第37話 『架道橋の下に潜む者』

これは、友人、Cから聞いた話しだ。


学生時代の友達、Bから連絡があった。


「この前さ、久々にCと会ったんだよ。でさ、久々に3人で会わないか?今度の連休なんてどうだ?」


何かと理由をつけては飲みたがるB。だけど3人一緒にって言うのは久々だった。


私が仕方なしに承諾すると、Bは「よし!」と言って、おそらく電話越しにガッツポーズをとっているであろう。


ふう、と軽く溜息をつきながら、私は通話を切った。


それから何日かして約束の晩、仕切りたがりのBの提案により、私はとある飲み屋へと向かった。


待ち合わせの時間、「よっ!」と、軽快な声で挨拶をしながら、Cが私の前に姿を現した。Bの姿はない。


Bは?とCに聞くと、


「さあ、どうせいつもの遅刻だろ。」


と、Cが呆れつつ言う。しょうがない、と、私とCは一足先に一杯やる事にし、店の中へと入った。


久々の対面を果たした私とCは、互いの近況を語り合い盛り上がってきたところでビールから酒へとシフトしようとしていた、その時、


「悪い悪い!」


Bがやって来た。走ってきたのか、額に汗を滲ませ上着を手に掴んだ格好で、私達の居るテーブル席に駆け寄って来た。


「待った?待ったよな?いやあほんとすまん。近場のパーキングが全滅でさ、仕方ないからちょっと離れたとこだけど路駐してきちゃったよ。」


「お前な~駐禁切られても知らないぞ?」


「大丈夫大丈夫、それよりさ、乾杯しなおそうぜ。俺飲めないけど。」


そう言って近くに居た店員に声を掛けウーロン茶を注文するB。私とCはその様子を見て、首を左右に軽く振ってみせた。


飲み物が届き、仕切りなおしの乾杯。アルコールでもないにのになぜか酔っ払ったようにはしゃぎまわるBをたしなめつつ、私たちは久々の3人での再開を祝った。


話も弾み、宴もたけなわ……といったところで、ふとCが私に向かって、重苦しい面持ちで口を開いた。


「なあK・・・お前、怪談話とか集めるの好きだったよな?」


「どうしたんだ急に?」


「ん?いやあこんな事話しても信じてもらえるかどうか・・・」


「信じるとか信じないとか置いといてさ、酒のさかなになる話なら教えてよ。」


そう言って私は店員に5杯目の日本酒のお代わりを頼んだ。


するとCは私が聞く態勢に入ったのを感じたのか、覚悟を決めたように、ゆっくりと、重い口を開いた。


以下、Cの語り。


実はこの前、大学の仲間の、D、Eと一緒に、この近くにあるっていう心霊スポットに行って来たんだ。


場所の事はよく知らなくてさ、DとEに案内されるまま、俺は目的の心霊スポットに車を飛ばした。


やがて目的地に着き、俺は目の前に見える架道橋(カドウキョウ)の下に、車を停めた。


車を降りて辺りを見渡す。上は線路になっていて、その下はちょっとした四角いトンネルになっているんだけど、まあ雰囲気はあったよ。


街灯もないし、少しスロープになってるから、外の明かりも中にあまり入りこんでこない。夜中一人でここは通りたくないなって感じだった。


だけどそれだけだ。ちょっと歩けば飲み屋街に出るし、暗いのも架道橋の真下くらいだ。


とにかく、行く前に散々DとEには脅されてたんだ、あそこはやばい、かなり危険だ、とかさ。でも正直俺からしてみれば期待はずれでしかなかった。


かなり拍子抜け、そう思ってそうそうに引き上げようとした時、俺の後ろに居たDがボソリと言った。


「ここでこの前人が一人亡くなったんだよ。」


「亡くなったって、ここで誰か死んだのか?」


Dに聞き返そうとした時だった。 


バンッ!と、大きな音がした。すぐに音がした方を振り返った。


車だ。さっき停めた俺の車。今のは窓の音か?そう思い運転席に目をやった時だった。


車の中、運転席の窓の下から、腕がにゅっと飛び出してきた。


突然の出来事に俺は思わず後ずさりしてしまった。すると、それを見てDが突然笑い出す。


「ぷっ、はははは。」


しまった、やられた。そう思ったと同時に、俺は車に視線を戻した。車の中からいつの間に乗り込んだのか、運転席にEが姿を現した。右腕を自分の首を絞めるように掴んで、


わざとらしく苦しむ顔をしている。


「いや悪い悪い、ほんの冗談だって。2~3ヶ月前にさ、記録的な大雨が降っただろ?」


Dが言った。確かに、大雨が降ったのは覚えている。その頃俺は車の事故にあって、しばらく入院していた。


どこどこが浸水した。とか、ちょいちょい物騒な話は聞いていたが、俺はその頃病院からは一歩も出られない状態だったから、あまり覚えていない。


Dが話を続ける。


「あの大雨の日にさ、ここに一台の軽自動車が停まってたんだよ。仕事終わりの会社員だったらしいけど、疲れてたんだろうな。ここに車停めて一休みしてたらしい。ここ、昼間はほとんど人や車も通らないしさ。でも、それがいけなかったんだ。目を覚ました頃には、辺りは水没してて、外からの水圧でドアは開かない。パニックになって携帯で助けを呼んだらしいけど、時既に遅しってやつ。電話を受けた消防機関には、その人が溺れていきながら助けを呼ぶ声が、鮮明に記録されてたんだとよ。」


Dにそこまで聞いて、俺は入院していた時に読んだ新聞に載っていた地方記事の内容を、なんとなく思い出した。


確か死んだのは年配の女性で、死の間際、家族に死を知らせるメールを送ったとか。まさかあの事件の現場がここだったとは。


俺はもう一度辺りを見渡した。両サイドがスロープになっており、溜まった水が真ん中に流れ込んでくる事は、安易に想像できた。


事件後に貼られたのだろうか。落書きだらけの壁には、浸水注意という張り紙が貼られていた。


「丁度ほら、そこに停めてある車のとこに、被害者の車も同じように停まって……E?」


Dの喋り声が止まった。E、Eがどうかしたのか?そう思い、車の座席に居たEの方に目をやった。


Eは苦しそうな顔をしている。だが、先ほどとは何か違う。暗がりに目が慣れてきて、その違いがハッキリとしだした。


Eは、本当に苦しんでいる?先程のわざとらしい演技とは比べ物にならないほど、Eの顔が苦しみの表情を浮かべていた。


口をパクパクとさせ、目が白目を剥きかかっている。素人目に見ても明らかに尋常じゃない。


俺とDは直ぐにEに駆け寄った。Dが素早く車のドアを開けようとる。が、


「な、なんだ!開かないぞ!?おいっC!」


DがEを呼んでいる。開かない?中からロックが?俺は窓から車の中を覗き込む。ロックはされていない。念のため、後部座席のドアに手を伸ばした。


開かない。もう一度窓を覗いて確認してみるが、やはりロックはされていない。俺は急いで車の鍵を取り出し、鍵口に差し込んで回してみるが、ドアが開く気配は全くない。


「くそ!何だよ、何だよこれ!!」


パニックになっているDを余所に、俺はEに視線を移した。次の瞬間、俺はEの姿を見て愕然とした。


Eは目を見開き、とてつもなく息苦しそうに、口を何度もパクパクとさせている。空気を必死に吸い込み、直ぐに吐き出している。


これは……溺れているのか!?


「E待ってろ!くそ!」


Dはそう言って、肘から車に思いっきり体当たりをかました。だが窓はビクリともしない。俺も窓を割れるような物が無いか辺りを見渡したが、何も見つからなかった。


一体なんだこれは?窓の中では、今にも気を失いそうなFが死に物狂いで窓を叩いている。その顔は先程と同じく、水の中で溺れているかのような形相だ。


溺れる……?


俺の中で何かがひっかった。ここで死んだ。溺れて亡くなった。車の中で……


何かが繋がった気がした。


「おいD!車!車押せ!!」


俺はDに向かって叫んだ。


Dは、えっ?なんで!?といった様な顔をしていたが、俺の勢いに気圧されたのか、直ぐに車の後ろに回りこみ、俺と一緒に車を押し始めた。


何も積んでない軽自動車だ。大人二人で押せばなんとかなる。そう思い必死に押した。その時だ。


「わぁぁぁ!」


その声は、俺たちのすぐ目の前から聞こえた。リアガラスからだ。


でもおかしい。Eが乗っているのは運転席だ。それに今の声。明らかに女性の声、年配の・・・嫌な予感がした。俺はDに、


「前見るな!顔上げんな!下を見て、力いっぱい押せ!!」


と、半ば泣き叫ぶように言った。


Dは俺の言いたい事を何となく理解したのか、


「お、おう・・・!」


と、返事を返し、車を押し始めた。


「助けてぇぇ!」


声がする。悲痛な泣き叫ぶ声。そしてリアガラスを


バンッバンッ!!と、叩く音も。聞くたびに寒気がし、身が縮みあがる。だが今はそれどころじゃない。


Eが危ない、助けなければ。その一心で、俺たちは車を必死に押した。


車は見る間に、前へ前へと進んでいった。


すると、さっきまで聞こえていた女の泣き叫ぶような声は消え、窓を叩く音も、いつの間にか止んでいた。


運転席に目をやると、そこにはぐったりとしたE


の姿があった。一瞬やばいと思ったが、Eの肩が僅かに上下している。それを見て、俺は胸を撫で下ろした。


「なあC・・・」


Dが俺を呼ぶ声。振り返ると、Dが何やら先程まで車があった場所の地面を、ジッと見ている。釣られて俺も地面を見た。


「あっ・・・」


愕然とした。そこにはまだ置かれて間もないであろう、花束が置かれていた。もう既に掻き消えている線香の束と一緒に。


俺とDは、お互いに何ともバツの悪い顔を見せると。運転席にいるEに駆け寄った。


ドアに手を伸ばす。ドアはいとも簡単に開いた。気を失っているEを、Dがゆっくりと抱き起こした。次の瞬間、


「一人は嫌だ、誰か一緒にぃぃ・・・!!」


白目を剥いたままのEが、Eの声ではないであろう、不気味な女の声で俺たちに向かって叫んだ。


Cはそこまで語ると。テーブルにあったグラスを手に取り、中身を一気に飲み干した。気が付くと、私のグラスも既に空になっていた。


しかし一つ腑に落ちない事があった。普段なら、こういった場で空気の読めないBが水をさしてくるはずなのだが。さっきから全く反応がない。それどころか、Cと同じ、何やら重苦しい顔をしている。


「どうかしたのか?」


私がそう尋ねると、Bは強張ったような声で言った。


「お、俺がさっき路駐した場所、多分そこなんだけど・・・」


「はぁっ?」


「げっ・・・!」


「た、頼む、今から一緒に」、


「お断りだ!」


「悪いB、俺ももうあそこには……」


「頼むよぉ!!」


「お、お客様、あまり店内で大きな声は……!」


結局この後、件(くだん)の場所に3人で行ったのだが。その話は、またいつか……

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