第15話 初めてのボス戦

「さあ、着いたよ。ここが比叡ダンジョンのボスの一角がいる部屋さ」

「ここが……?」


 士道さんに連れられてダンジョン内の魔物と切った張ったを繰り返した末に辿り着いたのは、禍々しい雰囲気を感じる大きな両開きの扉の前だ。

 黒ずんで煤けた黒鉄のような色の扉は、俺と凛華は初めて見るもので、思わず圧倒されて息を呑んだ。

 どんなダンジョンでもボスがいる場所にはこのような扉があるらしい。


「……本当に行くの?」


 心無しか緊張しているような声は凛華のものだ。

 けれど、その気持ちもわからないではない。

 俺と凛華は初めてボスと戦うのだし、何よりやることは命を懸けた殺し合いだ。

 年頃の女の子……でなくても出来れば避けたいものだし、俺だって同じ心境だ。

 しかし、引き返せない場所まで来てしまったのも確かだし、今は士道さんという『戦闘』においては大変心強い人がいるのだ。

 ……それ以外は心配だけど、戦闘中にそれはしないと願っている。

 そんなことを考えていると、


「凛華ちゃんは自信が無いのかい? あの負けず嫌いで自分が勝つまで模擬戦するって煩かった凛華ちゃんが?」

「――っ!?」


 士道さんの言葉に静かだった凛華がビクリと反応して、鋭い視線で刺すように睨みつけていた。

 その反応だと実際にあったことなんだろうけれど、掘り返せば自分に色々と返ってくることが容易に推測されたので、俺は込み上げる笑いを押さえつけて様子を見守った。


「それはそれは残念だなあ。でもまあ、それなら私は天使様と二人っきりでボスを倒してくることにするよ。……ん? これは最早デートでは!?」

「違う!」


『デート』なんて言葉が聞こえてしまい、つい大声で叫んでしまったが、それでも士道さんはどこか嬉しそうだ。

 ……なんか遊ばれてる気がしないでもない。


「……そうよ、梓は私の! 誰があんたなんかとデートするなんて許すわけないでしょ! ――あーもうっ! やるよ、やればいいんでしょっ!?」


 見るからに冷静ではない凛華だが、気合いは十分のようで、消えかかっていた戦意を取り戻していた。

 頬が紅潮していたり、若干涙目なのは多分過去をひけらかされた羞恥心によるものだろう。

 触れないのが吉だ。

 士道さんが言っていた内容は俺にも覚えがあるだけに、妙な説得力があった。

 凛華は絶対に自分が負けたままでいることを良しとしない。

 その対象が幼い頃から身近で、技術的にも経験的にも膨大な『戦闘』ならば尚更だった。


「それは嬉しいよ、凛華ちゃん。暫く会わなかったうちに弱くなったのかと思っちゃったじゃないか」

「……ほんと、そういうところが嫌い」

「あはは、ごめんって」


 犬猿の仲のように見えて実際は仲がいいのかもしれない。

 だが、こんなところで士道さんの腹黒い一面を見ることになるとは思わなかった。

 もっと正義一辺倒な人なのかと思っていたけれど、見た目や言動に反して油断ならない人だ。

 そうでなければ死神と隣り合わせで躍り続ける探索者なんてやっていられないのかもしれないが。


「じゃあ、二人とも準備はいいかい?」

「大丈夫です」

「こっちも大丈夫」


 続いて肯定を返すと、


「よし、それならいざボス戦といこうか。ここのはいざとなれば私一人でも倒せるくらいのだから、気軽に戦うといい。油断は禁物だけどね」


 ……士道さん、一人で倒せるんだ。

 あのやり取りで化け物じみてるのは理解していたつもりだったのだが、そこまでとは思っていなかった。

 そもそもボスの強さがわからないから真偽は曖昧だが、本人が言うなら問題はないのだろう。


「二人とも初めてなんだから扉を開けてみるといい」


 士道さんに促された通りに凛華と顔を見合わせて、俺達は扉を奥へと押し開いた。


 冷気が手のひらに伝わってきて、すぅと次第に意識が研ぎ澄まされて、それを感じた。

 確かにこの冷たさは扉によるものだが、別の何かが扉の向こうから這い出てきて纏わりつくような感覚があった。

 初めは薄らとだったが、扉が開くのと比例するようにそれは強まっていって、それを発しているものの姿を捉えた。


「……落武者?」


 俺が思った第一の感想はそれだったが、どうやら隣の凛華も同じだったらしく、「落武者だね」と繰り返していた。

 ボロボロに見える深紅の和風な鎧と同色の兜を被った、全身が骨の姿――それが俺達が見たものだった。

 頭蓋骨には矢が突き刺さっていて、普通の人間ならば死んでいるはずなのに、それはやはりと言うべきか生きている。

 ……骨の時点で死んでいる気がするけれど、細かいことは置いといて、だ。

 抜き身の漆黒の刀身を持つ2mはあろう大太刀を器用に抱える姿は、正しく落武者だった。

 そんな見た目とは裏腹に、これまでに会ってきた魔物とは一線を画す威圧感を肌で感じ、背筋がぶるりと震えた。


「あれがここのボス、通称『落武者』だよ。武器は見ての通りの大太刀。間合いには注意して戦わないと直ぐに死んでしまうよ」

「死ぬとか言わないで、縁起でもない」

「それもそうだね。まあ、危なくなったら私が入るからそれまで二人でやってみるといいよ」

「……だってよ、梓」

「わかった。なら、やろうか」


 軽く打ち合わせを済ませて、俺と凛華が一歩前へと出る。

 すると、ガチャリと耳障りな音を立てながら落武者がいきなり迫ってきた。

 速度は目で追える程度なのが救いだろう。

 意図せずして後手に回った俺達は、まずは防御に徹することにした。

 薄暗い部屋の中で音も無く迫る漆黒の刃を、いつものように刀で滑らせながら受け流そうと試みた。


「――ッ!?」


 キィン、と甲高い金属同士が奏でる音を響かせたその一瞬で、落武者の持つ膂力が相当なものだと判断して、力ではなく技術で受け流した。


「コイツ相当力が強い!」

「わかった! なら――」


 一度後退した俺をカバーするように大太刀を床に叩きつけたままの落武者目掛けて凛華が疾駆し、低く構えた槍で脚払いを繰り出した。

 身体が骨だけという関係で突き技を狙いにくいというのもあるのだろう。

 しかし遠心力の乗った高速の脚払いは前屈みになっていた落武者の膝裏へとクリーンヒットして、そのまま石壁へと吹き飛んでいった。


「……あれ? 力は強いけど、身体は軽い?」

「そこら辺はちゃんと骨なんだ……」


 意外な事実も発覚し、それを元に作戦を立て直す。

 力比べはダメで、吹き飛ばしなどの攻撃は有効。

 凛華の場合は突き技を半ば封印した状態で戦わなければならず、槍の本領を発揮しにくい。

 俺が正面切って斬り合うには技術でやるしかなく、リーチや身体能力は落武者の方が上。

 とはいえ、対応出来ないほどではないのならやりようはある。

 基本的に刀術しか使えない俺ならまだしも、さらに引き出しが多い凛華であれば尚更だろう。


「梓、あれ斬れる?」

「んー、試してみないとなんとも。細い部分なら斬れるかもしれないけど、首とかは無理だと思う」

「そっか。なら、出来るだけ斬れるところを斬ってくれない?」


 随分とアバウトな注文だ。


「何をするつもり?」

「あれって一応は骨みたいだし、すくい上げて落下させれば全身の骨が砕けるかな……って」


 それは無理じゃないかと思ったが、試してみるのもいいかもしれない。

 なら、俺がやるべきことは少しでも落武者の重量を軽くすることだ。

 厳密に言えば纏っている鎧と大太刀をどうにかすることだろうか。


「じゃあそれでいこう。なるべく斬り落として軽くするからカバーよろしく」

「了解っ」


 そうして俺と凛華は落武者を攻略するべく戦った。


 ――数十分後。


「凛華、これどうしたらいいの?」

「……私に聞かないで」


 視線の先には、作戦通りにしてバラバラになった落武者の残骸だった骨が互いを繋ぎ合わせて復活しようとする光景が広がっていた。

 カタカタとひとりでに骨が蠢く様子は軽くホラーである。

 結論から言えば作戦は有効だったものの、落武者を倒すには至らなかったのだ。

 骨はバラバラになったが、如何せん身体を軽くしすぎたせいで速度が足りておらず、粉砕までは出来なかったのだ。


「……梓、何か作戦ある?」

「残念ながら無いよ。バラバラにして倒せないなら二人では無理。相性が悪すぎる」


 俺は斬撃、凛華は刺突に特化した武器のため、粉砕するとなるとそれこそ骨が折れる作業が待っている。

 故に、少なくとも今の俺達では勝てない。


「おや、お手上げかな?」


 ずっと俺達の戦闘を見ていた士道さんから声がかかった。

 どうしてか酷く馬鹿にされている気分になるが、きっと気の所為だ。

 ……士道さんはアレを一人で倒せるんだよな。

 そう考えると凛華と二人がかりでも士道さんに敵わない計算になるわけだけど……。

 うん、考えるのはやめておこう。


「残念ですけどお手上げでお願いします」

「…………チッ」

「ちょっと凛華ちゃん今の舌打ちはっ!?」

「…………死ねばいいのに」

「凛華ちゃんがグレたっ!? あの頃の私の後ろを着いてきた可愛い凛華ちゃんはどこへ……」

「過去を捏造しないで!」


 漫才のようなやり取りを繰り広げ、わざとらしくリアクションをとる士道さんへと突きを放ったものの、するりと躱されていた。

 ……やっぱりおかしい人だ、色々と。

 にしてもあの凛華が士道さんの後ろを……ねぇ。


「ちょっと梓、今何考えたか聞いていい?」

「…………ナニモカンガエテナイデスヨ」

「……まあ、いいや。それじゃあ、後はよろしくね」

「雑な扱いだなぁ……」


 そう言いつつも士道さんは前に出る。

 右手には西洋剣、左手にはカイトシールドを構えて戦闘体制に入っていることが見て取れた。

 バラバラになっていた落武者もすっかり元通りになっていて、こちらへ眼球なんて存在しないはずの頭蓋骨を向けていた。


「あの落武者を倒すには全身の骨を粉砕するか、再生不能なくらいの損傷を骨に与えればいい。だから、二人がやっていたことは正解の端っこではあったのだけれどね」


 ここで答え合わせの時間のようだ。

 どうやら判断自体は間違っていなかったらしいが、それ以上に後半が理解出来なかった。

 粉砕するのと再生不能な『損傷』の違いがわからない。


「それで、今回私が取るのは後者の方法だよ」


 剣を上段に構えて、薄暗い部屋の中で僅かな光を刀身が照り返す。

 青白い刀身のそれは俺の刀と違い両刃で厚みがあるものだ。

 落武者もまた漆黒の大太刀の先端を士道さんへ向けるようにして構えた。

 すぐさま飛びこんできた落武者は黒い軌跡を置き去りにして士道さんへと先端が迫り――


「――遅いよ」


 瞬間、落武者の背骨に一筋の亀裂が刻まれ、縦に半分になった残骸が慣性に従って左右へと逸れて床と衝突した。

 正しく鎧袖一触、相手になっていなかった。


「ま、ざっとこんな感じだね」


 振り返って見えた士道さんの貴公子と呼ばれるに相応しい笑顔が、その時ばかりは怖かった。

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