第21話 揺るがないもの

「魔力ってあれだろ? よくゲームとかにある魔法を使うための力……みたいなやつ」

「概ね合ってるわ。でも、その存在はあまり知られていない」

「自殺法みたいに危険があるからか?」

「それも少しあるけれど、重要なのはそこじゃないわ。単純にその存在に・・・・・気づけないのよ」


 謎謎のような言葉に思わず首を捻る。

 危険はあるが、それは一番の理由ではない。

 存在に気づけない……?


「簡単に言うと一定以上のレベルに達している探索者は、無意識に魔力を使っているのよ」


 理解が追いついていないのを察したカレンが補足を入れてくれた。

 そう言われれば、思い当たる節がないでもない。

 異様に身体が軽く力が増す感覚。

 先日、士道さんに見せられたあの動き。

 明らかに人間としての範疇を越えているように……それこそ『魔法・・』のような――


「……なんとなくわかった。で、なんでそういう話になる?」

「私達は魔力の使い方に関しても研究を進めているのよ。いずれ体系化出来るようになるとは思うけれど、数年は先でしょうね」


 それはそうだろう。

 暗闇の中で手探りにゴールを目指すようなものだ。

 だが……これは俺にも話が読めてきたぞ。


「俺に魔力に関する研究の実験体になれと?」

「何も隠さず言うとそうなるわね。利害の一致はしているはずよ」


 俺は魔力の扱いを身につけることで戦闘力が向上する。

 カレンは俺という実験体のデータを得て研究が進む。

 悪くは無い、というより破格の内容だ。

 世に出ていない技術の恩恵を得られるのは、探索者としては願ったり叶ったりだろう。


「なら頼む。あと、出来れば凛華も一緒にお願い出来ないか? 苦手なのはわかってるが……」

「別にいいわよ。公私混同はしないわ。何しろ貴重な実験体だもの。サンプルは多い方がいいわ」

「ありがとう」


 素直にお礼を言った。

 一人でやってたら、また凛華が怒る気がしたのだ。

 もう悲嘆と後悔に満ちた顔は見たくない。


「了解よ。じゃあ、三日後に研究棟に来て、詳細は後ほどメールで送るわ」


 忙しなくカレンは荷物を纏めてソファを立った。


「帰るのか。もう遅いけど大丈夫か?」

「迎えは呼んであるから。それに、仕事が詰まってるのよ。三日後に予定も入っちゃったし、それまでに終わらせないと」

「そっか。またな、カレン」

「ええ。また」


 玄関まで見送って、ふと空を見上げた。

 薄らを夜空を覆う雲間から、輝く星々と高く白い半月が浮かんでいる。

 肌を撫でる空気は蒸し暑く、長居をするのは躊躇われ空調の効いた部屋へそそくさと戻る途中。


「あれ、外に出てどうしたの?」

「カレンが帰るって言うから送ってきたんだ……よ」


 そのタイミングでお風呂から上がってきた凛華と遭遇した。

 紅く火照った頬は瑞々しく、しっとりと濡れた黒髪は頭の上でお団子に纏められていた。

 首元の開いた水色のネグリジェは確か俺のためと伊織が買ってきたが、一度も着ることがなくクローゼットに眠っていたもののはず。

 体格はあまり変わらないものの、一回り大きな胸元の膨らみが苦しそうに生地を張らせていた。

 なんという戦闘力……っ!


「そんなに見られるとちょっと恥ずかしいんだけど。少しキツいのよ、これ」

「そりゃ俺のサイズに合わせたやつだしな。というか泊まっていくのか?」

「もう遅いし、家には連絡してあるから大丈夫」


 凛華がいると伊織も喜ぶし、たまにはいいか。

 いつもは俺達が一ノ瀬家に行くから、泊まりでこっちなのは違和感があるけど。


「梓姉、お風呂空いたよ〜って、カレンさんは?」


 濡れた髪をタオルで拭きながら、ひょっこりと伊織が顔を覗かせた。


「今さっき帰ったよ」

「そっか。四人でパジャマパーティー出来ると思ったのになぁ」


 多分それを先に伝えてれば帰らなかったと思う。

 カレンってそういうの好きそうだし。

 ……ん? 四人でパジャマパーティー?


「それ当然のように俺も入ってる?」

「仲間外れになんてしないよ!」


 うん可愛い。

 可愛いがそうじゃないんだ伊織よ。


「なんでもいいから早く入ってきたら?」

「そうだな。あと、お風呂上がってから少しいいか? 探索者的なお話」

「わかったわ。梓の部屋で待ってるから」


 言い残して俺の部屋の扉を開けて入っていく伊織と凛華。

 ……なんで?


「さも当然のように俺の部屋に入ってったのはなんでか聞いても?」

「パジャマパーティーするのよ? それとも何か見られたら拙いものでもあるの?」


 置いてない……はず。

 それならいつの間にか掃除をしてくれてる伊織にバレてるし。

 こう言うと俺が掃除をしてないように聞こえるけど、そうじゃなんだ。

 やろうと思ったら伊織が丁度やってくれるから……はい、言い訳ですね。

 ほんとよく出来た妹です。


「あったらあったで面白いから別にいいけどね」

「鬼! 悪魔! 凛華!」

「最後のは余計よっ!」


 僅かに怒気を滲ませて放たれた手刀を、一歩引いて躱す。

 そんなに怒らなくてもいいじゃん……事実だし。


「じゃ、俺はお風呂へ」

「いってらっしゃーい。着替えは置いておくからそれを着てきてね」

「ありがとうな、伊織」


 伊織へ礼を言って、追撃を仕掛けようと構える凛華から逃げるように脱衣場へと駆け込んだ。

 服を脱ぎ去り、まだ温かさが残る空気が立ち込めるお風呂の中へ。


 シャワーを浴びて身体を洗い、貯め直してくれていた湯船へ身体を沈めた。

 天国のような湯加減に今日一日の緊張感が解けて、肩の力が抜けた気がした。


「……なんていうか、なぁ。ちゃんとみんなにお礼をしないとな」


 今日のアレは、かなり精神的にもキツかった。

 正直、頭がおかしくなりそうだった。

 初めてだからなのもあるだろうけど、慣れる気がまるでしない。

 元々無かったものが突然襲ってくるのだから、当然かろしれないけど。


 でも、三人がいた。

 だからこうして、俺という存在が歪んでいても生きていられる。


(俺は、どうなるんだろうな)


 ぶくぶくと口元まで湯に沈めて、ふと考える。

 湯の表面に広がる白く長い髪が揺蕩い、伊織から結ぶように言われていたのを思い出す。

 おもむろにヘアゴムで髪を結って、その姿が鏡に映る。


 男の頃とは似ても似つかない、白髪の美少女の姿。

 けれど、現実に今の俺はそうなのだ。

 変わっていないのは中身だけ。

 酷くチグハグで、突けば崩れそうな砂上の楼閣にも似た存在。


 ――それでも。


(俺は、俺のままであろうと決めたんだ)


 自分に定めた決意だけは、揺るがない。




「着替えってこれか……っ」


 風呂から上がって伊織が用意してくれた着替えを見て、絶句していた。

 基本的には白のネグリジェなのだが、あからさまに丈が短くリボンやフリルが至る所にあしらわれた少女趣味なデザイン。

 当然ながら俺の趣味ではないし、なんなら買った覚えすらない。

 だが、誂えたかのようにサイズ自体はピッタリなのだ。


「謀ったな、伊織……っ!」


 これは由々しき事態だ。

 お風呂に入る前に着ていた服は既に洗濯機の中。

 流石に下着姿で出歩くのは、自分の家とはいえ躊躇われる。

 非常に不本意ながら、用意されたネグリジェを着て二人が待つ部屋へ向かうのだった。


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