第27話 六神通
叩きつけるような魔素の奔流。
清濁併せ持つその流れは、穏やかなようでいて、荒れ狂う嵐のようでいて。
肌を刺すように噛みつく殺意。
頭を撫でる母のような温もり。
心臓を直接握られたような重圧。
大いなる力に身を任せるような抱擁感。
相反する様々な感覚が全身を支配する。
この感覚、似ている。
僕は人知れずゴクリと唾を飲み込んだ。
二年前、小山のような赤鬼だったシュトラさんが僕と対峙する際に変容した人の時の威圧感。
それと似たものを目の前の女性から感じた。
ここでふと気付く。
初めて、女性の姿をしっかりと見て取れた。
ゴチャゴチャとした装備など付けていないスラリと伸びた手足。
十歳からすれば見上げるほどの高身長で、スレンダーな体型と相まってはモデルと言われたら納得するだろう。
サイドポニーに結わえられた髪は月光を反射し、差し色として一房だけ血のように真っ赤に染まっている。
しかし、目は獲物をいたぶる猛獣のように愉悦が滲んでおり、刀を合わせる行為に快楽を感じているようだった。
その証拠に化粧の薄い顔はチークを塗ったかのように薄紅に色づき、艶めかしい唇を這う舌は蛇を連想させる。
体に纏う衣装は今までの戦闘で所々が破けたりほつれたりと大分痛んでいたが、着物を魔改造したかのようなミニスカートと振袖。
胸元を大胆に気崩した格好は動きやすさを重視しているのだろうか。
拡散するように放たれている魔素の渦で、その姿には神々しさすら感じる。
どういう事だ。
なぜ彼女の姿をハッキリと認識できていなかった。
今までも彼女の表情の変化は見て取れていた。
ただ、彼女の特徴へと繋がるような見た目に関する記憶情報がなかったのだ。
……幻術?
相手に気圧されないように目に力を籠め女性の瞳を真っ直ぐと見つめる。
それに気づいた女性はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「どうせ気付いたんだろ? そりゃ暗殺者だからね」
言葉少なに僕の考えを見透かし首肯する女性。
認識を阻害する魔術はそこまで大規模な術式を必要としないし、対象を自分の周囲に限定する事で魔素の消費も抑えられる。
いくら知覚能力が上がったと言っても、元々が「なんとなく感じる」程度の能力だったのだ。
達人の域にある女性の幻術を見破れなかったとしても不思議ではない。
己の無能さに拳を握りしめる。
という事は、あの変則的な移動方法も幻術によるものと考えるべきか?
しかし、発動する瞬間の魔素の変異は全く感じられなかった。
「『神勅』を受けると加減が効かなくなるし、他にも色々とバレちゃうから、ホントはあんまするなって言われたんだけど……。まあ、言霊の加護のせいって事にしておこうか」
女性はヘラヘラとしたゆるい言葉を吐きながら頭をかく。
流石にイラっとした。
ふうっ。
駄目だ。肩の力を抜け。
女性は性格ゆえにか結構なお喋りだ。
暗殺者に向いているとは思えない。
彼女の言葉から情報を引き出すべきだ。
頭を切り替える。
もうすぐ兵が来るだろうが、彼女の実力から言って一兵卒がいくら集まったところで犠牲者が増えるだけだろう。
……もう来てもいいんじゃないか? 突発的とは言え城内でこれだけ派手な戦闘を繰り広げたのだ。遅すぎる。
被りを振って思考を整理する。
今は目の前の女性を何とかしなければならない。
気にはなるが、自分で「いくら集まっても犠牲者が増えるだけ」と考えたばかりだ。
「しっかし、坊ちゃん凄いね。今の状態で『
体の傷が徐々に癒えていく女性に「何でもありかよ」と心の中で毒づきながら、その言葉に内心で首を傾げる。
その「神力が乱れていない」って何なんだろう。
シュトラさんにも天照様にも言われたのだけど、僕には全く心当たりがない。
十分に驚いているって。
ただ、シュトラさんと似てるって気付いたら少し落ち着いただけだ。
そういえば、シュトラさんの時は驚きこそしたけれど怖いとは思わなかった。
あと、この場においてはポーカーフェイスの方が役に立つ。
さて。
彼女の言動から分かる事。
①僕を殺しに来た。他の者に手を出すつもりはない。
②「神術」を扱い異常な強さと移動方法を持っている。
③今の彼女の状態は、どうやら『神勅』というらしい。
そして、
「貴女……皇族派ですか?」
「……どうでしょー、か」
目線は逸らされない。
しかし、否定もされなかった。
先ほどの口上の一句。
女性は確かに「天壌無窮の神勅」と言った。
皇族派が好んで学ぶ剣術流派の名を関する神勅。
女性は皇族派の差し金で来た可能性は高い。
しかし、そうなると襲来直前に井伊が話していた「主犯は母様」説はどうなるんだろう。
そもそも、ここで言う『神勅』ってなんだ?
言葉の意味は「神様が仰った」という感じだが……女性からの感覚としては”神霊の憑依”?
この奥の手があるから女性は僕らに対して常に心の優位を保っていられたのか。
いや。彼女は「この手は使いたくなかった」と言っている。
「色々バレる」というのは自分の顔と皇族派に繋がる口上?
クソっ。情報が断片的すぎる。
何か他に手掛かりはないか……!?
僕は頭をフル回転させながら相手の隙を伺う。
宿命通の記憶にある経験をこの体でどこまで再現できるか不安は残るが、この場で女性と相対できるだけの余力があるのは僕だけだろう。
……待て。
宿命通?
そうだ、宿命通は「六神通」の一つ。
他にも五つ、超常の能力があった。
あまりの希少性から僕以外の能力者がいる事を念頭から除外してしまっていた。
自分の迂闊さに反吐が出そうになる。
反省は後でいくらでもできる。
他の能力の中で、彼女が使っていそうな能力は……!
「『
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