第29話 判定の茶封筒



 テーブルに置かれた、一際存在感を放つ茶封筒。

 差出人はギルド京都支部代表、宛先は俺――四宮梓。


 内容は、某試験の合否。


「……開けるぞ」

「うん」


 封筒を持って、ビリビリと封を切る。

 待ちに待った日。

 高鳴る心臓を抑えながら、ゆっくりと三度折られた用紙を取り出して――開いた。


「……ぁ」


 声が、漏れた。

 五十点満点中、四十二点。

 判定は――紛うことなき合格。


 何度も繰り返し確認するが、その現実が変わることはない。

 実感が湧かず、一周回って冷静になっていた。


「どうだった?」

「受かった」

「やったね、梓姉!」


 自分の事のように喜ぶ伊織の笑顔が眩しい。

 最後の最後まで自信はなかったが、蓋を開ければ余裕を持って合格を掴むことが出来た。

 どれもこれも自分一人では叶わなかった。


 勉強を教えてくれた凛華。

 張り詰めた気を解して精神的に支えてくれた伊織。応援メッセージをくれたカレン。


 みんなが居たから、ここまで来れた。


「凛華ちゃんも受かったかなぁ」

「俺で受かってるんだし心配ないと思うけどな。念の為聞いてみるか――ん?」


 ピロンッと鳴るメッセージの着信音、それも二つ。

 見てみれば凛華からは受かったという報告、カレンからはおめでとうと祝福の言葉が届いていた。

 やっぱり凛華の心配は要らなかったみたいだ。

 それと、なんでカレンは俺の合否を知ってるんだ……個人情報保護の欠片もないな?

 ささっと返信。


「凛華も大丈夫だったみたいだ」

「やったね! 次は実戦試験?」

「ああ。今回は三日後に伏見ダンジョンでやるみたいだ。事前にパーティ申請しておいたから、そっちも凛華と行ける」


 三日後と言えばあまり時間はないように見えるが、場所の指定はされている為事前の準備がある程度であれば可能だ。

 地形の把握だったり、出現する魔物の種類や必要な装備を予め用意することも試験の中に含まれているのだろう。

 探索する頻度は高いが、念の為に凛華と調整にでも行ってみよう。


「頑張ってね! きっと大丈夫だよ!」


 伊織の期待を裏切る訳にはいかないと、一層頑張る理由が出来てしまった。


「でも安全第一だよ!」

「わかってるよ」




 ■




 ――実戦試験当日。


 生憎の曇天の下、いつもの装備で伏見ダンジョン前に待機して説明を受けていた。

 俺達の他の参加者は三人パーティが一つと、ソロの一組だけだ。

 誰もが年上だが、軽視するような視線はない。

 変わりにピリピリとした緊張感が絶えず漂っていて、息苦しさを感じる。


「――と言う訳で、ここに居る三組の実戦試験の参加を認めます。今回の目標はダンジョン内で救援を待つ探索者の保護です。大体の場所は地図に記してありますので、そこを探索してもらう形になります」


 実戦試験の目標は幾つか種類がある。

 ボスの討伐、もしくは撤退。

 ダンジョン内に隠された物の回収。

 対象の魔物を時間内に規定数討伐。

 そして今回の探索者の保護。


 難易度はどれも一長一短でパーティとの相性はあるので一概には言えない。

 ただ、全てが一筋縄ではいかないのがこの試験。

 今回の場合はなんだろうか。

 難易度が上がる要因として考えられるのは、要救助者の場所が不明なことや、近くに強力な魔物がいるとか?

 流石に試験でわざと強い魔物の近くに行かせることはないだろうけど、頭には入れて置いた方がよさそうだな。


「続いて、皆さんにこちらの端末を渡します。これは非常事態に陥った際に使用する救援装置です。ボタンを押せば自動でギルドに繋がります。また、何かしらの理由で試験の続行が不可能だと判断された場合は、端末から音楽が流れますので直ぐに引き返すようにお願いします」


 見かけとしてはスマートフォンに近い形だが、探索者が使用するということで頑丈なデザインになっている。

 確かダンジョン内でも問題なく動作する機器って、最低でも十万くらいはしたはず。

 貴重品故に各地で試験後の盗難が相次いでいたらしいが、彼らは軒並み探索者免許の剥奪という形で幕を下ろした。

 信用なくして探索者は成り立たない。

 躊躇いなく高級品を持たせる辺りに、高ランク育成に懸けるギルドの本気度が伺えるというものだ。


「また、皆さんの試験の監査役としてBランク以上の探索者が協力して下さっています。過度に意識する必要はありませんが、不正などないようにお願いします」


 安全対策も万全と言う訳か。

 試験とはいえ戦う力がない人を救助役なんかに据えたら訴えられるだろうしな。

 加えて非常時の戦闘要員にも数えられるとなれば、妥当な判断と言えるだろう。


「順番はクジで決めて頂きます。前の組が出発してから一時間置いての出発になります。制限時間は四時間です」


 片道二時間……余裕がないな。

 一人を保護しながら進むと考えれば、帰りに時間を残しておかなければ間に合わない。

 最適なルートを選び、残された痕跡を辿って探し出す無駄のない行動が求められる。

 成程、確かに難しい。


 ギルドの職員が用意したクジを引いて出たのは――3と書かれた紙。

 最後は待機時間があって緊張するだろうけど、後を追ってくる組がいないというのは気が楽だ。


「――順番も決まりましたので、これからBランク昇格試験を開始致します。日頃の成果を十分に発揮し、全員が昇格することを期待しています」


 さあ、試験の始まりだ。

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