第20話 強くなりたいなら
「それにしても伊織の作るご飯は美味しいなぁ!」
「う、嬉しいなぁ!」
わざとらしく声を作って、重苦しい空気が漂う我が家の食卓を少しでも明るくしようと努力するものの、効果は薄いようだった。
今日は二人だけの夕食ではないにもかかわらずだ。
冷や汗が背中に滲んで気持ち悪さを訴えるのを黙殺しながら、頭だけを必死に動かして希望の光を模索する。
そんな様子に気付いてかわからないが、当事者の片方が口を開く。
「やっぱり美味しいわ、伊織ちゃん。こんな料理を毎日のように食べられる梓は幸せね」
心の底から言っているであろう言葉は、夕方に訪問してきたカレンから俺と伊織へ向けたものだった。
……そう、俺と伊織へだけである。
「うちにいた頃よりも美味しいよ。今度教えて欲しいな」
凛華もほっこりとした表情で、伊織の手料理を褒めている。
もちろん二人の言葉には激しく同意だし、伊織が褒められるのは俺だって嬉しい。
しかし、それで心休まる楽しいはずの食卓が和やかになる訳もないのだ。
「まぁ、一つ言いたいことがあるとすれば――」
カレンの視線がゆっくりと動き、やがて一人を視界に捉えた。
細められた瞳は鋭く、睨みつけていると言っていいほどのものだったが、意図的にやっているのだろう。
「――こんな所にアレがいることだけね」
「それはお互い様。私だって伊織ちゃんに呼び止められてなきゃあんたを追い出してるところよ」
互いに悪びれもなく面と面を向かって挑発し合う金と黒の少女。
犬猿の仲とは正にこのことだろう。
オブラートに包まれた罵倒が時折飛び交うが、直接的で物理的なアプローチがないだけまだまともだろうか。
……それも時間の問題だと感じてしまうが、その時は無理矢理にでも止めよう。
「てか、なんで二人はそんなに仲が悪いんだ?昔から知り合いだった……とか?」
「そんなとこよ」
「お父さんの仕事の関係で昔から知ってるだけ」
「あー、三葉重工って警察の装備も作ってるんだっけか」
「国内シェアの最大手だからね」
成程、言われてみればその通りだ。
「でも、なんでそれでこうなるんだ?」
「女の子には色々と事情があるのよ」
まあ、それなら聞かなくていいか。
多分碌でもない事な気がしたのだ。
「なんでもいいけど喧嘩はするなよ〜」
「当たり前でしょ? 一方的にボコボコにすれば喧嘩なんて起こらないから」
「知ってる? 知能指数が違いすぎると会話にならないのよ」
バチバチと両者の口撃と視線がぶつかり合い、我が家の食卓に再び暗雲が立ち込めた。
だがそれも一瞬のこと。
「――凛華ちゃんもカレンさんも、食事は楽しく……ね?」
底冷えするような声音が静かに響いた。
今まで静観を保っていた伊織だが、菩薩のような笑みを浮かべながらも放たれる圧は相当お怒りな証拠だ。
凛華もカレンも、普段は目にすることがない伊織の一面に驚いている様子。
温厚で優しい伊織は、怒らせると怖いのだ。
「ごめんね。確かに食事は楽しく食べるべきね」
「こればっかりは私達が悪いわね。ごめんなさい」
「わかってくれたならいいんです。次からは気をつけて下さいね?」
それからの食卓は争いもなく平和なものだった。
「梓ちゃん、ちょっといいかしら」
「なんだ?」
食事と片付けを終えて台所からリビングへ戻った俺へ、カレンから声がかかる。
伊織と凛華は二人で入浴中だ。
だから今は俺とカレンの二人きり。
どうやら真面目モードのようなので、ソファに座るカレンの隣に腰を下ろした。
「この前比叡山のダンジョンに行ったでしょ? その時、御剣士道と凛華とボスに挑戦した。合ってる?」
「なんで知ってるんだ?」
「士道から話を聞いたわ。彼はうちの上客の一人で、そういう話を聞いたのよ」
「残念ながら力一歩及ばずって結果だけどな」
隠すでもなく言ったのは、ここまで言っておいて事の顛末を知らないはずがないから。
「それに関してね、梓の今後も含めて話があるのよ」
「どういうことだ?」
「まず、前提として梓に死なれては困るの。ダンジョンの謎を解明する生きた研究資料としても、一人の友人としても」
「死ぬ気はないって。あれは士道さんがいたからで――」
「で、その士道が貴方を騙していたら死んでたかもしれないのだけれど、何か反論はある?」
仮定の話。
しかし、確率論的に『ない』とは言い切れない。
騙すような人ではないと思ったが、そうでなくとも助けられない理由が突然出来るかもしれない。
そうなれば、俺と凛華はどうなっていただろうか。
俺の沈黙を受けて、カレンは続ける。
「大体察したかもしれないけど、死んでいた可能性だってある」
「他ならぬ俺達自身の力不足で……ってことか。で、本題はなんなんだ?」
「あら、今のが本題じゃないと思った理由は?」
「そんな指摘だけして『はい終わり』ってやるほど、三葉カレンという人間は冷たくないと思ってるから」
「嬉しいこと言ってくれるわね。でも、その通りよ。本題はここから。――梓、強くなりたい?」
返ってきたのは簡潔な問いだった。
強さ……それは探索者として生きるにあたって切っても切り離せない要素の一つ。
単純に強ければ自分の身を守ることにも繋がるし、稼ぎも安定して充実した生活の基盤を作れる。
「強くなれるなら、なりたいさ。自分だけでなく伊織も、凛華も、カレンも守れるくらいに」
「でも、今の梓はそこまで強くない。自分を守るので手一杯」
「わかってるよ」
事実、その通りだ。
この身体になって身体能力が上がったことで少しはマシになったが、その程度。
「強くなるなら幾つか方法がある。一つは鍛錬を積むこと。これは基本中の基本だけど、疎かにすれば綻びが生じるわ」
「そうだな。いつも出来ることですらダンジョンの中では出来なくなることもある。それでパニックになるのが一番怖い」
ダンジョンでは自然と魔物との戦闘が……殺し合いが発生する。
負ければ死ぬという心理的ストレスが身体の動きを阻害して、本来の力を出せなくなることは珍しくはない。
だからこそ、動作を身体へ染み込ませて無意識にでも行動できるように鍛錬を積む。
それが命を分けることもあるのだ。
「次は士道から聞いたと思うけれど、スキルを身につけること。スキルストーンを取り込む方法と、自殺法と呼ばれるものがあるのは知ってるわね」
「士道さんから聞いたな。てか自殺法なんて呼ばれてるのか」
「安易にその方法を取らせない為でもあるのよ。現実的な方法でないのは確かね。で、スキルストーンについてだけど、これはお金で買うことも出来るわ。現にうちの会社でも扱っているし」
「値段は?」
「安いものでざっとこれくらい」
スマホの電卓機能で打ち込んだ数字を見せられ、息を呑んだ。
その額、二千万。
とてもじゃないが高すぎる買い物だ。
これで安い方と言われれば、気になるのは高い方。
「高いものは億は下らないわよ」
「心読むのやめて?」
「愛に言葉は要らないのよ」
ぼそっと聞こえた「結婚してくれたら一つぐらいあげるわよ?」という言葉が怖かった。
カレンなら有言実行とばかりにやりかねない。
「これだけ高いのは使いこなせない人に渡るのを避けるためよ。スキルストーンを使っていざダンジョンに行った人が直ぐに死んだら勿体ないでしょ?」
「身も蓋もないが、その通りだな」
スキルストーンはボスのみからドロップする貴重品なので、一つであっても無駄には出来ない。
「けど、まだ梓ちゃんにスキルストーンは早いわ。値段的にも、身体の安定的にも」
「思い出させるなよ……折角忘れてたのに」
「どうせもう一月後に来るんだから覚悟を決めておきなさい。話が逸れたけれど、今の梓ちゃんに提案するのは三つ目の方法よ」
やけにもったいぶった内容だけに、期待が高まる。
おもむろに口を開いたカレンが語ったのは――
「――魔力の扱いを、覚えてみる気はない?」
随分とファンタジーチックな力についてだった。
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