第29話 月読命

月読命つくよみ』の力に目覚め、まず初めにしたのはウルナの治療だった。


 簡単だ。

 ”神力”を流し込んで治癒術式を付与すれば良い。

 まあ、今までの出力とは段違いなのですが。


「か、神様……」


 アシリカの声が聞こえる。


 視線をついっと流すと、跪き頭を垂れるアシリカの姿が目に入った。

 その姿は二年前に僕への臣従を誓った時と瓜二つ。


 当時は「神じゃありません」なんて否定していたのを思い出す。

 僕の中の”神力”が見えていた妖怪たちにとって、僕は始めから文字通り「神」だったのだ。

 月読命が宿っていると始めから知っていたのかは分からないが、少なくとも僕が妖怪を害さないという事はシュトラさんをもって認められていた。


 内心でクスリと笑みが零れた。しかし、表情はピクリともしない。

 そうか、この鉄仮面は月読命の神性に引っ張られていたのか。

 天照様とは対照的だ。


 しかし、記憶は戻っていない。


 どうやら、今度は記憶ではなく”力”を手に入れたようだ。

 しかも、それが一時の事だと感覚で分かる。


 神力の暴走。


 直前に起こった事は封印の解除ではなく、神力の流出だった。

 ”力”を得た事により、神力の扱いを感覚的に把握する。


 これは、『魔素とエーテルの混合物』だ。


 エーテルは錬金術で必須とされる触媒素。

 魔素と違って知覚もできなければ、魔術への転用もできないと記憶にはあった。

 そのため、完全なる”職人要素”であると勝手に思い込んでいたわけだ。


 なるほど。

 神術や妖術の発動に魔素がありながら、何か違和感を感じていた訳である。


 そして、知覚。


 月読命としての力を認識した今、僕には第六感ともいうべき新たな感覚器官が備わった。

 奇妙な感覚なので何とも言葉で説明しにくいのだが、視覚とは別にサーモグラフィーのような別の視点も増えたと言えば分かるだろうか。


 とにかく、通常とは異なったものだ。

 これは普通の人間には分かるまい。

 妖怪たちや神、神術使いが神力を見たり感じたりできるのも、この感覚を会得しているためだろう。


 恐らく、これは神通力を極めた先にある神術に由来する術だ。


 術と言えば、妖術。


 これは神術と全く同じ技術系統である。ただ、その伝承経路が違うだけ。

 天照様より伝えられたものを神術と呼ぶのに対して、月読命より伝えられたものを妖術と区別している。


 皇国の人間にとって、護国の象徴である天照様と妖怪の親玉である月読命が同じ御業を教えたというのは外聞が悪いのだろう。


 これに関しては月読命の力を把握した事でなんとなくわかった事だ。

 別に妖怪大戦時代の記憶を得た訳ではない。


 ここまでを一息に理解する。


 宿命通に目覚めた時とは流石に違うが、それでもある程度の負荷はかかった。


 しかし、疲れたなんて呑気な事を言っている暇はない。



「てぇやああああああ!!!」


 烈昴が上がる。


 今までの無気力が嘘のよう。

 葦利あしかがテルと声高に名乗り上げた女性は踏みしめた足元を砕き割り、僕へと一直線に飛来した。


 まるで隕石。


 巨躯とは言えない細い体も、神勅を受け『志那都比古神しなつひこ』としての力を宿した今、他者を圧倒する神力を解き放っていた。


 神勅というものもその全容は分からないが、ある程度は解析できた。


 高天原にいる八百万の神。

 その中でも自身の神通力の波長に一番合う神の神力を受け取る技だ。

 つまり、『御魂結みたまむすびの儀』である。


 本来は体に宿る魂を現世に止めるための儀式なのだが、この引力を魂ではなく神の神力を対象に行うのだろう。

 一歩間違えば自分が幽体離脱する事になるので、結構危険な技だ。

 実力者でなければ使いこなせないという理屈にも頷ける。


風華奏爛ふうかそうらん・壱式――!」


 神足通じんそくつうも使っての歩法。

 それはもはや次元跳躍の領域。

 瞬きの間すら必要とせず、葦利テルは僕を間合いの中に捉える。


「『花吹雪』!!」


 振り抜かれた太刀は二本。

 太刀を右手に、小太刀を左手に持ち、竜巻のような剣戟を繰り出した。


 しかし、もはや僕には効かない。


「『絶』」

「ぐうっ……!?」


 一言を、む。


 それだけで女性の神力は霧散し、僕を切り刻むはずだった鎌鼬かまいたちは逆に彼女を傷つけた。


「な、マジで!?」


 流石にここまでの差が出るとは思っていなかったのだろう。

 女性は顔を苦痛に歪めながら一端距離を取るように後ろに飛び退く。


 逃がすと思ってるの?


「『縛』」

「がっ!?」


 僕が右掌を前に出し、虚空を握るように動かす。

 それだけで、彼女は僕の神力に拘束された。


「はは、は……。そうそう。これだよ、これ! この絶望感! くひっ。ああ、ゾクゾクする!!」


 女性は狂ったようにケタケタと笑う。

 気味が悪い。


 葦利テルが言っていた「”上”は覚醒する前に葬りたいと考えている」から推測するに、僕を邪魔だと思う連中にとって、僕の中に月読命が宿っている事は既に周知の事実。

 また、封印されているのは『封絶』という術によるものだろう。

 ただ、いざという時のために実力者、それこそ神に近い程の実力を持った者を暗殺者として送り込む必要があった。

 そんな感じだろう。

 言霊の加護もあったし、力業で神力を叩き斬るなど余程の達人でもなければ無理だ。


 けれども、そもそもになるが、何故人から生まれた僕に月読命が宿っている。

 しかも、その神性だけが、だ。


 記憶は封じられているだけかもしれない。

 しかし、何か違和感を感じる。


 確か神話では月読命は『天岩戸あまのいわと』に封じられていたはずだ。

 僕の体が……『天岩戸』?

 良く分からない。


 とは言っても、あくまで神話。

 その信憑性に関しては疑問符が残る。


 って、少し待て。


 葦利テルが知っているなら、当然天照様も僕の中に月読命の神性がある事には気付いているんじゃないか?


 ならば何故、天照様は僕を「神子」に指名した。


 基本的に、神々は人の味方をする。

 しかし、そこに善悪の区別はない。


 殺人を犯そうが、盗みを犯そうが、等しく人の子として加護を与える。

 その代表が天照様だ。


 つまり、”上”という者の暗躍。

 僕の暗殺等を企てても、天照様は「それもまた人の行い」と考え手出しはしないはず。


 では、僕はどちらだ。

 僕は「人」なのか。それとも「神」なのか。


 人間から見れば「神」だろう。

 しかし、天照様から見たらどちらに分類されるのか。


 しかも、僕に宿るのは”妖怪の味方をしたあの”月読命だ。


 これは直接聞いてみるしかない。

 ちょうど神託するって言ってたし。


 直近の行動予定が決まる。

 さきほどまで葦利テルに翻弄されていたのが嘘のようだ。

 思わずおかしくなって笑いがこみあげてくる。


 神の力。

 これは人の身にとって強大すぎる。

 神勅を受け神に近い力を手に入れた六神通使いを、こうも圧倒できるとは。


「……で、アタイをどうする? アタイとしては神の力を覚醒させた坊っちゃんと戦えて満足さ。まあ、戦いになっていたのかは疑問が残るけど」


 神の見えざる手によって、中空へ浮かび拘束されている状態の葦利テルが口を開く。

 脱出しようと色々と試みていたようだが、どうやら諦めたらしい。


 どうするか。

 正直、彼女の口から色々と説明させたい。

 しかし、暗殺が失敗した以上、”上”とやらがどう動くか。


 このまま拘束する事は神力の流出が止まれば無理な話であるし、そもそもそうなれば僕たちは葦利テルに勝てない。


 やはり、


「殺すかい? それもいいさ。ただし」


 言葉を区切り、ニヤリと嘲笑する女性を見据える。


「アタイが知っている情報を教えてもいい。そのかわり逃がしてくれない? アタイ、このままじゃ処分されちゃうからさ」


 自分を殺してもいいと言っておきながら逃がせと言う。

 明らかに矛盾していた。


 また、彼女は恐らくこの力が完璧な解放に至っていない事を察している。

 であるならば、彼女の言い分はただの時間稼ぎに過ぎない。


「時間稼ぎだって思うだろうけど、本当だよ。アタイは強い奴と戦いたいだけさ。他の六神通たちとも仕合ってみたいと思ってたんだよねえ。坊ちゃんに負けたし、ま、時期としてはちょうどいいかなーって」


 時期?

 何のことだ。


 ああもう、月読命の神性に引っ張られたせいか、また無口になっちゃったよ!

 意思疎通が難しいじゃないか!


「心配ご無用! アタイが坊っちゃんたちを傷つける事はもうないよ。その証明は簡単さね」


 僕が内心で胡乱気な表情を作り彼女を見つめると、


「坊ちゃんが今の状態でアタイに”縛鎖の術式”を付与すれば問題ない。なーに、自分の実力は自分が一番良く分かってるだろう? 今の坊っちゃんにとって、それくらいは朝飯前さ。アタイの話を聞いて、それで信用できたなら術式を解除してくれればアタイは構わないよ。どうせここで断られたら消されるし、話を聞いてから殺してくれても、まあそれはそれでしゃーないかなあ」


 やはりお喋りである。

 全く信用できないが、秘密を喋るという一点においては本当かもしれない。


 また、彼女の言う事にも一理あった。


 彼女を一蹴した今の僕の力であれば、彼女の力を抑制させる術式を付与する事など造作もない。

 ただしその後、彼女が仲間たちの下へ戻らないという保障はないのだ。

 僕の覚醒状態が終息した後に、一人で逃げるだけなら可能だろう。


 また、彼女の拘留場所も問題だ。

 皇国内に安心できる場所など最早ない。

 どこか、人の手が入らない所でもなければ……。


 あ。


 ある。


 あるわ。人の手が届かず、”上”の脅威も及ばなさそうなところで、更に監視員もいる便利な場所。


 僕はおもむろに懐へ手を入れると一つの石を取り出す。

 紅に輝く石。


 それは――碑石。


 シュトラさんに神認定された日に渡された物だ。

 確か、呼べばいつでも駆けつける、だっけ。

 どうすればいいんだ?


 何とは無しに掌で弄びながら、少しだけ神力を込めてみる。


 すると、



「――お呼びですかい、神?」



 なんとも呑気な声と共に、人姿のシュトラさんが雷となって落ちてきた。




△▼△




  こうして。

 

 「げぇっ!?」という言葉を残し、女性は皇国から消息を絶ったのだった。


 その後、まるでタイミングを計ったかのようにゾロゾロと出てきた兵たちに治療を受け、僕らはしばらくの間療養の日々を送る事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る