第11話「名もなき神社の災」

 ある日、私は友人のA子と一緒に初詣に出かけた。


向かった先はけっこう大きな神社で、急がないと行列ができてしまうような所だ。


朝方5時には起きて、6時半には出発。


そして8時前には到着。と、ここまでは予定通りだったが、


「うわぁ何これ、無理っぽくない?」


と、神社の境内の前の大行列を見て、A子がぼやくように言った。


確かに、この人の多さでは、確実に後二時間はまたされそうな気がする。


どうやら日が悪かったようだ。


私とA子は、とりあえず並ぶかどうか、それとも別の神社を探すか、どちらか決めあぐねていた。するとA子が、


「ねえねえ、ここ来る前にさ、小さな鳥居の神社があったじゃない?あそこで済ましちゃおうよ」


私は一瞬考えたが、今更並びなおすのも、また、別の神社を探す気にもなれず、しぶしぶA子の妥協案を呑む事にした。


私はA子に連れられてその神社へと向かった。


今いる神社から、少し森の奥へと移動する。


やがて、A子が言っていた小さな鳥居が姿を現した。


おおよそ手入れがされているとは言い難く、印象としては、あまり有り難味もなさそうなとこだなと、私は思った。


ただ、当時の私たちにはあまり神社に関しての知識はなかった為、まあ神様が祭られてて、お賽銭がいれられるなら同じだろう、ぐらいにしか思えなかった。


お賽銭を投げ入れ、鐘を鳴らし、二人で手を合わせる。


目を閉じて、家内安全健康云々と、願っていたその時だった。


「きっきーおちた!おちた!!」


甲高い子供の声?


突如聞こえた声に私とA子は後ろを振り返る。


そこには、よれよれの黄色のセーターを着た、10歳くらいの奇妙な男の子が立っていた。


そしてその子は私たちを見ながら、大きく口を開いて繰り返すように言った。


「きっきーおちた!おちた!!ぎゃははは!おちた!おちた!!」


「何この子……?」


お世辞にも、その男の子は可愛いとは言い難く、ギョロっとした大きな目に、どことなく焦点のあっていない瞳が、不気味な印象を放っていた。


私が唖然としていると、A子が私の袖を掴み引っ張りながら、


「ね、もう行こ」


と、半ば強引にその場から離れた。


私とA子が、その神社から離れる際も、その不気味な男の子は、その場で飛び跳ねながら、


「きっきーおちたおちた!!ぎゃはははは!」


と、喚く様に繰り返し言っていた。


私は気を紛らすようにA子に冗談混じりに言った。


「は、はは、何あの子。あれじゃない?ほら、A子さ、今度会社の面接でしょ?」


「えっ?ちょっと待って、私が落ちるってこと?ちょっ酷くない?」


「あはは、うそうそごめんごめん」


「はは、もう」


やがて普段の調子を取り戻した私たちは、そのままお昼をすませ、午後からは見たかった正月映画を堪能し、それぞれ帰宅した。


その後、A子は無事会社の内定を貰い、春から新社会人へ。私はというと、少し早めのゴールを決めて、晴れて主婦への道を歩む事になった。


それから6年後の大晦日。しばらく疎遠になっていたA子から連絡があった。


「私さ、今度結婚する事になったの、」


久々の旧友との会話、しかも結婚というお祝いもあり、私たちはまた、一緒に初詣に行こうという流れになった。


約束の当日、私とA子は久々の再会を果たした。A子は少し丸くなったようだ。まあ私も人の事は言えず、近頃は毎日ジムに通っている。


私たちはお互いの近況を語りながら神社へと向かった。


駐車場に車を止め、車を降りてから細い林道へと歩いて向かう。


天気も良く風もサラサラとしていて心地良い。


外を出歩くなら正に絶好の日和だと、私はA子に言おうとした、その時、


キッキーー!!


「えっ?」


突然の音に私は振り返ろうとした、がそれよりも早く、私の背中に衝撃が走った。


私の体は横倒しになり、痛みで頭の中が混乱していた。


すると突然、


「す、すみません大丈夫ですか!?」


と叫ぶような男の声が響いた。


私は、はっとしながら上半身を起こすと辺りを見渡した。


自転車だ。サイクリング様の自転車が二台も横たわっていた、そしてそこには自転車用のウェアを着た30代くらいの男性が、必死の形相でこちらの安否を気遣っていた。


どうやら私たちは、転倒した二台の自転車の巻き添えを食らったらしい。


A子……A子!?


直ぐに横を見た。


A子は体を起こし、どこかぐったりとしている。


良かった、意識はあるようだ。だが心なしか様子が変だ。


「もしもし!救急車を、」


自転車の男が携帯で救急車を呼んでいるようだ。


何でこんな事になったのか、私は深いため息をつこうとした、が、その時だ、


「きっきーおちた!おちた!!ぎゃはははは!!」


「えっ……」


甲高い子供の声。ふと6年前の初詣の時の記憶が、私の頭の中で再生された。


あの時の……


声のする方に振り返った。


林道の先、よれよれの黄色いセーターを着た10歳くらいの子供が、そこに立っていた。


目は魚のようにギョロっとしていて、どこか焦点が合っていない。


「きっきーおちたおちた!!ぎゃははははっ!!」


その場で飛び跳ねるようにして、狂ったように喚き散らしている。


まともな子じゃないのは確かだ。だがおかしい、今目の前にいる男の子は、6年前、あの時見た男の子と、なんら変わっていない。


そんなはずはない。10歳くらいの男の子が、6年もたてばかなり成長しているはず。


なのに、その姿、その顔も、なんら変わっていない。まるで6年前の記憶の中から抜け出てきたような。


そんな風に私が驚いていた時だった。


「うそ……うそうそうそ嘘っ!?いや、いやぁっ!?」


突然A子が狂ったように泣き叫び始めた。


「A子?A子!?」


私がA子の名を呼び振り返る。


するとA子の足元には、ゆっくりと真っ赤な血溜まりが広がりつつあった。


まさかどこか怪我をしたのか?そう思いA子を抱き寄せるようにした時、A子が言った、


「私の赤ちゃん!私の赤ちゃんが!!」


愕然とした。


A子は……A子は妊娠していたのだ。


ぎゃははは!!おちたおちた!!ぎゃはははっ!」


甲高い子供の声が響いた。だが、探そうと辺りを見渡すが、その姿はもうどこにもない。


声だけが、こだまの様に響いていた。


やがて遠くから救急車のサイレンが鳴り響いてきた。


男の子の声はサイレンの音に掻き消され、いつの間にか聞こえなくなっていた。


きっきーとは、自転車のブレーキ音の事だったのだ。


そして、おちた、おちた、というのは……


私はそれ以来、神社に行くのが怖くなり、初詣には行っていない。

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