第34話 「腕枕のおまじない」
これは、私の友人、A子が体験した話です。
A子はシングルマザーで、子供は五歳の女の子が一人。
とても可愛がっており、どんなに仕事で疲れて帰ってきても夜は子どもと一緒に寝るようにしているそうです。
ある日、そんなA子とお茶をしに行った時の事です。
いつもならA子が子供の話に花を咲かせるところなのですが、その日はなぜか浮かない様子でした。
私が何かあった?と聴くとA子は、
「うん……ちょっとB子の事でね」
「Bちゃん?Bちゃんに何かあったの?」
どうも子供の事で何か悩んでいる様子でした。
「うん、あんたさ、子供の頃お母さんといっしょに寝てた時って、お母さんの頭の下とか、枕の下に腕入れたりした事ない?」
A子にそう言われ、私は何となく思い出してみました。
確かに、隣で寝ている母親の首辺りに、腕枕をするように手を入れたりした覚えがありました。
「ああ、あるね。なんでかは分からないけど入れたくなるんだよね。A子も?」
「うん、私もやってた記憶あるんだよ。うちの母さんにも聞いたらしょっちゅうやってたって」
「そうなんだ?アレってけっこう皆やっちゃうもんなのかな」
「どうだろ……でさ、うちの子も最近同じ様な事するのよ」
「へえBちゃんも?可愛いじゃない」
「うん……」
そう返事を返したA子はやはりどこか浮かない様子。
「どうした?」
「笑わない?」
「別に笑わないよ、何?」
「うん……まああんたそういうの慣れてるとこあるしいいか……実はね……」
以下A子の語り。
その日も、私は子供をベットに寝かせると、B子のお気に入りである絵本を読み聞かせた。
いつものように横にいる私の枕の下に両手を入れ、私を腕枕する様な形でB子は私が読む絵本の話に耳を傾けている。
三十分程たった頃だろうか、B子はウトウトとしだし、私はそれ見て可愛いなと思いながら、B子に毛布をかけ直し灯りを消した。
暗闇の中、B子の微かな寝息が聞こえてくる。
安心して私も気が抜けたのか、急激な眠気が襲ってきたのもありそのまま眠りについた。
何時間たっただろうか、私はふと首元に違和感を感じ目を覚ました。
なんだろうと思い目をやると、どうやら枕下に埋もれたB子の腕が、モゾモゾと動いているのだと気が付いた。
「ごめんごめん、腕痛かった?」
そう言って横にいるB子に目を向けると、どうも様子が変だった。
私は急いで頭を上げB子の腕を出してあげようとした。
「だめ!」
「えっ?」
突然のB子の荒らげた声に、私は思わずビクリと肩を震わせた。
「ど、どうしたの?」
「出しちゃダメ……!」
今にも泣きそうなB子の声。
「何が?出しちゃダメって?」
そう聞くと、B子は更に泣きそうな声で、
「出したら連れてかれちゃう……これは連れていかれないためのおまじないなの……」
連れていかれないためのおまじない……?
そう聞いて私は何だか気味悪くなりました。
夜中だったし、母子二人ですから、急にそんな事を言われれば……しかしB子が不安がっているのは確かで、私はとにかくB子を落ち着かせようと、もう一度B子を寝かせる事にしました。
しばらくしてB子の寝息が聞こえてきました。
良かった。何か怖い夢でも見たんだろうな、そう思い安心して、私は一度トイレに行こうとベッドを離れました。
そして用を済ませ、ベッドに戻った時です。
薄明かりの中、ベッドで横たわるB子を見てわたしは安心すると、再びベッドへと潜り込みました。
その瞬間でした。
──ズズッ
何かが引き摺られるような音がしました。
サッと周りを見渡したのですが特に何もありません。
B子は反対の壁の方を向いて寝息を立てています。
気のせいか……そう思い頭をひねりつつ毛布をB子にかけ直そうとした時でした。
──ズズッ
「Bちゃん!」
私は衝動的に叫び声を上げていました。
有り得ない光景を目の当たりにしたからです。
壁の方に投げ出されたB子の両手が、壁とベッドの隙間に吸い込まれるようにして不自然に動いたのです。
私は無我夢中でB子の手を掴みました。
それでもなお、
──ズズッ
凄い力で引っ張られます。
「Bちゃん!!」
私は恐ろしさもあり更に大きな声で叫びました。
すると、
「ママ!!」
B子が目を覚ましました。
泣き叫ぶようなB子の声と同時に、先程まで引っ張られていた力は急に抜け、B子が泣きじゃくりながら私に飛びついてきました。
以上が、A子が体験した話です。
あれ以来A子はその部屋では寝ないようにし、別室を寝室にした上、ベッドも捨てて布団で寝るようにしたそうです。
それ以来、何かに引っ張られる事もなく、Bちゃんもおかしな事は口にしなくなったそうです。
アレが一体何なのか……それは私にもA子にも分かりませんでした。
ですが皆さん、子供って何かしら変なくせがないですか?
脈絡もなく何か突飛な事をしたり、それを儀式的に繰り返したり……もしかしたらそれは、子供だけが知っている、子供にしか理解できない、おまじない、なのかもしれません……。
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