第22話 凛華の弱点

「伊織っ!」


 バンッ!と勢いよく扉を開ければ、ローテーブルの周りに車座で座る二人がいた。

 テーブルの上にはいつの間に用意されたガトーショコラと、ティーカップが三つ。


「あっ、きたきた!」

「随分似合ってるじゃない」


 おいでおいでと手招く伊織と、俺の格好をみてニヤニヤと笑みを浮かべる凛華。

 この様子だと凛華も共謀者だったか。


「こんなのあった覚えがないんだけど!」

「そろそろこういうのもいいかなーってひっそりと買ってきたんだよ」

「いつものパジャマでいいじゃん!?」

「ダメ。今日はパジャマパーティーなんだから、少しはオシャレにしないと」


 俺には何一つ決定権がないらしい。

 おかしい……俺は伊織の兄のはずなのに……。


「そうよ。私も普段着ないようなのを着てるんだから、梓も我慢しなさ……ぷっ」

「おい今笑っただろ!? 笑ったよな!?」

「大丈夫、おかしい訳じゃないから。なんか……赤ちゃんみたいで面白くて」

「似たようなものだろいい加減怒るぞ!?」

「梓姉の格好と顔で怒っても可愛いだけだよ?」


 とはいえ俺も本気で怒ってはいない。

 ……が、怒ってる風に頬を膨らませて、クッションの上に腰を落とす。

 低反発素材のクッションが軽く沈み、ネグリジェの裾を軽く直した。

 気分的には膝上くらいの丈のスカートを履いてる感覚なので、中が見えないように自然に手が動く。

 身内だけとはいえ好き好んで露出する趣味はない。


「お茶淹れるよ」

「ん、お願い」


 伊織がティーポットから並々と注がれた紅茶から漂う香りが鼻腔を擽る。

 温かい紅茶と甘いガトーショコラ……合わないはずがない。

 カロリーを気にしたら負けだ。


 斯くして、夜のパジャマパーティーは幕を開けた。





 結果だけ言えば、いつものわちゃわちゃしたお茶会と同じだ。

 だが、一つだけ問題があったのだ。

 それが――


「あ〜ず〜さぁ〜」

「ちょっ、おい、はなれ……っ」


 頬を赤らめ、とろんとした目で呂律の回っていない凛華に絡まれていた。

 無駄に腕や脚を絡められていたが、、今は腰にしがみついて膝の上に凛華の顔がある。

 押し退ける訳にもいかず、仕方なくあやすように手櫛で長い黒髪を梳く。

 すると喜んだように頬を緩ませるのだから、拒絶し難いのだ。


「伊織……このケーキってお酒入ってたりする?」

「このガトーショコラはカレンさんが持ってきてくれたものだから……でも、この様子を見るに入ってるよね」

「だよなぁ……」


 凛華がこうなっている原因はカレンが持ってきてくれたガトーショコラにあった。

 厳密に言えば、ガトーショコラに含まれた洋酒のアルコール分が……だが。


「昔もこんなことあったよな。その時はボンボンだっけか」

「何も知らずに食べちゃって大変だったね……」


 過去にも一度同じような状態になったことがある。

 てっきり甘いだけのチョコだと思って家にあったボンボンを食べたところ、それにもお酒が少しばかり含まれていたらしい。

 お酒に滅法弱い凛華だが、酔っても食べようとするので手に負えないのだ。


「はやくぅ……」

「はいはいわかったわかった」


 伊織と話していて止まっていた手の方へ頭を寄せて催促する姿は、どこか猫を思わせる。

 再び撫でて落ち着かせて、ガトーショコラを一口。

 しっとりとした生地とチョコレートの風味が広がり、遅れてほのかに洋酒の香りが鼻を抜けた。

 こってりとした甘さじゃなく、次が欲しくなる控えめな甘さで食べやすい。

 確かにお酒は入ってるけど……酔うほどじゃない。

 多分、かなり凛華が弱いだけだと思う。


「折角美味しいのにな」

「そうだね。まあ、幸せそうだしいいんじゃない?」

「それもそうか」


 もう凛華は完全に夢の中だ。

 静かに寝息を立てて、蹲るようにぐっすりと眠っている。


「こうして静かにしてれば普通に可愛いんだけどなぁ……」

「それ起きてる時に言ったら怒るよ……」

「だから寝てる時に言ってるんだよ。それに、正面切っては言えないって」

「恥ずかしいってこと?」

「ま、そんなとこだ」


 照れ隠しに冷めた紅茶を飲んで喉を潤す。

 もう夜も遅いし、俺も凛華を見てたら眠くなってきた。


「そろそろ寝るか」

「そうだね。凛華ちゃんはどうするの?」

「起こすのは忍びないし……」

「一緒に寝たら解決だね」

「あのなぁ……それ起きた時に俺が殴られるやつ」


 理不尽を押し付けるのはやめるんだ。


「それじゃあ昔みたいに布団を敷いて川の字で寝る?」

「もうそれでいいか。俺も手伝うよ」


 凛華を起こさないように抱えて立ち、一先ず俺のベッドへ寝かせた。

 テーブルを片付けてから布団を敷いて凛華をそちらへ移し、寝る準備をしてから俺と伊織も布団へ。

 俺、伊織、凛華の順で川の字に並び電気を消して、眠りにつくのだった。



 因みに朝は俺を抱き枕にしていた凛華が先に目覚めて平手で起こされた、解せぬ。


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