第24話 天才と凡人



『魔力』操作の練習をするにあたって幾つかの検査を行い、その結果――


「まさか一般人枠と考えてた伊織ちゃんが一番適正が高いとはね……」


 全員分の『魔力』関連項目の検査結果が記された書類の束を次々と捲るカレン。

 探索者としてダンジョンに潜り、多少なりとも『魔力』の感覚というものに覚えがある俺と凛華を差し置いてのトップは伊織だった。

 続いて俺、僅差で凛華となっている。

 とはいえ凛華も調査したサンプル内でみれば十分に高い方なのだが。


「あくまでダンジョン内で見つかった計測器と神楽さんの感覚頼りだから正確とは言えないけれど、参考くらいにはなるわね」

「魔法使いになれるの!?」

「可能性で言えばあるわ。でもまぁ……」


 チラリとカレンは俺の方を向いて、


「と、伊織ちゃんは言ってるけど?」

「……ここだけならいいけど。危なそうなら止めるからな」

「はーい!」


 元気に返事を返す伊織。

 本人がやりたいと言っているのだから、無理に止める気にはなれなかった。

 魔法使いの素質だけ高くても、探索者にはなって欲しくないのだ。


 悩ましく感じる俺の脇腹を隣の凛華がつつく。


「難儀なものね、梓」

「……まあ、な。でも、俺がしたことに比べれば些細なことかなって」

「そうね。ほんと、一生反省しなさい」


 事実、俺が伊織にかけた心労を考えれば当然だ。

 もしあれで俺が死んでいれば、伊織は家族全員を失って孤独に生きていたのだから。


「無事に許可が出たところで、始めるわよ。ここからは神楽さんに任せます。何かあったら呼んでください」

「了解しました。――では、これから『魔力』操作の練習を始めたいと思います! 拍手!」





 ――一時間後。


「想像してた数十倍は難しいな」

「……そうね。まさか手がかりすら掴めないとは思わなかったわ」


 水分補給も兼ねた休憩中。

 俺と凛華は共に『魔力』に関する取っ掛りを掴めずにいた。

 元より難しいのは予想していたが、ここまでとは思わなかった。


 見えない力を意図的に体の中から外へ出すのに、感覚を掴めず四苦八苦。


「それに比べて……」


 視線を移した先には、楽しそうに手のひらに小さな光の玉を浮かべる伊織。

 それは紛れもなく『魔力』操作を習得し、未熟ながら『魔法』を扱う姿。

 新たに生まれた魔法使いであった。


「なんて言うか……才能の差を見せつけられてる気分」

「いつかは出来ると思うけど、複雑な気分ね。探索者をしてる私たちより、伊織ちゃんの方が先に『魔力』操作を習得してるのは」

「でも、諦める気はないけどな」

「当然ね。私たちの場合は直に戦力の増強に繋がるからね」


 伊織は探索者でない以上戦わないが、俺達は別。

『魔力』……ひいては『魔法』は状況によって決め手となる一手になる可能性も秘めている。


 しかし、何事も練習しなければ上達しない。

 こういうのは根気強くやるのが大切なのだ。


「休憩は終わりにしよう」

「そうね。今日中には感覚を掴みたいわね」


 最終的な目標は実戦でも使える『魔法』を身につけることだ。

 そのためにも『魔力』の扱いは完璧にしておかなければならない。

 不完全な『魔法』はいつ爆発するかわからない爆弾と同じと神楽さんも言っていた。


 伊織の姿に奮起されて、『魔力』操作の練習をおもむろに始めるのだった。




「まずは全身の力を抜いて深呼吸……」


 神楽さんに教えられた手順をなぞり、集中を深める。

 次いで全身を流れる血流を想像し、見えない流れを感じ取るのだが……休憩前はここで詰まっていた。

 伊織にもどういうイメージでやってるのか聞いてみたが、「ぐわーって何かあるからそれをうーって出す感じ?」と見事に要領を得ない回答だったため参考にはならなかった。

 恐らくその部分にも個人差はあるのだろう。

 なら、自分に合った感覚を掴まなければ一向に進まない。


(俺の場合は……なんだ?)


 目を瞑って、ふと考える。

 伊織のように感覚では上手くいかない。


『魔法』は想像力次第とカレンは言っていた。

 想像の果て……それこそファンタジーな存在が『魔法』であり、『魔力』。

 その想像を現実に熾すには?


(自分自身に信じ込ませればいい。俺の中には『魔力』がある、と)


 一種の暗示、しかし試す価値はある。


 全身を巡る血潮を思い浮かべ、それを『魔力』と置き換える。

 煮えるように熱く膨大なエネルギーの奔流は、いつも自分自身の中にあり絶えることはない。


 心臓から送り出される力を流れに逆らわず、ほんの少しだけ借りる。

 手先に力を集めて、集めて、集めて――


「梓、それ……」

「んえ?」


 凛華の声に、思考の底から浮上した意識が腑抜けた声を返した。

 凛華の視線の先は俺の両手、俺の眼も自然に向いて……揺らめく半透明な光を見た。


「あら、梓くん……それ『魔力』よ」

「これが?」


 異変に気づいた神楽さんが寄ってきて、謎の光を『魔力』と呼んだ。

 それは……つまり。


「習得、できた」

「第一段階は突破ってとこね」

「よしっ!」


 神楽さんからのお墨付きも貰ったところで小さくガッツポーズ。

 押し寄せた達成感に気が緩んだ瞬間、両手に纏っていた淡い光が霧散した。


「あぁーっ」

「まだまだみたいね」

「凛華もまだだろ!」

「今に見てなさい、余裕で追い越すから」


 凛華にも火がついたらしい。

 これは習得するまで長くはないだろうなぁ……と若干の焦りを抱きながら練習を再開するのだった。

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