第52話 手遅れ

 都内の大学に通うKさんは、春休みを利用し実家へと帰宅していた。

別に親孝行といった目的があった訳でもなく、一日中大好きな携帯機のゲームをしながら、食事も洗濯も世話焼きの母親がやってくれるため、それに甘んじての帰省だった。


時刻は午後八時。

お腹が空いたKさんは一旦ゲームを中断し、母親が作り置きしてくれていた夕飯をレンジで温めていた。


父も母もいつも帰りが遅く口うるさい両親がいないため、もう少し一人暮らしに戻るのを遅らせてもいいか、等とKさんが考えていた時。


──ガチャン


「ただいまあ!」


玄関から音がしたと同時に、母親の声が響いてきた。

しかも何か慌てた様子。だが特に意を返す訳でもなく、Kさんはチンし終わった夕飯をテーブルに

運び、椅子に座った。


「お帰り」


Kさんは振り返るわけでもなくボソリと言って食事を口に運ぶ。

母親はそんなKさんの背後をバタバタと忙しそうに通り過ぎ寝室へと向かった。


何をそんなに慌てているのか?


Kさんは気になり母親に声を掛けた。


「ねえ、何かあったの?」


すると寝室から。


「何かじゃないわよ、葬式よ葬式!あんたも用意しなさい!」


苛立つような母親の声が返ってくる。


「ええ?」


Kさんは面倒くさそうにボヤきながら、箸をテーブルに置いて項垂れた。


「今からあ?」


「そうよ、早く用意しなさいってば」


急かす声が再び聞こえてくる。


「まじ面倒くさっ……ねえ誰の葬儀?まさか爺ちゃん?」


座ったまま振り返ると、寝室の襖から母親が顔だけひょっこり出して、Kさんを見て口を開く。


「誰って、私よ私」


そう言うと母親は顔をふっと引っ込めてしまった。


「はあ?」


何を言ってるんだと思い、Kさんが慌てて寝室に向かうと、そこには誰もいなかった。

母親の姿などどこにも……。


その後、寝室の前で唖然とするKさんに父親から連絡があり、母親が帰宅途中に交通事故にあい、亡くなったと、知らされた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る