第25話 一気呵成

「若様、を使わせて頂きます」


 苦しそうに顔を歪めながらも、決然とした意志をミカゲは示す。


「……分かりました。出来るだけの補助は僕がします」

「ありがとうございます」


 ミカゲに倣うように他の四人もコクリと小さく頷く。


 眼前に立ちはだかるは仁王が如き女性。

 決して筋骨隆々ではなく、むしろスレンダーな体型であるのだが、そこから滲み出るオーラは静かにして乱れがない。


 あくまで僕らに先手を譲ってくれるようだ。

 お手並み拝見の言葉はそのままの意味であるらしい。


 それならば、こちらも出し惜しみしている場合ではないだろう。


「……んっ」


 ミカゲたちが取り出したのは襲撃直前に僕が渡していた物――『魔素を溶かし込んだ液体』だ。

 名前など考えていなかった。


 そこはどうでもいいのだが、魔素とは本来、空気中に漂う無形のエネルギーだ。


 それを術式を用いる事で事象へと変異させるのが魔術なのだが、これは化学反応ではない。

 つまり、無理矢理に自然現象へ似せたものとして現界させているため、結構な無駄エネルギーロスが生じていた。

 これは科学と錬金術の知識を得て気付いた事だ。


 科学は自然に起こる現象を理論によって証明するものであり、錬金術は自然界に存在するものを高位存在へ変異させる技術である。

 どちらも基本のベースは「自然科学」であり、魔術は「魔素」ありきの考えをしている点で対照的である。


 この着眼点を元に、より効率よく魔素を扱えないかと考えた結果誕生したのが『魔素を溶かし込んだ液体』である。


 ゴチャゴチャと説明したが要するに、これを飲む事によって魔術、ひいては妖術の効果が上昇するはずなのだ。

 先ほどの女性の言が真実であるならば、神通力にも効能が見られるかもしれない。


 それを皆が一息に煽ると、すぐさま変化は現れた。


「う、おっ……!?」


 姫様が驚いたようにビクリと震え、手に持っていた小瓶が落ちる。

 他の人たちも似たような反応をする中、


「ヤアアアアア!!」


 いの一番に飛びかかったのはウルナだった。


 しかし、その見た目は変化をしていた。

 銀髪に戻っていたのである。


 先ほどの液体、期待される効果は耳に聞こえの良いものだが、何も安全であるとは言っていない。

 魔素を体内に取り込むというのは、言ってしまえば魔素の過剰摂取だ。

 体にどのような変化をもたらすかは判然としていない。


 二年前にかけた変異魔術は幻惑ではなく、身体の再構築に当たる術式を付与する半永久的なものだったのだが、その術式が破壊されたようだった。

 これは体内の魔素が暴走しているのかもしれない。


 つまり――タイムリミットはあまりない。


「波状の軍勢、破城の鉄槌。六星が導くは鹿砦ろくさいとりで! 」


 それをすぐに察したのか。

 金色の覇気を纏ったアシリカは諸手を上げて言祝ぎを始める。


「せいっ!」


 ウルナが瞬間移動のように距離を詰め一息に突いた先。


「甘い甘い」


 女性は僅かに重心をずらし、ウルナの拳を受け流す。

 しかし、


「ナアアアアア!!」


 前につんのめったかに見えたウルナは側転するように足を振り上げ、女性の顎へと死角からのサマーソルトを繰り出した。


 女性は少し驚いたように目を開くが、首をかしげる形でこれを危なげなく回避する。


「賢なるをもって立ち上がり、険なる道を乗り越えろ、堅なる城を突き崩し、剣なる御代みしろを奉れ!」


 アシリカの妖術が組み上がっていく。

 祝詞と紛うばかりの朗々とした語り。

 高ぶる魔素が吹き上がり、金糸の髪は月光に煌めいた。


 流石に不味いと思い本腰を入れ始めたのか。

 殺気を伴った構えを見せる女性がアシリカに寄ろうとするも、


「でやああああああ!!」


 世闇に轟く一喝が女性の前へと立ちはだかる。


 飛びあがり縦一文字に刀を振り下ろすは姫様。

 その体には力が漲っており、やはり神通力にも飲んだ物の効果が見られていた。


「うぉっ」


 思わず漏れた様な女性の声。

 彼女は急制動をかけるように仰け反り刃を回避する。


 毛利さんとの果し合いの時とは違う姫様の剛剣は大地に深々と傷をつけ、舞い散るつぶてを解き放った。


 弾け迫る凶岩を女性は左腕で払う。

 顔面を庇うのは人の防衛本能として当然だ。


 だからこそ、予測しやすい。


「てええええい!!」


 土煙に紛れ相手の後方右手に回ったのは井伊。

 女性の腕で陰った視界に合わせ、握る太刀を相手の腹部に滑らせる。


天地あめつち水を含み、空そびえるは雲」


 しかし、これを女性は感づいていた。

 言祝ぎをしながら右手に持つ太刀をくるんと一回転させ逆手に持つと、足を動かす事もなく井伊の一撃を防ぎきる。


 井伊は舌打ちせんばかりのしかめっ面だ。

 しかし、噛みつかんばかりの殺気は静かに相手を抉り刺す。

 間近で見れば、それは相当の迫力だろう。


 女性の注意が一瞬だけ井伊に引き付けられた。


「まだまだああああ!」


 その隙を見逃すはずもなく。


 姫様とミカゲが前後挟みこむ形で雪崩れ込む。

 反して井伊は一度グッと刀を押し込み入れ替わる形で離脱した。


「回る力、廻る魂、周りを取り巻くは慈悲なき刃」


 早口で言祝ぐ女性。

 初めてその余裕が崩れた。

 表情は笑っているが、目は真剣味を帯びている。


 ここで一気呵成に攻め立てる!


「天下轟雷! 神は言葉をさんざめく、神鳴りとなってさんざめく――!」

「一心一意、抜山蓋世ばつざんがいせい!」

「一の紅、四の浅葱、八の紅掛空べにかけそら、十の玄!」


 ウルナ、アシリカ、僕の声が重なる。


「無双の花。――其は『天元』なり」


 しかし、一足早く女性が言祝ぎを終えた。


 彼女は左手で小太刀を抜き、これを振り払って姫様とミカゲを弾き飛ばす。

 そして、女性の真上から、


「『万雷』、ナ!!」


 ウルナが雷となって炸裂した。


 紫電が走る。

 地が割れる。

 常世とこよを切り裂く雷鳴の凱旋。

 一条の光となって引いた線は、女性へと真っ直ぐに降り注ぎ、


「『千剣波濤せんけんはとう炎神乱舞えんじんらんぶ』!!」


 アシリカの周囲に展開された無数の炎剣が、女性を磔刑にするべく押し寄せる。


 炎の花の乱れ咲き。

 華々しく散る姿は儚くも見え、反して怒涛の如く刺し穿つ雨あられとなって吹き荒れた。


 ウルナの雷と相まって、その光景は天変地異。

 女性を中心とした局所における、天災が正に降臨した。


 けれども、まだ手は緩めない!


「第一に来る白馬は弓を持ち、第二に来る赤馬は剣を持つ。第三の黒馬は秤を持ちて、第四の青馬は死を撒いた」


 アシリカに遅れ、僕が綴るは魔術。


 慎重に、精密に、しかし構築は迅速に。


 五年前、魔術を始めて使った時。

 その威力は僕の予想を遥かに上回っていた。

 更に今では記憶が解放された事で魔素の知覚能力が上がっただけでなく、アシリカは「神性も向上している」と言っていた。

 ならば、より暴発の危険が高まっているかもしれない。


 しかし、ここで失敗の可能性に怯えていては、相手の立つ場所へなど決して届かないだろう。


「権威、飢餓、獣らを殺す天馬を見上げ、天満となる星々は輝く。伝馬が伝える天魔の裁き、嗚呼、嘆く御霊は血の報復を求める――!」


 すると、焔立つ地獄のような場所からボッと音が立つ。

 火山弾のように吹き飛ばされる何かが視界に入った。


 夜空に舞った銀。

 月明かりに映し出された姿は天使のようでもあった。

 例え、煤にまみれ、ボロボロとなっていようとも。


 既に意識はないのか、空中で姿勢を整える様子は見られない。


 カッと熱くなる頭を理性で必死に抑え、


「――『終末を伝える子羊ヨハネ』!!」


 未だ渦巻く炎の下へ、僕は渾身の魔術を解き放った。

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