第26話 カウンター
「やった、のか……?」
姫様が剣を支えに片膝をつきながら呆然と呟く。
それはフラグです、とツッコむ気にもなれない。
轟轟と音を立てる先はまだ、立ち込める噴煙と砂塵によって閉ざされている。
「ウルナはん……!」
「……」
井伊が堪らず駆けだそうとするが、アシリカが彼女の腕を掴んで引き留めた。
険しい顔で振り返った井伊はアシリカを睨む。
何故止めるのか。
声に出す以上に彼女の顔はそう物語っていた。
井伊とアシリカは揃って無言だ。
けれども、アシリカの目線は女性が立っていた場所から全く動いていない。
本当は僕だって、今すぐにでもウルナの下へ駆け付けたい。
アシリカに至っては、自分の最大威力の攻撃を女性もろとも受けたのだ。
心配でないわけがない。
傍から見たら諸共に殺そうとしたのではないかと正気を疑う行為だろうが、アシリカとウルナの絆は側で見てきた僕が感じる以上のものだろう。
アシリカはウルナを信じている。
そして、ウルナもアシリカを信じていた。
だからこその行動。
同じ妖怪であり、同じ主に仕え、同じ親から生まれた姉妹。
その繋がりは、身近を人間に囲まれた環境の中でより強固に育っていったはずだ。
変異術式が破壊され、妖怪本来の姿に戻ってしまった現状。
金色にたなびく髪の頂きからはケモミミも見えているし、袴の隙間からモコモコとした尻尾も生えている。
もはや誤魔化しはできまい。
井伊も姫様もその点に気付いてはいるだろうが、指摘をしていないのは信頼関係によるものだろうか。
妖怪と分かれば、彼女たちが手引きしたと疑われてもおかしくはない。
それでもアシリカを対等の存在として尊重し、尚且つ諫める様に意見をぶつけられる。
井伊の態度は真摯に彼女と向き合うものである事に、僕は安堵と嫉妬のようなものを覚えた。
どうして僕は井伊に対して素直になれないんだろうね。
「まだ、です」
アシリカの絞り出すような声に、僕は気を引き締め直す。
そうだ。
まだだ。
本能が警鐘を鳴らしていた。
まだ、あの女性はいる。
魔素が乱れ舞う現場であるため、女性の位置は判然としない。
しかし、未だプレッシャーを感じていた。
僕の前には肩を上下させ荒く息を吐くアシリカと井伊。
僕の側へと寄ろうとするが、思うように体が動かないのか、地べたを這うように進むミカゲ。
飛ばされた先、壁に寄り掛かるようにして地べたに座っている姫様。
全員が全員満身創痍だ。
僕を普通の、とは少し違うかもしれないが、それでもこの世界における”男の子”として扱う彼女たちにとって、僕が最前線で敵と刃を合わせる行為は不安の種にしかならないだろう。
また、歴史に名を残す大妖怪、東方の鬼神ことシュトラさんと打ち合えたとは言え、彼女は僕を試すために勝負を吹っ掛けてきたにすぎない。
自身の力を慢心してはいけないだろう。
加えて、魔素を体内に取り込んだ皆の暴発を少しでも遅らせるように、ある程度周囲の魔素をコントロールもしていた。
まあ、知覚能力が上昇しても操作能力が上昇した訳ではないのだから、これは気休め程度だろうけど。
つまり、戦場を俯瞰できる後方に控えている方が都合が良かったのだ。
そのため、後方からの魔術支援に徹していたのだが、どれだけ屁理屈を述べようとも傷つく皆を見ていたのは変わらない。
そんな僕の無力感と女性に対する敵意が籠った魔術。
当たっていれば如何に彼女と言えどもただでは済むまい。
しかし、
「ざーんねん」
僕の真後ろで嘲笑の声が聞こえた瞬間。
「紅蓮の宴、魔王は喝采を送った――」
「へ?」
迷うことなく、密かに進めていた
本命は、
「『
この一撃にある!
△▼△
女性がここに侵入した時と、僕の背後への移動。
それらは常識を逸脱した動きだった。
まるでテレビの画面が切り替わったかのように立っていた位置が変わる。
それは神通力でもおよそ出来ない芸当だ。
しかし、それを逆手にとる。
彼女の狙いは僕一人。
それは彼女の言動からも分かる。
であれば、いつ兵が駆けつけてもおかしくない現状、彼女は僕を一息に仕留めに来る可能性が高い。
これまで遊ぶように相手をされていたが、それはその気になればいつでも僕を殺せると慢心しているからだろう。
実際、四人は翻弄されるようにいなされていた。
しかし、彼女おしてこの四人を無力化し僕を殺すとなれば、何かしらアクションを起こすしかないだろう。
そのため、ギリギリまで戯れ満足した後、僕の下へと一瞬で移動し息の根を止める。
それが彼女プランだと予測した。
そこでカウンターだ。
確かに、唐突に表れる彼女の移動方法の原理は分からないし、その脅威も十分に実感している。
けれども、逆に来ると分かっていれば対抗方法がない訳でもない。
ただし、神術を操る彼女は恐らく魔素の知覚もできる。
よって、僕があからさまに魔術を構築するとすぐさまバレてしまう危険性を孕んでいた。
つまり、僕は女性に気付かれずに魔術を練り上げ、いざ彼女が僕へと踏み込んできたときに彼女の攻撃よりも素早く魔術を発動させなければならない。
自分で言っていて中々の難度だと思う。
しかし、自らの危険を顧みず立ち向かっていった彼女たちにだけ、危ない橋を渡らせるわけにはいかなかった。
そして――予測通り。
僕の背後へと転移した彼女の腹に後ろ手を添え、極大魔術を発動した。
魔素を練りに練り上げて作り出した極光。
これを掌から直線に伸びるのではなく、対象を基点とした空に昇る範囲攻撃として設定。
アシリカやウルナのような地獄の光景ではなく、例えるならそれは、天へと召される者への鎮魂歌のようであった。
ここにきて、ようやく僕は力を抜いた。
感触はあった。
確実に当たっていたはずだ。
それを実感したからこそ、その場でへたりこんでしまう。
な、なんとかなった……。
周囲にもその雰囲気は伝わったのだろう。
恐ろしい強敵を破った達成感のような何かが、僕らの胸の内に広がる。
その時だった。
「くっ……ははっ……。ここまでとは考えてなかったよ、いやうん、ホント」
絶句。
それ以外に表現できない衝撃が体を走る。
声の聞こえた方向。
恐る恐る庭の片隅へと目をやれば、深手を負いながらも顔に狂気の笑みを張り付けた女性が立っていた。
まさかあの攻撃を受けて未だ倒れないとは。
確かに周囲への被害を考え範囲は絞った。
それでも、僕の全力を込めたはず。
女性は息も絶え絶えながら、二本の足で地を踏みしている。
規格外にもほどがあるだろ。
「これはヤバイ、なあ。……流石に舐めすぎたわ。ふふっ」
大きな声ではなかった。
だが、その声は脳に直接語り掛けられたかのように、その場にいた者の耳に届く。
そして、同時に心胆に異常なまでの負荷をかけられた。
「な、なんだ、これ」
構える刀こそ落とさなかったものの、及び腰になってしまった姫様がいた。
普段の堂々たる姿は見る影もない。
井伊も息が詰まったように言葉を発する事すらできていない様子だ。
「まさ、か」
アシリカは顔を青ざめさせる。
直接的な傷こそ負っていないものの、僕の作った液体を飲み無理をさせた体は意志に逆らい鉛のように重くなっているはずだ。
なんとか力を抜くまいと踏ん張っているが、足腰はガクガクと震えていた。
「坊ちゃんの実力を見誤った、ね……ついつい。……いいよ、見せてあげる。神力を具象化できる神術、その極意ってやつをさ。……お姉さん、ちょっと本気を出しちゃうぞ」
凄絶な恰好であるにも関わらず語尾にハートマークでも付けそうな女性のノリに、僕の頭は可笑しくなりそうだった。
これだけの殺気を放っておきながら、彼女はどうしてヘラヘラとした態度を崩していない。
そのギャップに、その不格好さに、その理解の出来ない光景に。
僕たちは竦み上がり、その場を動く事が叶わなかった。
次いで、彼女は言祝ぐ。
いや、
「
これは言祝ぎよりも上位の詠唱だ。
決して力強くもなければ、覇気のある声でもない。
それでも、彼女の声は僕らにとって、死の宣告のように重く、重くのしかかってきた。
「天壌無窮の
神代より続く皇国。
神は人を時に助け、時に試練を与えたもうた。
その
「――『
今、神が顕現する。
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