第30話 神託

「ふむ。久々、でもないが、どうじゃ? 元気にしておったか?」


 僕は無言で目の前に浮かぶ神を見据える。

 心なしか視線を鋭くして。


 あれから数週間。

 本来であれば、とっくに学舎へと通うようになっていたはずの本日。

 僕は天照様に呼び出され神社へと来ていた。


 天照様は相変わらずダルそうな態度であったが、その表情は悪戯をした悪ガキにように楽しそうである。


 どうせ、僕の暗殺の件とか諸々も知っていたんだろう。

 僕の中で天照様の好感度や信頼度、その他色々なパラメータはだだ下がりだ。


「まあ拗ねるでない。お主も我らの”姿勢”は知っておろう」

「人の手によるなら僕が死んでもいいって事でしょう。分かっておりますとも」

「うむ、その通りじゃ」


 くそう。

 嫌味が全く通じない。

 そりゃそうか。


「しかし、お主が月読命として顕現したとしても手は出さん。これも我が言葉で保障しよう」


 そして、やっぱり分かってたのか。

 じゃあ、


「何故、僕を神子に?」

「そうじゃなー。まあ、なんとなくじゃが」


 おい。


「懐かしかったから、かのう。何せ数千年ぶりじゃし」


 そう言うと、天照様は慈母の顔で微笑む。

 言葉に嘘偽りはないのだろう。

 神、嘘つかない、ほんと。


 それはいいとして、何でもない仕草一つ一つに神性が宿り後光が眩しいから”慈愛に溢れたそういう”発言とか止めて欲しい。

 ほんと、神力が見えるようになった弊害がこんな所に出るとは思ってもみなかった。


「おお、すまんすまん。今は月読命も引っ込んでおるのじゃったな。まあ、問題ないという事じゃ」


 いや、問題ありまくりだよ。

 何で問題ないなんて思えるんだよ。

 こっちは命掛かってんだっつうの。


 あと、姫様たちに傷でもつけてみろ。

 今度こそ『封絶』とかいうのブッ壊してやるからな!


 信仰心が急降下した僕にとって、天照様はそんな立ち位置だった。


 もう”様”もつけなくていいかな?

 うーん、一応つけておくか。


「説明を願いたいのですが、天照様はどこまで?」

「そうじゃなー。神勅とか、そこらへんに関しては我のことじゃし、教えておこうかのう」


 これまた呑気に語り出した天照様。


 僕じゃない当事者だったらブチ切れられていると思う。

 まあ、天照様にそんな事をする人はいないか。


 『封絶』の効果が戻り月読命の力が霧散した今、僕は元の状態に戻っているのだが、感情面からすれば大分月読命の神性に引っ張られているのが分かる。


 まあ、冷静に対処するという点においては便利なのだけれど……。

 変に慈悲深いというか、妙に懐が広いというか、沸点が異常に高いと言うか。

 まあ、そんな感じだ。

 以前ほどではないが、僕の気力も失われている。


 これは神力が一気に抜けてしまったせいだと思う。

 空気の抜けた風船と一緒だ。

 時が経てばもう少しやる気も出てくる……はず。


 流石に謎を抱えたまま後手に回るのは怖すぎるし、僕の大切な人々を守りたいという想いも変わらない。

 シュトラさんに任せた暗殺者”葦利あしかがテル”がどうなったのかも気になるし、今後は学舎にも通わなければならないだろう。


 ただ、今になってシュトラさんを呼んだのは迂闊だっかたなと思う。

 葦利テルが自分は処分されると言っていたし、普通に考えればどこかから誰かが僕らの様子を監視していたはずだ。

 要は葦利テルが誰に引き渡されたかは、もう既にバレていると考えるのが妥当だろう。

 シュトラさんまで巻き込んでしまった。

 シュトラさんの移動方法が碑石を通しての転移術式だったので、余程の事がない限りは追跡できないだろうけど。


 こんな事なら、初めからシュトラさんを呼んでいればよかった。

 すぐに人が来ると思ったし、碑石なんてすっかり忘れていたんだよ。後悔先に立たず。


 それに、葦利テルを引き渡した後、僕らが再襲撃される事も可能性としては低くなかっただろう。

 ただでさえ、手法が暗殺だったのだ。

 失敗の確立が元から高いのだから、その後の対策を”上”とやらが考えていてもおかしくない。


 そう考えれば、何故僕は今も普通に療養できてるのか。

 相手の考えが良く分からず、いっそこの平穏な日々が不気味とすら感じてしまう。


 まあ、そんな感じで不安の種はたくさん残るが、学舎は神社の管轄であるし、城の上層部からもある程度距離は取れる。


 しかし、だからこそ相手が次にどのような一手を打ってくるか推測が難しかった。


 また、学舎に通うのは元服したばかりの選民の子たちだ。

 皇国に違和感など感じていないだろう。それには幼すぎる。

 彼、彼女たちを巻き込んで大規模な事件を起こすとは考えにくい。


 まあ、これはあくまで『皇国の』上層部が相手だった場合だが。


 他に考えられるのは独自の組織。

 皇国を裏から操る秘密組織とか……流石に漫画の読みすぎか。この世界に漫画なんてないけど。


「お主が見たという『神勅』はのう、妖と争う人の子に我が与えた三つの教えが起源じゃ」


 自分の考えに没頭していた僕を天照様の言葉が掬い上げる。

 一瞬何のことかと思ったが、どうやら神勅関連についての説明らしい。


「『天壌無窮』・『宝鏡奉殿ほうきょうほうでん』・『由庭稲穂ゆにわのいなほ』の三つじゃ。神勅自体は他にもしたが、この三つがいつしか「天壌無窮」と「神威抜刀」へと変わっていった上に剣術の教えになっておってのう。本来の名が神術の極意へと至る神賀詞かむよごととなりおった。子らの使う『神勅』は自分の魂を依り代として神の神力を借り受ける御業じゃから、誰かしら神の加護を持っとらんと使えんな」


 随分とざっくりした説明である。


 思わず内心で呆れていると、


「ああ、別にお主に月読命が宿っていようと、加護を取り上げたりなどせんから。お主は紛れもない”人の子”じゃよ。安心せい」


 不意打ちで言われた。


 月読命の力を自覚した時にふと思った事。

 僕は「人」なのかどうか。

 その揺らぎを見て取ったのかどうかは知らないが、あまりにもストレートに核心を突かれたので狼狽えてしまう。


 あ、眩しい!

 折角少し見直したのに!

 鬱陶しいな、この後光!


「それに、我は月読命や妖に対してどうこうなど思っておらん。神は感情になど囚われんからのう。月読命を感じたお主であれば分かるじゃろ? あれは筋金入りじゃった」


 確かに。

 この鉄面皮も月読命さん譲りです。

 ついでに言えば、現在の軽い感じもそのせいかと。


 しかし、それじゃあ天照様はどうしてこんなにも感情が豊富に見えるのか。

 そして、何故妖怪と人に分かれて、月読命と天照様が争ったのか。

 そもそも、妖怪とは……?


 かなり気になるが、何となく月読命とのプライベートな関係に突っ込んだ質問な気がして。

 それに、聞いても答えてくれないという確信があって。

 僕がそれを口にする事は無かった。


 そういった意味で、天照様は全ての”人”という存在に公平なのだろう。

 忌々しいと少し思ってしまうがな!


 でも、「妖怪に対して何も感じない」は嬉しい。

 アシリカやウルナが僕の側にいてもいいという事だ。


 あと、なんで江戸の郊外に東方の鬼神さんがいたのか気になっていたのだが、これも人に危害を加えないなら関与しない、という事なのだろう。

 ……あれ? 葦利テルは? あの人、人間だけどいいの? 彼女の生殺与奪権、今はシュトラさんが握ってるよ?


 あーっと、連鎖的に思い出してしまった!


 五年前の『汝の死を讃えよメメント・モリ』事件。

 あれ大丈夫? なんか土地神殺しちゃったらしいけど……。

 ツッコみは無しですかね?


 何もツッコまれないので良しとする。


「お主に宿った月読命も、神力の波長が恐ろしく合ったからじゃろうて。お主が六神通に目覚めたのも、月読命の神力に影響を受けたからじゃろうな」


 宿命通、か。


 僕は自分の神通力に微妙な感覚を持っている。


 けれども、月読命のせいでそっちが目覚めたのなら、僕はどちらにしろ命を狙われていたのだろう。

 それならば、まあ、あった方が良いか。


「我もあるしな、人の子に我の神力が宿った事。っていうか、しの」

「え?」

「なんじゃ、気付いておらんかったのか?」


 え、つまり、僕みたいな奴が他にもいるって事!?

 不味くない?

 流石に江戸で怪獣大戦争みたいな展開は勘弁なんですけれど。


「ふーむ」


 天照様は僕から顔を逸らし、しばし想いを馳せる。

 そして、一頻り呻った後。


「ま、教えてもいいかの。あやつじゃよ、ほれ、お主の側にいつもいる――」




 △▼△




 天照様との神託から更に数日後。


 僕たちは学舎へと遅れて入学する事になる。


 ただでさえ地位のある家の子であるにも関わらず、遅れて入学してきた僕たちが目立たない訳がない。

 これからも色々と起こるだろうが、まあ、頑張って生きていきたい。

 ……まずは僕のやる気を取り戻すのが先か。


 また、僕の暗殺事件は秘密裏に処理された。


 姫様が激昂していたが、所詮は十歳児の戯言。

 暗殺者である”葦利テル”をどこにやったのかを口外する訳にもいかず、しかし荒れ果てた中庭の様子から襲撃があった事実は認められ、とりあえず「犯人捜し」をすると言われた。

 そして、終了、である。


 こんな感じになる事は、まあ始めから分かっていた。

 そうでもなきゃ、僕の暗殺なんて実行されもしないだろうしね。


 まだまだ情報が足りない。


 現状から葦利テルが言っていた”上”の存在に迫る事は無理だろう。

 それに、肝心の彼女からまだ話を聞けていない。

 シュトラさんに預けているから恐らく大丈夫だと信じているが、早く処理するに越したことはないだろう。


 ……あー。

 姫様たちにアシリカとウルナの話をまだしてないや。


 流石にちゃんと説明してあげないとなあ。

 ま、僕の作った液体飲んで正体が露見した時の反応を見る限り大丈夫だろう。



 そして、これは僕の直感になるが、歴史に隠された『何か』。

 それがこの暗躍の鍵を握っているはずだ。


 僕に宿る月読命も。

 僕の命を狙う連中も。


 僕を亡き者にする事で隠される『何か』が過去にあったための現状だろう。

 そして、『何か』を表に出されるのはマズイと判断した。


 今考えれば、”酒井ミナヅキ”はその『何か』に辿り着いたのかもしれない。

 だからこそ、それに関する記憶も月読命と一緒に封印されているのではないか。

 そう考えると、割としっくりくる。


 ……もしそうなら、暗殺される最後まで一緒、とかになりそうで怖いが。


 別に僕は皇国を滅ぼしたい訳ではない。

 そう考えていたのは過去世のミカゲだ。僕じゃない。

 今なら普通にそう思えるのも不思議だ。

 記憶を取り戻した当初は、その時の感情に自我を乗っ取られそうで恐怖すら感じていたのに。


 ただ、命の危険がある現状を放置するつもりもない。

 訳も分からず殺されるなど、そこまでのお人よしではないのだから。


 それに、暗殺なんて非常識な手段を普通に使ってくる相手だ。

 ミカゲや姫様たちに危害を加える可能性も多いに存在する。

 そのための防衛手段も手に入れておく必要があった。


 よし。

 今後はこの『封絶』とかいう封印をどうにかする方法も考えよう。

 魔術、科学、錬金術、そして神術。

 これらをフル活用して、何かしらの突破をして見せる!


 一応、月読命状態の時に封印を解除できないか試してみたけど、それができたらそもそも月読命は封印されていないだろうし、予想通りの結果となった。


 あと、神術はまだ謎も多い。

 いかに神力についての造詣が深くなったとは言え、その術式について詳しくなった訳ではないのだ。

 何せ月読命の力しか感じ取れなかった僕は、その振るい方も全て感覚。

 今では何も分からない。


 神力の乱れについてもよく分からなかったし。

 何で乱れてないんだろう。いや、その方がポーカーフェイス的に便利ではあるんだけど。

 原理が分からん。不安だ。


 ま、まあ、それはおいおいで大丈夫だろう。


 つまり、月読命の力を解放し、僕の大切な人たちが安心安全に暮らせる環境を目指す!


 大雑把だが、今後の行動方針は決まった。


 そして、まずは目の前の学舎生活だ!



 ――気を引き締め直し、僕たちの次なる舞台が幕を上げる。

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