第28話 封印されし力
「……」
女性の眉がピクリと動く。
ビンゴか。
――『神足通』。
それは六神通の第一にして、自在に身を現し、思うままに山海を飛行し得る能力を指す。
曰く、塀や、城壁や、山を通り抜けられる。
曰く、大地に潜ったり、浮かび上がったりできる。
曰く、鳥のように空を飛び歩ける。
曰く、月や太陽をさわったりなでたりできる。
これはあくまで伝承によるものだが、彼女の動きを見れば、なるほど。どうやら嘘という事でもないらしい。
しばし無言で睨み合うが、女性は観念したように両手を肩の位置まで上げた。
「いやあ、その目は強いなあ。まだ覚醒しきれてないはずなんだけど……。ご明察。アタイは『神足通』の能力者さ。坊ちゃんたちに捉えきれない動きをしたのもそのせい。正直、より上位の六神通に目覚めてる坊ちゃんに通用するかどうかは微妙だったんだけど……杞憂に終わったね」
おいおいおい。
どうして僕がより上位の能力者だってバレてる……!?
相手の能力を看破したというささやかな優越感を木っ端みじんにされた。
僕の『宿命通』は六神通の”第四”。
第六が最も高徳であるとされる中、第一より第四の方が確かに上位の能力なのだ。
しかし、僕が『宿命通』に目覚めている事は誰も知らないはず。
ミカゲにだって言った事もない。
それがどうして目の前の暗殺者に把握されている。
「んー、驚いた様子もない、か。その鉄壁な感情操作はどうやって身に着けたんかね。やっぱあれ? 『
……何を言っているんだ?
『テンゲン』?
は?
オーバーヒートしそうになる頭を必死に手繰り寄せる。
相手が暗殺者で僕が狙われているという現状を忘れてしまいそうだ。
女性から情報を引き出そうとは思ったが、こんな混乱するような事をポンポン言われるとも思っていなかった。
「でもまあ、”過去”を見通されると困るんだよねー。始めは特にやる気もなさそうだったから監視に止めてたけど、戦技館の一件は看過できないなあ。あと妖怪。いつの間に側に置いてたの? アタイたちの”目”すら誤魔化すなんて相当高位の術でしょ。まあ、そんだけ馬鹿みたいに巨大な神力を持ってれば何でもできそうだけど、『封絶』は効いてるっぽいし、不思議ー。……もしもの為にと思って『神勅』を使えるアタイが来たのも無駄じゃなかった訳だ」
訳が分からな過ぎて段々イライラしてきたぞ。
しっかし、よく喋るなこの人!
とにかく、「過去」の一言で『宿命通』持ちだって事はバレバレ。
「アタイたち」の言から組織だっての行動である。
天壌無窮流の使い手であるのなら皇族派に属する人物であるだろうし、裏で糸を引いているのはやはり皇族派か?
「『封絶』は効いている」?
僕の記憶に制限が掛かっているのはこいつらのせいか?
ならば、どうやって?
それに、監視されていたのはいつからだ?
アシリカやウルナが妖怪だと知られていなかったのなら、彼女たちに変異術式をかけた後。
つまり、二年前くらいからと考えるのが妥当か。
本当に何も知らなかった。
過去世を獲得したのに、まるで
そこで、母様の姿を思い出す。
二年前。
アシリカとウルナが侍従として屋敷に来てから少し経った頃。
母様は姫様を家に連れてきた。
あの時は、何で郊外にある側室の家なんかに姫様を連れてくるのか疑問に思っていた。
もし、だ。
もし、あの時。
姫様と僕を引き合わせ、姫様の側に侍るように僕へ命令するのが最初からの目的だったとしたら?
偶々僕は姫様と森で出会い、姫様に気に入られたから母様の命令に違和感は感じていなかった。
その出会いが無ければ、僕は城に来る事などなかっただろうと思っていた。
しかし、お見合いのような形で無理矢理にでも城へ連れてこられていたのかもしれない。
当時、僕が部屋から出ないように言われていたのは父様の独断だ。
母様は僕に興味すら抱いていなかった。
母様の興味の対象は、自分にとって利となるかどうか。
つまり、何かの存在が利になると判断したから、姫様を屋敷に連れてきたのだ。
あの日、屋敷で母様がした事と言えば、姫様と僕を引き合わせただけ。
何故、僕?
確かに姫様と同い年ではあったが、年のそこまで離れていない兄上や姉上たちもいた。
そちらの方が勝手が良かったのではないか?
僕の――監視?
それは母様が僕の『宿命通』に気付いていたという事にもなるのだが、城にいた方が確かに管理はしやすい。
自分の近くに置くのだし、単純に人の目も多いのだ。
もし、本当にそうならば、
「……姫様を、利用したのですか?」
その瞬間。
僕の頭は煮えたぎった。
幕府の次期将軍である姫様。
当然、政争に関連する諸々に巻き込まれるのは分かっていた。
酒井の屋敷へ姫様を連れてきていた時点で今更だろう。
それでも。
頭で理解はしていても。
こんな形で僕と姫様の思い出を、大切な人との出会いを穢された。
あの天真爛漫な笑顔も。
僕を気遣う優しさも。
自信満々な無邪気さも。
引っ張ってくれる、温かい手も。
全て、全て全て全て!
――誰かの悪意の上で、成り立っていたとでも言うつもりか!!
激情が身を支配する。
自分でもとんでもない屁理屈なんじゃないかと訴える理性のようなものはあった。
母様であれば姫様を使った回りくどい方法など用いなくとも、僕に命令をすればいいだけだ。
それでも、一度昂った感情は歯止めが効かないように胸中でその勢いを増していく。
荒れる。
吹き荒れる。
爆発のように滅茶苦茶なノイズが思考を搔き乱す。
感情がまとまらない。
心臓の動悸は激しくなり、汗がひっきりなしに顎へと伝っていく。
どうした。
何が起こっている。
段々と戸惑いの方が大きくなる。
くそ、落ち着け。
まだ決まった訳じゃないだろ。
ただ、暗殺を考えたのが母様なら、その可能性もある、と、そう思った、だけ、で。
体を内から貪られるような。
何かが皮膚を破って飛び出してくるような。
奥底に埋まっていた火薬に火を付けられたような。
体の中で、何かが壊れた気がした。
しかしてそれは、
――『ガチャっ』。
鍵の、開く音。
△▼△
「あっはは! 面に見えなくてもやっぱり所詮はガキか! 何重にも封印を施されてたみたいだけど、見える神力だけでとんでもなかったし、やっぱり本物と戦いたかったんだよねー! ほら、私、ちょー強いじゃん? もう其処ら辺の奴らじゃ話にならないからさー!! ”上”は坊っちゃんが覚醒する前に葬りたかったみたいだけど、こうなっちゃったらしょうがないよねー!? いやあ、『
女性は興奮したように捲し立てる。
その顔は愉悦に酔うようで、庭で揺らめく炎に照らされて尚赤い。
対して、僕の心は直前の乱れに乱れた心が嘘のように凪いでいた。
そうか……コレが僕の中に眠っていた力。
今まで理解の難しかった”神力”というものも手に取るように分かる。
なるほど。
だから魔素と勘違いしていた訳か。
「さあ、殺し合おう! 『人の世を見定める者』よ! その目覚めた力でアタイを
目の前で喚く狂人に改めて目を向ける。
そこに以前のような脅威は感じられない。
本当に、僕は人を辞めてしまったのだろう。
無言で佇む僕に、女性は我慢できないといった様子で構えを取った。
そこにはもう暗殺者としての立場など放棄した、一人の
「天壌無窮流免許皆伝、
天照様と共に頂きを冠する三貴神が一柱。
時を司り、暦を体現する貴人。
彼の存在は”宿命”を見通すと伝えられる『天眼』を持つ。
そして、人と妖怪の大戦争『妖怪大戦』にて妖怪側に立った神。
その名は、
「いやさ――『
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