第12話コオリノ怪談「悪魔超人」

 これは、福岡県に住む友人Aから聞いた話。


話したい事があると飲みに誘われ、話ってなんだろう?と思いつつ、近場の居酒屋でAと落ち合う事にした。


時間通りに来たAと店に入り、まずは乾杯。


お互いの近況やくだらない世間話に花を咲かせ、ほどよく酒も回り始めた頃、急に神妙な顔をしたAは、


グラスをテーブルにそっと置き、ポツポツと語りだした。


「なあコオリノ」


「なに?」


「お前、その、ほら、オカルトって言うか、怖い話とか集めてたよな?」


「あ、うん。」


「やっぱりそういうの信じてるわけ?」


Aにそう言われ、私はやや考え込む。


私はどちらかと言えば否定派でも肯定派でもない。


怪談とはその雰囲気を楽しむ事。ただし、あくまでも境界線を踏み越えないようにだが……


「うーん、信じてるっていうか、酒の肴ってとこかな」


「酒の肴?」


「うん。怪談は酒に合う。チビチビ酒を飲みながら聞く怪談ってのもいいもんだよ?信じる信じないとかはやぼってもんだ」


「なんだそれ、ふっ、相変わらずだなお前」


「ほっとけ」


そう言って私はグラスの中身を喉に流し込んだ。


するとAは改まったかのように姿勢を正し、こちらに振り向くと


「ならさ、その酒の肴ってやつ、聞いてくれないか?」


と言って再び神妙な顔を見せた。


「えっ?あ……うん」


私はAに返事を返すと、カウンター越しに、店員に空いたグラスのお代わりを注文した。


以下Aの語り。


何分古い話だからさ、当時の事を母親に聞いたりしながら思い出した話だから、


曖昧な部分もあるけど、まあ飲みながらでもいいから聞いてくれ。


俺は子供の頃、早くに亡くなった爺さん婆さんの家に、家族三人で住んでいた。


家は一軒家の平屋だが、広さは十分だった。


俺が三歳くらいの頃には、元々爺さんの部屋だった場所を、専用の子供部屋にしてもらった。


だけど、その子供部屋で、あんな体験をするとは思っても見なかった。


俺が小学校に上がり立てくらいの時、子供部屋の隅に、一箇所だけ変な場所を見つけたんだ。


学習机を置く事になり、それまであった古い箪笥を、母親が動かした時に見つけたんだけど。


箪笥の裏、木造の壁の一部分が、大きさにして約1mぐらいのコンクリートで塞がれていたんだ。


明らかにそこだけ色も模様も違う、無機質なむき出しのコンクリートになっていて、誰が見てもおかしいのは一目瞭然だ。


すると俺の様子を見ていた母親が、ケラケラと笑いながら言った。


「あら、懐かしいわね。Aね、いつもこの壁に向かって喋っていたのよ?」


俺が?正直思い出せなかった。


壁に話しかけるってなんだよって、率直に思った。


「なんだっけ?ほら、悪魔超人とかなんとか……?」


母親のその言葉を聞いて、なんとなくだけど頭を過ぎる言葉が見つかった。


「悪魔超人を、閉じ込めた……?」


俺がそう言うと、母親は思い出したかのように口を開いた。


「あっ、そうそう!それそれ!Aね、ここには悪魔超人を閉じ込めてあるんだ。こいつらいつもここから出せって言うけど、絶対に出してあげない!って。私とお父さんがその壁を見ようとしたらAが凄い剣幕で怒るもんだから、こうやって箪笥を置いて蓋しちゃおって話しになってね。懐かしいわ。この壁、元々はお祖父ちゃんがこの部屋をリフォームしようとしてた時の名残だったらしいけどね」


そう言ってクスクスと笑う母親を見て、俺はなぜか突然恥ずかしくなったんだ。


確かにそんな事を言っていたような記憶はある。だがそれは幼い俺の単なるごっこ遊びだ。


自分がヒーローにでもなったつもりで、悪魔超人達をここに閉じ込めたんだっていう空想の産物。


だがそのときの俺は小学生にまで成長していた。何ていうか変な自尊心みたいなもんもできちゃってたのかな。


とにかく、顔を真っ赤にした俺は、横にいた母親の笑い声を掻き消す勢いで、叫んだんだ。


「出て来い!出てこいよ、このっ!」


そう言いながら、壁の部分を強く蹴ったんだ。


そんな俺にすぐさま叱咤する母親の声が聞こえた。


だが次の瞬間。


ドゴンッ!!


と、まるで家に何かがぶつかったような大きな音と、それに続いて何か色々なものが崩れ落ちる音がした。


そして、


『出れど!出れさヨ!はリガど、アリがとっ!!出れた、デレタ、出れた、デれタ、出れた!あははハハハはっ!!』


甲高い子供の声。だが、気持ちの良い声ではなかったのをよく覚えている。


根拠も何もない、だけど幼かった俺にでも分かる位、嫌な声だった。


子供の声のはずなのに、言い知れない悪意に満ちた声のような気がした。


呆然とする俺と母親をよそに、今度は家の周りを何かが走り回る音が聞こえてくる。


ドスドス、と大きな地響き、家が震動して、部屋に干してた洗濯物が落ちてくるほどだった。


母親が青ざめた顔で俺をギュっと抱きしめた。


何が何だか分からないまま、俺は外で何が起こってるんだと窓に目をやった。


その時、


バンッ!!


とガラスを強く叩く音と同時に、庭先に通じている窓のすりガラスに、


両手を押し付けるようにして部屋を覗き込む、子供のシルエットが映りこんだ。


だけど明らかにおかしい。窓にへばり付くそいつの全身はどこまでも黒い、真っ黒だったんだ.


引きつるような母親の悲鳴を耳元で聞きながら、俺も凍りつき、文字通り身も心も震えていた。


すると、すりガラス越しに黒い奴が僅かに動いた。


口をゆっくりと開けているようだ。


真っ黒な身体とは違い、口の中は赤い。その赤い輪郭が、歪に開いたんだ。何か言っている。


それが何なのか、また、何を意味しているのかを考える暇もなく、俺の意識は遠のいていった。


それからは大変だった。気が付くと、俺と母親は同時に意識を無くしていたらしく。


仕事から帰ってきた父親に発見された。


母親が取り乱しながら部屋で起こったことを説明し、父親が家の周りを調べてみると、


部屋の外の壁の一部分が、イノシシでもぶつかったかのように壊されていたらしい。


もちろん場所は、あのコンクリートで塞いであった場所の向かい側だ。


しかも、壊された箇所で変な物が見つかった。


そこには、人一人が座れるくらいの埃臭い空間と、赤茶色に変色した、腐ったようなボロボロの座布団。


もちろんそんな恐ろしい事があった後だ。


俺達親子は、住み慣れた爺さん達の残してくれた家を後にし、逃げるように引越しを決めた。


家は更地にし、土地は父親が売り払った。


そこまで話をして、Aはテーブルに置いてあった、ウィンストンと書かれた銘柄のタバコを手に取ると、


重い空気を振り払うように、ふうっと、煙を吐いた。


「あれから何十年も立つ。父親も亡くなって今は一人になった母親は、俺の家族と一緒に住んでるんだけど、この前、妙な事があってさ」


「妙な事?」


そう聞き返す私にAは話を続ける。


「夜中に母親が飛び起きてさ、突然窓から庭先をキョロキョロ見渡すんだよ。そして言うんだ」


『今、子供の声がしたの。来たよって聞こえたの、って・・・』


「来たのって、何が・・・?」


私がそう言うと、Aはくわえていたタバコを灰皿に擦り付け、こちらを見た。


何かに怯えているような、そんな印象だった。


顔を強張らせたAが口を開く。


「なあ……俺さ、あの時あの黒い奴が、すりガラス越しに何か言おうとしていた事が、何となく分かった気がしたんだ」


「何て……なんて言ったんだ?」


聞き返す俺に、Aは僅かに震えるような声で言った。


「『またね』……って」

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