ガーディアンアーマー戦記

赤王五条

少女と鎧との出会い

むかし、むかし


具体的に言うと旧暦1990年代


なぜか南の海の島々で戦争が起こりました


小さな戦いは少しずつ大きくなっていきました


戦火が地球全土へ広がっていくのはすぐでした


けれどその戦火はとても局地的で限定的な戦いだったために


普通の人たちは戦争をしていることも戦争中であることも知りませんでした


偽りの平和を送り続ける人々は戦火へと急に巻き込まれました


それは地球の劇的な環境の変化という名の戦火でした


旧西暦1999年、ロシアという北の大地で起こった謎の大爆発により


地球は変わり、人類の文明の進歩は止まりました


新種のウィルスの蔓延、地震の多発、海水温度上昇で南極の氷が解け海面上昇による洪水被害


原子力施設のトラブルによる放射能漏れ、そして被爆する土壌


地球は荒廃しました




かつて60億以上もいた人類はごっそり激減しました


とはいえ、全滅したわけではありません


人々は身を寄せ合い、懸命に生き残っていたのです


旧西暦の大事件は誰ともなく『神の審判』と呼ばれるようになりました


『神の審判』からの人類文明の復興―――それはとても果ての無い作業でした


人々が暦を数えるのを忘れるようになるぐらい長く厳しいもの


しかし、人々の生活はこれまでになく平和に満ちていました


生きる上での略奪や争いは抜きにしても、強力な武力を振りかざす国の存在がなかったからです




『神の審判』から2世紀半


集落の中で統率力の強い者が中心となり、ささやかながら他の地方の人々との交易が始まっていた


それは企業国家として成長し、多くの集落をその手におさめるようになった


極東、旧日本国


『神の審判』の後、首都東京はほとんどが水没


今では水が引き、旧首都部がわずかながら水没、新宿湖などと呼ばれるぐらいだが


人々はこの場所を住処とせず、太平洋側の東一帯を住処としていた


そこを治めるのはバールグルトレーダー


フィシュル・バールグルを長とした極東一帯を仕切っている企業国家


そういう勢力下の中の南部、突き出た半島の内陸部の小さな村


これから始まるおはなしはそこに住む少年を中心としたおはなし


                *****


 他の企業国家ではどうか知らないが、ここバールグルトレーダーが治める地域は

作物の収穫時期を見計らってバールグルの本部ビルの周辺で市場が開かれる。

周辺集落は畑でとれた作物を持ち寄り、物々交換あるいは電子マネーで取引を行う。店を出すには場所代金としてバールグルへいくらか支払わなければならないが、微々たるもの、そこで得られる利益は美味しい。

 マサムネ・クロノス少年も村に一台しかないオンボロトラックでバザーにやってきた。獲れた作物を売り、他の作物を買い上げて村に帰らなければ来る冬が越せなくなる。彼の村は安定して生産される落花生のおかげで心配はまったくない。そして、少年がここに生産物を売りに来るのももう3度目。憂いは無かった。

「ぬ、お前か」

 通常は自由通行である門は検問体制が敷かれている。ここで最低限のチェックがされ、違法性のあるものがあれば当然即没収される。

 しかし、マサムネが運転するオンボロの荷台には落花生しか積まれていないので関係の無い話である。検問には数名の警備員と、珍しいことにバールグルトレーダーの社長がいた。

 メガネをかけた理知的な顔つきとはギャップを感じる筋肉質な体つき。そのガタイの良さは、すぐに格闘家へと転向できるかのようである。

 このフィシュル・バールグルとはすでに顔馴染みであった。今マサムネの村を治めている村長と社長は顔見知りで、マサムネがこのバザーで初めて店を出した時は村長とともに彼と面会したことがあったからだ。

「あいもかわらず落花生をよく売る」

「特産品ですからね」

「とっとと行け。お前に注意する事は一つ。ここのところこの国に下衆な誘拐団が入り込んだ。女と間違えられて誘拐させられるなよ」

「へーい」

 他愛のない世間話に苦笑しながら返事をする。少年は我ながら女顔だと思った事はあるが、別に今まで女扱いされたことはない。

 しかし、そのような集団が現れたとは初耳だ。人身売買で交易を行って効率が悪くは無いのだろうかと思うマサムネ。

 只の落花生売りである彼に効率云々で言われたくないだろうが。

 駐車場でトラックを止めると、市場での販売物の運搬用に無料で貸し出されている荷車に荷台の落花生を移す。そしていつも彼の村が陣取る場所へと向かい販売を始める。

 時刻は昼過ぎ。早朝に来れば新鮮な魚を取引できるそうだが、あいにくとマサムネの村は魚介類を貯蔵できるような大型の冷凍庫がない。それに安全に食べられる魚介類となると、この時代では高級品で手が届かない。そういった理由から、朝から取引というのはやっていなかった。

 ここへは一日二日かけて取引に来る集落や中小企業国家が多くいる。彼らが店を出すのも昼ごろからだった。日が落ちるまで取引をし、夜をまたいで帰っていく。中には長期にわたって取引をする者もあるが、それは乾物や保存食を主な取引とする者達だ。マサムネの落花生もそんなものだが、物がモノだけに1日相当数売り払えば十分としている。取引するものの鮮度維持は最重要課題であるものの、未だ貯蔵庫を有する大型トラックは満足に出回っていなかった。日本という島であることのせいで、その中でしか物が流通しない。バールグルトレーダーは冬の間に日本を離れ、海を渡り、多少の交易で成果をあげているらしい。だが、それは企業国家間だけのもので、一般の人々が交流することはほとんどなかった。

「うっわぁー! 何コレ!?」

 山となって詰まれた落花生を見れば、慣れていない者にとっては誰だってそんな表現をして驚愕することだろう。だが、声を上げた少女は目を輝かせている。まるで落花生が初めて見るもののように。

 年のころはマサムネと同じくらいか少し下。動きやすそうなショートパンツとタンクトップのスポーツ少女といったところか。顔は少年から見て綺麗で、例の下衆な誘拐団が目をつけそうな少女だった。

「一つ食べてみる?」

 普段見ない顔であること、同世代の少女とあまり会わないことからサービスを思いついた。

「いいの!?」

 一段と目を輝かせ、嬉しそうに言ってくる。それを見ているとマサムネも自然に笑顔になり、落花生の一つを割ってその中身を少女の小さな手の中に入れてやる。

「へぇぇ。このまま食べれるの?」

「うん」

 パリポリとピーナッツを口に含んでいく少女。普段見るのも珍しいが、小動物のような食べ方をする彼女を少年は見つめてしまっていた。眺めていると今度はフードを目深に被って顔がよく見えない人がやってくる。フードの後ろから長い銀髪が見えるが、それだけでは性別が窺い知れない。

「一袋見繕ってくれないか。払いはクレジットで」

 明らかに人間の手ではない金属か機械か、そんな指で落花生を差し、注文をする。低い声からしてこのフードの人は男である可能性が高い。しかし、商売上そんなことに興味はない。

 少女に気を取られていたマサムネは、気を取り直してカードを受け取る。しっかりクレジット処理してから、落花生を麻袋へ入れる。袋を渡そうとしたとき、相手の金属製の手に気付いた。

「義手ですか、それ」

「ん、ああ。珍しいかな?」

「ええ、そういうことができる医者も技師もぼくの周りにはいませんから」

「だろうね」

 そんな会話を交わしながら落花生がいっぱいに入った麻袋を渡した。

「じゃあ、わたしも一袋!」

 ピーナッツをぱりぽり食べてながら見ていた少女が声を上げる。

「ありがとう」

「えっと、これ!」

 と渡してきたのはカード。ここでは見覚えの無い銀色のカードだった。

(どこかのお金持ちのお嬢さんなのかな?)

 個人でカードを持つ者はたいがい資産家だ。さっきのフードの人もそうだが、格好からして、まったくそうは見えない。支払いを済ませ落花生を袋に入れていると、すでにフードの人の姿は市場のどこにもなかった。不思議な思いで少女に袋を渡す。

「それじゃね!」

 人懐っこいような快活な笑顔で言われ、マサムネも自然に顔がほころぶ。手を振って去っていく少女。マサムネも手を振って彼女を見送る。

(ウチの村、同い年の子いないもんなぁ)

 村にはマサムネと同い年の子供がいない。上は年配だけだし、下は初潮がやっと来たような小さな子ばかりである。だから今回の出会いは貴重である。そんな風に思っていると少女の姿ももはやどこにもない。

(風のような出会いと別れだったなぁ)



 いつものことだが落花生は売れ残る。とはいえ、今回は半分以上も売り払うことができた。そこで得たクレジットで消耗品や薬、食料を買い揃えて再びトラックの荷台に積む。そのころにはすでに日も落ち夜に。市街地の電灯は最低限しかついておらず、駐車場は真っ暗闇となる。その状態での運転は危険であるので荷台に寝袋を設置して夜を明かす。この日は晴れのおかげで夜空は星で輝いていた。夜空を眺めながらウトウトし、就寝。

 と思いきや、何か物音が響いてきて目が覚める。起き上がると冷たい空気が全身を包む。

(何の音だ・・・?)

 物音に耳を澄ましながら、寒さを凌げる上着を羽織る。響く音は何かを叩いているような鈍い音。暗闇に目を凝らし、音の正体を探ろうと辺りを見回す。するといきなりエンジン音が鳴り響く。奥にあった車が動き出していた。車は前部ライトをつけてゆっくり発進する。駐車場を出て行くとき、ゆっくりとマサムネとすれ違う。前部座席の中に大小2人の男、後部座席に少女が口にガムテープを張られ、拘束状態で転がっているのが見え、その少女と目があった。助けを求める潤んだ瞳。

 それ以前に顔に見覚えがあった。あの顔はお嬢様らしい美少女の顔。

 マサムネは通り過ぎていく車に振り返る。車は街の出口へと向かっている。

「よし」

 彼はその時まったく後先を考えていなかった。オンボロトラックをこの夜中に発進させ、少女を乗せた車を追っていった。ちなみにこのトラックはライトが壊れているので点かない。また、道路もほぼ舗装が剥がれている状態であぜ道も同然。揺れるトラックを制御するも荷台までは気にも留めていなかった。いくつかの荷物が消えているという荷台の惨状に気付いたのは誘拐車に追いついた時。

 後悔しても後の祭りであった。とはいえ目的の少女のためには仕方ない犠牲ということにした。後で村長に滅茶苦茶怒られることは確実だ。

 誘拐犯の男2人は車から降りて、拘束した少女を運んで闇の中を進む。マサムネはスキを伺うためにそれを尾行する。なにかの倉庫が並ぶ所を進んでいると独特の匂いが漂ってくる。潮の匂い。場所は町の近くにある漁港なのだろう。

(誘拐した子を連れて、海から逃げるってことか!)

 男2人は停泊している中型船へと近づいていく。そこにはかなり明るめの電灯が点いているため様子がわかりやすかった。船の近くには大きな白いコンテナを積んだトラックがあり、そこにも太めな男と目つきの悪い男の2人がいた。

(村長といい勝負の悪さだな・・・)

 マサムネよりも年上で目つきの悪い村長のことを思い出す。このままなにもできずに戻ったら、何気に強い腕っ節で全身極められたあげく、この世とも思えない罵声を浴びることになるのが想像できる。

 その拷問から少しでも逃れるためにはなんとしても誘拐犯から少女を救出しなければならない。

 彼はそっと遠回りをしてコンテナ車に近づけるように裏へまわる。気付かれぬよう、コンテナ車の後部へと体を潜ませ、男達の会話に耳を澄ます。

「ポポポォ~、これで土産は十分だ~!」

 奇声を発する太めの男。

「パロン様、その後ろの車は?」

 誘拐犯の大きい方・・・とはいえ、マサムネと同じくらいの背で顔がやせた男が太めの男に聞く。

「近くで休憩していた運転手が乗ってたやつをそのまま拝借した。男たるもの、つねに大物を頂くものよ。グハハー!!」

 高笑いをあげる目つきの悪いほう。

「じゃあさっさと逃げようぜぇ~」

 小柄な男・・・というよりマサムネより小さい少年のような男のほうが男とは思えない高い声を発している。例の誘拐団とはこの4人のことだろう。悪人面というわけではないが、一癖二癖ありそうな連中だった。

(4対1、このままじゃ勝ち目がないぞ)

 常識的に考えて正面からでは勝てない。相手がとんでもなく弱いなら話は別だが。考えていると白いコンテナが目に入る。視線が誘導されるコンテナの様子を見る。コンテナは簡単なロックで閉じられているだけで何も鍵は無い。そっと開こうとするが、金属のこすれあう音が響いてしまう。

「ひゃっ!?」

 甲高い声が聞こえる。突然の物音に驚いたか。ここからでは様子を窺うことはできない。

「誰かいるのか!?」

 目つきの悪い男の声が聞こえる。返事をするわけにはいかない。意を決して一気にコンテナを開けて中の闇へと滑り込んだ。

「ちっ、どこの誰だまったく・・・コンテナが開いてやがる!」

「ポポォ~!? オバケの仕業だ~!」

「幽霊がコンテナなんて開けるか離れ目野郎! 俺らの上前をはねようたぁドコのドイツだ!?」

「バーカはお前だよ。新入りの癖に生意気なんだよー!」

「はっ、このポー野郎にリーダーなんて務まるか! この車だって奪う時は俺の手がなけりゃダメだったんだぜ!」

 マサムネは闇の中で声だけを聞いていた。まだ見つかってはいない。いつのまにか周囲のコンテナ内壁が見えていた。傾いた状態であるが、床と足の裏が吸いつくように、多少バランス感覚がおかしくなりながらも立てる。不思議に思いつつ振り返ると、自分が入ってきたコンテナの外が伺える。

「何だここ?」

 声を発すると、それに応じるように心臓の音のように機械音が脈動し始める。

正面に小さい文字が浮き上がる。アルファベットで文字が並べられていく。

「コン、ディション? パワー、シリ、うん?」

 文字をなんとなく読み、理解しようとするも流れていく文字のほうが早い。村の教育では英語は教養のようなものだ。なんとなく分かる程度でしかない。しかし、最後に日本語の文字が表示される。

『ガーディアンアーマー サート』

「ガーディアンアーマー・・・?」

 見慣れない単語であった。

(いや、聞き覚えがある?)

 覚えがないはずなのに覚えがある気がする。何か喉にひっかかった気持ちの悪い感覚。表示が終了すると、コンテナの扉の外に目つき悪い男が見えた。

「まさか」

 自分が何かに乗っていて、それを通してあの男を見ている、という考えに至る。

「やってみるか」

(このコンテナを出る)

 マサムネは一度深呼吸して、その場で右足だけを足踏みした。



 ガーディアンアーマー・サート。GAサート。

 白いロボットはコンテナから解放されるように、飛び出した。全長は6メートルから7メートルといったほど。しっかりと手足が付いた人型のロボットだ。背中には羽を思わせるウイングがあった。

 サートが飛び出した衝撃で、まず目つきの悪い男は吹っ飛ばされた。コンテナが半ば破られた形だったので、吹っ飛んだ扉に他の3人も巻き込まれた。

 このいきなりの出来事に驚愕した3人は尻餅をつく。

「ア、アニキ」

 高音の声の小男が震えた声を出す。彼らにとっても、GAは見慣れぬものであった。

「て、撤収ー!!」

 急いで逃げる、それしかなかった。目つきの悪い新入りも誘拐した少女も置いて、3人は停泊していた中型船に乗り込んで波止場を離れていく。一目散に彼らは沖へと離れていくのだった。



 ゆっくりと正面の視界が広がったと思ったら、一瞬で切り替わる。道路でコケたような移り変わり方だ。視界に酔って、マサムネは膝を着いた。

 衝撃こそないが視界の急転で喉元にまで気持ちの悪さがやってきて口を押える。我慢して飲み込む。気持ちの悪さは続くが我慢するほかは無い。

 ゆっくりと立ち上がると、少し高めの視界に変化していく。

(これ何かの乗り物か? ガーディアンアーマーっていうのの中なんだ。)

 『なんとなく』状況が納得できるような気がした。とはいえ、理解を超えた状況なので、あくまで、『なんとなく』だ。

(さっき踏み込みすぎたかな)

 さっき立ち上がると共に、追従した。コンテナを出る時は、気持ちに勢いが付き過ぎていたのだと思い、今度は慎重に右足を出す。すると、歩くように周囲の視界も微かに動いた。

(歩いた?)

 実感して、握り拳。目の前で、巨大な拳が握ったり開いたりしている。こうなれば、感覚的に動かせる。その場で足踏みしたり、腕を伸ばしてみたり。

 直感的に操作を把握して、我に返る。

(いけない。これが目的じゃない!)

「でもどうやって出れば」

 そもそもどうやって乗ったか把握していない。車はレバーを引けばドアが開く。この乗り物はレバーらしきものは存在していない。どう出るのか、そもそもこんなに隙間なく密閉されていて、よく呼吸できているなと不思議に思う。

 そんな風に考えていると、目の前に何らかの表示が出て、再び視界が急転する。

「って」

 彼は一瞬の内に外に出ていた。振り返ると、棒立ちになった白い人型ロボットの姿が目に入る。これがガーディアンアーマー、サートだったのだ。胸に緑色の玉が見えている。今までそこに乗っていたというところだろうか。

 ともかく、最初の目的を果たさなければならない。トレーラーの後部座席にいる女の子を助けなければならない。マサムネは車のドアを開こうとした時、別方面から声を掛けられる。

「動くな!」

 男の声に驚くのも束の間、振り返ったマサムネはあっという間に右腕を捻られていた。少なくても、その相手が誰かと確認しようとする。

「って社長?」

 相手の男はフィシュル・バールグルの見慣れた顔であった。彼の後ろには武装した者達もいた。

「お前、こんなところで何をやっている」

「いや、誘拐団を見かけて」

 極めて正当な理由を説明する。信じるに足るかどうかは相手が判断することだ。あいにくと誘拐団は逃走してしまっている。残っているのは気絶している男一人だ。暗がりで分からなかったが、置いてけぼりの男は随分小柄に見える。

「すこし、聞くことがある」

 社長はそう言って、拘束を解き、後ろの者たちに指示をし始めた。



 それからマサムネはフィシュルの車に乗せられ、バールグルのビルへと移送された。彼らがここへやってくる際、マサムネがトラックから落とした荷物が追跡の役に立ったそうだ。移動中、そのことの心配を言っておくと、マサムネの車は明日朝一番に村に届けておくということになった。またその際には、欠落した荷物をできるだけ補充してとのことだった。

 なぜそこまでするのかを聞くと、

「誘拐団に仕事をさせなかった礼だ」

 と、笑って言った。これでなんとか、帰っても村長にどやされずに済む。

「ただし、お前の乗ったロボット、ガーディアンアーマーはウチの極秘の品だ。

それを何も知らない子供に見られたのだから、手を打たねばならないだろう?」

 真顔で説明するフィシュルの目に何も曇りは無い。冗談でも虚言でもない気がして、マサムネは乾いた笑いを喉から搾り出すしかなかった。

 その後、真夜中の会社ビルへと行き、仮眠室に通されて睡眠を促されたものの眠る事はできなかった。ベッドで何十回も寝返りを打ち、やっと眠れたと思いきやすぐに起こされてしまう。

 日がかなり昇っているのが窓の外から見えた。多少は熟睡できたらしいが、やはり眠った気はしない。起こしに来た従業員に言われるままに従ってついていくマサムネ。なぜか上に上るのではなく、地下へと降りてゆくエレベーター。

 そうして着いた場所はやたら天井が高く、奥行きがとんでもなく広い空間だった。地下港のような場所で、白い大きな船が浮かべてある。ゆうべ港で見た中型船よりもはるかに大きい大型船だ。

 近くにはあのサートもあり、周りに何人もの人が動いている。

「その様子ではあまり眠れなかったようだな?」

「そりゃあ」

 当然のようにそこにいるフィシュル。マサムネを引っ張ってきた従業員はフィシュルに一礼してエレベーターに戻り、上っていった。

「では君の今後について、あのGAも絡ませて話していこうか」

「今後ですか? ひょっとするともう村には戻れないとか」

「そんなことはない。ただ一つ、条件を飲んでくれれば村に戻るぐらいの自由を提供させてあげよう」

「条件?」

 これから冬に備え、村の大事な人手として働かなければならない。自分が居ないだけで村が困ることもあろう。それができるならどんな条件でも飲める気がする。

「ガーディアンアーマー・サートのパイロットをやって欲しい。それが条件だ」

「えぇ?」

 思ったよりも簡単な条件なので驚くマサムネ。もっと面倒なことだと思ったのだ。

(無理難題を押し付けてくるのは村長ぐらいなもんか)

 本人の前では口に出すことはできない。

「あのー、もしかして無期限・・・とか?」

「とりあえず、冬の間だ。君の心配する村のことならば問題は無い。すでにガルデン村長には連絡がいっているし、彼も二つ返事で承諾してくれた」

(手回し済んでたのか。それにしても村長、いくらもらったんだろ。)

 いい大人の癖に食って寝て、たまに暴れる生活をする村長のことを思い出す。何より自分で働くのが嫌いな人間なので、マサムネという貴重な馬車馬をタダで手放すとは到底思えない。

「引き受けてくれるかな?」

「まぁ、ちょっと動かした程度の素人で良ければですけど」

「素人、ね」

 何か含みのある物言いをしてくる。確かに昨夜、経験があるとはいえ、それが役に立つものなのだろうか。本当に飛び出して、歩いただけである。

「まぁいい。今後の君の扱いについて説明をしておこう。」

 と、フィシュルが言っている後ろから、作業員たちとは違う足音で駆けてくる音がする。後ろ側を覗くと、見覚えのある姿がこちらに近づいて来ていた。

「また会ったね!」

 市場で会った少女、そして昨日誘拐されそうになっていた少女が風のように現れ、フィシュルの前に躍り出た。マサムネの息がかかるまで近づいてきて、彼女は言った。さすがに驚いて、マサムネは後退りする。

「彼女は、私達が保護した。だが身元がさっぱりわからなくてな。」

 フィシュルが説明するが、少女は言葉を遮り、マサムネの顔を覗き込むようにさらに顔を近づけてくる。

「あなたが私を助けてくれたんでしょう?」

「え? そ、そうなるの、かな」

 結果的にそうなった。本当は助け出そうとして止められたのだが、さほど変わらないだろう。

「そうだよね!」

 マサムネの同意に、彼女は笑顔を浮かべる。マサムネの知らない、おそらく同世代くらいの可愛らしい笑顔だ。目の前で、女の子の香りがマサムネの鼻腔をくすぐる。同時に、心臓がどきどきする。

「わたしねぇ、メイク」

 そこでようやく彼女の名前が発覚する。自己紹介されたら、紹介し返すのが礼儀だ。

「ぼくはマサムネ。マサムネ・クロノス。よろしくね」

 うっかり慣れのせいで営業スマイルを浮かべてしまったマサムネ。それに気がついて普通の笑いに戻そうと思うが、上手くはいかなかった。

「兎に角、君達は冬の間この船に乗船してもらう。航路は西回りで」

「うぉぉぉぉぉ!? ここはどこだぁぁぁぁぁぁ!?」

 若い二人に水を差すため、咳払いしてフィシュルの話をする。しかし、さらにそれを遮って響き渡る声。どこかで聞いたことのある声で、この空間中に響き渡った。

「頼むから私に最後まで話をさせてくれ」

 切実な願いだったが、皮肉にもこれだけは最後まで話すことができてしまった。



「あのさ、どうやって来たかもわからないの?」

 言われるまま乗船し、部屋へと案内されたあと、隣のメイクに聞く。運が良いのか悪いのか、彼女と相部屋だそうな。この質問で即答されるとしたら、それは彼女が記憶喪失か何か理由があって知らないフリをしなければならない事情があるということになる。

 彼女はそんな事情をかかえてるとは思えなかったが、密着するぐらいマサムネの隣に座りたがるので、彼は少女に惑わされてしまっている。

「大きな船で来たよ。この船と同じかもっと大きいくらいの。」

「この船くらい大きなって」

 この船はフィシュルの先代からある由緒正しい船舶だそうだ。ということは前の世代の時から大型船を製作できる余裕がすでにあったということだろう。ならば、他の国にもそういう船があってもおかしくはないかもしれない。

「それじゃあ、君の生まれた所はどんな所?」

「とてもいい風があるところ。耳を澄ませば、風と森のざわめきがおしゃべりに聞こえる・・・そんな所。マサムネの生まれたところはどんな所?」

 風。いい風がある場所。生憎と聞いたことがない。森林地帯ならなおさらだ。日本は森よりも荒地と廃墟ビル街が多い。

「僕の生まれたところはこの近く。ちょっと山の中でね。ここから歩くと2,3日はかかっちゃうな。君が買ったみたいに落花生が多く採れるし、そのために畑を耕すんだ。水はけが悪いからお米とか作れないって、村長がよく愚痴ってたよ」

「ソンチョウ?」

 「村にいるこわ~い人。目つきがこ~んなになってて、暴力的なんだ。かといって反抗すると、倍の反撃をしてくる。」

 顔マネをしてみせて、その凶悪っぷりを表現してみようとするが彼女は笑い出す。あの捻じ曲がったような根性を表したようなツリ目を表現するのは無理のようだ。マサムネも無邪気に笑ってしまう。ようやく営業スマイルが抜けた。

「わたしは森の中にいたからそんなこと」

 ひとしきり笑った後、一瞬寂しそうな顔をして言おうとした時、部屋がノックされた。

「あ、はいー」

 触れてはいけなさそうな話題のような気がして、そのノックに素直に答える。

そして入ってきたのは、知らない女性だった。眼鏡をかけた、汚れたツナギ姿の小柄な女性だ。多分、マサムネと同じくらいだと思われる。セミロングのメイクに対して、彼女は作業に邪魔になるのか団子のように髪をまとめている。

「あの私はサートの入ったコンテナを運んでいたので、今回の事はどうもありがとうございました!」

 いきなり頭を下げられる。確か誘拐団が、直接コンテナトラックを奪ったと言っていた。フィシュルが動いたのは、彼女の車を奪ったせいなのかもしれない。

「え、えーと、つまり、君も昨日の夜、あの場に?」

「そうです! 本当に助かりました・・・。昨日の昼間、旧首都方面から移動で疲れてて、その休憩中、ちょっと目を話した隙に。」

「それはお気の毒に」

「私の名前はメスト・ドアエリア。しばらくの間はサートの調整を手伝うのでこれからよろしくお願いします、マサムネさん。」

「あ、よろしくおねがいします。って、サートに?」

 確かに格好はそれらしい。一件のせいで、少々頼りないように思える。

「はい、明日から基本的な操作方法や各部説明を行いますので楽しみにしてて下さいね」

 ニコリとして言って来るので、釣られて笑顔になる。マサムネ自身、自然な笑顔になれたと思う。

「それでは失礼します!」

 礼儀正しく退室していくメスト。それを見送ってから振り返ると、メイクが退屈そうにベッドの上で膝を抱えて座っている。

「メイクも挨拶しておけばよかったのに」

 マサムネの言葉に彼女は答えずため息をつく。彼女はそのままマサムネの側のベッドに横になってしまう。

「今日はここで一緒に寝るからね」

「はい?」

 なぜかヤケクソじみた苛々した口調で言われ、マサムネは困惑して聞き返す。

ベッドを交換したいのだろうか。

「脱いだ方がいいかな」

(脱ぐだって?)

 彼女はタンクトップを脱ごうとする。慌てて、タンクトップを押えて止める。弾みで、彼女と目が合う。彼女はいつのまにか、マサムネの手を握り返していた。その様子が酷く淫猥に見えた。見てはいないが、彼女の全裸すら妄想してしまう。

 気恥ずかしくて、すぐに手を離し、彼女に背を向けてしまった。

(無邪気そうでいて、異性が分かっているのか?)

 彼女がどんなつもりでマサムネを惑わそうとしたのか分からない。赤面した顔を隠しながら、横目で彼女の方を見る。すると彼女はすでに寝息をたてはじめていた。

 その様子はとても無防備で、彼女の肌をべたべたと触れそうなくらいだった。

(疲れた)

 そういえば寝てないと思い、マサムネも彼女と同じベッドで横になった。村で性教育を受けていないことが仇となった瞬間であった。

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