第5話 暴かれる事件
執事の手塚知輔と城熊警部、そして去水隣太郎は、二階の書斎で顔を合わせていた。晩春の夕暮れは急激に明るさを落としながら、埋め火のように楢林を照らしていた。
「城熊警部。僕が言った通りの場所に、僕が言った通りのものがあったことを、記録に残してくれたね」
「ああ。君がしつこく言うものだから、捜索にあたった全員の宣誓証書を作っておいた。もちろん僕の分もね」
「僕がここにずっと一人でここにいたという証明もできているね」
「ああ。君に言われて戸口に一人階段下の裏口にも一人見張りをつけておいたし、電話もなかった」
去水は大きく息をついた。そして執事を静かに見つめた。
「手塚さん。ここに仕えて長いんだろうね」
「はい。先代に拾っていただいてもう、40年になります」
「ここの使用人の教育は行き届いているね」
「もちろんでございます。松濤清輝様、宮輝様のご恩に報いるのが私どもの務めでございますので」
「城熊君、分かったかい。主人に尽くす使用人というものはね、警察なんかよりもまず、主人の名誉を第一に考えるものなのさ。庭師が宮輝氏の母、照子夫人を殺した事件。あの、替え玉を命じたのはあなただったね」
去水の唐突な指摘に、執事の顔は青ざめ、城熊の顔は紅潮した。
「まちたまえ、去水君。君はいったい何の捜査をしていたんだね?」
ああ、この書斎で脳漿を絞っていた去水は本当の霊媒か千里眼となって、五年前の事件の真相を見て取ったとでもいうのだろうか?
「もう少し休みたまえ。このぶんじゃ、二年前の弟君の事故まで殺人だと言い出しかねないからね」
城熊がそういって、去水の肩を叩いた。だが、去水は城熊にむかってニッと歯を見せた。
「次はそれを指摘しようとしていたところさ。君はやはり筋がいいね」
「いい加減にしないか。昔の事件、いや事件にもなっていない、事故の真相まで、部屋でじっとしていた君に分かったというのかね?!」
「それが、分かるのさ。だから不思議だろ? 手塚さん。この屋敷の外壁を緑に塗り変えたのと、花壇のインディアンの置物。マンドリンとか、この手毬の置物やなんか、みんなこの半年程のことじゃないか? 一階のミステリー本に、引き出しのチェスやなんかもね」
「左様でございます。私といたしましては、以前のレンガ風の色が気に入っておりましたが…」
「牧場や水車やなんかは、以前からだね」
「はいその通りでございますけれども、あの、替え玉と仰いますのは」
「あれは忠輝氏の母親殺しだったんだよ。無論、阿片絡みのね」
「何をおっしゃっているのか…」
「敷地の廃園で、母親に農薬を浴びせかけたのさ。照子夫人は髪を振り乱して死んだ。
“廃れたる園”で“やはらかに髪かきわけてふりそそぐ香料”のせいで、“狂ほしく髪かきむし”る女を“踏みて帰るも”とある通りにね。
忠輝氏をロンドンにやったのは清輝氏だった。すでに忠輝氏は清輝氏の阿片で中毒していた。清輝氏は外聞を恐れて次男を渡英させたんだ。清輝氏の死後、忠輝氏の英国での放蕩費用が惜しくなった照子婦人が帰宅命令を出した。きっと喧嘩が絶えなかったのじゃないかね」
手塚は去水の質問を無視した。去水も答えを期待してはいないようだった。
「母殺しの弟は遺産相続人でもある。宮輝氏は躊躇なく弟を始末した。“枇杷”の歌から“病める児”まではその様子を示しているんだ」
と、ここで突然、城熊が、はっと正気づいたかのように、
「おいおい。君の根拠はみんなこの巻物かい? 当世、もう少し科学的にやってもらえなきゃ困るぜ。唯物主義者去水隣太郎らしくもないじゃないか」と辛辣にやりこめた。
だが、去水は「だから僕は君に宣誓証書を作ってもらったんだよ」と静かに言うと、ある箇所を指さした。その歌を見て、城熊は背筋が寒くなる思いがした。
“ひなげしのあかき五月にせめてわれ君刺し殺し死ぬるべかりき”
“犬が啼き居り乾草のなかにやはらかく首突き入れて犬が啼き居り”
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