第51話 見てて、てるよ?

 その日、Aさんは長い単身赴任を終え久々の休日を、家族三人で仲良く朝食を囲んでいた。


奥さんのFさんは器量もよく、夫がいない間も家庭をやりくりし、愚痴一つ言わず夫を献身的に支える良い妻だった。

娘のSさんも、都内の有名な私立高校に通い、頭も良く両親想いの良い一人娘だ。


三人は互いに離れて暮らしていた空白の日々を埋めるように、お互いの話に花を咲かせた。


Sさんが実力テストでこんなにいい点を採ったとか、出張先にこんな面白い場所があった等、会話を楽しみつつ食事を続けていると、不意に娘のSさんがこんな事を言い出した。


「そうそう、パパが帰ってくる前にさ、こっちで凄い騒ぎがあったんだよ」


「騒ぎ?何かあったのか?」


「そうそう!」


Fさんも思い出したかのようにピシャリと両手を叩く。


「凄かったのよ!近隣の人達も見……」


Fさんがそこまで言いかけた時だった。

突如、茜さんの動きがピタリと止まった。


それも不自然に、電池が切れた玩具の様にだ。


「F子?」


どうしたのかと奥さんに声を掛けるが、返事どころか動きすらない。


よく見るとSさんも同じ。

皿に乗った目玉焼きにフォークを刺した状態でピクリともせず、瞬き一つしないまま静止している。


一体何があった?


Aさんはそう思いつつ、これは何かの冗談かとも思えたが、どうもそんな状況にも見えない。


「お、おい、皆どうしちゃ」


Aさんがそこまで言いかけた時だ。


「すごいすごいすごいすごいすごい」


それまで一言も喋らなかったSさんが急に早口言葉のように呟き始めた。


「お、おいS?」


「うえうえうえうえうえうえ」


Fさんも同様にまくし立てるように喋り出す。


「な、何なんだ一体……おいF子!?しっかりしろ!」


隣に座る奥さんの両肩を抱きAさんは激しく揺さぶる。

だがFさんは喋るのを一向にやめようとしない。


「見てる?見てない?見てる?見てる?見てる見てる見てる見てる見てる」


「見てるよ見てるよ見てるよ見てるよ見てるよあっちからこっちからあっちから」


Sさんも繰り返すように口を開く。


「みみ、見て、みててててて、見てて、ててるよ?」


「てて、てる、ててるるよ、て……」


唖然と二人を見回すAさん、最早二人は壊れ掛けたスピーカーの様に意味不明な言葉を繰り返す。


「け、警察!?」


余りの異様さにAさんはハッとして立ち上がり電話機に飛び付いた。


その瞬間。


突然二人の首か有り得ないほどの角度まで曲がったかと思うと、恐怖に驚くAさんをじっと見つめゆっくりと口を開いた。


『ずっと見てる!』


「うわああっ!!」


腹の底から叫び声を挙げ、いても立っても居られずAさんは家を飛び出してしまった。





その後、警察を連れて家に戻ったAさんが見たものは、何事かと心配そうにAさん達を見つめる二人の姿だった。


結局あれは何だったのか、あの一件から数ヶ月が立った今でもよく分からない。

幸いな事に、あれ以来あの様な事は起きていないのが、Aさんにとっては唯一の救いとなっている。


だが、ある日会社の部下に、Aさんはこんな事を聞かされた。


「課長が出張から戻って来る前にちょっとした騒ぎがあったの知ってますか?」


「さ、騒ぎ……?そ、それ何処で?何があったんだ?」


Aさんが慌てて聞き返すと、部下はこう答えた。


「確か課長の家の近くですよ。UFO騒ぎがあったの。ネットのニュースで見たんですけど、課長奥さん達から何も聞いてないんですか?」


話は以上ではあるが、Aさんはずっとあの時の事が未だに忘れられないという。


『ずっと見てる』


あの言葉がずっと、脳裏に焼き付いて離れない、と。

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