第25話 練習の成果



『魔力』操作、及び『魔法』の練習を初めてから約二週間。

 その間、いつものようにダンジョンで戦ったり、三葉重工の実験室で練習を繰り返し、一ノ瀬流の稽古をして過ごしていた。


 そして今日、俺は凛華と共に練習の成果を試すべく比叡ダンジョンを訪れている。

 平日にも関わらず大勢の探索者で賑わっていたが、浅い階層を過ぎれば人気ひとけは遠のき静かなものだ。

 ここに来る多くの探索者は、あくまでダンジョンでの活動を楽しむ学生や社会人……つまりはエンジョイ勢と呼ばれる人がメイン層を占める。

 それは浅い階層の難易度が近場の伏見ダンジョンよりも易しく、出現する魔物も比較的初心者向けだからだろう。

 当然命の危険は付き物だが、他のダンジョンに比べればマシだ。

 非常事態に陥っても周囲には沢山の探索者がいることも理由に挙げられる。


 だけど俺達がいるのは中層よりも奥。

 靴音だけが虚しく響く。


「もうここら辺でいいんじゃない? これだけ深ければ余計な邪魔も入らないだろうから」

「そうだな。あんまり他の人に見せるなとも言われてるし、早いとこ終わらせよう」


 近場で手頃な魔物を探すこと数分、発見したのは棍棒や錆びた鉈など各々の獲物を持った計五体の小鬼だった。

 小鬼は俺達を視界に捉えた瞬間、ギギッと嘲るように嗤った。


 小鬼一体の戦闘力はDランク相当で、特に苦戦することなく倒せる程度。

 しかし群れとなると話は変わる。

 今回は統率者となる上位種がいないものの、簡単な連携を取ってくるのが厄介なところだ。

 数は力……ということで囲まれればCランク程度の探索者には十分な脅威になる。


「やるよ、梓」

「りょーかい。フォーメーションは?」

「いつも通りで」


 数秒で打ち合わせを済ませて、左腰に佩いた刀の柄へ手を伸ばす。

 凛華も短槍を下段に構え、注意深く小鬼の様子を伺っている。


 先陣を切るのは俺の役目、ならここで一つ練習の成果を発表するとしよう。

 冷たいダンジョンの空気が肌を撫でる、小鬼が本能で放つ殺気が意識を戦闘へと塗り替えた。

 すぅ、と刃のように意識が研ぎ澄まされ、適度に集中し戦意が全身に満ちる。

 互いに隙を伺うが、先に我慢の限界が到達したのは小鬼の一体だった。


 群れから一体だけ飛び出した小鬼は、俺を目掛けて錆びた鉈を振るうべく腕を上げる。

 鬼と言うだけあって、彼らの膂力は小学生くらいの背丈ながら相当なものだ。

 小柄で俊敏、さらには連携すら駆使して探索者を追い詰めるのが小鬼の戦い方。

 しかし、そのアドバンテージの一つが欠けた。

 故に、好機。


 練習を思い出して、焦ることなく冷静に『魔力』をおこす。

 丁寧に身体を巡る流れに逆らうことなく、無形の力を集める。

 一手間加えることで『魔法』にも出来るが、俺は『魔力』の応用の方が得意だ。


 集めた『魔力』を今度は二つに分割する。

 その力を宿す先は……両脚と刀の刀身。


「――フッ!」


 息を吐き出し、鉄板入りのブーツがしっかりと岩の足場を踏みしめた途端、脚力に耐えられずに蜘蛛の巣状に足場へ罅が入る。

 しかし気にせず鯉口を切れば、淡い輝きを放つ鏡のような刀身が姿を現した。


 そして――一閃。


 薄暗い世界を断ち切った銀の軌跡、僅かに遅れて鈍い音と共に小鬼の頭部が地面へ落ちた。

 次いで慣性に押されるように残された身体が倒れて、滑らか過ぎる首の断面を晒す。


「ギ、ギィ?」


 残された四体の小鬼達は一瞬の出来事を正しく理解出来ていないらしく、その場で困惑したように立ち尽くしていた。

 しかしここは命のやり取りをする戦場。

 思考停止は死と同義。


 体勢を整える俺の横を過ぎ去った黒い影。

 目にも止まらぬ速さで駆けた凛華は、隙だらけの小鬼の喉を狙って鋭い突きを放つ。

 当然のように反応が遅れた一体の小鬼の喉を槍が貫き――槍を中心として周辺が凍りついた。


「苦しいでしょ? でもすぐ死ぬから」


 サディスティクな笑みを浮かべて呟き、回し蹴りを土手っ腹に叩き込んで槍を強引に引き抜いた。

 喉を貫かれた小鬼は酸素を求めてもがき苦しむも、抵抗虚しく倒れて起き上がることは無い。


 立て続けに仲間が二体もやられたとなれば困惑よりも怒りの方が勝ったらしく、怒気と明確な殺意を孕んだ叫びを撒き散らして襲ってくる。

 俺の方へ二体、凛華の方へ一体向かったようだ。

 凛華が冷静さを失っている小鬼一体なんかに後れを取ることはないだろう。


 剥き出しの殺意に呑まれれば動きは鈍り、瞬く間に命を散らす原因にもなる。

 けれど……いい加減慣れた。

 少なくともこの程度なら怖気付くことは滅多にないだろう。


 それに『魔力』による強化も成功しているのだから、負ける道理はない。

 軽く刀の血を払い、地面と水平に構える。

 俺へ迫る二体の小鬼の動きを、思考を読め。


「ギャギャッ――ギ……ィ?」


 頭をかち割ろうと振り下ろされた棍棒、風を切る粗削りな凶器は――届かない。

 棍棒を握っていた小鬼の肘から先は、既に断ち切られぐるりと宙を舞って血煙を散布している。


(あの血で汚したくはないなぁ……)


 純白のセーラー服を模したバトルドレスでは、汚れが目立ちすぎる。

 無駄な思考の末に、血煙を煙幕がわりに軽く斜め上方向へ跳躍。

 天井までの約4メートルを軽々と跳び、空中で身体の上下を反転させる。


 重力に従って膝上のプリーツスカートがひらりと揺れるも、今は気にしない。

 見る人もいないし、どうせ見えても白のスコートだし。


 天井に着地・・・・・して勢いを膝の屈伸を使ってつけ、二体の小鬼目掛けて再び跳ぶ。

 腰を捻って大きく刀を振りかぶり――


 斬ッ!


 半月を描いた刀身が二体の小鬼の首を撥ねて、セーラー服の裾をはためかせて膝立ちで着地した。

 ゆっくりと立ち上がって血払いの後に納刀。


 凛華の様子を確認してみると、既に小鬼を仕留めて周囲の警戒をしてくれていたみたいだ。

 なら連戦の心配はないと判断して、緊張の糸を緩めて呟く。


「お疲れ、凛華」

「梓もね。……手応えがないから消化不良だけど」

「それは確かに。でも明らかに動きが良くなってるし、選択肢の幅が広がった」


『魔力』を纏うことで身体能力や攻撃力を向上させ、知覚を意図的に加速させることで敵の動きを細部まで捉えることが出来る。

 俺がやったように天井も足場に出来るなど、人間から掛け離れた動きも可能になるメリットは大きい。


 さらには凛華のように喉を凍らせた『魔法』のように、攻撃に幅を持たせられる。

 今回は槍を起点に凍りつかせる『魔法』だったが、自分の身体から離れた座標で『魔法』を発動させる場合の難易度は通常よりも高くなる。

 凛華の努力の賜物だ。


 いずれも実戦レベルで使うには慣れが必要だが、その効果の程は十分以上。

『魔力』万歳、『魔法』万歳だな。


「そういえば、戦ってる時梓のパンツ見えてたけど?」

「ん? あれはスコートだし、凛華しかいないなら別にいいかと」


 何を言ってるんだ……?

 はしたないとかそういう事が言いたいのか?


「……ああ、気づいてないのね。梓、スコート履き忘れてるよ」

「そんな訳ないじゃん」

「なら確かめてみれば?」


 そこまで言われれば確認しない訳にもいかない。

 凛華以外誰もいないのを確認してから、自分でスカートをたくしあげる。


 いくら俺でも履き忘れるなんて有り得ないって。

 その証拠に水玉模様のスコートが――


「へ」


 固まった。

 なんで水玉模様なんだ……?

 だって、ほら、本来なら白のスコートがあるはず……なの……に。


「やっぱりね。どうせ私しか見てないから気にしなくていいのよ」


 肩をポンポンと叩いて凛華が慰めてくれるが、それは俺の傷口を広げるだけだ。


 ……果てしなく、死にたい。


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