいい。ただ落とし物を回収してこれなかっただけなら、重りを付けて海に落とすだけだった。だが、君達はロボットに邪魔されたといった。バールグルトレーダー、僥倖だ」

 40代ぐらいの黒髪の男は笑顔を浮かべ、パロンらの無能を許す。処刑の例えが、パロンらを震え上がらせる証拠である。

「で、ではディーゴ様」

「汚名返上の機会を与えてやろう。ガーディアンアーマーを駆り、そのロボットを見つけ出せ。バールグルトレーダーはこの時期西回りで船を出すらしい。太平洋側の列島沿いを飛んでいけば見つけることができるだろう。」

「は、はいっ! お任せを!」

 部下に代わり、何度も頭を下げてから、2人を連れて退室する。

 それからすこしして、長身で顎が目立つ男が入ってくる。ディーゴの腹心、アゴーである。

「当たり、でしょうか」

「それは分からん。分からないこその捨て駒だ。例のロボットがジャミラスのベース・ザ・サタンであれば我々の運も向いてきたということになる。」

 アゴーと呼ばれた長身の男は、残忍な上司の判断に頷くだけであった。パロンたちのような駒はいくらでも確保できるからだった。


                *****


 フィシュルの船が出航して1日がたった。

『フィードバック式とはいえ、何でも自由に動かせるとは思わないで。基本動作以外はプログラミングされた動きしかできないわ。慣れが物を言うわよ。』

 広い船倉内でサートが蛸足のような様々な配線につながれている。どうやっているか理屈は分からないが、サートに乗りながら客観的にシミュレートできている。

(慣れか。なんだろ、この体が覚えているような感覚。)

 既視感がある。動かすたびに蘇るような感覚がある。

 チェックを手伝ってくれるメストの説明を聞きながら、感覚で動作を馴染ませる。一通りチェックをこなしてから休憩。機材を腰掛にスポーツドリンクを飲む。

「ガーディアンアーマーっていうのは一体何なんなの? バールグルが管理しているにしては噂にもなっていなかったはずだけど。」

「私は前の代から管理を引き継いで、このGAを整備していただけ。仕様を把握しているけれど、社長がこれをどうしようとは聞いてないわ。」

 どうやらメストもフィシュルの真意を知らないらしい。本人が聞くしかないと思い席を立つ。

「あ、日が沈むまでにまたシミュレーションテストを1から30までやりますよ」

 彼女はマサムネへ制止の声をかける。

「え、もう1周するの!?」

「基本の繰り返しが大切。言ったでしょう。慣れが必要だと。」

 先生のようなことを言ってくる彼女。年齢はおそらく上だから、どちらかといえばお姉さんみたいなものか。

 観念してサートの胸にある碧の宝玉に入り込む。どういうことか分からないが、マサムネだけがこの宝玉の中に入り込めた。そしてこの宝玉こそ、コクピットである。

『それじゃあ、シミュレーションパターン1から。準備してください。』

「はい」

 今度はメストの説明なしに、感覚で確かめるように動作テストを行っていった。時間を長く感じるような作業の流れ。終了した時はすでに夕暮れ。フィシュルへの質問を棚上げし、精神的に疲労した状態で自室へ戻る。部屋の中にメイクの姿は無い。

(先に食堂行っちゃったかな)

 眺めているだけで癒される女の子の姿がなく、少しがっかりする。お腹も減っているし、いない理由は食事だと思い込む。

 マサムネも食事をするべく、食堂へ向かう。その途上、一つの船室から同じく疲れた顔の大人が現れる。フィシュルだ。

「社長?」

「マサムネか。今日のチェックは終了ということか。」

「ええ」

 自分が疲れた顔をしているのに気付いたか、一瞬だけ顔を逸らす。再びマサムネに向けた表情は、理知的で冷静ないつものフィシュルだった。

「例の誘拐団の一人の尋問をしていた。進展はないがね。」

「仲間に見捨てられた奴ですよね?」

「ああ。あの者も団の中では新参であったらしい。ほとんど『知らん』の一点張りだよ」

「その話、信用できるんですか?」

「演技の気は無い。だが、我が強く、客観的事実を得にくくてな。思った通りに尋問が進まなくなってきた、ということだ」

 フィシュルの説明に聞き入る。尋問一つでこれだけのことを考えなくてはいけないことを知り、改めて自分に学ぶべき部分が多いことや、知らないことの多さを考える。しかし、考えると言えば、聞くべきことがあったことを思い出す。

「そういえば、なぜぼくにサートを動かして欲しいんですか?」

 相手にとって唐突な質問だが、聞くべきタイミングはここしかなかった。しかし、フィシュルの答えが出る前に、船に小さな揺れが走った。


                *****


 ガーディアンアーマー・ソプラノ。申し訳程度の手足がついた、言わばロボット戦闘機である。空戦能力に特化しているためである。ソプラノ3機は編隊を組まず、フィシュルの船に向かって腕から発砲する。機銃は、機体が揺れて狙いがぶれる。船を逸れて、海に弾が吸い込まれていく。だが数撃ちゃ当たる。船体に当たる命中弾もあった。

「ポポ、このまま我に続けぇ~」

 パロン、その弟ショータ、そしてサマグチら誘拐団3人はソプラノを駆り、フィシュルの船へ強襲する。


                *****


「飛行物体の確認は取れたか!?」

 船の艦橋では大声が響く。

「これは戦闘機ではありません! 手足がついています!」

「ガーディアンアーマーということか! 社長は!?」

 双眼鏡を覗いていた観測手の報告に、船員たちがどよめく。話を聞かされていたとはいえ、攻撃行動を取ってくる機体を見るのは初めてだったからだ。判断できる人間がすぐに欲しかった。

「待たせた!」

 フィシュルが勢い込んで艦橋に入ってくる。船員たちが安堵すると共に、緊張も走る。この船は一応商船だ。現在、最小限に防衛戦闘ができるのみとなっている。

「緊急戦闘態勢に移行! 全クルーに通達、第一種戦闘配備!」

「了解! ブリッジ戦闘態勢へ! 全クルーに通達。第一種戦闘配備! これは演習ではない!!」

 フィシュルの命令を艦内放送で復唱する通信士。そして、ブリッジの正面窓が閉鎖され、窓代わりに映像モニターで正面が映し出される。

「格納庫へ通達。サートを発進させろ!」

 備え付けの機銃でも応戦はできるだろう。とはいえ、根本的な解決策もある。こちらのガーディアンアーマーで応戦するのだ。そのためにパイロットを欲したのだから。



「サートで出撃する!?」

 船室前でフィシュルと別れる時に船倉へ行くよう指示された。移動してる最中に艦内放送が響き、尋常でない雰囲気に気圧されながらサートの元まで戻って来ると、サートに接続されていた機材は全て切断され、待機状態に入っていた。

 そして今、フィシュルの指示をメストを通して聞かされた。

「相手もガーディアンアーマーだから、サートの実力を試すいい機会ですよ!」

 メストは興奮して言ってくるが、言われる方はいい迷惑だ。

「つまり、ぼくに戦えってことだよね」

 当然、忌避する。あくまで多少動かせるようになっただけだ。初心者であることに変わりない。マサムネは戦いの類をしたことはない。同世代の子がいないのだから喧嘩などしようもない。村長には捻られてばかりだ。

「ええ、今は弾幕を張って何とか迎撃できる状態ですが、この船の戦闘力ではそれが限界なんです。万が一取り付かれてしまえば、無用な死人が出るかもしれません。」

(そんなこと言われてもね)

 それが正直な気持ちだ。戦うためにパイロットを引き受けたわけじゃないし、サートを操れるようになったわけじゃない。確かにシミュレーション作業を退屈だとは思ったが、だからって戦闘をしたいわけじゃない。

『戦わなければ誰か死ぬ』

 知っているような、だが覚えがない声が脳内を過る。頭の中でフラッシュバックする、何かの記憶に冷や汗をかく。何の記憶かと辿ろうとして、焼き付いた何かの姿とメイクの姿が重なった。助けた少女の死体を想像してしまったが、すぐに振り払おうと頭を振る。

『力はある!』

 頭の中の端っこにこびりつく、自分ではない己の声に突き動かされ、マサムネはサートの宝玉の中に飛び込んだ。

 メストはそれを見て、船倉の奥のシャッターを開く。その先は船外だ。

(サート、頼むぞ)

 会ったばかりのはずの機体に願いをかける。この先は海だ。飛ばなければならない。動作シミュレーションで飛行能力はチェックしたが、実際に飛んだわけではない。ぶっつけ本番の飛行になる。

 白いウイングの中にある噴射口から加速エネルギーを生み出す。コンテナを飛び出した時と同じような加速で、今度は船内を飛び出す。今回はびっくりしない。驚くほど冷静に高度を上げていけるのを感じる。

 船の上でサートと違い、ふらふら旋回する3機の敵を目視する。一番遅い機体に向かって、ただのパンチ。その装甲はあっさりへこみ、飛行バランスを崩して落ちていく。あと2つ。

 残りは慌てて機体を立て直し、機関砲を乱射してくる。だが、砲弾はサートの装甲にたいしたダメージも与えられない。とはいえ、距離を取られては突撃も素通りしてしまう。肉薄しても逃げられない武器が必要だ。

(武器は)

 サート自身に火器はない。だが今は無くても、サートの武器はあることをマサムネは知っている。

「来い!」

 サートの右手を出すと、手の中から光が伸びて、剣の形を成す。光がなくなるとそこには金属製に見える両刃の剣があった。機関砲を乱射しながら方向を変えられない敵機の左腕を切り落とし、ボディをキックで吹き飛ばす。残り1つ。

 仲間を相次いで撃墜され、背を向けて逃げ出す敵機。さっきまでよたよた飛んでいたのに、逃げ足は速い。

(逃がさない)

 マサムネは人が変わったほど戦意に溢れていた。マサムネ自身が覚えていない、頭の奥底に眠っていた人格というべきか。とはいえ、無我夢中であったのは確かだった。

「羽ばたけ、赤き翼!」

 サートの動力を為し、コクピットでもある魔光晶まこうしょうは操縦者の想いに応える。サートは昔からマサムネを乗せていた。彼でしか、この機体を動かせない。

「いけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 サートが剣を突き出したまま加速する。剣先から赤い光が噴出し、サート全体を覆っていく。さながら火の鳥になったサートは更に加速をかけて、逃げる敵を切り裂いて、墜落させた。

 初出撃、初実戦で3機撃墜と華々しい戦果を上げたマサムネだったが、船倉への着艦は失敗した。サートは無様に船倉を転げた。まるで疲れ切って倒れたような様子であった。彼自身、限界に達していた。

 シミュレーション作業をしていた時よりも疲労困憊の様子で宝玉から這い出た。

過呼吸状態だった彼だが、自室に戻るだけの体力はあった。


                 *****


 さて、ソプラノで襲撃した誘拐団3人は生きていた。経緯はどうあれ命令遂行は失敗した。縮こまりながら、冷たい床に座り額を擦り付け、泣いて許しを請う。

「ディ、ディーゴ様、何卒お許しを!」

 ディーゴ・ベリーツ。この要塞空母コンダクターを所有する男。集落から追い出されてはみ出し者として強盗まがいの生活を続けていたパロンたちを拾ったご主人様にしては、大物の雰囲気を醸し出している。

「今回お前達を出撃させたのは、例のロボットのデータ収集だ。戦果までは期待していない。全員が生き残るとは、お前たちよほど運を持っているらしい。」

 ディーゴはにこやかだ。パロンたちはこの男の笑顔の意味をよく理解している。

 余興と言って、首吊りや四肢損壊の処刑を眺めて楽しんでいる時の顔と一緒だ。

 最悪のサディスティックな男。彼は破壊されたが、回収できたソプラノのデータを眺めて、白いGAを見定める。

「目的の機体ではないが面白い。近接特化の強襲機か。ガーディアンアーマーとしては理想的だ。このフォルム、ジャミラス・シェイクの作ったものではないな。一体どこの機体だ?」

 パロンたちソプラノが捉えたサートの映像を繰り返し見ながらディーゴは呟く。何かを考えた様子をした後、笑顔がなくなる。こんな時は大抵何かを企んだ時だとパロンは理解している。

「コンダクター発進。ヴォーカルの準備をしろ。」

 ディーゴの命令が飛ぶと、要塞空母は方向転換する。要塞の名の通り、巨大飛行艦船である。本来必要な多数の人員を必要としない。指揮官の命令一つで、柔軟な機能制御を行える全自動艦なのである。

 彼の言うことに従う最強の部下なのだ。腹心であるアゴーすらも、多少使える駒にしか見えていない。


                  *****


 マサムネは自室で目を覚ました。ブラインドの下がった窓を見ると日が差し込んでいる。目をつぶって昨夜のことを思い出そうとするが、サートを操っていた時の記憶が断片的にしか思い出せなかった。起き上がろうとして、自分の体がだるいことに気付く。

(酷いな)

 必要に迫られたとはいえ、一回の戦いで悲鳴を上げる自分の身体に頭が痛くなる。

(もしもこんなことが続いたら僕はどうなる?)

 嫌な想像をして、頭を抱える代わりにベッドに倒れ込む。すると左腕が、何か塊とぶつかる。気になって寝返りを打つと、眼前にメイクの寝顔が現れた。

「ッ!?」

 驚いて起き上がろうとしたが、体がだるかったために力が入らず、バランスを崩してベッドから落ちる。

「んう?」

 この音でメイクが目覚めた。眠気眼でベッドの下を覗き込む彼女。下ではマサムネがひたすら痛がっていた。メイクの視線に気付いた彼は、痛みで声を出せないので手を出して挨拶したのだった。



 たとえ体の具合が悪くても食事は採っておかねばと疲れた体で食堂へ向かう。そういえば、昨日の夜は戦闘で食事していない事を思い出す。朝食まで摂れないという流れだけはないと祈りたいものである。

「マサムネ、空で戦ってたってのは」

 無事に食堂に入り、パンを手にすることができ、それを食することができた。何の変哲もない食事に感動を覚えていると、そんな風にメイクが話してきた。

「そうだよ」

 隠す必要は無い。素直に頷く。

「どうして戦ったの?」

 本当は戦いたくなかった。だが、自分が知らない自分の声に突き動かされた。それを口で説明するのは難しかった。

「あの場であの敵を倒せるのはぼくだけだった。ぼくがやらなければ、誰か死ぬ。後悔しないためにも戦ったんだ」

 突き動かされた思いを言葉にして話す。メイクはパンにバターを塗りたくる手を止め、マサムネの瞳を覗き込むように見ている。その表情はなんとなく寂しそうだった。

 そんな顔を見たくて戦ったのではない。

「ぼくはぼくの知っている人がぼくのせいで死ぬのは嫌だ」

 分かって欲しくて強い口調で言う。本当はメイクのことを織り交ぜて言うべきだったかもしれない。

「私はマサムネが戦って怖い人になるのはイヤ」

 消え入りそうな震えた声でメイクがぽつりと言う。戦いを忌避しているようだ。

「怖い、か。そうだよね、怖いよね。」

 正直な感想を述べる。こうして食事を摂っている間もだるい。また戦闘になるのが怖い。本当に死んでしまうかもしれない。

 それから二人は黙々と食事を摂った。会話はなくなってしまった。そんなところにフィシュルはやってくる。

「どうしたかね、大空の勇者クン」

「妙な渾名を付けないでください」

「いや、今のは思い付きさ」

 フィシュルに気を抜かせるような気遣いをさせるほど、マサムネは疲れた顔をしていたらしい。隣にいたメイクは黙ってトレイを片付け、食堂を出ていってしまう。マサムネは何も言えずにそれを見送る。

「君にはすまないと思っているよ」

 言っている意味が良く分からず、面を食らう。気になって聞こうとするが、フィシュルの言葉が早かった。

「どうやら我々は厄介な相手に目をつけられたようだ。昨晩の敵機はソプラノ。『神の審判』の直前に確認されたことのあるGAだ」

「そんな機体がどうして」

「分からない。相手がどこの者かわからない以上はな。だから休めるうちに休んでおけ。昨日のことがあった以上、お前に頼りたい。」

 気付くべきであったかもしれない。便利な道具を扱えるという事は、それを上手く使えるということで頼られるということを。マサムネは頼られるということに慣れている。今まで村の生活がそうであったからだ。

「ここにサート以外戦えるものはないんですか?」

「あるにはある。が、GA相手だと小回りが利かない。本社へ救援を要請したが、時間がかかるかもしれない。」

 結局、サートしかないわけだ。

 ため息混じりに息を吐いて、マサムネは食事を終えた。



 その日の昼過ぎ、再び警報が鳴った。

「ガーディアンアーマーらしき反応一つ! こちらにまっすぐ向かってきています!」

「望遠映像は出るか」

 フィシュルはまたソプラノか?と思っていたが返ってきた答えは安易な予想を裏切った。

「はい、今――は、速い! 前回のとは段違いのスピードです!」

「モニター出ます!」

 そうしてモニターに出たのが、ソプラノではない見たこともないGA。

頭部に角飾りのようなものがあり、全体的に赤紫色と目立った色をしている。

報告通り1機でしか来ておらず、随伴機を伴っていない。

「敵後方にさらに反応!」

「エネルギー反応からしてあのGAの母艦と思われます!」

(つまりその母艦をも持つ敵が相手ということか)



 今度は衝撃のない警報。横になって体を休めていたマサムネは、少し気が楽になった体を起こす。頼られる以上、サートに乗らなければと船倉へ向かう。

「戦いに行くの?」

 船倉前に辿り着くとメイクが待っていて、呼び止められた。

「ぼくにしかできない」

「死ぬかもしれないのに?」

 楽になったとはいえ、怖さはある。彼女の言う通りだ。しかし、マサムネは想いと裏腹の強気さを出す。村長からの教えだ。 

「ぼくは死ぬとは思わない。確かにすごい辛いだろうけど、また君と一緒に寝たいから、ぼくは行く。」

 精一杯の笑顔を向けて、船倉内へと入る。昨日は転げたサートは、普段の待機状態にあった。どうやって起こしたのだろう。

「それじゃあ、行ってくるよ」

 外のメイクに言って、サートの宝玉に入る。

『敵機は昨日のソプラノとは違うみたいです。気をつけて。』

「わかった」

 話しながら起動チェックに入る。ここらへんは手慣れたものだ。

『あのー、一緒に寝るって、いくらなんでも手が早すぎやしませんか?』

 とはいえ、この質問にはチェックの手を止めざる得なかった。

「いや、そういうことじゃなくて」

 本当に一緒に横になって寝ているだけなのだが、メストは別の誤解をしたらしい。

『ちゃんと体は休ませてくださいね? ホントに』

「さ、サート出撃します!」

 このままではさらに誤解を重ねそうだ。話を切って逃げるように船倉からサートを出した。出撃してすぐ、レーダーと目視で敵機を捉える。昨晩落とした機体とは違う事はすぐ認識できた。昨日の感覚をよく思い出して念じる。すると、何も無いところから剣が現れ、サートの手の中に納まった。

 今回の敵機は船の方に攻撃を仕掛ける気は無いらしい。こちらの出方を伺っているのか、サートを前にして動きを見せない。

『そこのGAと母船、所属と階級を述べよ。私はディーゴ=ベリーツだ。』

 そんな時、相手の方から通信が開かれた。通信モニターには中肉中背、民族服のようなものを着ている。年齢は初老というところだろうか。話し方からして、どこかの軍属なのだろうか。

『母船の艦長、フィシュル・バールグルだ。我々はただの交易の者だ。』


               *****


『母船の艦長、フィシュル=バールグルだ。我々はただの交易の者だ』

(そんなことは知っている)

 ディーゴはGAヴォーカル・ザ・ルシファー内で嘲笑う。彼が意味のない問答をしているのも、相手のGAの分析のためだった。

 ヴォーカルのコクピット内部はサートと違い、レバーやフットペダルのある通常のコクピットである。彼の知らぬところだが、根本的にヴォーカルとサートの技術様式が違うことを示している。

(魔光晶の出力値はこのヴォーカル以上。この数値は異常だな。あの小娘が手元にない今、あれのパイロットは使えるかもしれん。)

『ぼくはマサムネ・クロノス。階級なんて無い!』

 GAのパイロットの方が名乗ってくるが、パイロットとは思えない少年が通信モニターに映り込んでくる。それよりもディーゴは操作レバーの無いコクピットに驚愕した。ここで、ヴォーカルと敵機の違いに気付いた。

(興味深い。日本の企業国家が250年でGA開発に成功した? しかしそれにしてはジャミラスのと技術が違いすぎる。一体これは何だ?)

 サートについてのデータを取っている最中、画面モニターをやたらと拡大している途中で、甲板に出ている人間を見つける。見覚えがあって拡大すると、少女が映し出された。

 メイク・ウィンドだ。パロンに命じて探させていた、船から脱走していた少女だ。

(なんたる僥倖! なんたる運命か。そこにいたか、小娘が!!)

 興味深いGA、そして探していた要素を見つけ狂喜を露わにする。

「昨日は我が部下が礼を失したようだ。こちらは重要な探し物をしているものでね。メイクという少女なのだが」

 あくまで穏便に事を為そうと話す。メイクを確保した後に、GAを撃墜する算段を頭で組み上げる。

『メイクを狙ってGAをけしかけたのか!?』

 相手の少年パイロットは怒声を上げる。警戒させてしまったようだ。

「戦うしかない、という感じだな」

 それはそれで話が早い。

「まぁ、小娘をもらって、そのGAも頂くつもりだったがな!」

 ディーゴは態度を変え、ヴォーカルの手から光弾を撃ちださせた。


                *****


『まぁ、小娘をもらって、そのGAも頂くつもりだったがな!』

 豹変した口調とともに突き出されたヴォーカルの右手から光が打ち出される。

光弾はサートの宝玉に直撃するが、光が吸い込まれた。

『無効化しただと!?』

 相手はこの展開が予想外だったらしい。サートはおろかマサムネも健在。

何が起こったのかマサムネには分からなかったが、攻撃されたことは確か。距離を詰めて反撃に転じるが、剣の一振りはかわされる。

『舐めるな小僧!』

 昨日の戦いとはまったく違う、戦闘慣れした相手との戦いだ。厳しい戦いだが、負けるわけにはいかない。持てる力で食らいつく。光弾に驚きはしたが、目が慣れればなんてことはなかった。回避するのは余裕だ。

 そう思っていた。回避した光弾は後ろにいる船舶に向かう。これではいけない。さらにもっと悪いことに、甲板にメイクがいることに気付いてしまう。

(まずい)

 彼女を守るために戦っている。守ろうとして傷つけては本末転倒だ。マサムネは敵の気を引く方法で迷う内に、光弾をウイングスラスターで受けてしまい、飛行バランスを崩して墜落した。


                *****


 若いパイロットだと思ったが適応力に目を見張る。

 宝玉を貫けば、操縦者保護のための脱出システムによりパイロットが排出される。しかし、その思惑は宝玉の予想外の抵抗力によって失敗した。これではパイロットの生け捕りと、機体の無傷の回収は不可能となった。

 この予想外の出来事に戸惑ったが、それで気が抜けるほど戦いを忘れてはいない。ならばと、無傷の回収案を捨て、行動力を奪っての回収と決めるディーゴ。

 だが、攻撃にもう慣れたのか、上手いことかわされる。何より、剣術が鋭い。危うく手加減して圧倒されそうになるが、一計を案じて狙いを変える。相手に当たりそうで、回避されたら船舶に光弾が当たる射撃だ。

 一歩間違えれば少女が死んでしまうが、その時はこの少年兵に代わりを務めてもらうだけだ。

 敵は狙いに気付いたか、あるいは回避に失敗したか、飛行ユニットに被弾し、墜落する。

「まったく手こずらせたな」

 甲板上に墜落したサートを見て、嘲笑う。ヴォーカルを船の甲板に着地させ、墜落して動かないサートのそばで尻餅をついている少女をヴォーカルの左手で潰さぬよう回収する。初期目的は達成した。あとはサートの回収だが。

「まぁ船は沈んでもらっても構わんか」

 ヴォーカルの手が塞がっていて、サートの回収は不可能だ。最悪、機体が回収できればいい。別に船を海の藻屑にしてしまっても構わない。その手段もは後方から到着している。

「コンダクター、全砲門開け!」

 要塞空母コンダクター。船内に生産工場を備えた都合上、強力な火力をもたない。しかし、民間船を沈めることは造作もないこと。

 コンダクターに砲撃を始めさせようとした時、その砲塔に光の一閃が突き刺さる。

「何!?」

 レーダーに突然現れた反応はヴォーカルにも登録されている反応だった。

 フィシュルの船の後方の空から、白いGAが長大な銃を持ってやってきた。

「ドラム・エアバンガード!!」

 それは、彼の憎むべき敵の名の一つだった。

(ドラムの戦闘力を考えれば、この小僧よりも手こずるのは必至!)

 ディーゴは冷静に状況を分析し、GAの回収を諦める。その中でコンダクターから通信が入る。

『ディーゴ様、出撃許可を!』

 通信モニターで開かれた男はアゴー。アゴーとドラムのパイロットはライバル同士だった。迎撃には適任であった。

「コンダクター後退! 態勢を立て直す!」

 時間をかけてはサートが復活する恐れがある。ならばここは退く判断を下した。

 左手にメイクを持ちながら、コンダクターへと飛び去るヴォーカル。ドラムの追撃は無かった。

(人質がいることに気付いたか? それともあの船と繋がりがあるか?

何にせよ、作戦を立て直す必要がある。)

 ディーゴは次の作戦のための邪悪な笑みを浮かべ、母艦へと帰還するのだった。

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