第26話 プロとアマチュア
比叡ダンジョンで『魔力』と『魔法』の成果を粗方試した所で、今日の探索は終了となった。
結果は上々。
実戦でしか分からないこともある。
更衣室に併設されたシャワー室で汗を流しながら、壁越しに今日の反省会だ。
温いシャワーが凝り固まった身体を解して、つい人目がないからと表情が緩む。
「やっぱりいつもより疲れるね」
「そうね。練習はともかく、ダンジョンの中では気をつけないと」
当たり前だが、『魔力』量には限界がある。
そして『魔力』を使い過ぎて欠乏状態になると、貧血のように立ちくらみや眩暈、頭痛、動悸などの症状が発生する。
こうなってしまえば戦闘どころではない。
三葉重工の実験室では安全性が確保されているため、俺と凛華は欠乏状態を体験している。
どれくらいの出力で使えばガス欠を起こすのかは大体で把握しているが、戦闘中にその余裕があるとも限らない。
なるべく経験を積んで慣れたいところだ。
「ボスと戦うのはまだ力不足だからダメだとしても、雑魚相手も物足りないのよね」
「それだよなぁ。楽になってるのはわかるけど、格上に通用するかは確かめたいな」
「命を賭ける気にはなれないけどね」
「同感」
人間は死んだら意味がないのだ。
全ての努力が水泡に帰す。
――探索者は冒険してはいけない。
探索者になる前に言われる言葉だ。
だからこそ自分を鍛えて、装備を整え、十分以上の安全マージンをとってダンジョンに潜る。
ある意味ゲームのようだが、これは現実。
死んだら蘇ることはない。
話しながらも汗を流し終え、タオルで身体の水気を拭き取って、
「先に着替えて待ってるよ」
「私もすぐ行く」
「ん」
軽く返事をして、更衣室で着替えながら凛華を待つのだった。
続いて向かったのは、ダンジョン近くに併設されている探索者協会の営業所――通称『ギルド』だ。
ここは手に入れた魔石やドロップ品の買取や、ダンジョンに関する情報収集、臨時パーティの募集などなど、多岐に渡る役割を担っている。
今回の目的は魔石の買取と、最近の情報収集だ。
まずは買取専用のカウンターへ向かうと、営業スマイルの美しい職員が出迎えてくれる。
「こんにちは。どのようなご要件でしょうか?」
「えっと、魔石の買取をお願いします」
「魔石の買取ですね。それではこちらの籠へ魔石袋をお預け下さい」
魔石袋はその名の通り魔石を収納する専用の袋で、丈夫な材質で出来ているものだ。
サッカーボールくらいの容量まで入るので、探索者の間では魔石以外の物を入れている人もいる。
最近は買取に来ていなかったので、魔石は結構溜まっている。
ずしりと重みを感じる雫型の袋を籠に入れると、職員さんが奥の部屋へと持っていった。
それから待つこと数分、空になった袋と一枚の紙を持って職員さんが帰ってきた。
「お待たせしました。魔石の総量と買取金額はこちらになります」
カウンターに差し出された紙に書かれた金額を確認して、探索者証明証を専用の機械に翳す。
ピロンッと電子音が鳴って、金額の半分がチャージされる。
もう半分は家に置いてある通帳行きだ。
「それと、梓さんの貢献度がBランク昇格の規定に達しました。おめでとうございます」
「もうそんなに……ありがとうございます」
探索者のランクというのは、職員さんが言った通り規定の貢献度に達することで上昇する。
貢献度は魔石の収集量、ギルドの依頼達成、新種の魔物発見などで加算される。
成り立てのEからCまでは貢献度のみで上がることが出来るが、Bからは少し変わってくる。
CからBへ昇格するには規定の貢献度の他に、試験に合格することが条件に加えられる
この試験では知識を問う筆記試験と、探索者としての強さを示す実戦試験が行われる。
特に筆記試験では一般の法律の他に、ダンジョンに関する法律についての問題も出されるため、ちゃんと勉強をしなければ合格は難しい。
これはBランク以上の高位探索者になると色々な権利を与えられるため、一定の知識を持たせることが目的らしい。
例えば師弟制度やギルドからの特別依頼であったりと、信用がなければ任せられないからだ。
世間的にプロ探索者と言われるのもBランク以上の探索者である。
そんな訳だが……俺は残念ながら勉強なんてしていなかった。
というのも、Bランクに昇格する貢献度にはまだまだ遠いと思っていたからで。
……別に、勉強したくないとかそういうのじゃないし。
「試験の日程は探索者協会のホームページにも記載されていますので、是非ご確認下さい」
「わかりました」
参考にしたいくらいの営業スマイルで送り出され、壁に背を預けて待っていた凛華のもとへ合流する。
「ごめん、待たせた」
「私も終わってすぐよ。それより、Bランク昇格の試験が受けれるって言われたけど、梓はどうするの?」
「凛華も? って、ほぼ同じようにダンジョンに潜ってたらタイミングも被るか」
「てことは梓もなのね。因みに私は受けるつもりだけど、梓は……多分試験の勉強なんて一切してないでしょ」
視線で追求する凛華から、壊れかけのブリキ人形のようにギギギと首ごと逸らす。
なんでバレてるのか……やっぱり心読める?
「読心なんて出来ないわよ。梓がわかり易すぎるだけだし、しかも
それもそうだ。
なら俺が勉強していないのは決して面倒だったとか怠慢とかじゃなく、他にやるべきタスクを効率よく片付けていただけで――
「でも安心していいわ、梓。私が一週間できっちり仕込んであげるから」
「……どうかお手柔らかに頼みます」
「素直でよろしい。じゃあ、明日にでも参考書を買いに行きましょ」
斯くして、試験対策の勉強漬けになることが決定したのだった。
……それと、なんで凛華はそんなに楽しそうなんですかね。
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