第28話 いつも試験は胃が痛い

 


 ――試験当日。


 会場はギルド京都支部の講義室。

 俺の他にも何人かの受験者らしい姿がある部屋には、カリカリとペンを動かす音だけが響いていた。


 筆記試験を突破しないことには何も始まらない。

 今はこの問題に集中して取り組み、合格判定を貰うとこからだ。


(四択の問題……大丈夫、いつも通りの形式だ。対策も、勉強もちゃんとやった。自信を持って解けば合格するはず……)


 内心で唱えながら問題を目で追って、刻み込んだ知識と照らし合わせて解き続ける。

 ケアレスミスだけはしないように、焦らず正確にシートのマーク欄を塗り潰す。


 実は朝から緊張で胃が痛い。

 昔から試験とか検査とかって苦手だったからなぁ……今回もその例に漏れてない。

 だけど、今回の試験はちゃんと勉強した自負はあるし、凛華があんなに頑張ってくれたのだから受かるはず……うん。


 静かに壁の上部に掛けられたアナログ時計の秒針が進み、終了の時刻が刻々と迫る。

 最後の見直しまで終えて、解答欄がズレていないことも三度は確認した。

 これ以上出来ることは何もなく、後はただ祈るのみ。



「――時間です。問題を解くのを止めてください」


 試験官の声が響いて、直ちにペンを置いて答案用紙の回収を待つ。

 少しして回収が終わり、これで結果を待つだけとなる。


「結果は一週間後に郵送されますので、今日の試験はこれで終了です。お疲れ様でした」


 試験官が部屋から出て、各々が帰り支度を始める。

 俺もまた手早く荷物を纏めて凛華の元へ。


「お疲れ様、凛華」

「そっちもお疲れ様。手応えは?」

「あったと……思う。少なくとも本当にわからないなーって問題はなかったかも」

「こっちも同じような感じね。やっぱり練習と本番は違うね」


 凛華でもそうなのか、と鵜呑みにしてはいけない。

 この口振りは満点近く取れてる時のやつだ。

 凛華ならば九割型取れていると考えれば、俺は精々が七割後半いければいい方か。

 合格ラインが七割だから……やっぱりギリギリじゃないか。

 何にせよ受かればいいのだよ、受かれば。


「今結果がどうこう言っても点数は変わらないし、お昼でも食べに行かない?」

「そうだな。近くには……ショッピングモールがあるか。あそこなら色々あるだろうけど」

「ならそこにしましょ。あ、でもお昼時だと混んでるかも?」


 全く考えてなかった。

 お昼のフードコートは本当に席が取れない。

 待つ時間とお腹の具合を天秤に掛ければ……うん、家で食べた方がいいな。


「混んでるのは嫌だし、待っても席が取れるとは限らないし」

「ならどこかで時間を潰して調整する?」

「それもなんか……ん?」


 鞄の中から、携帯の着信音が軽やかに響く。

 相手は伊織だった。


『もしもし梓姉?』

『もしもし。何かあったか?』

『ううん、お昼どうするのか聞いてなかったから。帰ってくるなら三人分作るよ?』

『……ちょっと待って』


 一度携帯を耳から離して、


「帰るなら伊織がお昼作ってくれるって言ってるけど、どうする?」

「大丈夫ならお願いしたいかな。下手なお店より美味しいし」

「りょーかい」


『――じゃあ、今から凛華と家に帰るよ。多分三十分くらい』

『はーい。因みにメニューのリクエストはある?』

『今日は暑いから冷たいのが食べたいかも』

『わかったよ。気をつけて帰ってきてね』


 プツン、と通話が切れる。

 帰ったら伊織にお礼をしないとな。

 何か甘いものを買って帰っても良いかも。


「凛華、帰りに寄り道いい?」

「伊織ちゃんに何か買っていくのね」

「平然と心を読むな、その通りだけど。オススメとかあったりする?」


 聞くと顎に手を当てて考える素振りを見せて、


「駅前に丁度ドーナツ屋さんがあった気がするけど……空いてるかな」

「一先ず行ってみよう。伊織も待ってることだし」


 試験場を後にして、帰路に着く。




「ただいま〜」

「お邪魔します」

「おかえりー梓姉、凛華ちゃん。お昼出来てるよ」


 帰ったことを伝えると、ドアを僅かに空けてエプロン姿の伊織がひょっこりと顔を出した。

 もう出来てるとか……頭が上がらない。

 料理の練習とかしてみようかな、奏さんに頼めば嬉嬉として教えてくれそうだけど。


「あれ、その袋は?」

「お土産。駅前のドーナツ屋さんで買ってきた」

「あそこのドーナツって毎日売り切れてるとこだよね!?」

「そうみたいね。何個かしかなかったから運が良かったのかも」


 嬉しそうに表情を綻ばせて笑顔を見せる伊織を見て、買ってきて正解だったと悟る。

 立ち話もそこそこにリビングへ向かい、キッチンへ伊織が向かって数分。


「冷たいのがいいとのリクエストだったから、簡単に冷やし中華にしてみたよ。具材は玉子、ハム、胡瓜、トマトね」

「彩りも綺麗で美味しそうね」

「ほんとだな。早く食べよう」

「じゃあ、手を合わせて――いただきます」

「「いただきます」」


 挨拶をして、味わいながら楽しい昼食の時間を満喫するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る